Un giorno terribile(1’+1)


 身体に妙な怠さを憶えながらガーランドは緩慢な動作で起き上がる。二日酔いかと考えたが昨日は飲み過ぎる程の深酒などしていない、というか昨日はそれどころの騒ぎでは無かった。

『お早う御座います、主』

 昨日の行動を振り返っているとリッチが現れた。

「ああ、リッチか」

(……ん?)
 聞こえてきた若い声に眉を寄せる、自分の声はこんなに高かっただろうか?

『あ、主、そのお姿は…!』

 リッチが驚いた様子で此方を見ている――髑髏だが意外と分かるものだ。

「姿、だと?」

 ガーランドは姿見に目を遣れば、壮年の男ではなく相手陣営の獅子か夢想辺りに近い年齢の少年の姿が姿見に映されていた。

「……」
『す、直ぐに、お召し物をお持ち致します!!』

 姿見を見ながら硬直しているガーランドに、驚きからすぐに立ち直ったリッチが早口で捲し立て、その場から消えた。


 いつもより大きく感じる玉座に座り、ガーランドは大きな溜息を吐いて自分の腕を見る。いつも着ている鎧は着れないので、今はリッチが用意してくれた服に袖を通している。

『主、原因について許可を頂ければすぐに突き止めに…』
「せんでも良い、大方の原因は分かっている」

 ティアマットの進言にガーランドは頬杖をついて、また溜息を吐きながら却下した。いつもより高い声に違和感を感じるが、変声期をまだ迎えていない時期の姿にされたのだろう。

(という事は、今の儂は十五、六ぐらいか)
 ガーランドは先程予想を立てた自分の今の年齢について訂正する――してもあまり意味は無いが。

『では、どうされますか?』

 ティアマットの言葉にガーランドは苦笑混じりに肩を竦めた。

「どうもこうも、この姿ではな。仕方無いが今日一日は大人しく神殿にでも……」
『主、神殿の前に混沌の者達が何人か来ております』

 リッチの言葉に、ガーランドは表情を隠さずにおもいっきり顔をしかめる。連中の気配をガーランドも感知した、数は四、しかもその四人は――。

『道化と英雄、死神に幻想…珍しい取り合わせだ』

 感知した気配の相手にティアマットが呟く。ガーランドは原因だと予想していた奴が同時にやって来た事に、二人がかりの仕業だと確信した。残りの二人は興味本意で着いて来たのだろう。

『如何致しましょう?主』

 居留守という誤魔化しは通用しない、英雄が割と気配に聡いので使ってもすぐにばれる。ガーランドは額に手を置いてまた溜息を吐く。

「ティアマット、マリリスとクラーケンを呼んで来い」
『御意』

 ガーランドが命にティアマットは六の首を垂らし、その場から消えた。

『彼等を呼んで、何をするおつもりですか?』

 ガーランドは玉座から立ち上がり、尋ねてくるリッチを見る。悪戯を思い付いた様に口の端を上げる何処か愉しげなガーランドに、リッチは珍しい物を見たと瞳があれば目を丸くしていただろう。

『主、連れて参りました』

 風と共にティアマットが現れる、その後ろにマリリスとクラーケンを伴って。

「ティアマット、マリリス、クラーケン、儂は今から出掛ける。お前達には儂の代わりに彼奴等を出迎えてくれ」
『『『御意に』』』

 疑問も何も言わず承知する三体、こんな彼等だからこそガーランドはたまにはこんな命もありだなと思う。
「彼奴等をもてなしてやれ、盛大にな」


 カオス神殿で轟音が響いているが、鞍と手綱だけの軽装でいる愛馬はのんびりと首を垂らしている。これぐらいの音で驚いていたら軍馬失格であるが、それでものんびりしている愛馬は馬にしてはかなり図太い神経の持ち主である。

