大地の陽番外編 | ナノ






思い出して、また泣きそうになるゆきの頬を風が優しく撫でる。
リズヴァーンはただ黙って話を聞いていた。


「それで、このままじゃいけないって思って。力はあっても、いつ暴走するか解らないのが怖くて、景時さんにお願いして・・・・・・土御門家に弟子入りしたんです」


自分の中に隠れていた力を、始めから使える訳じゃなかった。

ともすればすぐに暴走してしまう。
制御出来なければ危険過ぎる力。


「それでもまともに結界すら貼れなくて・・・暴走しなくなるまで一年かかったんです」


「そうか」


「や、今でも全然なんですよ!でも・・・・・・・・・ほんの少しでも皆の力になれるかもしれないのが嬉しいなあって思えるんです。
だから、つまり・・・・何が言いたいんだ、私・・・」


頭を捻りながら唸っていたが、ふと顔を上げる。


「ああ、そうそう!この力は父がくれたものなんです。父はもういないけど、私に残してくれたんです。
それは、先生も同じかなあって・・・・・・」

「ゆき、それは違う。お前の陰陽師の資質と鬼の力を同列ではない」


ゆきの言いたい事は良く分かった。
彼女の言葉の意味も。

だが、彼女の力と自分の鬼の力とは異なるモノだ。

ゆきはまだ知らないようだが、彼女の力は祝福されし安倍家の正統。

怨嗟と嘆きの歴史を持つ、鬼の力とは異種なのだから・・・

ゆきの言葉が優しいだけに、何と切り出すべきか、リズヴァーンは逡巡する。
そんな彼に眼を遣り、ゆきは笑った。


「同じですよ、先生。
どんな歴史があろうと、先生の力はご両親から受け継いで、望美ちゃんの力になっている」

「・・・・・・そうか」

「・・・ってすみません!何か自分でも何言ってるのか解らなくてっ!!」

「いや、構わない‥‥‥礼を言う」


リズヴァーンはゆきの頭を再び撫でた。
途端にゆきの眼が切なそうに歪む。




時折、目の前の少女がこんな眼で自分の後ろ姿を追っていることに、実は気付いていた。
何かを言いたそうにして、いつも諦めたように口を噤む事も。
それが何かは不明だが何れは解るだろう、と思っていたのだが。
やっと話す気になったらしいゆきをこのまま帰せない。



「‥‥‥ゆきの用件を聞き忘れていたな」

「‥‥はい。私、先生ともっと仲良くなりたいです」


ゆきの口から想像もつかない言葉が飛び出した。

リズヴァーンは首を捻る。


「‥‥仲良く、とはどういう事だ?」

「‥‥‥私、先生を尊敬しています。でも、それ以上に懐かしくて‥‥‥」

「ゆき?」


名を呼ぶと、真っ赤になって俯くゆき。
暫しの沈黙の後、意を決した様に顔を上げた。


「先生の声が、私の父にそっくりなんです。
だからあのっ、父の代わりとかじゃないんですけど!
先生の声が居心地良くて安心するっていうか‥だから」



名前を呼んで頂けませんか?




ゆきの言葉に、リズヴァーンは小さく笑った。
そんな事を言う為に、彼女は随分悩んだのだろう。
恐らく、父と似ていると言えば彼に不愉快な思いをさせる、などと想像して。

望美が彼女を「心配で眼が離せない」と言うのは、この性格の事を指すのかもしれない。

リズヴァーンはゆきを安心させるように、頭を撫でた。


「ああ、構わない。ゆきが望むならいくらでも呼んであげよう」

「本当ですかっ!?」

「無論」


嬉しさの余り抱きついてくる少女に、リズヴァーンは苦笑する。


暫くのんびりと川を眺めながら取り留めのない話をする二人を見るものがいればきっと、その和やかな雰囲気に眼を細めるであろう。

ゆきにとって幸せな、満たされたひと時。



「‥‥‥ゆき、そろそろ戻ろう。また熱が出るといけない」

「そうですね!弁慶さんの薬を飲むのはごめんだし」


そういや新しい薬が完成するとか言ってたな、と思い出して背筋がぞっとした。

苛めなほどに苦い薬と、
「君のお蔭で随分と薬草を摘みに行く回数が増えました」と、満面の笑顔を浮かべる薬師を想像してしまった。


「は、早く帰りましょう!!」


半べそ顔のゆきに首を傾げながらも、リズヴァーンは来た時と同様に、彼女を連れ帰った。






翌日以降、熱がぶり返す事も無く、恐怖の新薬実験から逃れたゆきと、リズヴァーンが一緒にいる姿を
度々目撃する様になった源氏の一行。


二人の間に何があったのか首を傾げるも、当の本人たちの黙秘により憶測のみが加速していく。


「ゆき!リズヴァーンの事を、ろりこんと言っていたけど、それってなに?」

「‥‥‥白龍、誰が言ってたの?」

「神子と譲と弁慶だよ」

「‥‥‥‥‥‥」


リズヴァーンの名誉をゆきが挽回したのか否か、こっそり報復したのかは、闇のまま。

ただ譲に対して、白龍の暴言が若干増えたらしい。




そんな京邸のとある一日。






 

  
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