大地の陽番外編 | ナノ


 






「‥‥‥どうしよう」



(弁慶さんがくれた、大切なものなのに!!)



‥‥‥大切な、大切な簪を失くしてしまった。



それもこれも庭で密かに素振りしてた、なんてオチだったりする。


よりにもよってこんな日に、ずっと大切にしていた簪を挿してみたりするから。


(弁慶さんになんて言おう)


弁慶に言ってもきっと怒らないだろう。
逆にこちらを慰めてくれると思う。


‥‥‥だからこそ言えない。


申し訳なくって、泣きそうになるから。
いや、間違いなく泣いてしまう。



罪悪感で一杯のゆきは、だから気付かなかった。

正面に座る譲が宥めるように肩を抱いていることに。
それを背後からしっかりばっちり目撃されていることにも。



「元宮‥‥ほら、もう一度探そう」

「‥‥‥うん、有川く 「もう一度何を探すんですか?」」



(‥‥へ?)


滲んだ涙を拭いて顔を上げる。


「え‥‥?弁慶さん」

「譲くん、その手を離してくれませんか?」


女なら誰でも顔を赤らめてしまうような、花の微笑。
なのに、びくりと背筋が震える。



(ひえええ!!め、眼が!‥‥眼が笑ってない!!)


ゆきには分かってしまった。
この、感情を伏せる事に長けた恋人が今、決して上機嫌でないことを。


「は?‥‥‥あ!そうですね。すみません!」

「‥‥え?あれ?うん」


そして、ここでやっと譲の手が肩に回されていたことにゆきは気付いた。

譲も同様だったのか、慌てるその表情は真っ赤。
飛び退く勢いで離れた。



「すみません、ゆきが何か君に迷惑をかけていたようですね」

「いえ、別に迷惑なんてかかってません。元宮は友達ですから」

「そうですか、それなら良かった。ですがお礼を言わせてください‥‥‥ありがとう、譲くん」

「い、いえ‥‥」


にこにこと笑っているのに、弁慶からは妙な圧迫感を感じる。
固まった譲に目もくれず真っ直ぐこちらに歩いてくると、彼はゆきに手を差し出した。








「そんな所に座り込んでどうしたんですか?」

「え、と‥‥ごめんなさい!!」

「ほら、謝罪の言葉なら後でゆっくりと聞きますから。ね?」

「‥‥弁慶さん‥」


譲の見ている前で、外套の腕の中に包まれるゆき。

まるでそこが、彼女の唯一の居場所かのように、しっくりとくるような。

ほっと頬が緩む彼女をいとおしそうに見る弁慶なんて、他では眼にする事がないのかもしれない。




(‥‥‥っ!!)


立ち上がりかけた譲に刺すような視線。



「‥‥‥譲くん。もう、大丈夫ですから」

「‥‥分かってます」





‥‥ゆきに触れるな。







今の視線はそういう意味だろう。

譲は溜め息を吐いて立ち上がった。
音を立てて膝を払えば、ゆきが涙目の顔を上げた。


「俺は中に戻ってるから。ちゃんと話しろよ、元宮」

「うん‥ありがとう」




(‥‥‥確かに、弁慶さんが心配なのも分からなくもないけどな)


もともと可愛らしい顔立ちだったゆき。
共に高校に通っていた頃でも、彼女は何気に人気があった。

そして京に来て‥‥ここ最近で随分と綺麗になったのだから。



そしてここは男所帯に近い。


挙句に当の彼女は、自分に向けられた好意や恋愛感情に無頓着というか‥‥‥気付いてすらないだろう。


(弁慶さんも大変だな。元宮はある意味大物だから)


同情に近い溜め息を、譲は漏らした。




濡れ縁から邸内に上がろうとした足を止めて、振り返る。




(‥‥‥‥あれ?)



濃厚なラブシーンくらいは覚悟していたが。



眼にしたものは、

ぎゅぅっとゆきの頬を左右に引っ張る軍師と
涙を一杯に溜めているゆきの姿。





ある意味微笑ましい二人に、小さく吹き出した。



 
 

 
戻る

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -