大地の陽番外編 | ナノ
「や、泰明さん待って!!」
「待たぬ」
強引に抱き上げられたと思ったら、ベッドに降ろされた。
ひんやりとした黒いシーツが妙になまめかしくて、慌ててしまう。
「かっ、覚悟はしてきたけど、来ていきなりはちょっと‥‥‥!」
「一刻を争うのだ、あかね」
「そんな!確かに今日がいいって思ったよ!?でも初めてなんだよ私!」
「‥‥‥初めて?」
「そうだよ。だから、優しくして‥‥‥」
彼が生を受けたこの日に、自分の全てを受け取って欲しい。
泰明で溢れそうな身体と、心を全て。
念入りに身体を洗って来たけれど‥‥‥幾らなんでも急過ぎる。
パニックに陥りかけたとき、ふと視線が合う。
予想と反して、泰明は怪訝そうに眼を細めていた。
「優しく‥‥‥?お前は眠る時まで優しさが必要なのか?」
「は?」
(眠る‥‥‥?あれ?)
寝転がるあかねの脇に腰掛けた泰明の、しなやかで長い指先があかねの髪を梳く。
「少し眠れと言っている。お前の気は乱れている‥‥‥疲れているのだろう」
大人しくなったからなのか。
眉間は緩み、優しく見つめてくる。
‥‥‥時折見せてくれるこの表情は溜まらない。
普段の彼とのギャップに、降参してしまうから。
「でも、今日は泰明さんの誕生日なのに」
「気に病む必要はない」
「でも、ケーキも作ったんだよ?確かにそれで早起きして疲れてるけど」
「そうか‥‥‥ならば問題ない。後で冷やしておこう」
「でも‥‥‥ん」
紡ぎかけた言葉に被せられたキスが、出口を奪う。
唇が離れ視界には、自分だけの特権の‥‥‥優しい笑顔。
「あかね。祝い事よりも、お前が健やかである事が重要だ」
「‥‥‥泰明さん、過保護だよ」
言葉に詰まらせようとしたあかねの目論見は、けれど簡単に潰れた。
今度は目蓋に落とされる唇。
「‥‥‥進んで過保護になろう。お前は何よりも尊い」
注がれる視線が熱い。
では後でな、と立ち上がりバタンと閉じたドア。
ベッドの上では真っ赤な少女が、動悸を押さえ切れないでいた。
「‥‥‥格好良すぎるっ‥‥」
十数年後、
二人の娘が『美形』に弱い性格に育ったのは
紛れもなくこの少女の遺伝子によるものだろう。
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