光への帰還
入り組んだパンデモニウムの中、行く手を阻むイミテーション達を倒しながら光の戦士とオニオンナイトは駆け抜ける。倒した際に適当に拾った剣でイミテーション達の攻撃を受け止め斬り払い、時折紙一重で躱す。
その際にもオニオンナイトの手を離そうとはしなかった。殆ど引き摺られる様に手を引かれて走るオニオンナイトは光の戦士を見上げる。
絶望的なこの状態、それでも尚、水浅葱の瞳は凛として輝きを失ってはいない。自分の身を守る事で手一杯な筈なのに庇う様に前に立ち、オニオンナイトを守り続けている。
『諦めるな、諦めなければ希望は生まれる』
此処に捕らわれた最初の日に言われた言葉が甦る。彼はずっと諦めていなかったという事なのだろうか?あんな苦痛を受け、酷い屈辱を与えられたというのに。
そしてオニオンナイトは気付く。自分は今、何をしているのだろうと。ただ何もしないで光の戦士に手を引かれ、庇われているだけだ、それこそ子供の様に。
今の光の戦士は身を守る為の鎧兜が無い、一撃でも受ければ全てが致命傷に繋がる。
そんな光の戦士に、今の自分に出来る事は――。
迫るイミテーションを斬り伏せていた光の戦士は、立ち止まり軽く息を吐く。が、その僅かな隙をイミテーションは容赦なく攻めて立てる。
「――ッ!」
右からの攻撃を受け止めていた光の戦士は角から飛び出した敵に対する対応に遅れた。
「氷の息吹き!」
オニオンナイトが空いた左手を突き出し、飛び出した敵に氷塊を放つ。
「息吹きと共に与えるは女王の抱擁、美しくも冷たき腕に抱かれ、久遠の内に眠れ!!」
氷塊から雪嵐へと変貌し、イミテーションを包み込む。オニオンナイトはその末路を見届けず次の詠唱を始める。
「古より破壊を承る炎よ、其の力、我が前に示し給え、我が敵を灰塵にし給え!!」
詠唱と共に放たれた紅蓮の炎が前から迫り来るイミテーション達を巻き込み、燃え上がる。光の戦士はオニオンナイトを見る、オニオンナイトはこちらを見上げ笑う。得意気で勝気な、そして誰よりも不敵な笑みで。
「貴方の盾には僕がなります、行きましょうライトさん」
目の前に居るのは今まで絶望と罪悪に打ち拉がれていた少年ではない。年若くも誇り高き盟友、オニオンナイトの称号を持つ戦士だ。
「ああ」
光の戦士の手を強く握るオニオンナイトの手を光の戦士は握り返した。
パンデモニウム内を二人は駆け抜ける、光の戦士が剣を振るえばオニオンナイトの魔法で援護して敵を打ち倒す。倒せども続々と増えるイミテーションに逃がすつもりの無い皇帝の意地の様なものを感じるが、自信を取り戻したオニオンナイトの敵ではないと実感していたが――。
「――ぅっ」
ぐらりと倒れ掛け、光の戦士は近くの壁に凭れて身体を支える。――実感はしているが、先程の皇帝の拷問が今になって堪えてきた。傷は全てオニオンナイトが治してくれたが、治してくれたのは傷だけで拷問を受けた際に流れ、失った血はそのままだ。
「ライトさん!?」
肩で荒く息をしているが一息で整え、壁から離れる。元々の白い肌が血の気が失せて青白く見える。
「……問題無い、行くぞ」
心配そうなオニオンナイトの手を光の戦士は引き、振り返った後ろからイミテーションが飛び出してきたのをオニオンナイトは見た。
「危ない!!」
咄嗟の対応に遅れた光の戦士に体当たりをしてオニオンナイトは前に立ち光の戦士を庇う、庇ったオニオンナイトはそのままイミテーションの攻撃を受けてしまった。
「ぅあっ!」
「オニオン!?」
オニオンナイトを攻撃したイミテーションを一刀に伏したが、次に襲い掛かって来たイミテーションの対応に完全に遅れた。盾があれば受け流せるが左手にはオニオンナイトの手を握っている、光の戦士はオニオンナイトの手を強く引いて庇う様に抱き寄せる。
抱き寄せられたオニオンナイトは何かが空を切る音を聞き、同時に襲い掛かって来たイミテーションが横に吹き飛ばさた。
二人は吹き飛ばされたイミテーションを見る、砕け消えていくイミテーションと共に消え失せる光の矢。二人は矢が飛んできた方を見る、この様な正確無比に射てる射手は一人しか二人は思い付かなかった。
「……よし」
フリオニールは弓を肩に通す、隣でティーダが手を額に宛て目を凝らしながら感嘆の声を上げる。
「流石のばら、目良いッスね」
「感心している場合か、ティーダ」
「分かってるって!」
フリオニールに嗜められてティーダは少しぶすっとした顔をするが、すぐに指で輪を作り口に銜え息を吹く。独特の鋭い音がパンデモニウム内に響き渡った。
微かな笛の様な音を耳が捕らえ、クラウドは聞こえた方に振り返る。
「クラウド?」
クラウドの行動にセシルが首を傾げると、クラウドがこちらに顔だけを向けた。
「二人を見つけたようだ、ティーダの指笛が聞こえた」
