大地の陽番外編 | ナノ






珍しく片付いた弁慶の部屋。

誘われるままゆきが足を踏み入れると、背後で戸を閉める音がした。


「これで誰にも邪魔されないでしょう?」

「‥‥ええっ?なんかすっごく怖いんですけどっ‥」

「今更何を言ってるんですか」


やや青褪めた笑顔に対し、向けられる笑顔は上機嫌なもの。
一歩、近付くとゆきの肩がびくりと揺れる。

その原因が「今日」に関係すると知っているから、弁慶の笑顔は深くなるばかり。






「さぁ、ゆき── Trick and treat?」







黒さなんて欠片もない柔らかな笑顔で、外套のフードに手を添えて、脱ぐ。

きらきら、太陽の色が現れて笑顔を一層華やかに彩った。


それだけで愛しい娘の頬が染まるのは、弁慶の計算済み。

今頃激しい動悸を沈めることに、ゆきは精一杯な筈だ。


「‥‥──って!!今年はその手に乗りませんからねっ!」

「それは残念ですね」


はっと我に返ったらしいゆきが真っ赤な顔でぶんぶん首を振る。
それから、袂に手を差し入れて。


「はい弁慶さん。干菓子ですけど好きですか?」

「‥‥ええ、普通に」


差し出されたのは懐紙に包まれた小さな四角いもの。
弁慶が受け取ると、彼女が誇らしげに胸を張った。

‥‥連行された時の緊張感は何処へやら。



「ふふん、今年は去年みたいな手は使えませんからねーっ」



(だってまだまだ一杯あるし!)


去年は一個しか用意してなかった「トリート」‥‥つまり、甘いものを、今年はたんまり用意している。

これならば、不意打ちで隠滅される事もない。




帯の隙間に、袂に、襟の袷に。

服に滲みないよう小さく包んだ、干菓子や唐菓子、干柿に煎餅っぽい京の菓子。

丁寧に仕込んだその数、十以上なのだから。



(私だって成長するんだよ)



‥‥その代わり、朝から朔に「食べ物をそんな所に!」なんて怒られたけれど。



「まだ、あるんですか?」

「ありますよー。弁慶さんの望むモノはちゃんとあげますから、今年は悪戯できませんね」

「‥‥僕の望み、ね」


小さく呟いた弁慶の眼が、きらり、輝く。


「僕は欲深いですから、少々では満たされないと思いますよ?」

「大丈夫!」


弁慶がそんなに甘味を好まないのは知っている。
出逢ってから今まで伊達に見て来た訳じゃない。

流石に、ゆきが用意した分を全て平らげられないだろう。

それを確信できるから、ゆきは笑いながら大きく頷いた。


「あ、そうだ!ついでにお茶でも淹れてきますね」

「ゆき」


外へ出ようとしたゆきの腰を、後ろから回された腕が止める。

驚き抗議しようと振り向いた。けれど。


「べんけ───ん、っ‥」


振り向いた頬を外側から固定して、前触れなしに塞がれたそこから甘さが滲み込む。
繋がった唇に挟まれて、口の中に溶けてゆくのはさっきの干菓子だろう。

舌の動きに翻弄されて、足が震えた。


「甘いですね。お菓子も‥‥‥君も」

「‥ちょっ!?弁慶さん!」


後ろから腰を支えていた手がゆるゆると上に這い上がる。

ゆきの火を点けるが如く、緩やかに着物を撫でるように。



「‥‥あ、っ‥」



その手が、最近更に発達してきた胸元に触れる寸前にぴたりと止まった。


(‥あれ?)


「成る程。朔殿も驚いたでしょうね」

「へ?───えええっ!?」


細い両手を片手で纏め上げた弁慶は、徐にふくらみのある袷に手を突っ込んだ。
それはもう豪快に、母が子の悪戯を暴くような、そんな荒さを含みながら。

咄嗟の出来事に暴れそうになったゆきの鼻先、に手を翳す。



「ゆき‥‥こんな所に食べ物を仕舞っては、いけませんよ?」

「え、えええっと!だってこれは‥‥っ!ひゃっ!?」

「まだあるんでしょう?」

「ちょ、や、やめ‥‥っ!!あはははははははは!!」

「こんな所にも‥‥此処にも」

「ひゃはははははっ!やめ、へ‥‥っ、あはははは!」



息も絶え絶えに笑うゆきの体からぼとぼとと落ちて行く、彼女の「悪戯防衛術」。


‥‥‥一体何処に、そんなにも仕込んだのやら。


着物のあちこちから落ちるその量に、弁慶は苦笑した。












「さぁ、そろそろ僕の望みを叶えて貰いましょうか」



まだ笑い過ぎた余韻から涙を浮かべながら、弁慶の一言に大きな眼を上げる。


「だ、だからお菓子はこんなに──」

「ゆき。僕はそんな事、一言も言ってませんよ」



一言も、の部分に力を籠める。



「え?だって‥‥‥‥‥‥あぁっ!?」

「思い出してくれましたか?」




くらり、ゆきは目眩がした。



「僕はこう言ったんです。Trick and treat、と」



それはそれはもう素晴らしく流暢な発音と、飛び切り大好きな笑顔。
けれど告げられた言葉の意味に冷や汗を隠せない。



お菓子か悪戯か、ではなく。


お菓子「と」悪戯──。




「譲くんには語学の勉強をお願いしているんですが、発音を褒めてくれましたよ」

「‥‥あ、あんの眼鏡‥!また余計な事を吹き込んでっ」



脳裏に浮かぶのは、一昨年弁慶にハロウィンに付いて教えた眼鏡の友人。



次に会った時には何をしてやろう、と復讐心めいたものを抱いたのも一瞬で‥‥。




「ほら、僕の望むモノ‥‥‥満たされるまで貰えるんですよね?」

「しまったーっ!!」





───欲しいのは、甘くて愛しい君だけですから。



長い口接けの後。
耳元で囁かれれば、今年も負けを認めるしかなくて。

もうリベンジを狙わなくてもいいかな、なんて悔しいけれど思ってしまった。













三年目のハロウィン。
何だか弁慶さんが変態っぽくてすみません。






  
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