騎士と私の往く道 第一章


 穏やかな風が心地良い、『あの日』もこの様な穏やかな日だった。今でも『あの日』の事は鮮明に思い出せる。
 いや、思い出す必要など無い。主と初めてお会いした特別な日なのだから、忘れた事など一度も無い……。

 初めて主とお会いしたのは、主がまだ幼い少年の時でした。濃藍色の瞳をきらきらと輝かせて、私を見ている主を見てこう思いました。
 ――この方の傍にいよう。
 一目見て、私はこの少年を主と定め、そう誓いを立てたのです。この誓いは主にはきっと届きはしないだろう、それでも私は構わない。主の傍に居れれば、それで私は構わないのだから。
 幾年が経った。少年だった主は、精悍な顔付きの青年へと成長して私の前に現れた。主は騎士となっていた、そして私はあの時立てた誓いの通り、主の往く所には必ず付き従った。主は騎士として守りたい物の為に剣を振るい続け、私は傍らで剣を振るい続ける主を支えた。
 そんな私を、主はいつも労いの言葉を掛けてくださった。騎士としてより成人男性として、初めて自分で手に入れたという給金で私の為に装飾品を買ったと聞いた時は、申し訳なさと嬉しさが相まって心中は複雑でした。
 「安物ですまない」と、すまなそうに笑いながら主が私にくれたのは、小さな瑠璃色の石の付いた髪飾り。残念ながら、装飾品の価値は私には分からないけれど、私にはこの髪飾りが貴族が着飾るどの装飾品より高価な物に思えた。何より主の瞳と似た色を付けれるというのが嬉しかった。主と共に駆け抜けた穏やかながら充実した日々、それがいつまでも続くと信じていた。運命のあの日が来る迄は……。

 何が起きたのか分からなかった。主がこの国の王女を拐って何処かへ行ってしまった。と、慌ただしくしている兵士達が口々に言っていたのを聞いて愕然とした。主が何処かへ行ってしまった?国を裏切ってしまった主に疑問を持つより、そっちの方に疑問を持ってしまった。国を裏切った話は、どうせ主の実力を妬んでいる者達が勝手に作った出鱈目に決まっている。
 それより私は主が私を置いて行ったということが信じられなかった。どうして、私に一言声を掛けて下さらなかった?主の為ならば、この命を捨てる事にも躊躇いはないと誓っていたのに。そして私は、周りの人達の制止を振り切り、飛び出していた。
 何処かへ行ってしまった、主を探す為に――。

 何れ程の時を歩いていただろうか、主を探す為に私はさ迷い歩いた。探す理由ただ一つ、主にお会いしたいから。傍に居ると誓ったのだ、その誓いを果たす為に私は主を探す。それに、私には妙な確信があった。
 ――主は生きている。
 言い切れる理由は私にも分からないけれど、主は生きている。そして、私はそれを信じてただひたすら歩き続け、気が付けばいつの間にか私の周りに濃い霧が立ち込めていた。
 前も後ろも右も左も何も見えない。魔物の罠だろうか?見構える私の耳に誰かの声が聞こえた様な気がして顔を上げると、いつの間にか濃い霧は晴れ、巨大な剣のモニュメントが中央に立っている見た事の無い廃墟に立っていた。光が意志を持つ様に尾を引いて漂う夜空を見上げ、私はまた歩き出した。

 キラキラ輝く大地、歯車だらけの建物、光の螺旋の底、寄せ集めの瓦礫で出来た搭、蒼穹に浮かぶ城、星が瞬く渓谷、果てない回廊、悪意が漂う城。様々な場所が切り貼りした様な歪な場所を越えて、辿り着いたのは朽ちた神殿。この神殿には見覚えがある、かつて主と騎士団の調査で訪れた場所だ。
 あの時は、訪れた際にはただならぬ気配に足が竦んで先に進めず、入口で主の帰りを待つという情けない姿を見せてしまい、我ながら恥ずかしい思いをした――そんな私に仕方がないと主は慰めてくれましたが。
 今回も足が竦みそうになるが、この神殿の中に入らなければいけない気がして、私は震えそうになる足を叱咤して一歩踏み出し――。
 ――驚愕した。この神殿の大広間と思われる場所で、スロープの先にある玉座に座る騎士の姿に。厳つい兜で顔を隠してはいるが、私には分かる。あの騎士は私の主だ。私はスロープを駆け上がる、主も私に気付いてくれたようで玉座から立ち上がった。
 ああ、主!漸くお会い出来た!この時を何れ程望んでいたか!私は喜んだ、これ以上が無い程の喜びを表していた。が、当の主は喜んではいなかった。
 「……すまぬ」沈痛そうな声で一言、それだけを述べた。
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