大地の陽番外編 | ナノ
こんな穏やかな小春日和になった事を、誰よりも嬉しく思う。
柔らかな陽が照らす地面の温もり。
それは彼そのもので、まるでこの日に生まれた事を神が祝福しているかのように───
「今日は弁慶を祝う日だと神子が言ってたよ。弁慶、おめでとう」
「ありがとうございます、白龍」
「‥‥‥」
‥‥‥としみじみ思っていたゆきの前で、本当に神が弁慶を祝っていた。
朝の陽気が新しい一日の活力をくれる。
暫く降雪が続いていた京、久しぶりの晴天は一面の白景色を眩く見せた。
庭のどこもかしこも清らかな色。
身支度を整えゆきと一緒に室を出て、ついでにゆきの室に寄り着替えるのを待った。
それから皆が待ち構えているであろう一室に向かう。
繋いだ手に力が込められているのに気付き、弁慶は微笑した。
緊張気味の彼女の様子が愛しくて仕方ない。
白龍に会ったのは、目的の室に着く直前のこと。
穢れなき龍神の笑顔付きの言祝ぎを受け、弁慶は戸を開けた。
そして───
「お誕生日おめでとう弁慶!!」
バァン!!
発破音、いや爆破音か。
元気の良い景時の声の直後、邸を揺るがせるとんでもなく大きな音。
「ゆきっ!」
頭が意識するより速く、弁慶はゆきを腕の中に閉じ込めた。
「なっ、何!?」
「怪我はありませんか?」
「え?あ、はい」
「敵襲‥ではなさそうですね」
条件反射で札を構えようとした体勢のまま抱き締められて。
ゆきが恐る恐る顔を上げると、弁慶の肩越しに濛々と巻き上がる煙。
それに混じって色とりどりの‥‥紙吹雪が舞っていた。
「‥‥?」
「あ〜‥‥加減を間違えちゃったかな〜?」
煙の向こう、緊張感を削ぐ声に、弁慶の肩がぴくりと揺れる。
「景時!何をしている!?」
「ちょっ、景時さん!あれだけ俺が説明したでしょう!?爆発はなしって!」
「譲くんの言うとおりですよ!クラッカーは破裂しても爆発はしないんだから!」
「兄上!」
「いや〜‥あはは‥‥」
「景時殿、くらっかぁと言う物を見せてくれて‥感謝する」
「うむ」
「‥‥いや、別物だって譲と望美が言ってるけど?」
「ま、俺らの世界でもあんなモンだって。気にすんな」
「兄さん!適当なこと言うなよ!」
「クラッカーって‥!ありえない‥」
くらり、ゆきは目眩がした。
あれは自分の世界のパーティーグッズとはかけ離れた危険物だ。
一緒にされては困る。
景時と同じ一門の陰陽師だから、分かる。
今のは景時の術で、得物は陰陽術式銃で。
少しばかり‥‥いや、かなり気合を入れて呪言を唱えたのだと。
納得したのは弁慶も同時だったらしい。
ゆきを抱く腕に更に力が籠もって、ぎゅぅっと強く抱え込まれる。
そっと見上げれば、とんでもなく綺麗な笑顔。
「‥‥邸を破壊する程祝ってくれるなんて、嬉しいな」
(ひえぇっ、弁慶さん怒ってる!絶対怒ってる!)
しん、と静まり返った空間。
「弁慶、皆も祝っているよ。良かったね」
‥‥空気の読めない白龍だけがはしゃいでいた。
「とにかく仕切り直しましょう。弁慶さん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、おめでとう。弁慶」
「おめでとう!」
破壊された戸は取り敢えず廊に放置し見回せば、他に被害はなかったらしい。
煙が消えた室内で何故か仕切る譲の後に、口々に祝辞を述べた。
祝いの言葉と裏腹に、何処か怯えた眼をしている数人。
‥‥‥特に軍奉行。
彼らに気付かないのか。嬉しそうに笑う弁慶が若干、いやかなり恐怖心を煽った。
「‥‥っ」
隣でそっと横顔を見ていたゆきは、弁慶の意味ありげな視線を受け固まる。
(やるしかない‥よね)
それが、彼の望みなのだから。
握り拳のゆきをちらりと横目で見ながら、将臣が弁慶の肩に手を伸ばす。
「ほら、お前達も座れ。弁慶は主役だからこっちな───っと」
「触っちゃダメ!」
ぱちん。
迫力のない音を立て、肩に触れる前に払われた将臣の手。
振り払ったのはゆきの行動が意外だったのか、一瞬将臣は言葉が出なかった。
「‥ゆき?」
「どうしたの、ゆきちゃん?」
「や、あのね、弁慶さんは‥‥」
「ん?僕がどうかしたんですか?」
「‥‥え、っと」
何故か真っ赤なゆき。
にこやかな弁慶。
いつまでも入り口でもじもじしている彼女を、皆黙って見ていた。
‥‥が、痺れも切れてくる。
「‥‥元宮。話なら後にしろよ。弁慶さんも座ってくださ───」
「弁慶さんに触らないで!」
ぺちん。
今度は少しだけ強い音。
(いや、弁慶さんでなく元宮の頭を撫で‥‥って、今日の元宮おかしくないか?)
