大地の陽番外編 | ナノ


 



「‥‥‥起き上がれますか?」

「ええ」



起き上がるのを支えるべく手を添えれば、ゆきの身体もかぁっと熱くなった。



「えっと‥‥」

「帯を解いてくれませんか?」

「は、はいっ」



まさかこんな風に、自分から触れるとは思ったことがなくて、緊張のあまり結び目が上手く解けない。



「あ‥あれ?」



褥に上半身を起こした弁慶がじっと見守っている野にも気付かないほど、ゆきが四苦八苦している。


弁慶の前に屈んで。
固結びを施した結び目は中々解けないから、苛立つゆきは段々と顔を寄せてくる。

そう、身体の中心に。



「‥‥なかなかいい眺めですね」

「‥え?今なんて?」

「いいえ、何も。手伝いましょうか?」




思わず笑いそうになった頬を引き締めて、弁慶は顔を上げた彼女に申し訳なさそうに言う。



「大丈夫です!もうちょっとだから」



にこっと笑うと、ゆきはまた帯に熱中し始めた。



「でも、随分と固くしたんですね‥‥‥解きにくいったら‥」

「‥‥当然です」



小さく呟いた声は、幸いにも拾われずに済んだ。












「よし!出来た!‥‥‥うわっ!!」

「‥‥‥?どうかしましたか?」

「‥‥‥‥や、あのっ!?」



ようやく帯が解けて一仕事を終えた勝利感を噛み締めていたゆきは、衣擦れの音に目を見張らせた。


首を傾げながら夜着を滑らせた弁慶は、上半身裸。


(め、眼のやり場がないっ!!)



‥‥‥ここはもう、どうにかして逃げなければ。

ドキドキするあまり死んでしまうかもしれない。



「‥もうお粥が出来てますよね!!そうだ!お粥を取りに行かなきゃ!」



なんともわざとらしい日本語を叫びながら立ち上がろうとして、やはり‥‥‥その腕は掴まれて、引き戻される。



「拭いてくれませんか‥‥‥?」

「むむ無理ですっ!!」



(これ以上はもう、無理!絶対無理!!)


今度こそ、こればっかりは、何があっても‥‥‥‥聞けない。
固い決心をこめて首を振れば、弁慶がじっと見つめてきた。



「そうですか‥‥」

「‥‥っ」

「君の側に居ると安心できて、つい甘えすぎてしまいましたね‥‥‥嫌がっているなんて気付かなかった僕が悪かったんです。すみません」





そんな悲しそうな眼を向けられれば、いつだって。

ゆきは負けてしまうのに。





はぁ、と溜め息を零すとゆきは枕元の拭布を手に取った。



「‥‥‥‥嫌がってるなんて、思ってないくせに」

「そう見えますか?これでも必死なんですよ、僕は」

「‥‥嘘」


弁慶は苦笑した。



眼のやり場に困り、伏せ眼がちに腕を拭くゆきの白い肌。

ほっとさせるような笑顔。

どれ程自分を、周りの男も女も惹きつけているのか。どれ程自分が彼女を想っているのか。
‥‥自覚がないだけに、こちらとしては困って仕方ないと言うのに。


ほら、今日だって‥‥‥



「‥‥ゆき」

「はい?」



きょとんと顔を上げた彼女に、一体どう言い聞かせようか?と思考をめぐらせた弁慶の耳に、微かに聞こえる床が軋む音。


誰なのか、おおよその見当を付ける。

そして、徐にゆきの腕を引き寄せ抱き込むと、その身体を反転させた。





「弁慶。臥せってるところ悪いんだけどさ〜‥‥‥」


と、部屋の主に特に許可を得ることもなく、いつものように障子を開けて、景時は固まった。

湯気を発した小さな鍋を片手に持ったまま。
傾いた鍋から零れた粥の湯が、親指を直撃するのも気付かないほどに固まっている。





それ程に衝撃的な光景が、眼の前に繰り広げられていた。



褥の上で絡む、男女の姿。


「んんぅっ」


上半身裸の弁慶。
その下で彼に抱え込まれて激しく唇を重ねているのは、景時もよく知る人物。
程よく肌蹴た着物が、『何』をしている最中なのかを物語っている。



「ええと‥‥‥」

「‥んぅ」

「君ですか。何か?」


唇を離してこちらに眼だけを向ける弁慶と、眼をとろんとさせている赤い顔のゆきと。

知己の冷たい声音が、景時を更に居た堪れなくさせる。



「ゆ、譲くんから粥を頼まれたんだ」

「‥‥ああ、成る程。そこに置いて下さい」

「あ、うん。ここここだね?」



入り口の障子の前にそっと鍋を置き、踵を返す。

一目散に走って逃げたかったのに、それは叶わなかった。


「‥‥‥それと、景時」

「な、何かな〜?」


振り向くのはきっと危険。

そのままで硬直すれば、背後から殺気を感じた。





「‥‥今から暫く、誰も部屋に近付けないで下さいね?」

「ぎょ、御意〜」



これで誰かが近づけば、間違いなく自分の存在が危うくなる。

ふぅ、と大きく息を吐けば、今頃になって親指を火傷したことに気付く。

景時は我が身を案じ、痛む親指やら更に『色んな意味で』泣きたくなった‥‥‥。



























身体を拭いていたら突然押し倒された。
慌てて飛び退こうしたが、いつの間にか腰に回った手がそれを許さない。
ぐっと引き寄せられると唇が塞がれた。

同時に、彼の片手は袷を広げてくる。


(胸、ちょっ、胸ーっ)


胸を掠めるギリギリのところで手は止まり、ホッとする。
けれどそんなのは一瞬だけで、障子の開く音と同時に景時の声がした。


「んんぅっ」


羞恥のあまりに声を上げても、キスの合間だとそれはくぐもった音にしかならない。


何かを話してる声がするのに。



キスが気持ちよくて
抱き締められたその身体が熱くて、
ぼぅっとした。


‥障子戸の閉まる音。
我に返って思い切り突き飛ばせば、思いの外簡単に拘束は解けた。


「なんて事をするんですか!!」

「なんて事、とは?」

「‥‥‥っ!!こ、こんな風に、誤解を‥受けるようなっ!!」

「誤解?」



弁慶の眼が細められる。

普段のゆきなら、その目がいつもと違うことに気付いただろう。
けれど、景時に見られた恥ずかしさから今は余裕がない。



「誤解ですか?」



再び褥に押し戻されると、ゆきの腕は痛いほどに掴まれた。


  

 
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