大地の陽番外編 | ナノ
「あ、はい。これ、桃のタルトだよ」
「うわぁ!ありがとう!わざわざ作ってくれたの?」
可愛らしくラッピングされた箱を、嬉しそうに詩紋から受け取るあかね。
泰明はチラッと、妻を横目で見た。
「確か、お前から作ってくれと電話していたと思うが」
「う‥‥‥だって店で買うより美味しいんだもん。いいじゃない!たまにしか食べられないんだから」
「‥‥‥良くない、とは言っていない」
泰明の口調は幾分マシになったものの、相変わらず淡々としている。
京にいた、あの時からずっと。
けれども、あかねやゆきを見つめる眼がとても優しい。
そして愛情が溢れそうな程感じ取れて、詩紋はいつも泣きそうになる。
自分はずっと、大好きだったから。
泰明も、あかねも。
京に居た頃から、二人に流れる赤い糸を最初に感じ取ったのは、恐らく自分だろうと自負している。
暫し二人を緩む眼で見つめていた詩紋は、袖をくい、と引っ張られて顔向きを変えた。
じぃっと、大きな眼を丸くして服の裾を掴むゆきと目線を合わせる様にしゃがんだ。
「どうしたの?」
「あのね、ちもんくん!おとうたんとおかあたん、なかよちだからね」
「うん、分かってるよ。大丈夫」
喧嘩してるんじゃないよ、と教えたかったのだろう。
詩紋の大丈夫の言葉にホッとして笑う。
(あかねちゃんにそっくりだなぁ)
その笑顔。
京での自分の蟠りや昏い感情をいつも拭ってくれた人物そっくりで、詩紋は嬉しくなる。
「おとうたんとおかあたんちゅーちてたから!!」
「‥‥‥‥‥‥あ、そうなんだ」
「もう!ゆきちゃんのお喋りっ!!」
あかねは真っ赤になっていた。
目敏く見つけた泰明が唇の端で笑み、朱に染まった頬に触れ、撫でる。
「‥‥‥顔が赤いぞ?あかね」
「‥‥‥泰明さんまでからかわないで」
「からかってなどいない。事実だろう‥‥‥今此処で再現しても良いが」
「もう、馬鹿」
すっかり二人の世界が出来上がっていた。
子供の教育に悪いだろう、と思いながら天真と蘭、そして詩紋がゆきに一斉に注目した。
「あっちいこ?」
小首を傾げて三人に告げる、三歳児。
クルッと踵を返すと、トタトタとリビングからキッチンに繋がるドアを開けた。
「‥‥‥ある意味凄い家庭環境だな」
「普段からよっぽどイチャついてるのね」
「ゆきちゃん三歳なのに‥‥‥」
なんて呟きながら、三人も付いて行った。
詩紋の手作りの桃のタルトが大層気に入ったゆきは、「んまい!」と何度も絶賛しては製作者を喜ばせた。
その後、蘭の買って来たオレンジのセーターと黒のコートを着て、すっかりご満悦になっている。
「コートはおうちじゃ暑いでしょ。ほら脱いで」
「やあだ〜!!」
あかねが脱がそうとするもすばしっこく逃げ回り、ソファによじ登って天真の背後に隠れる。
すっかり顔を綻ばせた天真はゆきを抱き上げて頬擦りして‥‥‥泰明に危うく呪詛されそうになった。
‥‥‥結局、断固として着続けていた。
天真は何故か某ライダーの変身ベルトを持参していた。
「ここんとこを押して、変身!って言うんだぜ。やってみるか?」
「へんちん!」
「おっ!上手いなゆきは!」
「うん!」
まるでヒーロー技の伝授をする師弟の様に、真剣に話す天真とゆき。
天真が何かを呟く。
大きく頷いたゆきが身体を動かすと、褒めながら頭を撫でた。
「お兄ちゃんはゆきが女の子だって分かってるかしら」
はぁー、と深い息の蘭。
詩紋も苦笑しながら師弟を眺めていた。
「これは早く弟でもつくってあげなきゃね」
「も、もう!恥ずかしい事言わないでよ蘭!!」
真っ赤なあかねにクスクス笑い、蘭は泰然とソファに座る泰明に問う。
「早く作って上げて下さいね」
「‥‥‥今からか?」
「ちょっ!辞めてよ二人とも!ねぇ詩紋く‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ!!‥‥あ‥‥‥」
「‥‥‥えーとあの、ごめんなさい」
思わず蘭が謝ってしまう程、詩紋は真っ赤な頬をしていた。
「すっかり寝ちゃったね」
「本当。こうして見ると、寝顔は泰明さんによく似てるわね」
「ゆきちゃんは美人になるとボクは思うな」
「無論。私とあかねの娘だからな」
「‥‥‥お前、本当にゆきの事になると目尻が下がるんだな」
天真の嫌味にも似た一言にも動じる事なくふん、と鼻で笑う。
明日は仕事があるからと、早目の夕食を済ませた三人は玄関で靴を履いた。
今から出れば深夜には家に付く。
あかねと、眠るゆきを抱いた泰明が見送る側‥‥‥玄関の内に立つ。
もしゆきが起きていたら「帰らないで」と大泣きしただろう。
前回もそうだった。
そう思えば眠っている事にホッとする。
だが反面、少し寂しくも思うのだが。
「また来るから寂しそうな顔するな、あかね」
「‥‥‥大丈夫だよ。泰明さんとゆきちゃんがいるから」
「‥‥‥ん‥‥」
「あ、起きちゃったね、ゆきちゃん」
あかねの声に、ゆきは眼を擦りながら泰明の腕から身を起こした。
まだ寝ぼけているのだろう。
「ゆき。天真達が帰る。挨拶しなさい」
柔らかく眼を細めて淡々と告げる父の言葉に深く頷くと、三人を見た。
少しだけ、真面目な顔でじっと見る。
そして、にっこりと笑うと両手を伸ばした。
「ありがと」
「またな」
「また遊ぼうね、ゆき」
「今度もお菓子を作ってくるからね」
「うん!ばいばい!」
そして彼らは車に乗り込む。
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