「本当!?」
クラウドの言葉にセシルは喜色を浮かべる、クラウドはしっかりと頷き愛用のバスターソードを背負う。
「行くぞ」
クラウドの言葉にセシルは頷き、クラウドと共にフリオニール達がいるだろう場所に向かって駆け出した。
「大丈夫ですか?」
光の戦士の腕を肩に回しながらフリオニールが尋ねる、光の戦士は普段ならば断っているがやはり血を失っているのは想像以上に堪えているらしく無言で頷き、大人しくされるがままになっていた。
それを見ながらちらりと光の戦士から離れた右手を見る。
「オニオン」
呼ばれて顔を上げるとティーダが背中を向けてしゃがんでいる、その態勢にティーダの言おうとしている事が分かった。
「僕なら大丈夫だよ、怪我も腕だし…」
そう言って怪我した左腕を見せる、傷口は思ったより浅くフリオニールが止血して貰って流血は止まっているので問題無い。
そう思い込ませようしたのだが――。
「…無理をするな、オニオン」
「無理はしてませんよライトさん、だって――」
「白魔法を唱えられないという状態でか?」
光の戦士の指摘にオニオンナイトは言葉を詰まらせる、誤魔化そうと思ったがやはり光の戦士には通用しなかった。
光の戦士の言う通り、此処に来る迄に上位魔法を連発し続けて魔力は底を突きかけ、
体力もすでに限界に近かった。
オニオンナイトはこれ以上の誤魔化しは無理だと悟り、しゃがんでいるティーダの背中に大人しく負さる事にした。負さるオニオンナイトにティーダは立ち上がり、背負い直す。其処にクラウドとセシルがやって来た。
「遅いッス」
「悪かった」
やって来た二人にティーダが言葉を投げると、クラウドはあっさり返した。
もっと奥までと覚悟していたが、予想より早く二人と合流出来た事にクラウドは素直に喜べた――顔には出ないが。
「来たところで悪いがセシル、オニオンの傷の治療をしてくれないか?止血は済ましてある」
「分かった」
フリオニールの頼みを引き受け、セシルはティーダに負さるオニオンの腕を手に取り傷口にかざす。
「夜を包む月の如く白き光を導き、傷付きし者を我は癒す、導かれし白き光よ、癒しの光となりて、我が手に集え、ケアルラ」
かざされたセシルの手から柔らかな光が溢れオニオンナイトの腕の傷口を塞ぐ。
「よし。じゃあクラウド、殿は任せたよ」
セシルの言葉にクラウドは頷く、ティーダは何かに気付いて辺りをきょろきょろと見渡す。
「ジタンは?一緒じゃなかったっけ?」
「『仕事』するから単独行動だよ」
セシルの答えに納得してティーダは頷き、クラウドに促されて歩き出した。
光の戦士とオニオンナイトを連れ、四人はパンデモニウム内のトラップを解除し終えたジタンと合流し、パンデモニウムを脱出し野営地に戻った。
野営地で待機していたバッツとティナは二人の帰還に大いに喜び、すぐに治療に取り掛かった。光の戦士はバッツがあたり、オニオンナイトの治療にはティナがあたる事になりティナはオニオンナイトが休む天幕に来ていた。
「清かなる光よ、私に力を貸して、傷付いた彼を癒して、癒しの光よ此処に、ケアルガ」
ティナがケアルガを唱える、傷口に光が降注ぎオニオンナイトの傷口を癒す。元々ケアルラである程度は癒してあったのでケアルガまでしなくて良いとは言ったが、どうしてもといつに無い強引さで押し切られた。
「ありがとう、ティナ」
治して貰いティナに礼を言いながらオニオンナイトはいそいそと通気性の良い麻素材の服を着る、じっとこちらを見つめるティナに気恥ずかしさと同時に男として見られていない哀しさを覚えた。
「…心配かけさせてごめんね、ティナ」
着替え終わり、オニオンナイトが謝るとティナは首を横に振る。
「そんな事ないよ。でも、二人が無事で本当に良かった」
「うん…そうだね」
ティナの言葉にオニオンナイトの歯切れの悪い答えをするが、ティナは全く気付いていないようだ。
「何か欲しいものとかある?私、持ってくるけど…」
「ありがとうティナ。でも、今は疲れたからちょっと休むよ」
そう言ってブーツを脱いで、簡易の寝台で横になろうとするオニオンナイトにティナは頷いて立ち上がる。
「じゃあ、スープを作ってあるから後で持ってくるね。大丈夫、バッツが作ったから私のよりずっと美味しいよ」
そう言って入口の布を捲り上げ天幕から出ていった。ティナの言葉に苦笑を洩らしながら、オニオンナイトは横になり深く息を吐いた。本当に疲れた、肉体的にも精神的にも――。
オニオンナイトは起き上がり寝台から下りて外に出る、自分よりもっと疲れているだろう人の所に。
光の戦士の天幕は少し皆より離れている場所にあった、自分も離れているからゆっくり休んで欲しいという皆の気遣いだと分かった。その光の戦士の天幕からバッツが出て来た。