『いってらっしゃいませ、主』
「うむ、後は任せたぞ」
『承知致しました』

 ガーランドの言葉にリッチ一礼してその場から消える。

「頼むぞ、シュバルツケーニヒ」

 首を軽く叩き愛馬に声を掛ければ鼻を鳴らして急かす様に前脚をかく。ガーランドは鐙に足を掛けて跨がり、腹を軽く蹴れば愛馬は歩き出した。愛馬の背で揺られながらガーランドは誰も来れない場所を探す。
 あらゆる次元の断片が集まり繋ぎ合わせたこの世界、その断片が重ね合った際に出来る歪みが門となり、互いに行き来が可能になる。が、ごくたまに断片同士が重なり合わずにそのまま隣合わせな状態が出来上がる。
 当然、その状態では門が出来ず、門が無ければ誰にも感知される事は無い。その様な場所をガーランドが感知出来るのは一重に、この世界の『監視者』としての特権故、そして門が無い場所に行く事が出来るのは愛馬のお蔭。
 次元すら飛び越えると言われる幻獣ペガサスの末裔らしい愛馬は門が無くとも何処へでも行ける。ガーランドは行く先に目星をつけ、手綱を弛ませてぱしりと打てば歩いていた愛馬はそれに応えて歩く速度を速めた。

 ガーランドが目星をつけた場所は、見渡す限りの草の海と言える程の草原だった。靡く碧い草の波、ガーランドは愛馬から降りてその逞しい腿を軽く叩けば愛馬はとことこと尾を揺らして草の波を掻き分ける様に歩いていく。ガーランドは腕を上に上げて伸びをして考える、適当に時間を潰す迄は考えたがどうやって時間を潰そうか迄は考えていなかった。
 そんなガーランドの傍に、愛馬がやって来た。

「どうした、シュバルツケーニヒ?」

 ガーランドが尋ねれば愛馬は大きな顔を擦り寄せる、ガーランドは擦り寄せた愛馬の柔らかい口の下を掻く様に撫でてあげると、不意に愛馬が口を開けて噛み付こうした。ガーランドは唐突な攻撃に驚きながらも易々とかわす。

「いきなり何をする!」

 ガーランドが叱れば愛馬は楽しげに嘶いて体を反転させてガーランドから逃げ出す。

「こら、待て!お前という奴は!」

 逃げ出す愛馬をガーランドが追い掛ける、だからと言って愛馬は本気で逃げるわけではなく速歩で駆けつつ、時折ははしゃぐ様に跳ねたりしている。ガーランドも本気で怒っているわけではなくその顔に笑みを浮かべている。
 ガーランドは文字通り童心――体は子供だが――に帰った様に愛馬と鬼ごっこをしていたが急に愛馬が止まり、ガーランドも感じた気配に足を止め愛馬と同じ方を向く。
 愛馬がその方向に向かって歩き出そうとするのをガーランドが手綱を引いて止め、ガーランドが愛馬の代わりにその場所に向かう。門が存在しない筈のこの場に覚えのある光の気配、あり得ないと思いながらガーランドは万が一の為にと護身用に持ってきた剣をいつでも抜ける様に構えながら感知した場所に行くと其処に人が倒れていた、見覚えのある髪の色の少年が。


