この謎、といて

「社長が小学生に告白された!?」
 外にまで聞こえるのではないか。そう思うほど大きな声が探偵社内に轟いた。
 声をあげたのは国木田だが、今は生気をなくしたかのように口を開けて立ち竦んでいる。他のみんなもそのような状態であった。違うのは話の種にされた福沢と、爆弾を投下した与謝野の二人だ。
 福沢はむすりと口を曲げており、与謝野は大笑いしている。
「そうなんだよ。誘拐されそうになったところを助けた女の子に告白されたんだ。おもしいだろ。
それに社長たら適当にあしらえばいいところを大切な人がいるから貴殿の思いには応えられない。すまないなんて真剣に取り合っちゃってさ。いやーー、良いもの見たよ」
「思いを無碍にするようなことはできぬ」
「バカだね〜〜。大人に憧れる子供の告白なんて本気で取り合う方が可哀想ってもんなんだよ。
 笑って受け流してくれたらそんなこともあったな〜って大人になった時いい思い出になるのに、あれじゃあ本気になって痛い失恋しちゃったじゃないか。まだ小学一年生だって云うのにね」
「むっ……」
 まあ、そう言うところが社長のいいところなんだけどね。
 その言葉に反射で頷いた国木田。だがまだ呆然としている。そう言うものなんですね。と敦や谷崎は感心しているような声を放心しながらあげる。
 そうだよ。だからあんたらも子供に告白されることがあったら本気で取り合わないようにね。そんなことは滅多にないと思うけど。そう言って笑う与謝野にそりゃあそうですよと全員が思い福沢を見た。
 その滅多にないことが福沢に起きたのだ。
 正直何人かはその子供将来性あるな。いくら助けてくれたとはいえ社長に告白するなんて。怖くなかったのかと思いだしている。探偵社の中で子供に怖がられる確率不動のNo.1を福沢はキープしているのだ。
「まあ、もうないと思うけど、社長も今度告白されることがあったらもう少しうまくかわしてくださいね。
 あの後大変だったんだから」
「大変?」
「ああ、その女の子が石のように固まったと思えば泣くは喚くは好きなんですって社長から離れなくなったりしてね。すまぬな、すまぬ。どうしても応えられないんだって必死に言い聞かせてたけどあれじゃあ引き離れないよね」
「へぇーー」
 その女の子強すぎじゃないですか? 探偵社に是非スカウトしましょう。わりと全員がそう思った。
「断るにしてももっといい断り方もあったでしょうに。他に好きな人がいるなんて言われても納得しない子はしないですからね。断る嘘はもっと別のものがいいよ」
「……うそ? 何のことだ」
 そうだね、考えていたのが、福沢がぽつりと呟いた言葉によって止まった。他のみんなの思考もまたもや止まった。
「え? 嘘じゃなかったんですか? 社長、大切な人がいるんですか」
 震える声が与謝野からでる。それにああ、そうか。しまったと福沢は思う。誰にもこの事は言ったことがなかったのだと。隠していたつもりはないが誰かに言うような事でもなく、そして、今は……。
 誰かに言えるような状態ではない。
 ちょ、誰だい。どんな人なんですか。固まったままの男性陣とは違い、いち早く我に返った女性陣があれやこれやと聞いてくる。その熱意に押されながらもどう言い逃れるかを福沢は考える。元来嘘が苦手な男にはいい考えなど思い浮かぶはずもないが。
 後ろに一歩下がってしまうのにキラキラとした目の女性陣はその一歩も踏み込んでくる。詰め寄られ汗を流すのにそれよりと助けと読んでいいかわからぬ声が聞こえた。
「それよりさー、太宰の居場所分かった」
 和やかだった探偵社が一瞬で凍り付く。それは先ほど僅かな間固まっていたのは全く種類の違うものだった。見開かれた全員の目。ぎゅうと噛み締められる唇。ひゅっと福沢から息を飲む音が小さく出た。
「いえ、奴の居場所はまだ……」
「やっぱりどっかで死んじゃったのかね」
「そんな太宰さんが……」
「もう一年だろ。幾らなんでもさ」
 ポツポツと聞こえてくる会話。お通夜のような雰囲気。重苦しいものが福沢の背に乗り掛かる。驚き見開かれた褪赭の瞳が脳裏に浮かんだ。可哀想なほどに震えていた唇。


『好きだ』
 溢れてしまった言葉を飲み込むことはできたはずだった。嘘が苦手な福沢だが、それでもあの時の彼ならば拙い嘘を信じた筈だ。そうなんですねと言って笑ったはずだ。だけど福沢が選んだのは別の道で
『貴殿が好きだ。
 太宰。貴殿の事が好きだ。愛している』
 真っ直ぐに伝えた思いに揺れた瞳。私はと動いた唇はその先の音を口にしなかった。幾らかはくはくと開きながらも音をださない口。それはまるで水面で必死に空気を求めるようだった。
 良いから。返事はよい。すまぬな。こんなことを急に言って。でも忘れないでくれ。私は貴殿が好きなのだ
 その姿に向けた言葉。緩く振られた首。蓬髪が舞う。下を向く彼は迷い子のようだった。
「きっと何処かで生きてますよ。だって太宰さんしぶといですもん」
 聞こえてきた声にそうだといいと福沢は思う。そうだといい。もう二度と会えなくともいいから生きてくれていたら。でもそれとは別に会いたいとも思ってしまって。もう一年間姿を見せていない彼、太宰治に会いたいとおもってしまう。
 そう福沢が誰より大切に思ったいとおしい人とは彼の事で、そしてその彼はもう何処にいるのか、生きているのかすら分からない。
 思いを伝えたその翌日、太宰は福沢の前から姿を消してしまったのだった。