叩き払われた手を宙に浮かしたまま、少し驚きながらゆきを見る譲。
離さないとばかりに、ぎゅぅっと弁慶にしがみ付いていて、眼も強く瞑られていて。
対する弁慶はと言えば彼女の不可解な行動を咎め‥‥る事はないだろう。が、その意味を問おうともしない。
それはもう優しい微笑を浮かべていた。
「ゆき‥‥ちゃん?本当にどうかしたのかな?」
「うっ」
「そうよ。今朝のあなたはおかしいわ」
いつもなら、誰かの手を振り払うような真似はしないのに。
望美と朔の心配そうな問い掛けに、ゆきは俯き加減になる。
それが益々彼女らしくなくて、周りは一様に眉を顰める。
「ゆき?望美さんも朔殿も心配していますよ」
「弁慶さん。でも‥」
「ほら、言いたい事があるなら言って下さい」
言ってください、が命令形にしか聞こえないのは何故だろう。
その途端ゆきの顔がかぁっと羞恥に染まる。
端から見ている分には何ともほのぼのとした光景だが、ゆき本人の心境はとんでもなかった。
今から言う事が恥ずかしくて堪らない。
(ううん‥、でも、でも)
口を開くのを弁慶が無言で待っている。
と言うよりも、無言の圧力。
ゆきは大きく息を吸い込んだ。
「‥‥〜〜っ!べっ、弁慶さんは今日独り占めしますっ!!」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
しん、と静まり返る。
「‥‥‥‥‥は!?」
「ふふっ」
「えっ、あれっ?‥‥‥あああ!違うの!そんな意味じゃないよっ!」
そんなも何も意味が全く通じていないが。
心の中でツッコミを入れた数名の事など気付かず、ゆきは慌てて手をじたばた振った。
「‥‥ゆき、落ち着きなさい。慌てなくてもいいから」
「‥はい、先生‥‥‥えーと、今日は弁慶さんの誕生日、だから‥‥」
一旦区切って弁慶を見れば、にこにこしながらずっとゆきを見ていた彼と眼が合って、更に頬が赤くなる。
「だから、私と二人っきりで居させて欲しい、です」
「‥‥‥ゆき、ちゃん」
一見すれば初々しい恋人同士のようで、微笑を誘われる二人の姿。
‥‥けれど。
「ふふ、君からそう言ってくれるなんて嬉しいな」
「‥‥だって」
「僕を独占してくれるんでしょう?」
相手が弁慶なのがどうにも胡散臭い。
何とも言えない空気の中、ヒノエがやれやれと肩を竦めた。
呆れた視線に気付いた弁慶が歳の離れた甥にニヤリと笑いかける。
「では、僕は今から彼女に独占されますね。ああ、朔殿」
「‥‥何かしら」
「お祝いをして頂くのは明日でお願いできませんか」
「わ、分かりました」
突然話を振られれば、朔もただ頷くしかない。
もっとも、断る理由もないが。
「あの‥‥ごめんなさいっ!」
妙に機嫌の良い弁慶に手を引かれたゆきが、後ろを振り向きながら申し訳なさそうに頭を下げる。
それには曖昧に笑って頷いたり、気にするなと手を振りながら、戸の外に消えていくまで見送って。
‥‥‥残された全員が、同時に深い溜め息を吐いた。
「‥‥今のは」
「ああ。だろうね、朔ちゃん」
「ゆきちゃんはすぐに顔に出るんだから、誰でも気付くよね〜」
「‥‥それがアイツのツボなんじゃねぇの?」
「弁慶殿が言わせたのか‥‥‥?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「でも確かに、照れてるゆきちゃん可愛かったなぁ」
「‥‥か、春日先輩?」
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