大地の陽番外編 | ナノ


 



愛している、と



素直に告げられるのは、奇跡のような幸福。





春陽に抱かれて






薬師の朝は早い。
日の出と共に起きる事が大抵だった。

源氏に付き軍師をしていた頃は、そこまで早起きではなかったが。

それでも、現在至福の眠りに付いている新妻よりは、勿論早起きだった。






ぼんやりした意識のまま弁慶は、真っ先に腕の中に眼を遣った。

まだ少しあどけなさの残る寝顔を見つめる。





近頃めっきり綺麗に、女らしく花開いた、初々しい花嫁を飽きる事なく見つめる。






出会った頃のゆきはまだほんの少女だったのに。

愛らしく元気良く弾む、小動物の様に。
全身に陽光を溜め込んだかの如く、弾む鞠の様な少女だった。



「‥‥‥ふふっ。でも元気な所は、今でも変わりませんね」


自然と笑みが零れる。


頬を突つくと「んぅ‥‥‥」と声が漏れた。
情事の時とは違う、けれどもっと聞きたくなる音色。



溢れる愛しさのまま弁慶はそっと、閉じた瞼に唇を寄せた。



自分の腕の中でゆきは今、どんな夢を見ているのだろう。


「‥‥‥僕の夢ならいい、と思うのは贅沢な望みなのかな」


一人ごちる。
すやすやと眠るゆきは本当に安らいでいて、それが自分のもたらしたものだとすれば、これ以上の至福はないのかも知れないけれど。










いつまでも寝顔を見ているのもいいが、そろそろ起こさなければならない。
肩を揺さぶった。


「ゆき、‥‥‥ゆき、起きて下さい」

「ん〜‥‥‥」

「‥‥‥簡単に起きない所は初めて会った時から変わらないな」


本当に、寝起きが良くない所は改善されない。

何にしろ、取り敢えず自分はゆきを、起こそうとはしたのだ。
後で抗議されようと、胸を張っていられる。


「‥‥‥仕方ないですね」


嬉しそうに呟き、ゆきを更に引き寄せ密着すると‥‥‥最初から激しく口接けた。


「‥‥‥‥‥‥ぅっ、んんっ、‥‥‥‥‥‥んんんっ!?」


嬌声、と言うよりは、驚きの声を漏らすゆき。

抵抗するかのように、弁慶の胸を押し返そうとする小さな手。

唇を離す事無く、ゆきの両手首を捉え片手で頭上に固定し、もう一方の指先で頬から下に辿って行く。
酷く緩慢で触れるだけの指先に、抗議の声はやがて消え、代わりに漏れるのは熱を帯びた吐息のようなもの。



‥‥‥だが、今日は出かける約束をしていた。

思い出した弁慶は、止むを得ず唇を離した。




「‥‥‥‥‥‥弁慶さん?」


突然離れた唇を、不思議そうにゆきが見上げる。


「‥‥‥そろそろ起きましょうか。支度をしなければなりませんし」

「‥‥‥‥はい。でも、あとちょっとだけ」

「‥‥‥ええ。少しだけ」


恥ずかしそうに微笑むゆきに、溢れ出す愛おしさをぶつける様に、再び唇を重ねた。





少しだけ、のつもりだったのに。





‥‥‥結果、朝食を摂ったのは、昼とも呼ばれる時間だった。













ゆきがぐったりしてる間に弁慶が朝食を用意して、彼女を呼びに来た。


全身に広がる気怠さと快感の余韻、そして激しい空腹に見舞われたゆきは、すっかりむくれている。


「どうかしましたか?」


箸を止めて、わざとらしく尋ねた。


「‥‥‥‥‥‥弁慶さんのバカ」


ふい、と視線を背ける様子がおかしくて、弁慶は声を出して笑った。


「すみません」


そして身を乗り出し、彼女の頬を舐める。


「ひゃあ!」

「でも、君がいけないんです。僕に触れて欲しそうに見つめてくるから」

「‥‥‥そんな事ないもん」


否定の声は小さく窄み、頬が色付く。
図星、と全身で示すゆきを見て、弁慶は笑って言った。


「早く食べて、行きましょう。随分遅くなってしまったから」


誰のせいだ、と言わんばかりにゆきが弁慶を睨む。

だが、それすらも彼女のものだと、誘っているとしか感じない。
素早く唇を合わせると、ゆきの眼が緩んだ。


(‥‥‥この続きは夜かな)


弁慶は内心でほくそ笑む。

二人は昼食とも言うべき朝食を終えると、支度をして外に出た。

















  

「ゆき。今日は僕に付き合ってくれる約束でしたよね」

「はい、何処へ行くんですか?」

「楽しみは取っておくものでしょう?」


ゆきは首を傾げるも、有無を言わせぬ笑みに、黙って頷いた。



傾けた腕に嬉しそうに綻びしがみつくゆきを見て、少し安堵する。
‥‥‥どうやら今朝の事を怒っている訳ではないようだ。

こんな事で何処かほっとしている自分も悪くない。
なんて思いながら、腕を組むゆきと目的地へと進んでいった。

  

  
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