触れたいと望む心

 最初は強い人だなと思った。一分の隙もない佇まい。鋭い眼光は相手のすべてを量ろうとするよう。腕も確かながらその心も強くしなやかで美しいのだろう。
 太宰は福沢諭吉と言う男をそう評した。
 武装探偵社に勤め始めた太宰はそれが間違いでなかったことを知る。それと同時にそれ以外の評価を彼に持つようになった。自由奔放で時に社員を困らせることのある乱歩をある時は叱り、ある時は宥め、ある時は甘やかし彼の舵を取る。ただそれは上手く人を使うと言うのとは違い、見ていればまるでどうしようもない子供を親がしつけているように思えた。親子のような関係。時おりその手が優しく乱歩に触れる。乱歩は嬉しげにとても幸せそうにその手を甘受する。
 その様子を見て太宰はその手の感触がどんなものなのか気にかかった。
 社員が何か困り事を抱えているようであれば親身になって話を聞く。下らないことでも呆れたりはしないで解決の糸口を共に考えてくれる。見捨てたりはしない。解決しホッと肩を落とした相手に良かったなと声をかける。その口許が普段にないほど柔らかく弛むのを遠くから眺めた。
 あんな風に親身になって対応されるのはどんな気分になるのだろうか。太宰はそう考えた。
 何か嫌なことがあったり、何かに失敗するなりして落ち込んだ社員がいれば静かに励ます。掛ける一つ一つの言葉は短いけれど相手の事をちゃんと考えられた言葉。そしてその言葉以上にその気持ちが伝わるような手付きで触れては大丈夫だと伝えてくる。
 その手はどれだけ温かく安心するのだろうか。見ていて太宰はそれがとても知りたくなった。
 
 触れてみたいな。
 
 初めて太宰がそう思ったのは何時の事だったか。自然とその思いは沸き上がった。触れてみたい。触れられてみたい。他の社員たちのように自分にも触れてほしい。そんな思いが沸き上がってきたのに太宰はそれは無理なことだと冷静に判断を下した。福沢の異能、人上人不造は社員となった人物の異能の出力を調整し制御できるようにする力だ。人間失格。異能を無にする異能を持つ太宰が触れてはその異能が消えてしまう。もしその間に社員が襲われでもしたら、異能が暴発してしまったら。そんな事態になれば目もあてられない。自分と福沢が触れあうことなど永遠に不可能だ。触れたいなど馬鹿げた考えだと太宰は捨てようとした。
 だけど捨てられなかった。触れられないと思えば思うほど触れてみたくなった。その手に触れられてみたくなった。
 無理だ無駄だ諦めろと思いながら時おり太宰は福沢を見つめてしまう。そんな自分を馬鹿みたいだと太宰が思っているうちに、武装探偵社にさらに人が増えた。自分では異能を制御できない虎になる少年。それにこれまた自分では異能を使うことのできない夜叉を持つ女の子が入ってきた。ますます太宰が福沢に触れることは無理になった。少年を探偵社に入社させたのは太宰。女の子が探偵社社員になれるよう切っ掛けを与えたのも太宰。
 自分でそうしたことなのに後からその事実が酷く苦しくなった。触れたいと思い手が伸びそうになるのを幾度もこらえた。
 そのうち大きな事件が立て続けに起き出して触れたいなどと考える暇もなくなった。一度は探偵社の存続、それどころか全員の命すら危うくなりながらも何とか全ての危機を乗り越えて平和な日常が戻ってきた。
 もうこれで大丈夫と、長いこと気を張り続けていた太宰もそっと肩の荷をおろした。それからさらに太宰は福沢に触れたくなった。余裕ができてしまったからだろうか。福沢に触れたい触れられたいと一日のうちに何度も考えるようになった。その度に出来る筈がない。触れてはいけないのだと自分に言い聞かせる。だけど言い聞かせれば言い聞かせる程、触れたい思いは余計に強くなった。
 無理だと言われるほどに欲しくなってしまうのは何故なのだろうか。そんな無意味な事を何時間も考えたりした。
 福沢から目が離せなくなる。触れられている人がいるとその人を殺したいほど憎く思った。そんな自分が恐くなった。
 触れたい気持ちが日に日に強くなっていくのがとても恐くなった。だから太宰は。
 

