大地の陽番外編 | ナノ
見つけた。
(やっぱり迷子になってた)
もはや迷子の常習犯となっているゆきに、ヒノエはやれやれと肩を竦める。
人込みから少しだけ離れた木の下にゆきは立っていた。
一人が心細いのか、憂い顔を浮かべている。
いつもの元気な彼女でなく、女性らしい表情を浮かべるゆき。
見知らぬ男達がゆきを指差して何か話している。
そのまま近付くのを見て、ヒノエは残りの距離を一気に詰めた。
「誰を待ってるんだい、麗しの姫君?」
「え‥‥ヒノ」
振り返りながらヒノエ、と言おうとしたゆきの動きがぴたりと止まる。
後ろからしっかりと身体を固定されていたから。
抱き締められてと言うよりは、脇をしっかりと羽交い締めされている。
「‥‥‥ヒノエ、何これ?」
「何って、勝手に行動する姫君へのお仕置き?」
いつものゆきなら怒るのだが、
「そっか、お仕置きかあ‥‥ごめんね」
神妙にしている彼女にヒノエは怪訝な顔をする。
「何かあった?姫君」
「んー?‥‥‥腹減った」
「‥‥腹?お前ね、もう少し女らしく‥‥」
「ヒノエ、お母さんみたい」
「おか‥‥‥」
ヒノエは絶句した。
母親みたいだと言われたのは、勿論初めてだ。
自分に向かって母親とはどういう意味だ。
男として意識されていないのか。
‥‥‥大体、母親の様な男ならひとりいるじゃないか、京邸に。
少し癪に障ったので、一旦腕を放して強く肩を抱く。
「ちょっ‥‥苦しいってば」
「‥‥‥オレは柔らかくて気持ちいいけどね」
わざと耳元で囁いてやる。
ビクッと揺れるゆきの肩に、笑いが込み上げてきた。
「赤くなって可愛いね」
「‥‥‥そうきたか」
赤い顔のまま、ゆきは呆れている。面白い。
「なぁ、ゆき‥‥」
「何をしてるんですか、ヒノエ?」
ヒノエの声に覆い被さる様に、静かな声が発せられた。
振り返らなくても解る。
黒い外套の下に極上の笑顔を浮かべながら近付いてくる男。
笑顔とは裏腹に、目は笑ってないはずだ。
「弁慶さん!」
漂う暗黒に気付いてないのか、ゆきの顔が輝く。
ヒノエは一瞬だけ腕の力を強めて、ゆきを解放した。
「探しましたよ、ゆきさん」
「ごめんなさい」
「で、どこ探してたわけ?随分かかったようだけど?」
「ちょっとした雑草駆除です」
「雑草?」
きょとんとするゆきの隣で、ヒノエは気付く。
さっき、ゆきに近付こうとした男達‥‥‥
という事は、ヒノエの行動も始めから見てたということになる。
「アンタも趣味が悪いね」
「何か言いましたか?」
「別に?耳でも悪くなったんじゃない、叔父さん?」
「人の目を盗んで花に手を出そうとする若僧よりましでしょう?」
「言うね、アンタも」
(楽しそうだなあ)
二人の応酬を見て、ゆきの顔は綻んだ。
何やら暗雲が立ち込めている気がするが、敢えて無視をする。
(あ、もうすぐお祭が終わっちゃうかも)
「二人とも、仲良しだね」
「‥‥‥‥‥‥は?」
「‥‥‥‥‥‥」
案の定、不意を突かれて黙り込む二人に、ゆきは間髪入れずに手を伸ばす。
「迷子にならないように気をつけますから、戻りましょう?」
にっこり笑うゆきと苦笑する二人は、人込みの中に戻って行った。
今度は迷子にならぬよう、しっかり手を繋いで。
満月の明かりが優しく照らす、そんな夜のおはなし。
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