抱き合う温もりだけが唯一の希望


 息を切らしてオニオンナイトは森の中を駆け抜ける、走りながらオニオンナイトは隣を見る。隣には仲間であり、秩序の戦士達の盟主たる光の戦士が並んで走っている。光の戦士は後ろが気になるのか時折、後ろを振り返りつつ走っている。
 オニオンナイトは唇を噛む、この様な事態に陥ったのは自分の所為だと強く思いながら。

 それは久しぶりに皆が集い、寛いでいた時だった。突如、現れたイミテーション達の奇襲を受けた。突然の事に驚きつつもやはりそこは歴戦の戦士達、すぐに武器を取り応戦した。
 が、如何せん敵の数が多く善戦むなしく、次第に追い込まれる戦士達に光の戦士は撤退を指示した。光の戦士の指示にクラウドとセシルがイミテーションの輪に楔を打ち、その楔から光の戦士が切り開いた。
 崩れた輪から各々が外へと飛び出す、しかし輪の中の方にいたオニオンナイトだけがそのタイミングを逃し、抜け出す事が出来なかった。取り残されたオニオンナイトを助けようと引き返そうとする仲間達を止め、光の戦士はオニオンナイトを救うべく単身で輪に飛び込んだ。
 ――そして今に至る。

(このまま振り切れれば良いのだが…)
 未だに感じる混沌の気配に光の戦士は眉を寄せながら心中でごちる。大量のイミテーションを用いて尚且つ、執拗な追撃、指揮を取っているのは皇帝だろう。

「うわっ!?」

 オニオンナイトから悲鳴が上がる、木の根を避けそこない躓いてしまった。躓いた拍子に転びそうなったオニオンナイトを光の戦士は腕を掴んで倒れるのを防いだ。
 かなり息が上がっている、既に体力の限界に達しているのだろう。

「少し休もう」

 光の戦士の提案にオニオンナイトは、息を弾ませながら首を振った。

「まだ、走れます…」

 そう言って歩き出そうとするが、膝が笑って足取りが覚束ない。光の戦士は掴んだ腕を引き、すぐ傍の木の根元にオニオンナイトを無理矢理座らせた。

「ら、ライトさん!」

 座らされたオニオンナイトは光の戦士に非難の声を上げ立ち上がろうとするが、くたくたで立ち上がれなかった。

「これ以上は無理だ、君も分かっているだろう?」

 光の戦士の指摘にオニオンナイトは図星を突かれ、俯いて小さく頷く。光の戦士は掴んでいた腕を離し、木に凭れてオニオンナイトの隣に立った。

 森の中だというのに虫達の音が聞こえて来ない、虫達もただならぬ事態に警戒しているのだろうか。
 オニオンナイトはちらりと光の戦士を盗み見、俯いて膝の上に乗せていた手を強く握り締める。いつも思っていたがこれ程体力の無い自分が悔しいとは思わなかった。彼だけなら逃げ切るのは容易い筈なのに、自分がいる所為で――。

「――ッ!!」

 オニオンナイトは顔を上げる、光の戦士は光を武器へと具現化させて構え周囲を警戒する。振り切れてはいなかったが、こんなに早く追い付かれるとは思っていなかった。
オニオンナイトも魔力を高めて周囲を探る。
 がさりと草むらが動いた。

「炎よ、翔べ!」

 オニオンナイトは素早く印を切り、光の戦士より早くファイアを唱える。
 炎の矢が動いた草むら目がけて放たれた、しかしその炎を待ち構えていた様に光弾が草むらから飛び出した。光弾は光の戦士の盾で難なく弾けたが、それを合図に数体のイミテーション達が現れた。光の戦士はちらりと後ろを見て、イミテーション達を迎え撃つ。
(援護、しなきゃ…!)
 オニオンナイトはふらつく足を叱咤し、木に手を付き立ち上がろうとする。その時はイミテーション達がいる前にしか意識が向いていなかった、後ろから草を踏む音が聞こえたというのに。
 イミテーション達の攻撃を盾で受け止めながら光の戦士はその場を動かず応戦していた。動けば疲れて動けないオニオンナイトに攻撃が当たる。光の戦士は剣に光の力を込めて左足を軸に体を捻り、襲い掛かるイミテーション達を前に大きく横薙ぎに剣を振り抜く。
 振り抜くと同時に解き放たれた光はイミテーション達を吹き飛ばす。吹き飛んだイミテーション達に光の戦士は直ぐ様、盾を前に構える。攻防一体の技、シールドオブライトを発動させる時間が欲しかったのでこの隙を逃すつもりはない。