「いや、あぁああ、ぃや、ぃやあああ」
 悲鳴のような甲高い声が薄汚れた路地裏に響く。その他にも厭らしい粘着質の水音が肌と肌がぶつかり合う音が、そしてぎらついた男たちの声が聞こえてきた。
「何が嫌だここがいいんだろうが、ええ! こうされるのが好きなんだろう、ほら」
「ああああ」
「よがり狂ってるくせに嫌だ何ていわせねえよ、この売女が! お前は俺たちみたいな屑におかされてるのがお似合いだよ」
 汚ならしい男たちが汚ならしい言葉で太宰を罵る。太宰の体のことなど何一つ考えず自分達の気がすむように犯していく。まるでものように扱われるのに太宰は抱かれ泣きわめきながらも鬱蒼と微笑んだ。
 これでいいと心の中で嗤う。
 所詮自分などは汚れた人間。こんな男たちに塵のように抱かれ塵のように棄てられるのが何より似合っている。かの人のように綺麗なものに触れられたいと思うことこそ間違いなのだ。道端に棄てられたただの汚れた塵。元の姿に戻れば自分がどれほど分不相応な望みを抱いていたかよく分かるだろう。
 だからこれでいい。
 もっともっと穢らわしい何かにまで私を戻して思い知らせてくれと男たちに抱かれながら思った。体の彼方此方が千切れそうなほど痛みながらそれでも太宰は笑っていた
 
 ●
 
 覗き混んできた瞳に太宰はきょとりと瞬きをした。
「太宰さん。大丈夫ですか?」
 問い掛けられる声に息が漏れる。
「大丈夫だよ。少し考え事をしてしまっていた。ごめんね」
「大丈夫ならいいんですけど。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
 にこにこと笑うその裏で太宰は今日は行くのはやめて大人しく寝た方がいいなと考えた。もう四日近く。見知らぬ男達に抱かれるのを続けていた。体は痛いし満足に眠れず疲れが溜まっている。思考がままならない所かぼんやりとしてしまって、周りにまで心配をかけさせてしまっていた。いまだに心配そうに見つめてくる敦に笑みを見せる。そうしながら心のなかで深いため息をついた。
「よくやったな」
 聞こえてきた声に思わずそちらを見てしまう。福沢と乱歩二人の姿が見える。福沢の手が乱歩の頭に触れるのを見た。一瞬止まりそうになった息を吐き出す。うらやましいと思ってしまったのに先程の考えを打ち消す。やはり今日も行こう。
 ただ相手は変えて仕事が終わった後の早めの時間から。それで終わった後に三時間でも眠ることが出来れば疲れもとれるだろう。頭のなかで計画を立てながら目の前につまれた山ほどの書類に手を伸ばした。
 目で福沢の動きを追ってしまうのを抑えようと真面目に仕事をしようとした。
 
 ●
 
 やはりこれでは駄目なのだろうか。
 動かない体。気持ち悪くなるほど漂う臭気。べったりと張り付き乾いていく体液。じくじくと蝕む痛み。そういったものを一つ一つ確認してこの世に今の私以上おぞましいものはないと思いながら、太宰はこれでもまだ足りないのだと考えた。
 今日の相手は特に酷くて体の彼方此方に痣ができ、血の臭いが濃く漂っている。お陰で眠れはしそうなのだけど一番重要なことはまだ果たされそうにない。元々不釣り合いなことなど分かっていたのだと太宰は考える。今でこそ武装探偵社の人間として、善い人を演じてはいるのものの前はマフィアだ。善人からはほど遠く、明るい世界でいきるみんなの中で一人浮いている。その上、まだ森に拾われる前、子供の頃はペットとして大人に飼われることで生きてきた。そんな太宰が福沢と不釣り合いなのは、触って貰おうなどと考えるのが烏滸がましいことなのは最初から分かっていること。
 それでも思ってしまったのだから。ただのごみに戻るだけではもう駄目だったのだ。もっと塵より酷い何か。人の形すら失ってしまうような何かまで堕ちなければもう諦めることができないのだ。そう太宰は考える。
 ならそうなるために何をしたら良いのだろう。ああ、そうだ。昔のようにペットになろう。己の意思すらも持つことのできない犬。
 そこまで落ちたならきっと諦めることができる。欲しいだなんて思わなくなる。
 ああ、これでやっと安心できる。
 
