大地の陽番外編 | ナノ
(いたいた・・・)
京邸の庭の一角で、静かに葉樹を眺める背中を発見した。
いつもなら気後れしてしまう、威圧感のある大きな背中。
だが、今日のゆきは違う。
(今日こそは、絶対・・・・・・!)
背後からそっと近付き、勢い良く目隠しを・・・
「だ〜れだっ・・・・・・・・・・・・・・・あれ?・・・・」
「?何かあったのか、ゆき」
手で目隠しをする予定が、寸前で振り向かれてしまった。
勢いは止まらず、正面からリズヴァーンの首に腕を回して、抱き付いた格好になってしまう。
(・・・・・・・う、うわあああっ!!)
慌てて飛び退く。
が、またもや勢いが良かった為、今度は後ろにひっくり返りそうになった。
身体を打ち付ける衝撃を覚悟したが、代わりに感じたのは背中を支える逞しい腕・・・・・・。
「・・・・・・・・・すっすみません!!」
「いや、構わない」
倒れかけたゆきの背をリズヴァーンがそっと支えていた。
「私に何か用があったのだろう?」
「はい、あのっ」
「ゆき、遠慮せずに言いなさい」
優しい声に、顔を上げる。
口を覆う布のお陰で表情が分かりにくい。
だが眼を見ると緩められている。
ゆきは胸が高鳴った。
「あ、あの・・・私・・・」
優しい声
「何してるんですか、春日先輩?」
「シッ!静かにしてよ!」
「・・・・・・え?先輩?」
畳んだ洗濯物を景時から受け取り、各自の部屋へ配達中の譲は、縁側すぐ側の植込みに隠れている人物を発見した。
不審に思い声を掛ければ、その人物―――望美が徐に腕を引っぱる。
バランスが保てなくなった譲は植込みに突っ込んだ。
(あぁ、洗濯物が・・・・・・)
手にしていた洗濯物が無残に散らばったのを視界の隅で認めた。
(後で景時さんの泣き言を聞くハメに・・・・・・)
譲は切ない思いを胸にしまい、引っ張った本人を見る。
「先輩?一体何が・・・ 「うるさい、眼鏡」
「誰だよ白龍に眼鏡とか教えた人は・・・」
「ゆきだよ」
「・・・・・・・やっぱり」
最近の白龍は、誰かに言葉遣いを教わっているらしく(ゆきとヒノエだが)、時々こちらが絶句する様な辛辣な事を言う。
譲は内心、冷や汗を掻きながら、望美と白龍が熱心に視線を注ぐ先を見る。
「嘘だろう・・・・・・?」
リズヴァーンとゆきが寄り添っているのを目の当たりにし、その意外性に驚いた。
「先生・・・」
「どうした?」
ゆきの背に回した腕を放した。
彼女は胸の前で指を組み、所謂「お願い」の姿勢で見上げて来る。
「お、おお願いがあります」
「どうした?」
「あのっ!・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・やっぱり駄目だあっ!!」
「・・・・・ゆき。焦らなくとも良いから、落ち着きなさい」
両手で顔を覆い、叫びながら座り込むゆきの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。
望美とはまた違った小さな肩に、精一杯の元気を詰めて頑張る少女は今、リズヴァーンの理解の出来ない所で悩んでいるらしい。
普段は気後れしているのか、滅多に寄って来ない彼女がこうして「お願い」をする位なのだ。
叶えてやりたいと純粋に思う。
悶絶するゆきが口を開くまで、待つ事など造作もない。
だが・・・・・・
「か、春日先輩!あの二人ってまさか!」
「シーッ!譲くん聞こえちゃう!」
「あ、すみません」
譲は、ゆきとリズヴァーンの抱擁を見て目を丸くした。
つい声を荒げた所を望美が注意する。
「あれ〜?譲くん!洗濯物が・・・」
「お前達、そんな所で何を・・・あ、あれは!?・・・・・・でっ!!」
自室に向かう景時と、景時に用がある九郎が、
隠れる望美達と、放り投げられ無残な姿になった洗濯物に気が付く。
ふと中庭を見た彼らも、二人に気付いた。
大きな声を出し掛け、譲の時と同様に、望美達によって引きずりこまれる。
「な、何を・・・?」
「ええ〜?望美ちゃん?」
「静かに!聞こえちゃうでしょ!」
「九郎も景時もうるさいよ」
望美と白龍の迫力に付いていけない。
「何をしているのだ、あの二人・・・」
「まさかゆきちゃんが告白とか〜?」
「なっなんだと!?確かにリズ先生は素晴らしい方だが歳が離れ・・・・・・」
「「「シーッ!!」」」
「あ、あぁ・・・・・・すまん」
視線の先には、やっと身体を離した二人。
両手を胸の前で組み、乙女なポーズでリズヴァーンを見上げているゆきと。
その彼女を優しく見守っているリズヴァーンの姿があった。
ゆきは何かを言おうとして、叫びながら座り込んだ。
そんな彼女の頭を、身を屈めて撫でるリズヴァーン。
一体何の話をしているのだろう・・・
彼らは一言も話せずに、事の成り行きをじっと見ている。
・・・・・・笑顔の怖いあの軍師が不在で良かった、と思いながら――――
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