大地の陽番外編 | ナノ
辿り着いたのは外資系ホテル。
シックな外装と白を貴重とした部屋は、以前雑誌で見た時から憧れていた。
行ってみたい、と弁慶の前でぽつりと呟いたことなど、今この瞬間まで忘れていたけど。
建物の中に入っても降ろされることなく、お姫様抱っこのままの弁慶と会話したフロントマンは、恭しくキーを差し出した。
「持っていてください。手が塞がっているので」
「‥‥はい」
何が何だかさっぱり分からないまま、取りあえず手を差し出し受け取れば、チャリ、と硬質な音。
「あの‥?」
「黙って」
今日はクリスマスイブ。
ホテルなんて何処も満室だ。
一年前から予約で埋まっているのは当たり前。
いかにも格式高いこのホテルに、空き室があるなんて思えない。
‥‥そう、部屋を押さえでもしない限り。
エレベーターに乗れば最上階を押すように告げられて、ゆきは従った。
そうして辿り着いた最上階で彼女を降ろし、力なく握られていた鍵を奪い、ドアを開けた。
「どうぞ」
通された部屋は、どう見てもスウィートルーム。
壁面に広がる窓からは、眼下に町並みが広がる。
暗くなれば煌びやかな夜景が、夢の世界を演出するような。
言葉を失ったゆきの腕はぐいっと引かれ足早に引き摺られながら、やって来たのは寝室。
そのままベッドに投げられた。
ドサッと音がして、ゆきの身体が柔らかいマットに沈む。
「‥‥ひゃっ!!べ、べんけ‥‥‥んーっ!!」
息をつく間もなく覆い被さってきた弁慶の身体。
跨ったと同時に激しいキス。
手足をばたつかせて抵抗したけれど男の力に勝てる筈もなく、逆にしっかりと抱え込まれる。
だったら、と外見よりもしっかり筋肉質な胸板を押してみれば、ゆきの両手は呆気なく捕らえられ頭の上で纏められてしまった。
「僕が簡単に手放すとでも思っているなら、君も随分甘い人ですね」
耳元で囁き、一旦区切って顔を弁慶は上げる。
頬が上気し粗く息を吐いているゆきと眼をしっかり合わせてから、再び口を開いた。
「‥‥‥やっと君を迎えられる基盤が出来た、そんな時に離すと思うんですか」
「‥‥‥え?」
その言葉は耳に入っているのに、頭の翻訳機能が上手く働かないらしい。
口は半開きのまま固まっているゆき。
「‥‥今まで寂しい思いをさせてしまった分、今日は特別な日にするつもりでした」
「‥‥」
「この前の電話で、君の声がおかしい事に気付いていた。その前から、君が堪えていた気持ちにも」
「気付いて、いたの‥‥?」
「ええ。だから僕は一日でも早く一緒になれるよう、仕事と準備に打ち込んでいました。その結果、耐えてくれた君に甘えてしまった」
‥‥‥気付かれていた。
電話越しのゆきの寂しさに。
準備って何だろう、とか、嫌われていたんじゃなかった、とかぐるぐる頭を回るけど飽和していて実感がない。
それでもただ一つだけ。
ゆきが寂しかったのと同じだけ、彼もまた寂しい想いをしたのだと。
それだけは、切なそうな彼の眼を見れば伝わってくる。
‥‥‥初めて見た、弁慶の静かな涙に。
「僕が嫌いになりましたか?」
「‥‥そ、んなことないっ!好きです!!」
「良かった‥‥」
少しでも離れた空間が切なくて、ゆきは腕に力を込める。
拘束していた弁慶の手が離れた。
そのまま自由になった手を弁慶の首に回して、ぎゅっと抱き付いた。
そうすれば背中を支える腕に更に力が篭る。
「お願いがあるんです」
次の言葉を、きっと一生忘れない。
「‥‥僕と結婚して下さい」
「‥‥‥っ!!は‥‥いっ」
ゆきから嗚咽が漏れるのを感じ、そっと笑う。
それから弁慶は、震える小さな肩に顔を埋めた。
「ごめんなさい‥‥疑って、ごめんなさい」
「僕の方こそ、寂しい思いをさせてすみません」
「ううんっ‥違うの。信じられなかった私が悪‥‥‥」
謝罪の言葉はキスで塞がれた。
先程のそれとは違い、それはお互いを確かめ合う優しいもの。
いつの間にか弁慶の手は背中とシーツの合間を潜って、息を吐けぬ程きつく抱き絞められていた。
上擦った唇が息継ぎをする為離れた、僅かな時間にも、
「愛してる」
何度も何度も囁かれて。
言葉で、指先で、手のひらで、唇で。
そして弁慶の全てで「愛している」と。
ゆきは泣きながらも擽ったそうに身を捩る。
‥‥‥生まれた熱は、重ねあって繋がることでしか、吐き出せない事を知っている。
刻まれる波の中。
弁慶に促されるまま、ゆきは溜めていた言葉を洗いざらい吐かされた。
もっと傍に居たい
もっと抱き締めたいよ
お帰りなさいって、ずっと言いたかったの‥‥‥
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