 ほっと息を吐いて太宰は目を閉じた。冷たく汚れた路地裏で眠りについた。
 
 ●
 
 目覚めた時、目に入った天井に太宰は顔を歪ませた。天井などそう見ることはない中でその天井は何度も見た覚えがあり、そこがどこかすぐに分かってしまう。
「おや、目覚めたかい」
 聞こえてきた声にさらに歪む。
「具合はどうだい。太宰君」
「最悪ですよ。何で貴方がいるんですか森さん」
 ここが何処か傍にいるのが誰かほば正確に分かりながらも、それでも相手の確認をしたくなくて頑なに上を向いていた太宰。だがあっさりと覗きこまれてここが誰の部屋で、自分が誰に拾われたかを理解する。太宰がいるのは敵対するポートマフィアの首領、森鴎外の自室であった。
「路地裏で転がっていた君をわざわざ運んで治療までしてあげたんだ。そんな嫌そうな顔をしなくても良くないかい。傷付いてしまうよ」
「別に頼んでませんよ」
「でもあのままだと傷が化膿して動けなくなる所だったよ。さりとて死ぬわけじゃない。痛いのは嫌いだろう?」
 無言になった太宰に感謝してくれたかいと森が笑う。
「で、君は何であんな所にいたんだい」
「聞かなくとも分かるでしょ。抱かれていたんですよ」
「そうだね。あの現場を見たら一目瞭然だ。だから聞き方を返るね。なんの目的があってあんなことをしたんだい。君は今何を考えている」
 赤い目が太宰を見つめるのに一度口を閉ざした太宰はすぐにまた口を開く。
「塵みたいに抱かれて塵みたいに棄てられて塵になりたかったんですよ」
「どうして」
「それは……。触れてみたい人がいるんです。だけどそれは手に入らないから……。諦めるのに」
「成る程。実に君らしい考え方だね」
 頷いた森が立ち上がるのを太宰はぼんやりと眺める。起き上がろうとしても痛みで体が動かず、深いため息を吐き出した。
「で、私になんの薬を使ったんですか」
「何がだい」
「惚けないでください。自白剤か何か盛っているでしょ」
「さすが太宰君だ。何安心したまえ。君用に少し改良は施してあるが後遺症に成るほどの副作用はでない。強い薬のように太宰君は思うかもしれないがそれはただ単純に君が弱っているからだよ。何時も言っているだろ。弱れば免疫力が落ちてしまう。だから体調管理は万全にしておかないといけないよと」
「私もう貴方の部下ではありませんから」
 ふいとそっぽを向く太宰に森は困ったように笑みを浮かべた。
「確かにその通りだね。でも今の君の行動は探偵社にも迷惑をかけることになると思うのだけど、その辺君はどう思う?」
「何が言いたいんですが」
「君の考えは大体読める。君は今のままでは駄目だと思っている。今のままではまだ諦めることができないと。だから何処かの男にでも飼われて、その男の下で醜く己の意思を捨てたペット、いやただの道具、それ以下のもっと人でない何かにまで堕ちてしまいたいと考えている。違うかね」
 口を閉ざした。言いたくないと言うように顔をそらしながら、しかし、太宰は口を開く。
「そうですけど。だからなんだと言うのです」
「それに付きまとうリスクを当然君は考えている。相手を間違えたら大変なことになるからね。監禁されて動けなくなるかもしれない。まあ、監禁される方が今の君からしたらいいのかもしれないが、でも探偵社の不利益になることはしたくない。だからと言って中途半端な相手を選べば君が欲しているものは与えられない。悩み所だね。
 今の君はどうして良いか分からないでいるはずだ。惨めにこの世で生きている誰よりも汚らわしく、生きているのが哀れに成る程、どうか殺してやってくれと他人が懇願してしまうほど、いや、むしろ見て見ぬふりをして見棄ててしまうのほどの存在になりたいのに、その為の相手がいない」
 にんまりと口許をあげて覗き混んでくる男に太宰ははぁとため息を吐き出した。
「嫌な予感がしてきたんですが」
「そんなことないよ。君にとってとてもいいことだ」
 きしりとベッドのスプリングが軋んだ。太宰の上に森が乗り上げる。
「ねぇ、太宰君。君を私が飼ってあげよう。
 私であれば君を誰より惨めにしてあげることができる。それに探偵社とは協定があるからね。探偵社の不利になるようなことはしないと約束してあげられる」
 赤い目が見下ろしてくるのを太宰の色褪せた目が見上げる。
「成る程。確かに私にとってはいい話だ。だけど貴方にはなんの利益があるんですか? 貴方は合理的な人だ。そんな人がなんのメリットもなく話を持ちかけてくるとは思えない。そのメリットがわからない限りは頷くわけにはいきません」
「メリットがわかれば頷いてくれるってことかい」
「……そうですね。本当にそれが探偵社に不利益になることでないなら」
 太宰の青白い頬を森の手が撫でる。その感触に珍しく手袋をしていないことに気付いた。森が太宰の上で笑う
「メリットならある。君を抱くことができるのだからね」
「はあ?」
「君は私のお気に入りだからね。君を抱けるのならそれは大変大きなメリットだ」
「私女でもなければ十二歳以下でもありませんよ」
「大丈夫。そんな勘違いはしていないから」
「ロリコンの上にゲイですか。いよいよ救いがなくなってきましたね。貴方の下で働く人が可哀想だ」
「そうかい。で、どうするか答えは決まったかい」
 見つめてくる赤い目に太宰は細い息を吐く。顔をそらして目を閉じる。
「本当に探偵社に不利益になることはしませんね」
 長い時間をたってから動く口。にんまりと微笑む。男の手が優しく頬を撫でて太宰の体の線をなぞる。
「ああ、君が求めるならそれぐらいは叶えてあげよう。ただし今日から君は私のものだ。探偵社にかかわる事以外で私の言うことを拒否することは許されなくなるよ。
 私に飼われるかい?」
 こくりと蓬髪が揺れた。
「貴方に飼われます」
 太宰の囁きが聞こえる
「いいこだよ。太宰君。君が嫌だと思うほど惨めな生き物にしてあげよう」

