大地の陽番外編 | ナノ
宴の喧騒もすっかり静まり返った深夜。
酒の匂いとあちこちから漏れるいびきの中で、ゆきは水の入った桶と布を手に、せっせと動いているのを敦盛は見つけた。
「ゆき、何を‥?」
「あ、敦盛くん?皆酔いつぶれちゃってるからね、冷ましてあげようと思って‥‥‥濡らした布をおでこに乗せたらちょっとは気持ちいいでしょ?」
「そうか‥‥‥ゆきは、優しいのだな‥‥」
「あはは、そんな事ないよ」
朗らかに笑うゆき。
手伝おう、と言った敦盛はゆきの手から桶を受け取った。
ちゃぷん、と水が揺れる。
水面を大きく揺らす水紋がやがて小さくなるまで、二人は互いの眼を見ていた。
「ありがとう」
「‥‥‥礼を言われる程の事では‥」
頬を赤らめた敦盛を、優しい眼でゆきが見る。
二人は室内に戻り、酔いつぶれた面々の額に布を乗せていった。
速やかに行動を終えた敦盛は、ゆきを振り返った。
「終わったが‥‥‥‥ゆき?」
‥‥‥ゆきは眠っていた。
望美の額に乗せようと思ったのだろう。
絞った布を片手に、正座したままの体勢で。
こっくりと前後に揺れる頭。
敦盛は戸惑いながらゆきに近付いて、起こそうと肩に手を置いた。
「ゆき、寝てはいけな‥‥‥っ!?」
「‥‥ん‥‥‥」
ゆきの体が大きく揺れたかと思えば。
ぽすっと音を立てて、上半身が敦盛の胸に倒れ込む。
「‥‥ゆき‥‥‥?」
返事の代わりにすぅすぅと寝息が聞こえた。
ゆき独特の甘い匂いに混じって、仄かに酒のそれが鼻を掠めた。
「‥‥‥‥‥‥酒を、飲んでいたのか‥‥」
女の子に慣れない敦盛は、凭れて眠るゆきをどうすればいいのか、と途方に暮れた。
このままでは、風邪を引くかも知れない。
けれど
‥‥‥あと、少しだけ。
『ね、私と友達になりませんか』
怨霊であると最初から知りながら、友になりたいと言ってくれた彼女に感謝を込めて。
「このままで、風邪をひかなければいいが‥‥‥」
ゆきが深い眠りに付くまで。
敦盛はそのままの体勢で、小さな肩を支えていた。
翌朝。
「なっ‥‥‥結婚前の男女が何しているんだ!?」
「‥‥‥おい、これはどういう事だ?」
「へぇ。コイツも隅には置けないじゃん。やるね」
「ふふっ‥‥‥いい度胸してますね‥‥」
皆が雑魚寝していた中で、
部屋に隅に敷かれた布団。
その中で敦盛とゆきが仲良く眠っていた事に、
微笑ましく思う、数人と。
口笛を吹く一人。
今にも剣を抜きそうな還内府と
ごそごそと懐を探る怪しい薬師が一人ずつ‥‥‥
この空気で寝ていられる二人は大物だと、N(プライバシー保護の為イニシャル)は思った。
「もう望美でいいから!!」
またひとつ、仲良くなったゆきと敦盛だった。
「オレ、最後までいいとこナシじゃんっ!?」
熊野別当専用温泉の持ち主の呟きを耳にしたのは‥‥‥
「では僕が添い寝してあげましょうか?」
「やめなよ」
やっぱり『彼』。
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