大地の陽番外編 | ナノ


 


「‥‥‥‥‥‥朔ちゃん。それ本当の話かい?」

「ええ。確かに最初は私も驚いたけど、本当よ」


半信半疑のヒノエに、これまた疲れた溜め息のようなものを吐く朔。


「‥‥‥‥あいつの事だから、わざとかもしれないけどね」

「‥‥‥ヒノエ殿。それは言い過ぎではないかしら」

「でも、朔ちゃんだって少しは考えたんだろ?」

「‥‥‥‥‥‥」



言葉に詰まった事を誤魔化す為に、咳払いをひとつ。
あまりと言えばあまりなヒノエの発言に、けれど返せないのは‥‥‥。



「朔、ヒノエくんも。何の話?」

「あら望美。弁慶殿がね、今朝から熱を出して寝込んでいるのよ」

「‥‥‥‥‥‥‥えええっ!?」

「用意周到な発熱って線もあるけどね」

「ヒノエ殿!」



肩を竦めるヒノエと一応嗜める朔。
二人を見て、望美は気付いた。



「‥‥‥じゃぁ、ゆきちゃんは朝から付きっきりで看病してるんだ」



薬師の彼ならば、何か発熱を促す作用のある薬くらい常備している筈。



ふと、そう考えてしまった望美は、気まずそうに眼を逸らした。






恋の熱にふれて







「弁慶さん、入りま‥‥‥」


障子戸が開くと同時に室内に入り込む光が眩しい。
弁慶が目を細めながら仰ぎ見ると、入り口にゆきが佇んでいた。


「‥‥‥弁慶さん?何してるんですか!?」

「ああ、ゆきですか」

「ゆきですか、じゃないでしょっ!!目を離すとすぐこれなんだから!」



半ば呆れたような起こった声にも特に驚きもせずに、弁慶は読みかけの書を枕元に置いた。



「ほら、寝ててくださいってば!」

「‥‥‥君が居ないと眠れないんですよ」

「もう、すぐそうやって‥‥」


切なそうに目を揺らせば、それだけで真っ赤になる。
そのまま入り口で立ちすくんでしまった自分に気付き、ゆきは我に返った。

音を立てずに障子を閉めると、一瞬でも弁慶に見惚れたことを誤魔化すように、わざとぶっきらぼうに室内に入ってくる。

こんな状態の彼女をこれ以上刺激してはいけない、と弁慶は大人しく褥に寝そべった。



「はい、着替えを持ってきましたよ」

「すみません、ゆき‥‥‥」

「謝らないで下さい。好きでやってるんですから」



申し訳なさそうな弁慶にきっぱりと首を振って、ゆきはきちんと畳まれた単衣を枕元に置く。
と同時に正座して、赤く潤んだ眼を覗き込んでくる。



「大丈夫ですか‥‥‥?」



熱を出している自分よりも、彼女の方が余程「大丈夫」なのかと思うほどに、泣きそうな表情。



見ているだけで暖かいもので胸を満たされた。




褥から手を伸ばしてゆきの頬に触れる。
ゆきはそっとその手を取ると、眼を閉じて指先に頬擦りをした。



まるで、弁慶の指に元気が伝わるようにと、祈るように。



自分の身を案じてくれる恋人が愛しくて、もっと触れたくなるのは当然の事。

引き寄せようと力を込めるその直前、ゆきは首を振った。



「あ、そろそろお粥が出来たかな。ちょっと様子を見てきます。その間に着替えて下さいね」

「‥ゆき」



立ち上がろうとする腕を掴む。



「うわっ、ちょっ!?」

「‥‥せっかく着替えを持ってきてくれたのは嬉しいのですが、身体が重たくて着替えられそうにありません」

「‥‥‥今、本読んで」



本読んでましたよね?と問うつもりの唇は、さっきまで触れていたのとは反対側の人差し指を当てられて、黙ってしまった。



(冷たい指‥‥‥)


確か、熱が出れば出るほど、手足の末端は凍えるように冷たくなるはず。
幼い頃に母が言ってた言葉を思い出して、弁慶の額に手を当てる。



「‥‥さっきより上がってる‥」

「ええ。だから、君が着替えさせて‥‥‥」

「わ、私が!?そ、そそそんなの恥ずかしくて無理です!!」

「そうですか‥‥‥すみません、無理言って」



僅かに上げた頭を再び褥に戻すと、深い息を吐く。
こうして見れば吐く息までが苦しげに見えて、ゆきは泣きそうになった。


(着替えなきゃ、このままじゃ風邪を引いちゃう‥‥‥ううん、引いてるけど、もっとひどくなったらどうしよう)


もし、このまま熱をこじらせてしまったら‥‥‥。





ちら、と再び弁慶の眼を見るとやはり熱に浮かされているのか、いつもよりずっと潤んでいる。

それがいつもより、ずっとゆきをドキドキさせる事をこの人は分かっているんだろうか。


 

  
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