大地の陽番外編 | ナノ
‥‥‥きっかけは、一人の八葉の一言だった。
夕暮れの京邸、人の気配がない一画で。
「‥‥なぁゆき‥‥‥今度さ、オレと二人で温泉に行かないかい?」
「顔が近い近い!二人でってなんで?」
「何でって?お前、本気で分からないわけ?」
「う〜ん、分かるような分からないような?・‥って、ほんと近いから、顔っ!!」
困惑顔のゆきを壁に押しつけ両脇に腕を置いて囁いた、ヒノエの口説き文句から‥‥‥事は始まった。
「‥‥‥ゆきちゃん、どうしたんだい?‥‥‥ん?‥‥‥ゆきちゃんに何してるのっ!?」
「あ、景時さん」
「チッ」
大きな舌打ちをした天の朱雀。
あからさまにホッとして、ゆきはするりとヒノエの腕から抜けた。
それが益々気に入らない。
「‥‥‥せっかく代々の熊野の別当専用の温泉に、連れてってやろうと思ったのにさ。二人で」
この小さな呟きを聞いたのは、一体誰?
うたげの運命
翌朝の食事の時に、ヒノエは皆の様子が違う事に気付いた。
何処となく浮かれている様に見える。
「皆で温泉だなんて楽しみだね!」
「うん、神子。温泉は私も好きだよ」
やたらと嬉しそうな望美を見て、こちらも嬉しそうに白龍が笑う。
「だけどよ、別当専用の温泉があるなんて、お前もいい身分だよな‥‥‥いいよな、熊野は‥‥‥」
「兄さん。せっかくヒノエが全員を招待してくれるなんて、奇特なんだからさ。あまり機嫌を損ねるなよ」
ヒノエの隣で将臣は何故か心底羨ましそうにぼそっと漏らして‥‥‥ヒノエの顔色に気付いたらしい譲は、そんな兄をたしなめている。
「は?何それ?」
――確かにゆきには言ったが。
‘二人で’と。
ヒノエはチラッと、向かい座るゆきを見た。
「ヒノエって凄いね。温泉持ってるなんて初耳だなあ。敦盛くん知ってた?」
「いや、私も初耳だが」
昨日、ゆきは何も聞いてなかったらしい。
敦盛に確認するのがいい証拠だ。
二人で仲良く首を傾げている。
「ゆきも敦盛でなくオレに聞きなよ。大体誰がお前ら全員を招待‥‥‥」
「まぁまぁ、いいじゃないですかヒノエ。昨日ゆきに迫った、と聞けば怒り狂った朔殿に、消されてしまいますから。温泉で罪が拭えるなら。ね?」
「あんたか」
果たして実在するのか『熊野別当専用温泉』
実現するのか『湯煙り宴会ツアー』
実現しなきゃ話が進まないので、あっさり実現する事に。
ついでに京から熊野の道程は遠いので、それも省略することなった。
全ては、神子の願いの元に。
次
戻る