 ●
 
 その視線に気付いたのはもう随分前の事だった。
 何かを欲しがるかのようにじっと見続けてくる瞳。はじめはそれの意味が分からなかったが、見つめられ続けるうちにそれが人と触れ合う時によく見てくることに気付いた。触れて欲しいのかと思った時、一瞬まさかと思い己を笑った。だけどすぐにいや、と考え直した。
 
 怪しい男。初めて太宰を見たとき福沢はそう感じた。探偵社設立の際に何かとご尽力賜った種田長官の口添えがなければ絶対に受け入れることはなかっただろう。受け入れてからしばらくして福沢は太宰が誰かに似ていると思うようになった。それが誰なのか考えたらすぐに答えは出た。
 森鴎外。ポートマフィア首領。
 まさかとは思った。まさか太宰の隠された前職はマフィアだったのではないかと。だがそれでどうすると言うつもりはなかった。探偵社に入社してからの太宰を見ていれば彼が足掻き善い人であろうとしているのはよくわかった。だからなにも言わずに受け入れた。
 その事を思い出してふと考えたのだ。彼は今まで誰かに優しく触れられたことがあったのだろうかと。もしやそう言う触れあいは一度もないまま大人になってしまったのではないか。だからこそあんな風に物欲しげに見つめてくるのでは……。
 そう考え付いてから福沢は太宰に声をかけた。どんな理由でもいい、むしろ理由などなくともいいから彼に触れて優しくしてやりたいと思った。だが伸ばしたその手が太宰に触れることはなかった。優しい声をかけようとした時、太宰は話を唐突に終わらせ、福沢のそばを離れた。追いかけようとした手を華麗に避けられる。
 それ以来太宰は福沢を避けている。いや、思えばその時よりも前から太宰は福沢を避けていた。仕事の話でもない限りは近づいてこず、仕事の話であっても書類などの多くは他の社員たちに押し付けて持ってこさせていた。ただ面倒がっているだけかと思っていたがそうではなくて太宰が福沢に近付きたくなかったからではないのかと。自ら近づこうとして初めて福沢は思いあったった。
 その事実に驚愕した。自身は太宰に嫌われていたのか、そう思いもした。だが太宰の視線がそれを否定した。どういうわけか避けながらも太宰は福沢を見ていた。だから機会をみては福沢は太宰に触れようとした。何回やっても逃げられた。
 一体何なのだと頭がこんがりそうだった時、また逃げられたねと乱歩が声をかけてきた。
「福沢さんはいつになったら太宰に触れることができるのか楽しみだね」
 にやにや笑う乱歩をじっと目で睨めば怖い怖いと言って肩を竦める。
「あれは一体何なんだ。さっぱり分からん」
 遠くで国木田にちょっかいをかけている太宰を見つめながら福沢は呟いた。何となく乱歩の頭に手を置いて撫でるようにすれば感じる視線。気付かれないように見つめればそれはどうみても羨ましそうな物欲しそうな顔をしているのだが……。撫でていると乱歩が僕を使わないでよと抗議する。その目が太宰をみてため息をつく。
「福沢さんの異能は」
「はっ?」
「だから福沢さんの異能は」
「私の異能は人上人不造だが、それがどうか……」
 口にしながら福沢の目が見開きまさかと思い太宰の方を見るのにそのまさかだよと乱歩は言った。
「だが、」
 何を気にすると言うのだと福沢は言いたかった。今の探偵社には福沢の異能が暫く使えなくなったところで困るような面子はいない。
「言い訳だよ」
 福沢の考えを読んで乱歩は口にする。その言葉に福沢の目が訝しげに歪む。
「言い訳」
 なんの。口にできなかった言葉を読み取り乱歩はまた息を吐き出した。今度はさっきより長い。
「あいつが自分の心を守るための。これ以上僕から言うのは違うと思うから言わないけど、まあ、彼奴の事を気にかけてやって。後今は異能の話をしちゃだめだから。言い訳できなくなったら彼奴の心本気で壊れちゃうからね」
 
 
 それから二年。福沢を見続ける視線はかわりなくあり続け、福沢もまた太宰に触れようと挑戦し続けた。
 そんなある時、厄介な問題がやってきた。問題とは言いたくないのだが、太宰との奇妙な攻防を続けていた福沢にとっては大きな障害となってしまうのは確かだった。
 中島敦。
 太宰が拾い是非探偵社社員へと勧めた少年。入社試験を無事合格し社員となった彼は己の意思で異能を制御することができなかった。大切な社員ではあるもののその事はこの二年太宰が意味もなく心配してきた事柄を、心配すべき事柄に変えてしまった。
「また厄介なの拾ってきたね。とは言えただの自虐の為に拾ってきたわけでもないみたいだし仕方ないのか。でもこれで福沢さんは容易く太宰に触れるわけには行かなくなったわけだ。どうするの?」
 乱歩が問い掛けてきたのにそれは私の方が聞きたいと思いながら福沢は深いため息をついた。触れられなくなった福沢を太宰が寂しそうな目で見つめていた。


中略


「太宰君、あ――ん」
 声が促してくるのに従い太宰の口が開く。大きく開け犬のように舌を突き出してみせるのに声は嬉しげに笑った。
「そうそう。いいこだよ。よくできている。でももうちょっと舌をつきだしてみようか。うん。いい感じ。とても無様で可愛いよ。それに犬っぽい。可愛い可愛い私のわんこには餌を与えようね
 はい。溢しちゃ駄目だよ。ゆっくりゆっくり大切に飲んでね」
 太宰の舌の上にどろどろとした白い液体がのせられていく。それを必死に舌を使い溢さないよう太宰は飲み込んでいく。こぼせばどうなるのかはここ数日で痛いほどその身に刻み込まれている。恐怖にわずかに瞳が揺れる。その目元は赤く染まっており、狂おしげに飲み込む隙間から甘い吐息が溢れていた。
 犬のように裸で四つん這いになり、口を開ける太宰の腰はもどかしく揺れていて、突きだされる尻の間には太い器具が挿入され、ぷっくりとした胸の膨らみにも細かく揺れる機械が貼り付けられていた。
「駄目だよ。太宰君。ご飯の時間に欲情しちゃ。淫乱なわんこでもそれぐらいは我慢しないとね。ちゃんと全部食べてその後気持ちいいこと沢山しようね。君は恥ずかしいことも大好きだからそれも沢山しよう。途中でお漏らしをしてもいいよ。容器を用意したからね。その中に一杯漏らしてそしたらそれを君に飲ませてあげよう。自分が出したもので汚れる君はとても醜く汚ならしい事だろうね。今から楽しみだよ
 ねえ、太宰君」
 ふるふると太宰が首を振る。嫌だと言いたげに動く口からポタと白濁が落ちた。
「ぁあ!」
 悲痛な声が漏れる。首輪が引っ張られその顔が苦痛に歪んだ。あわれになるほどその目は恐怖で揺れる。
「溢しちゃ駄目じゃないか、お仕置きだね」


