大地の陽番外編 | ナノ
「君に別れを告げられた時、足元が崩れた‥‥‥なんて、一生秘密ですね」
疲れ果てたゆきの肩を引き寄せながら、弁慶はくすりと笑った。
久しぶりに触れた愛しい熱に我を忘れ、彼女の限界が過ぎても付き合わせてしまった結果が今の状況。
すやすやと寝息が剥き出しの胸に触れる。
顔にかかる髪を掻き上げれば、寝不足が続いていたのか薄らと隈が出来ていて、胸が痛んだ。
どれ程彼女の気遣いに甘えていたんだろう、自分は。
言わないだけで、此処に至るまでに相当思い悩んでいた筈なのに。
「‥‥九郎や景時が知れば、物凄い剣幕で怒られてしまうでしょうね。いや‥‥‥一番は朔殿かな」
彼らがこの場に居ない事を有り難いと、つい思ってしまう。
苦笑を浮かべ、弁慶は眼を閉じた。
思い返すのは眠る直前にゆきと交わした会話。
『‥‥‥怖かったの。弁慶さんに捨てられるかと思った』
『捨てる筈がないでしょう?』
『‥うん』
『君と別れない為なら何でもしますよ。君の同情を買ってでも』
『‥は?あ、あれ?さっきのあの涙は嘘?』
『泣き落としも有効な武器ですから』
『え?え?』
『もし、それでも君が僕から去ると言っていたら‥‥』
爽やかな笑顔を浮かべた弁慶の下で、何故かゆきは蒼褪めていた。
『‥‥‥‥い、言ってたら?』
『取り消すまでずっと此処に居て貰いました。閉じ込めてでも』
『は?だって此処はそんなに泊まれないでしょ‥』
譲あたりが聞けば『ツッコミはそこじゃないだろ』と呆れそうな事を言い。ゆきは身を捩る。
有名なホテルのスウィートなんて、一晩幾らするか。
『ああ、それなら大丈夫ですよ。ここは取引先ですから』
『いや、意味が‥』
『ですから、組織の上部にもなると、人に言えない弱みの一つはあるでしょう?』
何をネタにこの部屋を取ったのか?
知りたいだろうが聞かない方が幸せだと思ったのか、引きつった笑いを浮かべるゆきをそっと抱き締めた。
ゆっくりと瞼が落ちてゆくのを、じっと見守りながら、愛しさと幸福に浸って。
『え、え、えええっ!?べっ弁慶さんこれっ!!』
明日目覚めたゆきが、大声を上げて弁慶を起こして。
泣きながら物凄く強烈に抱きついて来るのだろう。
‥‥‥想像はきっと現実になる。
そうクスクス笑いながら、弁慶は眼を閉じた。
「メリークリスマス、僕のゆき」
こっそり嵌まった左手薬指のリングは、約束のしるし。
ずっと、ずっと
傍にいるために‥‥
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