「お、オニオン!どした?」
「あ…ライトさんはまだ起きてる?」
「リーダー?ちょうど今、治療が終わった所だから起きてるぞ」
そう言ってバッツが布を捲り、中にいる光の戦士に声を掛けた。
「リーダー、オニオンが来てるけど、どうする?」
「通してあげてくれ」
中の光の戦士が言うとりょーかいと軽いノリで答えて布を捲り上げる、オニオンナイトは躊躇いがちに中に入った。
中に入るとあの薫りがしてオニオンナイトは天幕内を見渡すと端に香炉が置いてありそこから煙を燻らせていた。
「どうした、オニオン?」
声を掛けられてオニオンナイトは光の戦士を見ると、簡易の寝台に座り服に袖を通していた。自分と同様、通気性の良い麻素材の服だった。
「え、えっと…」
理由なんて無かった、ただ気になって会いに来ただけでいざ聞かれて理由を探す。
「怪我は大丈夫なのだな」
光の戦士の言葉に、理由を探していたオニオンナイトは一瞬、理解に遅れたがすぐに分かった。
「はい、ティナがケアルガを掛けてくれたから」
「そうか…」
光の戦士は立ち上がり、オニオンナイトの腕を取り傷口があった場所をそっと撫でる。
「すまなかった、君の怪我は私の所為だな」
「そ、そんな事ないです。むしろ謝るのは僕の方ですから…」
光の戦士に促されて寝台に腰を掛けたオニオンナイトは、光の戦士に目を合わせず俯いて膝に手を置く。
「僕がいたからライトさんがあんな目にあったんです、ライトさんだけなら自力で脱出できた筈……」
オニオンナイトの言葉を遮る様に光の戦士がオニオンナイトを抱き締めた。
「私一人だったなら、私は生きて戻って来なかっただろう」
光の戦士の言葉にオニオンナイトは驚いて光の戦士を見上げる、光の戦士は抱き締めていたオニオンナイトを離す。
「一人だったなら、私はきっとこの首を切り裂いて自害していただろうな」
首元を撫でながら光の戦士は淡々と口にする、オニオンナイトは恐ろしい事をと思いながらこの人ならやりかねないと納得してしまった。
「君がいてくれたから、私は踏み止まれたのだ。君の存在が私を私たりえる為の光だったのだ、ありがとうルーネス」
秘密の名前を呼ばれて礼を言われたオニオンナイトはどう答えれば良いのか困ってしまう、光の戦士は水浅葱の瞳が柔らかな色を湛えたままオニオンナイトをまた抱き締める。
「ライトさん?」
「…流石に、疲れたな」
そう言ってオニオンナイトを抱き締めたまま寝台に倒れ込む、オニオンナイトは光の戦士の腕の中で突然の事に慌てる。
「ら、ライトさん?!あの、離してください!此処はあそこより暖かいですから、一緒に寝なくても――」
「暖かいな、ルーネス…」
オニオンナイトと噛み合わない会話をした光の戦士は、瞼を下ろして寝息を立てる。
がっちり離そうとしない腕が弱冠、弛む。
オニオンナイトは弛んだ腕に気付く、牢屋にいた時は腕が弛む事は無かった。つまり、ただ目を閉じて体を休ませていただけで、完全に寝ていなかったのだ。
オニオンナイトはそろりと腕を伸ばして畳んである掛け布の端を掴んで引っ張り、自分と光の戦士になんとか掛けてオニオンナイトも目を閉じ、深く深呼吸をして力を抜いた。あの薫りが胸一杯に広がった。
「おーい、セシルー?」
光の戦士の天幕内を覗いていたセシルにバッツが声を掛けると、セシルは人差し指を立てて唇に宛てて静かにとジェスチャーする。
「どうだ?」
「二人で寝ているよ、ぐっすりと」
声を潜めて二人で話しながら天幕を離れた。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、良かったよな」
「まぁね、後はまたイミテーションが大量に来ない事を祈りつつ、警戒するぐらいだね」
「あー、その事なんだけどさ…」
「バッツー!行くぞ!!」
二人で歩きながら話していると、大声でジタンがバッツを呼ぶ。見ると野営地の入口近くでジタンが立っていた、その横には何故かスコールも立っている。バッツは手を振って答える。
「何処か行くの?」
セシルが尋ねるとバッツはこれでもかという程の楽しげな笑顔を見せる。
「パンデモニウムに『忘れ物』を取りに、後うちのリーダーとオニオンが世話になったからその『お礼』しに」
そう言ってジタン達の所に行こうとしたバッツを、セシルが呼び止める。
「バッツ、スコールに伝えておいて。僕も後でクラウドと一緒に『お礼』に行くから止めは刺さないでおいてって」
にこやかに微笑みながら言うセシルにバッツは親指を立てて了承して、ジタン達の所に走って行った。そんな物騒な会話が仲間内でしているなど知らず、光の戦士とオニオンナイトの二人はただ眠っていた。
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