大地の陽番外編 | ナノ


 






「あ、お帰りなさい弁慶さん!」

「ただいま。ゆき、随分と楽しそうですね」



夕暮れ時。
梶原邸の一室にて明るい声が弁慶を照らした。

声の持ち主は、弁慶が溺愛している恋人のもの。

今まで笑い声を上げていたのか。
ゆきの眼はとても楽しげで、見ているだけで微笑ましくなる。



‥‥‥彼女と笑いあっていた面子に、若干嫉妬めいたものを覚えるけれど。



「俺が以前、家庭科の授業で元宮の子供の頃の写真を見た、という話をしていたんです」



ゆきの右隣で、譲が眼鏡を押し上げる。
確か京に来る以前はゆきと『同級生』だった、と弁慶は思い出す。



「‥‥しゃしん、ですか‥‥それは一体?」

「写真というのはね、えっと‥‥絵姿よりももっと精巧に、というか‥‥」

「カメラっていう本人そのままの姿を映し出す機械があってな。写真っつーのはそれが映し出された紙だ」



適当な言葉を探しうんうん唸るゆきの正面で、将臣が分かり易く説明した。

頭を抱えるゆきを愛でていたいのに、とか
ゆきに近すぎる有川兄弟をどう遠ざけようか、とか。
色々と考えたのかも知れないが、勿論そんな素振りも見せない。

「こう書くんですよ」とにこにこしながら床に指で、写真と漢字で書いてみせる望美。
それを見て成る程、と少ない手掛かりで事情を掴んだ。



「ふふっ。子供の頃のゆきはとても可愛らしいでしょうね‥‥‥そのしゃしん、を見た譲くんを羨ましく思いますよ」

「‥‥‥い、いえ、そんな事は‥‥」

「‥‥後で色々と話を聞かせてください、ね?」

「‥‥‥」



鮮やか過ぎる笑顔なのに、何故か室温が急降下した気がする。

そんな中で一人だけ空気が読めないのか。
能天気な声が冷えた室内に響いた。



「私より弁慶さんの子供の頃の方が絶対可愛いですよ!」

「僕、ですか?」

「うん。それはもう天使だったんだろうなって思います‥‥‥見たかったなあ」








これはそんな翌朝の出来事。






かわいいひと









麗らかな朝。

爽やかな朝。

珍しく朝食の時間になっても姿を見せない弁慶を、ゆきが起こしに行った。





「弁慶さんおはようございますっ!ほら起き‥‥‥」

「‥‥‥んっ‥」



頭から被っている衾を、力いっぱい引き剥がして固まった。



「‥‥‥」

「‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥あなたは‥だれですか?」



蜜色の綺麗な髪。
滑らかな肌。
眠そうに眼を擦る仕草は、確かに見慣れた彼のものだけど。

見慣れた‥‥
見慣れた、もの‥‥‥‥だけど。



「‥‥‥‥弁慶さんとサイズが違う」



否、違うのは身体のサイズではなく年齢だ。


どう見たって恋人と良く似た幼児が、恋人の眠っているはずの褥で眠っている。

よく分からない出来事に思考は軽くフリーズしてしまった。



「えっと‥‥‥隠し子?」



ゆきが首を傾げる。

その瞬間、ぴし、と音を立て空気が凍った。


 

  
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