「太宰君。君は恋と言うものを知っているかい」
 虚ろな目で天井を見上げていた太宰は聞こえてきた声にぴくりと瞼を震わせた。
「恋?」
「そう。恋。一人の人をみてときめいたりその人に触れたいと望んだり、触れられてドキドキしたり、話すだけで幸せを感じたりする甘酸っぱいものの事なんだけどね」
「はっ。貴方の口からそんな言葉が出るのかと思うと何だかキモいですね。明日槍でも降ってくるんじゃないですか。止めてくださいよ。
 痛いの嫌いなのに」
「降らないから安心しなさい。それで知ってるかい」
「……話で聞いたことはありますが知りませんよ。そんなもの。興味もない。何ですか。突然そんな話をして。
 ああ、もしかして好きな人でもできましたか。それでこの関係を終わらせたいと。別にいいですよ。棄ててくださってもどうせ私は犬ですから、新しい飼い主を探すだけです」
「私のことではないのだけどね」
 苦笑を浮かべた森が太宰の頬を撫でる。いつの間に変えたのかさらりとした冷たい布の感触にほぅと息をつく。
「ではエリス嬢ですか」
「エリスちゃんに恋人なんて出来ないよ!! エリスちゃんが愛しているのは私だから!」
「はいはい。で、なんの話なんですか一体」
「恋とはね、太宰君。素晴らしいものなのだよ。そしてとても恐ろしいものでもある。恋に落ちるそれだけで人は変わってしまうものだ」
 キョトンとした目が森を見上げる。何を言われているのかわからないと言う感じの目だ。
「君は恋をしたいと思わないかい?」
 二回、太宰がまばたきをした。ぱちぱちと、目を閉じ開いてそれからはっと声を出す。歪む顔。その目は森のことをとても奇妙な目で見ていた。
「私にそんな感情があるとでも思っているのですか、貴方は。恋なんてしませんよ。気味が悪い」
 言い捨てられるのに肩が落ちた。息を吐き出すにに太宰の目がなにか言いたいのかと見つめる。
「恋はねするものではなく落ちるもので。そして落ちるものでもなくもう落ちているものらしいよ」
「はぁ? それがどうしたんですか。何ですか。恋してみたいんですか。貴方が? ああ、でも年齢的にはそろそろ結婚してもいい年ですもんね。焦っているんですか? ロリコンなのに」
「まさか。私はエリスちゃんがいるから大丈夫だよ。毎日エリスちゃんに恋しているぐらいだよ」
「じゃあ、何なんですか」
「何でもないよ。今は何でもない。
 さて、私は用事があるからね。もう行くけど君は朝になって動けるようになったら出ていくといいよ。ゆっくりそれまで休んでいなさい」
 不満げに見つめてくる太宰から離れて森はドアまで歩いた。追い掛けてくる視線に笑ってドアを閉める。
 
 
 ぱったりと閉まったドア。ほうと森は息をついた。
 まだ幼い頃の太宰を思い出す。今よりもっと暗い目をして笑っていた初めて森と出会った頃。
「私と出会う前から壊れていたようなものとは言え、それを直さずにさらに壊してしまったのは私だからね。
 まあ、何時までも私は君に付き合うよ。とは言え、早く気付いて欲しい所だけどね」
 これでも私は君のお父さんのつもりだからあんまり酷いことはしたくないんだよ。
 森の呟きが暗い廊下に落ちて消えた。
 
 ●
 
 あ、と思いすぐに目をそらした。仕事で外に戻った太宰の目に真っ先に写ったのは福沢が鏡花の頭を撫でているところであった。何かあったのだろうかと思ってしまいながら自分の席に戻る。胸にドロリとしたものが沸きながらそれはすぐに消えていた。じくじくとした痛みが残るが、それだけ。前のように福沢の方を気にし見ようとするような気持ちは沸いてこなかった。
 あっと思った。
 どうせみても無駄だよ。触れあえることなど永遠に来ないのだから。
 何だか胸に穴が空いたような気がしながら、だけどそれ以上求める気も起きない。太宰はほっとした。何故か目頭が熱くなった気がした。
 
