大地の陽番外編 | ナノ







「もう降参か!?」

「――っ!まだまだ!!」


ガンッ!!

打ち合わされる木刀の音が、軽妙に響く一角を目指して、ゆきは駆けた。






「あ、いたいた!望美ちゃん!九郎さん!」

「おはようゆきちゃん!」

「今朝は早いな、ゆき!」


ちょうど一休みしようと手を止めた時に、ゆきが現われた。
笑顔を浮かべる彼女は、望美より幾分幼く見える。


「ね、見て!猫ちゃん!!」


望美達が視線を巡らせると、ゆきの胸元にすがりつくように赤い子猫が抱かれていた。


「か、可愛い〜っ!!」


望美が黄色い声を上げて、ゆきから猫を抱き取る。

「珍しい毛色だな」

「でしょう?庭にいたの。弁慶さんが睨んでたんだよ。こんなに可愛いのに」


望美が抱いた子猫に優しい目を向けながら、ぶつぶつ言っていたのを聞いて、望美は苦笑する。


(弁慶さんの気持ちに気付かないんだから、ゆきちゃんは)


実はかなり嫉妬深い弁慶に、ゆきは未だに気付いていない。













丁度追い付いた弁慶は、子猫が望美の手に渡ったのを見てほっとした。


九郎が走って来た弁慶に気付き、声を掛けようとして眉を顰める。
弁慶の周りが黒いようで、何とも言えない気がしたのだ。



「可愛いでしょ?色も不思議で綺麗だよね!」

「うん、可愛い!ねぇゆきちゃん、名前つけたの?」



望美とゆきは、目を細めて子猫を撫で回している。
いつもなら、こんな彼女達の姿を、微笑んで眺めている弁慶なのに。
近付いてきた弁慶はやはり黒い気がする。



「弁慶、何か悪い物でも食ったのか?気分が悪そうだが」

「‥‥いいえ?」



絶対嘘だ。それとも、機嫌が悪いのか。
だが、そんな事は言えない。
言えば最後かもしれない。
冷や汗を浮かべる九郎を余所に、ゆきと望美は子猫に夢中になっている。



「名前?‥‥ヒノエにしよっかな」

「は?」

「あ、確かに赤い色がヒノエくんだよね、ゆきちゃん」

「でしょ?‥‥人懐っこい所なんかも、そっくりで可愛いもの」



猫の毛並みが、熊野に戻った甥に似ているのは解っている。
だが、人懐っこくて可愛いと言ったか?しかも自分の前で。
弁慶の機嫌は益々悪くなって行く。



「‥‥‥ゆき?」

「‥‥‥‥‥あれ?弁慶さん、いつの間に来たの?」



ゆきが弁慶を振り向かずに答える。

途端にピシッ、と凍り付く空気を感じて、九郎と望美は顔を見合わせた。



「‥‥‥‥ゆき」

「やだ、聞かないよ。猫ちゃん苛める悪い人の話なんか」



機嫌が最悪な弁慶が、艶やか過ぎる笑顔を浮かべているのに。

望美から再び子猫を受け取ったゆきは、目も合わせない。



目の前で繰り広げられた二人の痴話喧嘩(らしきもの)に、望美は馬鹿馬鹿しくなった。



「九郎さん、もう朝ご飯食べに行きましょう」

「あぁ、しかし‥‥」

「あの二人なら放っておいた方がいいですよ。この後しばらく部屋に籠るでしょうし」

「部屋に籠るって‥‥‥おいっ!」



何を想像してるのか、真っ赤になっている九郎の首根っこを、望美は引きずって行った。








弁慶の視線を無視して、子猫を撫でていたゆきだったが。

少しして、徐に口を開く。



「‥‥‥‥弁慶さん?」

「何ですか?」

「もう、こんな小さな猫ちゃんを苛めちゃダメですよ?」



栗色の真っ直ぐな髪を揺らしながら、ゆきは首を傾げる。
じいっと見つめるその眼に弁慶は弱かった。



「はい、もうしませんよ」



苦笑しながら両手を小さく揚げる弁慶に、ゆきはふふっと笑った。

笑い声に驚いたのか、子猫がぴょん、とゆきの腕から飛び降りる。



「あっ‥‥‥ヒノエっ」



追いかけようとするゆきの肩を、がっしりと掴む。


「弁慶さん?」



振り向いたゆきに軽く口接けを落とした。



「僕の前で他の男の名前を呼ぶなんて‥‥‥‥いい度胸ですね」

「え〜?だってヒノエって猫ちゃ‥‥‥‥んっ‥‥」



もう一度唇を塞いで、ゆきから名前が出るのを防いだ。




「いけない人ですね、ゆきは」

「‥‥‥‥もしかして、猫に焼き餅やいてたとか?」

「妬いてますよ。ゆきの関心を引くもの全てに」

「‥‥‥ええっ!なんだそりゃ‥‥」



目を丸くするゆきを抱き上げて、弁慶は歩きだした。



「弁慶さん?どちらへ‥‥‥」

「もちろん部屋ですよ。今度は僕が、君を可愛がってあげないと」

「そんなっ、だって昨日あんなにっ」

「昨日は昨日、でしょう?」

「‥‥‥‥嘘だよね?」

「ふふっ」


抱き上げられた態勢で、慌てるゆきの肩に顔を埋めて、弁慶は笑った。





やっと手に入れた愛しい少女。







彼女が関心を寄せるなら、どんなに小さな存在にだって自分は嫉妬するだろう
‥‥これからも。




暖かい陽だまりのようなゆきに、自分は囚われ続けていく。


‥‥‥愛しい気持ちごと。






「お腹空いたからご飯食べに行きましょう」
と切なそうに訴える彼女に負けて、朝食を摂りに向かう。










降ろしてくれ、と懇願する彼女を無視して歩く。

腕の中で頬を膨らませているゆきにもう一度力を込めた。













ゆきを花嫁に迎えるのは、もう少しだけ先の事。



そんな朝の出来事だった。











  
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