「そこまでだ」
「――ッ!?」

 後ろから聞こえた制止の声に振り返り光の戦士は目を見開く、オニオンナイトの隣に皇帝が立っていたからだ。光の戦士は剣を持つ手に力を込める。
「動くな、動けばこの少年の命は無い」
 そう言って皇帝は持っている杖の石突をオニオンナイトの首に宛がう。皇帝の胸に剣先を突き立てるより、刃になっている石突がオニオンナイトの首をかっ切るのが先なのは明白だった。光の戦士は力を抜き、剣先を地面に向けて下ろした。

「ライトさん…」
「そうだ、それで良い」

 剣先を下ろしたのを見計らい、先程のイミテーション達が後ろから光の戦士を拘束し、無理矢理地面に膝を付かせた。その姿に皇帝は高らかに嘲笑の声を上げる、皇帝が上げた嘲笑の声が森の中に谺する。
 しかしオニオンナイトの耳には届いていなかった、ただ呆然と光の戦士を見ていた。
あの光の戦士が、誇り高く高潔な自分達の盟主が成す術もなく膝を屈している。だけど皇帝を見据える水浅葱の瞳だけは澄んだ色を湛えていた。

 皇帝に捕らえられた二人は彼の居城、パンデモニウムに連れて来られた。縄で手を後ろ手に拘束され、イミテーション達に囲まれながらパンデモニウム内の回廊を歩いていた。
 後ろ手に拘束されている状態というのはバランスが悪い、オニオンナイトは何度も崩して倒れかけるが、その度に光の戦士が支えてくれた。
 彼とて後ろ手に拘束されているにも拘らずにだ。
 辿り着いた先は所謂、謁見の間だった。奥の玉座で皇帝が優雅に足を組んで座っていた。むせ返る程の甘ったるい雰囲気だった。同じ様に玉座のあるカオス神殿とは全く違う、あちらは張り詰めていて厳粛な雰囲気に満ちていた。
(主が違うと、こうも雰囲気が違うんだ)
 オニオンナイトは唾棄したい思いで皇帝を睨むが、それを咎める様にイミテーションの一体に強く押された。

「ぃたっ!」

 後ろ手に拘束されているオニオンナイトは手を付く事が出来ず、そのまま前のめりに倒れる。

「オニオン!」

 先に膝を付いて座らされていた光の戦士がオニオンナイトの傍に体を寄せる。

「大丈夫か?」

 光の戦士の気遣いの言葉にオニオンナイトは顔を上げて頷く。

「麗しいな、滑稽な程に」

 侮蔑を含んだ言葉に光の戦士は玉座の皇帝を睨む、しかし皇帝は光の戦士の睨みを涼やかに受け流す。

「なかなかの眺めだ、よもや光の戦士をこの手で捕らえる事が出来るとは」
「捕らえたところで、我々が貴様に従う事など決して無い」

 頬杖を付いて愉悦を滲ませた言葉に、光の戦士は鋭く言い放つ。それすらも今の皇帝には笑みを深めるだけでしかなかった。

「貴様は自分の立場を分かっていないようだ」

 皇帝は徐ろに手を上げる、皇帝の指示にイミテーション達が倒れているオニオンナイトを引き立たせる。

「――ライトさん!」
「オニオン!」

 引き摺られる様に連れて行かれるオニオンナイトは振り返り光の戦士を見る。光の戦士も振り返り、連れて行かれるオニオンナイトに何も出来ない事を歯噛みしながら見送るしか出来なかった。

「さて、これで理解出来たか?」

 オニオンナイトを見送った光の戦士は皇帝に向き直り先程より鋭く睨み付ける。

「貴様等の全ては私の手の内にある。例えば、あの少年にこれから苦痛を与え続ける事も可能だ。子供は喧しいから好きではないがな」
「何が言いたい?」

 光の戦士の言葉に皇帝はにやりと勝ち誇る様な笑みを浮かべた。

「簡単な取引だ」

 格子の閉まる音が響き、役目を終えたイミテーションはその場から消えた。鎧類を剥がされ、牢屋に入れられたオニオンナイトは壁を背に膝を抱え込む。
 ひんやりした空気に身体が震える、吐く息が温度差で白く染まる。
(ライトさんは大丈夫かな…?)
 自分の体を抱きしめながら、あの場に取り残された光の戦士を心配する。正面きっての戦いならば決して負けない。だけど今は状況が違う、武器も奪われ拘束されている。
 あの様な状態は戦う者にとっては屈辱この上ない事だろう。
(僕の所為だ…)
 オニオンナイトは自分を責める。自分があの時、逃げ遅れなければこのような事態に陥る事は無かったと。光の戦士の誇りを傷付けたのは自分だと。

