大地の陽番外編 | ナノ
しん、とした車内。
BGMには流行のR&Bが音声豊かに流れていた。
けれどやはり静かに感じるのは、生命力に溢れた子供の笑い声ではないからなのか。
「‥‥‥あっという間ね、子供の成長って」
「そうだね。前に会った時は殆ど喋ってなかったのに」
蘭の呟きに返さずにはいられなくて、詩紋も同じ声量で応えた。
バックミラー越しに、天真と眼が合う。
「子供っていいもんだな」
「お兄ちゃんってばゆきに会う度に同じ事言ってる。ねぇ詩紋?」
「うん、言ってるよ」
僅かな間だけ起こる、さざめきの様な小さな笑い声。
蘭は車窓の外、流れるオレンジの灯をぼんやり眺めていた。
「‥‥‥‥‥‥子供、かぁ‥‥‥私も結婚しようかな」
「‥‥‥なっ!?」
「前に偶然会った時の彼氏?」
「うん。プロポーズもされてるんだけどね。どこかで踏ん切りが付かなくて‥‥‥でも、あかねにも結婚はいいよって言われたしさぁ」
潮時かな、なんて言いながら、蘭は頬に両手を遣った。
「ゆっくり考えていいんじゃない?ねぇ、天‥‥‥」
天真くん?、との問い掛けは終に出ず。
詩紋は口を開けて前で運転しているその背中を、見た。
正確には、運転しながらわなわな震えている背中、になるが。
「‥‥‥駄目だ」
「‥‥‥何よ」
「馬鹿!!駄目だ!何処の馬の骨とも知らない男と結婚するなんか許さねえ!!」
「何よ!!父親みたいな事言わないでよ!!だからお兄ちゃんに言いたくなかったんだから!!」
「お前はまだ子供だろっ!?」
「ざーんねーんでしたっ!!もう二十歳超えてますぅーっ!!」
「蘭っ!!てっめぇ‥‥‥」
がうがうと睨み合う二人。
平行線を辿ると思われたそれは、思わぬ所で解決を迎えた。
「‥‥‥ねぇ。天真くんも蘭も。黙らないと
あの事、喋るよ?」
静かになった車内。
詩紋が握る、一瞬で黙らせる程の相手の秘密とは何だろうか。
‥‥‥そう考えるも、自分のそれがバレるのが怖くて、口に出せない兄妹がいた。
前席の緊張感にクスクス笑いながら、行きと同様に詩紋は車窓を見る。
反射した窓に映る自分の姿。
京では「鬼」と呼び否定されて、辛く哀しい思いをしたけれど、それだけじゃなかった。
あの世界で自分は手に入れた。
居場所を。
ぬくもりを。
仲間と呼べる、宝物を。
その一部は、こうして今でも大切に出来る距離にある。
(皆にも見せてあげたかったな)
幸せそうなあかねの笑顔と泰明の緩む眼。
そして、あの異世界で過ごした日々の中で培った。
ゆきと言う名の、
愛の――――――結晶。
陽溜まりの様な幸せは、ずっと続くといい。
静かな車内で、心地よい歌に身を沈めながら。
詩紋は眼を、閉じた。
翌日、足腰が立たなくなるまであかねを酷使した泰明が、爽やかに仕事に出掛けたかどうかは‥‥‥‥夫婦だけの秘密。
前
戻る