大地の陽番外編 | ナノ


 


楽しい筈のコメディ映画も、今のゆきには涙を誘う。


「疲れましたか?」

「‥あ、大丈夫です」

「‥‥‥そうですか」



映画館から出る時に問われても、眼を合わせられなかった。
以前はどんな会話をしていたのか。見つけられない。



「ああ、降り始めましたね」



弁慶の声に誘われて空を見上げれば、灰色の空から舞う、白。



「‥‥‥本当。どうりで寒いと思った‥」

「‥‥‥」



去年のゆきならきっと、「ホワイトクリスマスですねっ!」と駆け出してはしゃいでいた。

最後のデートだと決意したならせめて、楽しく過ごしたかったのに。
それが出来ない不器用な自分に、ゆきは呆れてしまう。


「ゆき。他に行きたい場所があったら言って下さい」

「‥‥‥行きたい、場所‥?」



溜め息が混ざった問い掛け。
空から視線をゆっくりと巡らせて、ゆきは弁慶を見る。

相変わらずの優しい弁慶の笑顔。
それでも込められた苛立ちを感じ取れるのは、今となってはゆきだけだろう。

潜められた眉の理由は簡単に想像が付く。
やはり、と確信に至ってゆきは胸が締め付けられた。




‥‥でも。そんな苦しさも、今日まで。




「帰りましょう」






弁慶の感情は分かる。
でも、想いは伝わらなくなった。





「それがいいですね。大雪になりそうですし。僕の家で 「ううん」

「‥‥‥ゆき?」

「誘っておいて悪いんだけど、一人で帰りたい、です」

「‥‥‥‥‥‥」

「もう‥‥別れたい」



知らなかった。
心とは正反対の言葉を吐くと、息が出来なくなるなんて。

溢れそうな「本音」を隠す為、一瞬眼を伏せて、ゆきは笑顔を作った。
それとは真逆に弁慶の顔からはさっきまでの笑みは消え、真っ直ぐな視線で射抜く。



「何故?」

「‥‥‥なぜって‥疲れたから」

「本気なんですか」

「‥本気、です」



厳しい視線に耐えられなくて、頭上から降る弁慶の声に再び俯き、頷いた。



「ごめんなさい」




永遠を信じていた。
何があっても離れないって思ってた。

離さないでいてくれるって。



「‥‥っ!いたっ!」



震える肩が手加減のない力で掴まれたのは、その時だった。



「別れたい?」

「‥‥はい、っ!」

「疲れたから?」

「‥‥‥‥は、い」

「それなら仕方ありませんね」

「‥‥‥っ!!」



ゆきの眼から、とうとう涙が堰を切って溢れてしまった。

当たり前のことなのに。
覚悟して自分から切り出したことなのに、弁慶の口から肯定の響きが降り落ちると‥‥


ショックだった。


肩を掴む腕の熱さと比例して、ゆきの身体が急激に冷えて行く。




「‥‥‥‥と、言うとでも思ってるんですか」



はぁ、と長い溜め息の後。
離れた弁慶の手に新たな涙が出た瞬間、全身に伝わる浮遊感にゆきは固まった。



「‥‥おっ!‥‥降ろして!!」

「断ります」

「やだ!」



黙って抱き上げられて、無言で進む。
行き先も何も告げてくれないまま。








 

 
戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -