大地の陽番外編 | ナノ
「そなたにはもう否とは言わせぬ。良いな」
「‥‥‥父上」
「我が似合いの姫を引き合わせてやろう。そなたはただ、待てば良い」
「‥‥」
父の言葉を聞き、柳眉を顰めながらも沈黙を崩さず一礼して、重衡は退室した。
室内が風を通さぬ様、閉ざされていたからだろうか。
廊を歩けば髪を弄ぶ髪が、心地好い。
「‥‥いい加減受け入れなければならぬ、と分かっておりますよ。父上」
清盛の言い分も分からぬではない。
寧ろ、身に染みている。
この歳まで自分は、正室はおろか側室すら置かず、自由な恋愛を求めた。
妻を持たず跡継ぎも生さず。
それは、平家の一員としての責を果たさぬも同然なのだと。
尤もそれでも許されていたのは、今まで然程咎められなかったのは嫡子である兄の重盛と、重盛の子である惟盛の存在があったから。
‥‥だが、それも潮時らしい。
ふと眼を向ければ、庭に揺れる白い花。
風にそよぐ姿の可憐さに、そのまま眺めていたい反面、摘み取って自室で愛でたいと強く思わせる花。
その小さくも眩しい白を見ていると浮かぶ面影に、眼を閉じた。
「‥さん、‥重衡さん?」
「‥‥ゆき、さん」
いつの間にか、心此処に在らずの状態に陥っていたらしい。
心配の籠もった声で名を呼ばれ、我に返る。
雨を凌ごうと借りた古寺。
住職が不在だから、と中に入らず廊に腰を下ろしていた娘が、声と同じ表情で重衡を見ていた。
「もしかして具合、悪いんですか?なんだか辛そう‥‥」
だったら帰ろう、と続けるであろうゆきの言葉を紡がせぬ為に、重衡はやんわりと首を左右に振る。
はらり、頬を緩く叩く銀髪に、それほど強めに首を振っているのだと知り内心こっそり苦笑した。
───平静を崩さぬ筈の自分が、些細な事で必死になってしまうらしい。
彼女の、前では。
「いいえ、体は何とも。少し物を煩ってしまったようです」
「物、煩い?‥‥‥ええと、悩み事ですか?」
「‥‥‥そうですね。悩み事とも言えましょう。ご心迷惑をお掛けしてすみません」
折角、ゆきと会えたというのに。
住む場所も、立場も、何もかも添えぬ二人がこうして相見えるのは滅多にない。
「いやいやいやいやそんな!ええと、私なら平気ですから謝らないで下さいっ」
「ですが、貴女との逢瀬は何よりも貴重な時間なのですよ」
「‥‥っ」
慌てふためくその姿を見ているだけで、心が軽くなる気がする。
否。
実際に軽くなるのだ、面白い程。
同時に別の想いに如何ともし難く焦れて、苦しくなるのだが。
次
戻る