 ●
 
 きょとんと福沢はまばたきをした。撫でていた手が固まる。自分の動きが止まったことに一瞬遅れて気付いた。
「どうかしたの」
「あ、いや、それよりよくやったな」
 不思議そうに見つめてくるめに向き合いもう一度頭を撫でる。今日は少し難しい依頼を鏡花に頼んでいた。それをうまく終らせた彼女を誉めていた時、帰ってきたのは太宰だった。何時もならこう言うとき気付かれないようにしながら見つめてくる太宰は何故か今日に限ってはすぐに目をそらし仕事に集中してしまう。ちらちらとこちらを見てくるようなことはしない。福沢の方がちらちらと太宰を見てしまった。
「どうしたの?」
 また鏡花が問いかけてくる。
「あ、い「あの人のこと」
 何処と無く潜めた声で鏡花が聞いた。その視線は仕事をしている太宰に向けられている。ああと頷いてしまうのに鏡花はさらに声を潜める。
「あの人、最近変。たまに血の匂いがする」
 鏡花の言葉に福沢の眉が寄る。それは福沢も感じていたことだ。あまり近くに近付けないので確信までは得られていなかったのにやはりそうかと思う。
「それに、何か嫌な匂いがする。うまく言えないけど嗅いだらムカムカする匂い」
 次の言葉には首をかしげた。それは知らなかった。果たしてどんな匂いだと思うのにどこかで嗅いだ気がする。それで嫌な匂いだと思うんだと思う。そう鏡花が続けた。
「後、何だか遠くなった気がする」
 鏡花が告げるのにそれもたしかにと思った。最近の太宰は福沢だけでなく他の者たちにも一歩距離を起き、避けているように思う。何でだと考えていると鏡花はもうひとつ付け加えた。
「貴方の事も見なくなった」
 ひゅと福沢の喉がなった。見つめてくる鏡花を福沢は見つめ返すことができなかった。
 
 
 声をかけようとした。用事は何一つない。あるとしたら確認したかった。太宰が今福沢を求めているのかどうか。声をかけようとした瞬間、さらりと身を翻され然り気無い動きで離れてしまう。それはいつものことであるが、いつもならそこにある寂しげな目がそこになかった。何かを望むような素振りもなくあっさりと離れてしまうのに福沢は呆然と立ち尽くす。
 ふいに匂ってきた香りに鏡花の言っていた嫌な香りの正体にも気付いてしまい愕然とする。
「だから言ったじゃん」
 前に聞いた乱歩の声が耳鳴りのように聞こえて必死に息を吸い込んだ。
 

中略


 
 髪に触れる手の感触がして太宰は目を開けた。見上げれば森が困ったように笑っている。
「ねえ、太宰君。君はどうしてそう臆病なんだろうね」
 ぼんやりと見つめてその重い口を開く。声をあげすぎたせいで喉が痛む。それだけではない何かのせいで言葉が上手くでていかなかった。ぁ、あと、なにか掠れた声が出る。何度か繰り返してやっと言葉が出た。
「わ、たし、お、くびょうなんか、じゃありませんから」
 掠れ、殆ど声とも呼べないような声。表現しづらい顔を森は太宰に向けた。その手が頬に触れる。
「君はとても臆病だよ。どうしようもないぐらいに。でも仕方ないんだろうね」
「私に怖いものなんて……」
「君には分からないだけだよ」
 森の赤い目が微笑むように細められる。
「ねえ、私は君に何度も触れたよ。君の頬を撫でて、そして君の頭を撫でた。
 ねえ、どうしてだろうね。どうして君は」
 言おうとした言葉は声にならなかった。口に出す前に太宰が森に覆い被さる。もう動く力もなかったくせに無理矢理動いて覆い被さった太宰は森の男根に触れる。とっくにズボンを履き隠されてしまったそこを口に含む。大きく膨らむそれに頬を寄せる。ちゃらちゃらと一つ動く度に繋がれた鎖が音をたてる。森の手が鎖を掴んだ。
「待てができない犬は嫌いだよ。言うことが聞けないならこの鎖を取ってしまおうか」
 嫌だというように太宰の首が横に揺れる。
「なら離れてくれるかい」
 森の言葉に従い太宰が身を離すといい子だと森がその頭に手を置く。上から下へと動かすのをぼんやりと眺めていた。赤い首輪に森の手が触れる。
「太宰君。散歩に行こうか。
 もうずっとこの部屋にいるからね。久し振りに君も外を歩きたいだろう。裸は流石にあれだからね。私のコートを貸してあげよう。そしてその中に沢山玩具を仕込んで歩こうか」
 にこにこと笑って準備をしようとするのに太宰の首は横に振られる。ふっと森は笑う。ぐっと鎖が引っ張られ首が絞められる。太宰の目が白目を向く。
「君は私のペットだろう。拒否権はないんだよ。大丈夫。この鎖は放さないでいてあげるよ。ずっと私が持っていてあげるよ。
 さあ、着替えをしよう」


