大地の陽番外編 | ナノ


 

9月14日


am6:18


「詩紋くんおはよぉ・・・」

「あかねちゃんおはよう。起こしちゃった?」

「ううん、だいじょーぶ・・・早いね」

「夕べ、新しいケーキを考え付いたから落ち着かなくなっちゃって。後で買い出しに行くからリスト作ってるんだ」



台所の勝手を許可された少年・・・もう青年は、ストックの粉の残量を調べながらメモを取っていた。
新しいケーキ、と聞いてあかねの顔が輝くのを見た詩紋は小さく笑う。

ちなみにあかねはパジャマのままだが、二人共全く気にしていない。


「ね、新しいケーキってどんな?」

「甘いのが苦手な泰明さんの為に、ビターチョコを・・・・・・・・あかねちゃん?」

「痛たた・・・・・・」

「だ、大丈夫!?陣痛!?」

「え〜?違うんじゃないかな?だいじょうぶだよ」

「そう?ならいいけど・・・くれぐれも無理しないでよ?」


心配そうな詩紋に、元気に笑いかけたあかね。

詩紋はまさか今日だと思ってもいなかった。

そんな偶然ある訳ないと。

だけど・・・・・・・











am11:43


「・・・・あ、また・・・うっ・・・・・・」

「お兄ちゃん!」

「・・・15分しか経ってねぇぞ」

「15分間隔ね。――詩紋は病院に電話!泰明さん、車回して来て!」

「はい!」

「わかった 「俺が行く」


天真は泰明の手からキーを奪い、さっさと玄関へと向かった。


「泰明は蘭と一緒にあかねを連れてこいよ」

「・・・天真、感謝する」

「お兄ちゃんカッコいい」

「ばぁか、当たり前だろ?」


振り返り小さく笑う兄に、

「調子に乗せ過ぎたかしら?」

と、蘭は軽く後悔していた。




「あかね、今は痛くないの?」

「うん・・・・・・」


痛みはまだ耐えられる。
この痛みのままで出産出来ればいいのに、とあかねは思う。

人なつっこいあかねは、定期検診で新しい妊婦友達を作った。
先日ひとあし先に出産した彼女を見舞った時に、

『鼻からスイカが出る痛み』

と聞かされて以来、恐怖が募っていたのだ。





(どうしよう・・・まだまだ痛いのかな)


「・・・あかね」


唇に口接けをひとつ。
不安そうな妻の頬を、泰明は撫でた。


「泰明さん?」

「私は側にいる事しか出来ないが・・・お前を離さない」

「・・・泰明さんがいてくれたら、何でも頑張れるよ」

「あかね」

「愛してるって言って?」

「ああ、愛している。あかねも、もうすぐ会えるゆきも」

「泰明さん!私も愛してる」




私達お邪魔ですか?

よくもまぁ、毎日一緒にいるくせに、あんなにベタベタ出来るもんだ。
バカップル振りに呆れ果てた蘭が何気にキッチンを見ると、詩紋が真っ赤な顔して入り口に突っ立っていた。


いやいや君ももう照れる歳じゃないでしょ。

と更に内心でツッコミを入れて、にこやかに聞いた。


「電話終わった?」

「うん。すぐ来て下さいって。ボクは留守番してようか?大勢で行くと迷惑だよね」

「いいから来なさい。私一人で大の男二人の面倒なんて見てられないわ」

「・・・・・・?う、うん」


面倒ってなんだろう?
そう思いながら詩紋は蘭に続いて泰明の元へ行く。

二人を見た泰明はあかねの体を横抱きに抱えて玄関を出た。
蘭と、入院の荷物を持った詩紋が後に続く。




蘭の言う『面倒』の意味は、この後すぐに分かる事になった。












 



pm3:50



「くそっ・・・まだ何も言って来ねぇ!どうなってるんだあかねは無事なのか!?」

「・・・・・・・・・・・・」

「お兄ちゃん、煩い」

「・・・・・・・・・・・」



なるほど、これが蘭一人で見切れない『面倒』なんだね。

詩紋は待合室の椅子に座りながら、先程の蘭の的を得た台詞に感心していた。


ここへ来て、あかねが分娩室に入って三時間が経過した。
何も言って来ないと言う事は、まだなのだろう。

天真はさっきから歩き回りながら、ぶつぶつ言っては蘭に怒られている。

「あんたが父親か!」

蘭の言葉に詩紋も密かに同意した。





一方の泰明はただ静かに座っている。
普段と変わらぬ落ち着き振りを見れば、『面倒』なのは天真一人だけの様に感じる。



・・・・・・が、


「泰明さん、何しているんですか?」

「妻と子供に出産の障りが無き様、呪いを施している」

「・・・・・・でもそれ、さっきの売店のレシート・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


手にしていたレシートを仕舞い、新たに胸ポケットから札を取り出す。
そしてぶつぶつと呪言を唱え始めた泰明の頬は仄かに赤く染まっていた。


ここで笑ってはいけない。


詩紋は弛む頬を堪える為、天井の小さな穴の数を数える。


これを笑うのは、あかねが無事に出産してから。


(あかねちゃん、頑張って!)


詩紋は祈った。








「安倍あかねさんのご主人はいらっしゃいますか」

看護婦が待合室に入って来て呼び掛ける。


「「はい」」

「お兄ちゃんは違うでしょ!」


咄嗟に返事をしてしまった天真の後頭部を殴り、蘭は泰明を見た。


「立ち会いを希望してましたね」

「無論」

「ではこちらへ」


一瞬だけ蘭達を見て、看護婦に付いて出て行った泰明の背中は大きく見えた。




 



 

 
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