「大丈夫か?!しっかりせい!!」

 ガーランドは少年を抱き起こしてその肩を強く叩くと、少年は小さく呻いて目を開いた。

「光の…」

 水浅葱色の美しい瞳、間違いないこの少年は己の宿敵として闘う宿命付けられた対(つい)、ウォーリア・オブ・ライトだった。

「ガーランド…?」

 目を開いた光の戦士は一つ瞬きをしてから、此方を見て名を呼び、ガーランドは驚いた。今の自分は本来の姿ではない、それなのに彼は言い当てたのだ。

「…分かるのか、この姿でも…?」

 ガーランドが驚いたまま尋ねれば光の戦士は小さく頷いた。

「姿が変わっても、気配は変わらない」

 そうだろう?と光の戦士は笑う、彼の姿も自分と同じぐらいだろうか。ガーランドが光の戦士の腕を引いて立ち上がれば光の戦士は此方をじっと見つめる。

「どうした?」

 思わず尋ねれば光の戦士はむすっと不満そうな顔をする。

「……やはり、お前は背が高いな」

 一瞬、悔しげな表情で言った言葉が分からなかったが、分かるとガーランドは声を上げて笑った。

「笑うな!」

 光の戦士は頬を赤くして怒る、其処に愛馬がとことことガーランド達の所にやって来た。光の戦士がそれに気が付いてそちらに目を向ける。

「普段も大きいと思ったが、この姿になると尚更大きいな」

 光の戦士が物珍しそうに手を伸ばして愛馬に触れようとした。

「よ、止せ!」

 それに気付いたガーランドが慌て光の戦士の手を掴もうとする。愛馬は自分以外の人に触られるのを嫌がり、触ろうする人にはことごとく噛み付くか蹴りを入れてきた。よく汗馬と言われていたが、同時に悍馬でもあるのだ。
 だけど愛馬は噛み付かなかった、それどころか光の戦士があちこち撫でていても大人しくしていた。いつもならば触れた時点で前足を上げて威嚇するのに。どうやら彼はこの悍馬に気に入られたようだ、顔を擦り寄せられたのが擽ったくて声をあげて笑っている。
 普段は感情の起伏が薄いが、今の彼は年相応な表情を見せている。あの『馬鹿共』の悪戯の所為ではあるが、珍しい物を見れたので喚きぐらいは我慢して聞いてやろうかと上機嫌に思った。

「――そうだ!フリオニールとオニオン!」

 光の戦士が思い出した様に顔を上げて仲間の二人の名を呼ぶ。

「あの二人がどうした?」
「彼等と一緒に居たのだ、急いで戻らなければ!きっと、彼等は心配している筈だ」

 そう言って目を閉じる。門を探しているのだろう、しかし此処は……

「駄目だ、門の気配が無い。どうすれば……」

 目を開いて眉を寄せる光の戦士に、ガーランドは肩に手を置いた。

「ガーランド…?」

 振り返る光の戦士の瞳は揺れていた。

「門が無くとも此処から出る方法はある」
「本当か!?」
「幸い、彼奴には嫌われてはいないからな」

 そう言ってガーランドが目を向ければ、愛馬は任せろと言わんばかりに鼻を鳴らした。


 光の戦士が鐙に足を掛けてよじ登る様に愛馬の背に乗るのを、ガーランドは足を押し上げて助ける。背が低いから自力で愛馬に乗れないのだとか。悔しげにぼそりと光の戦士が言ったのに笑いたくなったが、笑うと完全に機嫌を損ねて後々が面倒臭くなるので、笑いを堪える事にした。
 光の戦士が背中に乗れたのを確認すると、ガーランドはごく普通に鞍に跨がる。

「何故お前はそう軽々と…」
「慣れの問題よ。しっかり捕まっておれ」

 不満げな光の戦士にそう言えば、ガーランドの腰に腕が回される。ガーランドが腹を蹴ると同時に手綱を引けば愛馬は前足を少し上げて駆け出した、その際に回した腕に力が篭った。

「何処ではぐれた?」
「次元城でだ。イミテーション達と戦っている最中に足を踏み外して落ちて、ガーランドに呼ばれて目が覚めたら此処にいた」

 走る愛馬の背でガーランドが尋ねると光の戦士が経緯を話す。光の戦士の話の内容から、彼が落ちてデジョントラップが発動した際と、この場に来るのが同時だったのだろう。偶然に起きた事故ではあるが、気を付けなければならないなとガーランドは思った。
 果ての無い草原ではあるが、段々と境界線に近付いているのを感じた。光の戦士も感じているのか回す腕に力が篭る。愛馬は地面を蹴り跳んだ。


