大地の陽番外編 | ナノ
静かな音を立てて戸が閉まった。
まだ明るいから室内に燭もついておらず。
隙間から差し込む光に照らされる床や壁に、視線が行ってしまう。
「‥‥弁慶さんって、時々凄く意地悪」
弁慶の室は薬やら書の類で埋まって色々と危険な為、ゆきに与えられた室の真ん中に、二人座った。
よほど恥ずかしかったのか、ゆきの眼が少し潤んでいる。
まさか一番にお祝いを言いに行ったら弁慶に捕まった挙句、
『欲しいものですか?そうですね‥‥‥‥ゆき、以外にないんですが』
『っ!!わ、わわ私ですか!?て言うかやっぱりっ!?』
『ああ、予想がついていたんですね?ですが、ただ貰うだけでなく‥‥‥もうひとつお願いしていいですか?』
『‥‥‥‥ももも、もうひひとつ!?』
『 』
‥‥‥‥あんな「お願い」をされるなんて思わなかった。
「僕が意地悪なんですか?」
「‥‥あ、あんなこと、言わせるんだもんっ」
「‥‥あんなこと、とは?」
むすっと膨れたゆきの頬はまだ赤いままで可愛くて仕方ない。
どうやら彼女は弁慶の意図に気付かぬらしい。
ヒノエや朔や、あの場に居た殆どの者が気付いたにも拘らず、だ。
この後ゆきの行動を予想するなら。
聞き出そうとした弁慶に対して、更に照れながら拗ねるだろう。
‥‥が、弁慶が予想していた答えとは別のそれが返って来た。
「‥でも‥‥‥弁慶さんがそんなに私を好きでいてくれるんだなぁ、ってちょっと嬉しかったりして」
『弁慶さんを独り占めしたい』と言った時の嬉しそうな表情。
最初は彼の意地悪なのだと思ったけれど、そんな笑顔を見ればゆきまで嬉しくなる。
それはもう、惚れた弱みでしかないけれど。
「だって弁慶さん、私に独り占めされちゃいたい位、私のことが好きなんでしょ?」
『今日は僕を独占してください』
なんて、つまりはそういう意味だと。
こと恋に関してはいつも照れて、自己主張なんて出来ないゆきだからこそ、意味があるのだと。
そう言いたいらしい。
‥‥‥どうやら彼女も少しは利口になったようだ。
もしくは、耐性が付いたと言えばいいのか。
弁慶の「愛で方」への耐性が。
「そうですよ。僕は君に独占されても足りない位、君を愛しています」
「‥‥あっ、あの‥ね」
弁慶が笑った瞬間びくびくと後退るゆきは、身の危険を察知する能力にはとてつもなく長けている。
若干怯える様は、猛禽類に襲われかけた小動物そのもの。
押し倒すように覆いかぶさった弁慶を見上げる為、否が応にも上目遣いになって。
それから、ふ、と表情を緩める。
「‥‥私も、弁慶さんに独り占めされても足りないくらい‥‥‥好きで、好きで、壊れそう」
溢れ出る想いをそのまま言葉に綴る。
呆気にとられたのか弁慶は惚けた顔をした。
「だから僕は‥‥ゆきに弱いんです」
頬に手を添えれば、ゆきは優しい眼をして微笑う。
この表情がどれ程弁慶を煽るか、浮かべた本人は知りもしないだろう。
お互いの顔と顔が触れそうなほど近付いて、二人、眼を瞑る。
「んっ‥‥‥」
呼吸が唇ごと重なって、ゆきから漏れた小さな声。
柔らかい身体を抱けば、ゆきの腕が弁慶の首の後ろに回されて、引き寄せられて。
口接けも、彼女のほうから深められてゆく。
それから、弁慶の頬にそっと滑らされてゆく柔らかな手のひら。
普段のゆきから想像できない積極的な行為。
それが弁慶の望んだ「誕生日に欲しいもの」を叶える為だとすぐに気付いて‥‥。
「‥‥今日は君が僕に尽くしてくれるんですね?」
「うっ!!」
唇を離し問いかけると、図星を指された羞恥から逸らされた眼に、愛しさが籠もる。
「‥‥‥た、誕生日ですからねっ」
「ええ」
「きょ、きょ、今日だけ‥‥だからっ」
「‥‥‥それは約束出来ないでしょうね」
「──っ」
くすくすと微笑を含んだ声を聞いて、むっとするゆきの唇を、今度は強引に奪った。
「‥‥でも、ゆきはそんな僕が好きなんでしょう」
「やっぱり意地悪‥‥‥っ」
悔しそうに眼を潤ませるのに低く笑いながら、顎から首元にかけて唇を辿らせた。
雪明けの種
今も、来年も、ずっとずっと先の未来も───
欲しいものは君の、一生。
弁慶さんお誕生日おめでとうございます!
去年と同じく長編の番外編でお祝いです。
20090211
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