ピアス

「ねえ、ピアスしてみませんか?」
 きょとんと緑の混じった銀灰が瞬きを繰り返すのを太宰は不思議な思いで見つめた。福沢がこんなにも分かりやすく感情を露にするのは滅多にないことでそれを自分がさせたのだと思うとくすぐたい気持ちが溢れる。
「ピアス」
 鸚鵡返しで呟かれるのに太宰は嬉しげに頷いた。二人で一つの布団に横たわり眠ろうとしていたときに太宰は突然提案した。夕方から何度も耳を触ってきていたので彼の中ではずっと考えていたことなのだろうが、言われた福沢からしてみたら突然の言葉。
「何故だ」
 じっと太宰を見つめながら不思議そうに問い掛ける。太宰はふわりと口元に笑みを浮かべた。そうしながら瞳は窺うように下から見つめてくる。わざわざ頭を下に下げてのそれにこれはそれなりに粘ってくるなと思いながら話を聞く。
「お揃いの物を何か身に付けたいなと思いまして、とは言えみんなには隠してますから目につくものは難しいでしょう。ピアスなら髪で隠せるかなと思ったのです。私はですけどね。福沢さんは無理ですけど……、所有印? だとでも思ってください。後はピアスをつけるには穴を開けないと駄目でしょ。当然痛いと思うのですが同じ痛みをつけあうのって良いなと思いまして。一度穴を開けてしまえばしなくなっても残ると言いますし、その穴を見るたび思い出してくれたらなと思うのです」
 駄目ですかと目元を潤ませて聞いてくる。お願いですと小さく囁かれるのに福沢の目は太宰の耳をじっと見つめた。細いわりに固い手が太宰の耳に触れる。柔らかなそこを触るのに太宰の手は福沢の胸元に伸びた。きゅっと握りしめねぇと囁いてくるのからわざと目をそらして耳元だけを見つめる。柔らかなそこには傷一つない。傷だらけの太宰の中で唯一といって良いほどまだ傷付いてない場所だ。駄目だと言おうとしたとき福沢の手を太宰が掴んだ。目をそらしていた福沢の正面に覗きこんできゅっと潤んだ目で見つめてくる。
「だめ?」
 わざと舌足らずにした甘い声。くすぐったい吐息がかかる。
 はぁと福沢が重いため息をついた。
「分かった。ただし穴を開ける準備はすべて私が整える。時間がかかると思うがそれまでは待っていろ」
 ぱぁと太宰の顔が輝いた。ぎゅっと抱き付いてくるのにはぁともう一度ため息が落ちる。相変わらず太宰には甘くなってしまうと後悔しながらも、胸元で満面の笑みを浮かべる太宰に仕方ないかと柔らかな蓬髪を撫でた。


         


 福沢はため息をついた。ピアスをつけたいと太宰に言い出されてから早三日も経っている。用意するとは言ったものの福沢はピアスがどう言ったものであるのか良くわかっていなかった。耳に穴を開けてつけるらしいということは知っている。だが人がつけているのを数度見た事がある程度で実物に触れたこともない。故にどうやって穴を開けるのかも分かっていない。その方法を調べるため書店や図書館にこの三日仕事が終わったあとや僅かな休憩時間に通いつめていた。けれど見つかることはなかった。
 店員などに聞いてみたところ、そんな本の話は聞いたことがないと言われる始末。そう言うのはインターネットで調べたら良いですよと話を聞いていた若い店員が教えてくれたが、残念なことに福沢はそう言うものにもとことん疎かった。社を立ち上げるのに多少は使えるようになったら良いと夏目による指導も受けた事がある。それでも理解できなかった。終いには携帯が使えるのだから良いだろうと匙を投げられたほどだ。
 調べたくとも調べられない現状。
 他にどう調べたら良いのだと考えたときに出てくるのは、与謝野やナオミ。他の女性社員の姿。彼女らに聞くのが一番の近道だろう。だが彼女らに聞くのはためらわれた。福沢がそんなことを訪ねれば驚かれ根掘り葉掘り聞かれることになるだろう。太宰と福沢の関係は周りには秘密にしていて、その太宰とお揃いのものを身に付けたいがために穴を開けたい。等と言えるはずもない。実際根掘り葉掘り聞いてくる強者は与謝野ぐらいだが、女子の団結力は怖いのだ。その日の朝に話せばその日の昼には広まっているし、夜に話せば何故か次の朝には全員知っている。
 どうしたものかと考え込む。
 三日程前から太宰がまだかまだかと期待のこもった目で見つめてくるので福沢は焦っていた