 着地と共に、先程の草原から見慣れた虚空に浮かぶ次元城の端に降り立つ。光の戦士は背中から降りる。

「ありがとう、ガーランド。助かった」

 そう言って此方を見上げながら笑う。

「いや。此処で良かったのか?」

 このような端で無くとも中心部まで乗せていくつもりでいたので、ガーランドが尋ねれば光の戦士は緩く首を降った。

「此処で充分だ。それに…」

 光の戦士が体を向けた方から秩序の気配が近付いて来ている。ガーランドは手綱を引いて愛馬の体の向きを変えた。

「ではな……また、戦場で」

 そう言って愛馬の腹を蹴り、その場を立ち去る。振り返る事はしなかった。


 そのまま近くの境界線を飛び越えてカオス神殿に戻ると、上機嫌なリッチが出迎えた。どうやらリッチも他の三体同様にもてなしをしたみたいだ。

『お帰りなさいませ、主』
「うむ、ご苦労だったな」

 鞍を解いた愛馬を神殿の脇にある小さな井戸に連れて行き、その体を洗いながらリッチの報告を聞く。

「そうそう。先程、ゴルベーザ殿が参られました」
「ゴルベーザが?」

 リッチは法衣の袖から小さな袋を取り出して掌に乗せ、ガーランドに差し出す。

『万能薬だと、本当は主に直接お渡ししたいと申しておりましたが、主がお戻りになる時間が分からなかったので代わりに受け取っておきました』

 洗い終えたガーランドはリッチの掌に乗った小さな袋を摘まみ上げ、袋を開けてひっくり返せば小さな丸薬が数個、反対の掌に転がった。

『受け取った際に伝言も承っております『飲む場合は風呂場か、寝室で飲むように』ととの事です』
「ほう…?」

 ゴルベーザの伝言を聞いて、丸薬を小袋の中にしまう。ゴルベーザの事だから、向こうの陣営にも持って行っているのだろう、と、考えたガーランドは洗い終えた愛馬の体を丁寧に拭くと待機の指示を出す。愛馬は了承したように鼻を鳴らして、透ける様にその場から消えた。
 その後、湯殿で万能薬を服用したガーランドは、ゴルベーザの伝言の意味を知った。


 それから暫くしてカオス神殿に光の戦士が訪れた、訪れた彼も本来の姿をしていた。

「貴様も戻れたか」
「ああ、お陰様でな」

 今日は互いに兜を外している、この時には闘わないというのが二人だけのルールだった。

「まったく、とんだ一日だった」
「そうか?私は楽しかったと思ったが」

 あの日を思い出して苦々しく言ったガーランドに対して、さしも大した事ない様に言ってのけて小首を傾げる光の戦士を見る。
 どう考えたらその様な答えが出来るのかガーランドは分からなかったが、楽観的に考えればそうなるのだろうと無理矢理に決め付けた。
 そう考えるガーランドの頬に光の戦士の手が触れた、触れられてガーランドが光の戦士に目を遣ると光の戦士は自分の顔をまじまじと見ている。

「やっぱりあの姿の面影が残っているな、ガーランド」

 そう言って薄い笑みを浮かべる、あの姿を見ているので今の彼の感情が希薄に見えた。ガーランドは触れている光の戦士の手に自分の手を重ねて口付ける。

 「ガーランド?」

 きょとんとした光の戦士に反対の手を腰に回して引き寄せる。引き寄せられた光の戦士は体を強張らせたが、安堵した様に力を抜いてガーランドは回した腕に力を込めようとして――

「……」

 ――カオス神殿に向かって来る気配を感知し、ガーランドは渋面で光の戦士から離れた。光の戦士も感知したらしくその表情は不機嫌そのものになっていた。

「……ガーランド」
「彼奴等……」

 二人は各々の得物を構えて、訪れるだろう招かれざる客を秩序の盟主と混沌の筆頭が直々に出迎える事にした。
 その後、大量のアイテムを抱えて野営地に帰ろうとする光の戦士を、ガーランドは愛馬と共に荷物を半分持って送って行く姿を彼の従者が見ていた。
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