「ぁ、ぁあ! ぁああ!」
 圧し殺した声が闇の中に消える。がたがたと足が震え座り込みそうになるのを鎖が引き留めた。
「駄目だよ。ちゃんと動かなくちゃ。散歩なんだからね」
 森の声が優しく咎め促す。そのまま足を動かせばつぅと白い太股を熱いものが流れていく。くすくすと森が笑う。おや、なんてわざとらしく声をあげた。
「お漏らししてしまったのかい。本当に君は我慢のできない子だね」
 帰ったらお仕置きしなくちゃね。声が聞こえてくるのに太宰は涙を流しながら嫌だと首を振る。だけどそれはお仕置きをされることにではなかった。ゆっくりと歩を進める太宰は時々立ち止まる。その度に森が鎖を引っ張った。駄目だよと甘い声がいう。
「君は私のペットなんだからご主人様のいうことはちゃんと聞かなくちゃね。
 ほら」
 真っ直ぐ一本道を森は行こうとする。森の部屋から続く秘密の抜け道をでて続くその道を太宰は行きたくなかった。
 鎖を軽く引っ張られ絞められた痛みであるく。一歩二歩と歩いてすぐに止まってしまう。
 ほらと声だけは優しく、鎖を引く力は強かった。同じことを何度も繰り返し歩く太宰。その足がまた止まる。引っ張られても動かなくなる。その視界のなかに森以外の人影が移っていた。
「おやおやこれは珍しい人に会うものですね」
 柔かな声でもりがいう。それを何処か遠くで聞く。太宰の目に写るのは最早遠くにいるただひとりの人影だけだった。それが近付いてきて輪郭が露になる。
「何をしている」
 森に問いかける声は見知ったものだ。太宰が会いたくなかった者、福沢の声。逃げたいと思うのに森が持つ鎖がそれを許さない。
「見てわかりませんか。犬の散歩ですよ。とても手の掛かる犬でね」
 ぐいっと鎖を引っ張られた。今までで一番強かったそれに限界が来ていた太宰の体は踏ん張れず体制を崩した。体が地面の上に倒れる。胸につけられた機械がより強く押し付けられ太宰の体が痙攣した。
「あ、っああ!」
 抑えようとする暇もなく声があがる。
「おやおや、またいってしまったのかい。本当に堪え性もない子だね」
 森の足が太宰の頭を踏みつける。
「さあ、お仕置きをしな」
 言葉が途中で途切れた。踏みつけられていた足が離れ遠くに飛ぶ。
「何をするんですか。危ないじゃないですか」
 慌てた様子もなく声がいうのに福沢はなにも言わず相手を睨み付けていた。太宰のすぐ近くに福沢の足があり、先ほどまで森がいた場所には刃があった。無言で刀を構えて森を睨み付けている。
「探偵社とは休戦中のはずですが。破棄するおつもりですか」
「先に我が社の社員に手を出したのは貴君だろう」
「彼は私のペットですよ」
「私の部下だ」
 二人の応酬。違う、止めてと太宰がか声をあげようとした時、内部に埋められたものが激しさを増した。
「あぁあああああ!」
 突然与えられた刺激に体は耐えることができず激しくのたうち回る。甘い声が甲高く上がるのに福沢が森に攻撃を仕掛けた。隠し持っていたメスで森は応戦する。金属が打ち合う音が夜の闇の中に響く。押し負けながら森はニヤリと笑った。
「私に刀を向けるのも結構ですが、ここが何の近くかお忘れですか」
 その声とともに何処からか複数の声が聞こえてくる。舌打ちを打った。攻撃を仕掛け受け止められるが力で押しきる。体制を崩させるとすぐさま後ろにとんで太宰の元にかけた。身悶え甘くなき続ける太宰を福沢が抱えあげた



[ 5/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -