幕間の幕を捲れば…?(6+1’+α)


 それは偶然だった。本当に些細な出来事が重なりあった偶然としか言い様が無い程、偶然だった。
 強い混沌の気配を感じたティナは、すぐに逃げ出すつもりだった。自軍のリーダーと同等で真逆の気配などこの世界でたった一人しかいない。しかもその気配はすぐ近く、目の前の壁を隔てた先にあるのだから逃げ出したくなるのは尚更だった。他の皆は此処からかなり遠い場所にいる。頼みの綱の秩序の盟主である光の戦士も猛者の気配を感知出来ない程の場所に居るようだ。
 ティナはそっと壁から頭を覗かせると、やはり其処に居た。気のせいでもイミテーションでもない、混沌の筆頭たる猛者ガーランドが。ティナはすぐに頭を引っ込めて壁に張り付いた。向こうは此方に気付いていないのか、気付かないふりをしてくれているのか分からないが。
 逃げるなら今しかない、と、ティナは息を潜めて壁から離れようと足を踏み出した時、別の気配を感じて足を止めた。秩序でも混沌でもない気配。もっと別の、召喚獣に近い気配に、ティナはもう一度だけ頭を覗かせて見た。

 其処に居たのは猛者と、猛者の隣に黒い大きな馬が居た。その黒馬には見覚えがある、名前は分からないが皆で『猛者の黒馬』と呼んでいる馬だった。黒馬を見るのはいつも猛者をその背に乗せている時だけだから、いつしかそう呼ぶようになった。
 誇らしげに胸を反らした様に立つその姿はとても雄々しく、その黒い身体が鈍色に輝く猛者の鎧兜を際立たせていた。
 だけど、今の黒馬にはその雄々しさが無かった。猛者の厳つい兜よりも大きな頭を垂らし、まるで甘えている様に猛者に顔を擦り寄せている。対する猛者も嫌そうな素振りを見せず、擦り寄せて来る黒馬の顎や鼻筋、果ては耳の後ろを籠手を外した手で撫でてあげている。
 黒馬も撫でられて気持ち良い様で、たまに喚び出すカーバンクルの頭等を撫でてあげる時みたいに耳を後ろに倒している。黒馬の気持ち良さそうな仕草も驚きだが、それ以上に黒馬を撫でてあげている猛者が兜を被っていて表情は分からないが、穏やかな雰囲気を醸し出しているのに驚きだった。
 不意に、大人しく撫でられていた黒馬がかつかつと音を立てて動き、まるで猛者と自分の間にその大きな身体で壁を作る様に立った。その際に黒馬の大きな黒い瞳とほんの一瞬だけ目が合った。
 今の内に立ち去れ、と、黒い瞳は言っていた。ティナは黒馬の心遣いに小さく頷き、足音を立てないように細心の注意を払って静かにその場から立ち去った。

 程無くして、ティナは他の場所を探索していた皆と合流出来た。

「ティナ、大丈夫?」

 そう言って真っ先に声を掛けるのは、いつも自分を守ってくれる小さな騎士。

「うん、大丈夫だよ」

 オニオンナイトに小さく笑えば、オニオンナイトは安堵の息を小さく漏らす。いつも彼を心配させてしまってティナは申し訳なく思った。

「ねぇ、ティナが探索した場所で何かあった?」

 オニオンナイトと並んで歩いているとオニオンナイトが見上げて尋ねてきた。ティナは首を振る。

「何も無かったよ、どうして?」
「だって、ティナ楽しそうな顔しているから」

 オニオンナイトの指摘に、ティナは口元を手で隠して目を丸くする。どうやら顔に出ていたらしい、よく隠し事がすぐにバレると言われるがやっぱりそういう理由らしい。自分が見た事を彼だけには話そうかな、と、ティナは考えるが――。

「何も、無かったよ」

 ――止めた。きっと話しても信じてくれないだろうし、自分だけに心配性になる彼に余計な心配を掛けたくはないという気持ちはあったが、何より自分だけの秘密にしておきたいと思ったから。
 怪訝そうにティナを見るオニオンナイトの手を取って、行こうと声を掛けてティナは笑った。

 ぐりぐりと顔を寄せていた黒馬の首をガーランドは軽く叩いた。

「もうよいぞ、シュバルツケーニヒ」

 そう言われて、黒馬は耳をぴくりと動かしてガーランドの顔を見る。

「儂が少女の気配に気付かぬはずがなかろうに、お前という奴は」

 苦笑混じりのガーランドの言葉に、黒馬は耳を下げる。叱られたと思ったのだろう、そんな黒馬の星一筋も無い黒い鼻筋を撫でながらガーランドが尋ねる。

「シュバルツよ、お前の主は戦いではなくとも、女を斬る者だったか?」

 否、と黒馬は首を振る。ガーランドは満足げに頷いて右手に籠手を取り付け、鐙に足を掛けて軽々と黒馬の背に跨がり、手綱を取って軽く腹を蹴れば黒馬は歩き出し此の場から立ち去った。
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