「その言葉、二言はないな?」
「くどい。そちらの条件を呑むのだ、貴様も守って貰うぞ」
 
 皇帝の確認の問い掛けに光の戦士は睨み付けながら答える、皇帝は小さく喉をならす。
「人に物を頼む態度ではないな」
 
 その言葉と同時に光の戦士の足元に雷の紋章が現れ、電撃が光の戦士を焼く。

「くぁ――ッ!」

 小さく声が上がるが、その後の声を殺す事になんとか成功した。痛みが全身に駆け巡り、紋章が消えた後には光の戦士は床に倒れこむ。

「もう一度聞こうか」

 倒れこんだ光の戦士は体を起き上がらせ、皇帝を見上げる。

「……頼む、彼には手を出さないでほしい」

 そう言って頭を垂らすと、皇帝は残虐と愉悦を合わせた笑みを浮かべた。


「……?」

 突如、この牢屋に満ちた魔力にオニオンナイトは顔を上げる、次いで中空から光の戦士が現れ床に落ちた。
「ライトさん!?」
 オニオンナイトは光の戦士の傍に駆け寄り息を呑む。彼も鎧を脱がされ、腰の布と足甲だけの状態だったが驚いたのはそこではない。あまりにも酷い怪我をしているのだ。何をされたのかは想像しないでも分かる。
 オニオンナイトは自分の腰布を外して床に広げる。此処は冷える、せめて身体を冷やさないようにしなければ。
 広げ終えると光の戦士の頭に回り込み脇に手を差し込み体を浮かせて布の上に寝かせ、すぐに足を片方ずつ持ち上げて布の上に乗せる。扱いは荒いが仕方ない、気絶した成人男性を持ち上げるなど自分には不可能だ。
 オニオンナイトは光の戦士に手をかざし集中する。

「我が声よ、祈りの祝詞を紡ぎて光となれ、光よ癒しの力を帯びて、傷付き疲れし者を癒せ、命を救う癒しの光を我が手に、ケアルガ」
 
 かざされた手から光が溢れ、光の戦士を包み傷を癒していく。最上位治癒魔法ケアルガ、これならば殆どの傷を癒やす事ができる。
 全ての傷が癒え、光の戦士はゆっくりと瞼を開けた。一つ瞬きをして焦点を合わせて、覗き込んでいるオニオンナイトに向けて首を動かす。

「オニオン…?」
「…ライトさん」

 目を開いてくれた光の戦士にオニオンナイトは安堵の息混じりに名前を呼ぶ。

「此処は?」
「パンデモニウム内の牢屋だと思います、貴方は転移の魔法で運ばれて来ました」

 オニオンナイトが光の戦士に簡潔な説明をする。光の戦士はそうかと呟き、腕を上げて眺める。

「君が治してくれたのか?」

 光の戦士が訪ねるとオニオンナイトが頷く、光の戦士は腕を下ろして布の感触に下に布が敷かれている事に気が付いた。

「君には世話になったな、ありがとう」

 礼を言われる様な事はしていない、オニオンナイトは光の戦士の言葉に否定の言葉が浮かんだ。

「――どうして?」

 だからなのだろうか、固く止めいた言葉が意志とは逆に口から出てきた。その言葉に光の戦士はもう一度オニオンナイトを見上げる。

「ライトさん、どうして僕なんかの為に…ライトさんだけなら逃げれた筈なのに…」

 目元に涙を浮かべながらオニオンナイトが膝に置いた手を強く握り締める、その手に光の戦士が自分の手をそっと重ねた。重ねられてオニオンライトは光の戦士を見る。

「ライトさん…?」
「仲間を見捨てて逃げるなど出来るわけがない」

 そう言って肘をついて上半身を起き上がらせ、オニオンナイトの目元の涙を指で払い彼の亜麻色の髪を撫でる。

「諦めなければ希望は必ず生まれる、だから諦めるな」

 そう言った光の戦士の瞳は力強い輝きが宿っている、その瞳を見てオニオンナイトは頷いた。頷いたオニオンナイトに光の戦士は小さく笑み、重ねていたオニオンナイトの手を引いて引き寄せる。

「わっ?!」

 引き寄せられたオニオンナイトは光の戦士の腕の中に収まった、光の戦士の突然の行動にオニオンナイトは慌てて抜け出そうとするが其処は大人と子供の力の差があり無理だった。

「ら、ライトさん!?」
「もう眠ろう。此処は少し寒い、互いに身を寄せれば暖かい筈だ」

 驚くオニオンナイトを無視する様に言って光の戦士は片手でオニオンナイトを抱きしめながら自分の腰布を外し、掛け布代わりにと二人の体に巻きつけて横になった。
 光の戦士の行動にオニオンナイトは困惑したが抱き締める光の戦士の暖かさに体の力を抜き、もぞもぞと寝易い体勢に動いて目を閉じる。体がくたくただった事もあり、すぐに眠りに就いた。
 光の戦士は一度だけオニオンナイトの髪を撫でてから目を閉じた。
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