 ここかと福沢は店の外装を眺めた。基本的にお洒落と云ったものには無頓着な福沢。派手という程のものでもないがキラキラとしたお洒落な外装をしているそこに僅かな入りづらさを感じた。ガラス越しに見える中に女性しかいないのも原因のひとつだろう。顔を険しく歪めてしまいながら、それでもままよと福沢は店の中に入った。

「アクセサリー店で開けたんですよ」
 その話を聞いたのは偶然のように見えて偶然ではなかった。
 外に出ていた福沢が探偵社に戻ったとき聞こえてきた与謝野の声。
「にしてもピアスの穴なんて何処で開けたんだい」
 それはまさに福沢が知りたいことであった。思わず少し開けたドアをそのままにドアの覗き窓から隠れ聞き耳を立ててしまった。そこでは与謝野や事務員達が話に花を咲かしている。話の内容は彼女達が身に付けているアクセサリーの話をしていたらしい。そこでピアスの話が出たのだ。悪いと思いながらも福沢は彼女たちの話を暫く聞かせてもらうことにした。痛かった。失敗して血がたくさんでてという話が出てくるのに眉をしかめ矢張止めた方が良いのではと思いながらも、開けるならアクセサリー店の店員に聞いたら良いですよ。沢山アドバイスしてくれますし、相談にも乗ってくれますから。○○の所にある店は評判良いですよ。という話は心のなかで何度もメモを取って覚え込んでいた。
 もう良いかと思いドアを開け中にはいる。お喋りをしていた彼女達が帰ってきた福沢をみて背筋をただす。お帰りなさいと出迎えってくれるのに罪悪感を感じる。早足で社長室に向かってしまう福沢はその途中、女子達に混じっていたらしい乱歩がにこやかに笑うのを見た。社長室の扉を閉めてから額を押さえてため息をついた。いくら隠していても乱歩にばれているとは思っていたがまさかピアスの話までばれてしまうとは……。あの顔からして絶対後で何か言ってくる。褒美をねだってくると思うと恥ずかしいやら頭痛いやらでおかしくなりそうだった。


 そんな経緯でアクセサリー店にやってきた福沢。入るの事態は初めてではないのだが、今まで入ったのは誰かの護衛中とか、その店の用心棒としてのことなので、ちゃんとした客として入ったのは今日が初めてだった。綺羅びやかな世界に圧倒されてしまう。
 店のなかを呆然と見渡す。幾つかの秋葉があるのにこんなに種類があるのかと驚愕する。指輪とネックレス。ピアスぐらいしか福沢は知らなかった。何とかピアスコーナを見つけたもののその近くにあるイヤーカフーだとかイヤリングとか云ったものに目が行く。両方とも耳につけるものっぽい形をしているが何がどう違うのか良くわからなかった。立ち止まり固まる福沢にあのと声が掛けられた。見れば店員と思われる人物が悩んでいる福沢に話しかけてきていた。
「どう云ったものをお探しでしょうか。お探しのものがございましたらお手伝いいたしますが」
 福沢からほっと息が吐き出された。



