大地の陽番外編 | ナノ


 



(あれ?もう来てる!)


今日こそは先に来ようと思って、早起きしたのに。

桜の下で待つ彼の人の姿を見つけたゆきは、仕方ないなと思いながら、元気よく手を振る。



「重衡さん!!‥‥すみません、お待たせして!」

「大丈夫ですからゆきさん。あぁ走らないで‥‥」

「うわあっ‥‥‥と、助かった‥‥」

「‥‥‥‥‥残念です。私としては、ゆきさんを抱きとめたかったのですが」


危うくこけそうになって、何とか踏みとどまったゆきに、重衡は笑顔で残念だと言う。


「重衡さん?今日は将臣くんがいないから、言葉遊びはいいですよ?」

「言葉遊びとは心外です、ゆきさん。私はいつでも貴女の事を想っているのに‥‥‥」

「‥‥‥‥もうっ!」


あなたはいつも完璧で
王子様みたいな人で


慌てる姿なんて想像もつかない。






天つ春風




「今日、やっぱり将臣くんは無理だったんだね」

「ええ。彼も来たかったようですが‥‥‥仕方がありません。私だけではお嫌でしたか?」


もちろん、それは嘘。
重衡は将臣に内緒で、ゆきに連絡を取った。
理由なんてひとつしかない。


彼女を独り占めしたいから。


「‥‥‥全然!重衡さんが側にいてくれるなら」

「はい。私もあなたさえいて下されば、他に何もいりません」

「‥‥‥もうっ!ふざけてばっかりなんだから。」

「ふふっ。これも貴女が可愛らしいからですよ、ゆきさん」



ゆきはじっと目の前の彼を見る。
穏やかで、優しい重衡。


(本当に王子様みたいだな)


「どうかしましたか?」

「ううん、何でもな―――うわあっ」


何でもないよ、と言おうとしたゆきを嘲笑うかのように、春の突風が彼女の髪紐をさらって行く。



「うわ〜‥‥‥髪の毛解けちゃったなあ」

「髪、長いのですね」

「本当は切りたいんだけど、皆が反対するから切れなくて。背中まで伸びちゃった」

「‥‥確かに、貴女は長い髪がこんなにお似合いですから。切らせるのが勿体ないですね」

「‥‥え〜っと‥‥‥」



そう言って、一筋手に取り口接ける重衡を見て、ゆきの顔が真っ赤になった。
重衡はクスクス笑う。

ゆきは落ち着かな気に周囲に目をやり、見つけた物を理由に離れる。


「しっ重衡さん!紐があったから取って来ます!」

「え?ゆきさん、そこは‥‥‥」


木の上。
それも、かなり上の細い枝に引っ掛かっている。
風になびく薄桃の髪紐は今にも飛びそうだ。


「私が取って参りしょう」

「重衡さんだったら枝が折れますって!私がちょっくら行って来ますから」

「ちょっくら‥?」

「よいしょ、っと」


聞き慣れない単語に首を傾げていた重衡だったが、ゆきを見て目を見開いた。

目の前の少女はあろうことか、着物の裾をたくしあげて膝上で結んでいるのだ。
更に草履と足袋も脱ぎ、素足で木登りを始めた。


「ゆきさん!何しているんですか!?」

「何って木登りですよ〜?」

「そうではありません!足が‥‥‥」

「滑るの嫌だから!」


お陰で真下の自分から、綺麗に伸びた足が丸見えだったりする。
しかも際どい所まで見えそうで、珍しく重衡は慌てた。


「ゆきさん、降りて下さい。誰かに見られたらどう致しますか!?」

「誰もいないから大丈夫ですよ!」


確かに他に誰もいないが。

「‥‥‥‥私が見ておりますよ」

「‥‥‥‥うっ!‥‥重衡さんのすけべ〜!!」


指摘されるまで、重衡が『男』だと忘れていたゆきに、重衡が深い深い溜め息をついた。
ゆきの身体はかなり上にある。
紐が引っ掛かった枝まで登り、恐る恐る手を伸ばして‥‥‥


「取れた!‥‥‥ええっ?」

「ゆきさんっ!?」



お約束のように、ゆきは足を滑らせた。









  
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