中略

 にこにこと嬉しそうな目が見上げてくるのに福沢は吐き出しかけたため息を抑える。ついにこの日が来てしまった。ピアスの穴を開ける日が。にこにことそれはもう上機嫌で笑い見つめてくる太宰と違い福沢は渋い表情をしている。早く開けましょうと明るい声が聞こえてくるのに分かったと答えながらも内心は矢張やりたくなかった。
 道具を取り出し机の上に広げる動作も幾分鈍い。興味津々というように太宰が覗き込んでくる。一つ一つ説明しながらいつの間にか福沢が先に太宰に穴を開けることになっていた。手順をすべて知っているのは福沢だけなので仕方のないことではあるがそれにもため息がでそうだ。福沢が開けるのを見て太宰が怖がってくれれば良いのにと少し思っていたのだ。
 説明が終わり向かい合っていたのから福沢は立ち上がる。福沢さんと名前を呼ばれるのに素早く太宰の後ろに回っていた。
「開けるときに邪魔になるから纏めさせてもらうぞ」
「ああ、どうぞ。お願いします」
 開けやすいように福沢は太宰の髪に触れる。
 髪を髪留めで纏めて露になった耳朶を福沢の固い手が触れる。節榑立ちタコのできた手は長く太宰の耳の感触を楽しんでいた。立ち上り厨に向かった。何時もにまして口数の少ない福沢を太宰は首をかしげて見送る。すぐに戻ってきた福沢の手には何故か保冷剤が握られていた。きょとんと目を瞬く。
「なんですかそれ」
「お前の耳朶を冷やすものだ」
「へっ?」
「そうしたら痛みもあまり感じずにすむらしいのだ」
「え」
 不思議そうだった顔が嫌そうな顔に変わるのを眺めて矢張隠していて正解だったと福沢は思った。痛いのは嫌いなくせに今日ピアスを開けることには痛みを感じることを重きに置いているようで直前までは知られないように隠しておいていたのだ。
「えーー。いいですよ。どうせちょっとの痛みなんですから。和らげる必要なんてないですよ」
「そうはいかん。私はお前が痛い思いをしている姿など見たくないのだ。正直お前に小さなものとはいえ傷をつけることだって嫌なのだ。それでもお前がしたいというからするのだ。これくらいは譲歩してもらう。
 私はお前の好きなようにして良い。わざと痛くしようと構わん」
 福沢の言葉に太宰の目が見開いてからゆっくりと瞬かれた。一回二回と瞬きを繰り返しそれから悩むように宙を彷徨う。んーと口を尖らせて考え込むのに福沢は最初座っていたように向かい合わせて座り直し、じっと悩んでいるのを見つめた。んーーと長く考え込む
 その頬が少し膨らんだ。
「本当は嫌ですけど、でもこれはこれで貴方に愛されているみたいに感じて嬉しいかもと思ったので許します。貴方の好きにしてください」
 やがて声に出した太宰が呟くのに何を今さらと思いながらもの福沢はなにも言わず太宰の耳に触れた。すべてを差し出すように太宰が目を閉じる
「冷やすぞ」
「はい」
 声をかけてからぴったりと保冷剤を耳に当てた。只でさえ冷たい太宰の体がさらに冷えていくのにこれはこれで嫌だなと思ってしまう。だがこれで少しでも太宰が痛みを感じないですむなら仕方ないかと考えた。他の箇所だけでも暖めようとするかのように福沢の右手は太宰の頬を掴みこんだり首筋に触れたりと世話しなく動いた。
 ある程度冷えてきてから福沢は保冷剤を放した。机の上におき変わりに消毒液を手に取る。ガーゼにつけて太宰の耳を消毒していく。それも終わるとペンを取り耳朶の中央よりやや下の位置に印をつける。ニードルを袋から取り出して軟骨を塗りコルクを耳の裏側に当てる。印をつけた位置にニードルを切っ先に当てていた。一連の動きを目を開けた太宰もじっと見つめておりにんまりと笑みを浮かべる。冷えているうちに開けてしまいたいので福沢は後回しにしていたのだが大体分かったのだろう。自分が開けるのを楽しみにしているのがよくわかる目をしていた。
「開けるぞ」
「はい」
 嬉しげな声が上がる。これから太宰に穴を開けてしまうのだと思うと酷い緊張がして手が震えそうになる。それを押さえ込む。





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