 🎀 

「しゃ、社長に振られた〜〜」
 うわーーんと幼い泣き声が騒音で近所に有名な阿笠邸に響いた。これ外に漏れているんじゃと傍にいるものは思うもののまあ、煩いのは何時ものことかとそれ事態は気にしないことにした。気になるのは泣き声と共に言われた言葉。
「いや、振られたって……」
「ほ、他に大切な人がいるって……、私のこと好きっていってくれたのに、なのに、なのにもう好きじゃなくなっちゃったんだ。ふ、ふぁあああん!  しゃちよーーのばかああ!  
 なんで、なんでぇ、なんで他の人のこと好きになるの。好きだって言ったのに。愛してるって言ってくれたのに。私、社長に全部捧げようって何もかもあげようって決めたのにどうしてぇぇええ。
 哀お姉ちゃーーん! 私どうしたらいいのぉおおおお。  もうやだ、死にたいーー。社長ううう、すきぃいいいいいいいいい」
「はいはい。まずは泣き止みなさい」 
 呆れたような引いたような声は聞こえなかったのか大量の涙と共に続く。隣に居た少女、灰原に抱きつくのは少し長めの蓬髪にスカートをはいた少女。えぐえぐと泣く彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れているがはっとするほど美しかった。
「しゃ、ちょー、すきぃ。好きなのになんで……  社長に振られたら私……」
「いや、振られたって言うけどそもそも分かってないだけだろ。他の人の事好きになってねえと思うぞ」
 少女の隣にいるもう一人の少年、コナンが呆れ声をかけるもののその言葉もまた少女には届かない。
「どうして……私のこと好きじゃなくなっちゃったのかな
 やっぱり……待たせ過ぎちゃったからかな……。そうだよね。でも、仕方ないじゃないか……。だって分からなかったのだもの。好きだって云われて嬉しかったけど、告白されて他の人に言われてきたのとは全く違う感覚を抱いたけど、
 でも……それが本当に社長を好きだからなのか分からなかったのだもの。人を大切に思うとか誰かを好きに思うとか私には分からなくて……、どれだけ考えても理解できなくて理解したかったのだよ。
 社長は私に真剣に向き合ってくれたからだから私も曖昧なままじゃ嫌だったのだ。ちゃんと好きって言えるようになりたくって
 でも、今の私じゃわからないからやり直したら……もう一度子供の頃からやり直して普通の子供のように生きることが出来たら私も普通の人みたいにそう言う気持ちが分かるようになるんじゃないかってだから小さくなって、それでやっと」
「待って、待って、そこで一旦待って、今原因言った。振られた原因言ったぞ。そこだそこ。小さくなったって所。向こうはそれを知らないだろうが」
「理解できるようになったのに。女の子にまでなって結婚もできるようになったのに何で」
「だから、待って。そこだっていってんだろ。小さくなってるから、しかも女になってるから気付きたくとも向こうは気づけないんだよ。ふられてねえから、多分向こうもお前待ってるからだから俺の話を聞け、太宰!」
 コナンの怒鳴り声が響くが一番聞かせたい人間には届かず泣き声だけが続く。はぁと灰原のため息がでる。
「無駄よ。聞こえてないから」
「はぁ、どうにかしろよ。こいつ」
「無理よ」
「しゃちょーー。待たせたのは悪かったと思うけどでも、でも仕方ないじゃないか。私にはどうしても必要だったのだよ。じゃないと分からなかったのだもの  何で私の事を嫌いになっちゃったの……」
 ぼそりと呟かれる声。はぁと深いため息がコナンから出る
「俺、あの人にあったの一瞬だけだったけどすげぇ同情するわ」
「私もよ」
 二人が遠い目をして一瞬あっただけの銀髪の男のことを思い出す。可哀想にと同時に言葉が浮かんだ。

 ぐずぐずと泣き声が聞こえ続ける。
























人物紹介

太宰治=灰原あみ   人を好きと言う感情を理解したくてアポトキシン4869を飲んで子供になった。と、同時に別の薬で女に。コナンに拾われ阿笠博士の元で過ごしている。設定は灰原の双子の妹。灰原のことをお姉ちゃんと慕っている(本来の年齢差は彼の方が上)。
少し前まで記憶喪失だった。その間の日々によって少々精神が幼くなっている。また周囲の女性の影響で思考が女の子に。
最近の夢は探偵団のみんなとずっと仲良く過ごすこと。早く高校生になりたい。高校生になって甘い青春を福沢と送りたい。
悩みはどうやって社長を振り向かせるか(もう振り向いている)と、どうやってコナン君をこのままの姿でいらせられるかと言うこと。


福沢諭吉      この作品で可哀想なキャラNo.1、2を争う一人。
             好きな人に告白したら翌日行方不明になられた。最近おかしな女の子にあえば告白され困っている。居なくなって一年好きな人を思い続けている一途な男。待てばば待つほど可哀想度は上がっていく

工藤新一=江戸川コナン  道に倒れていた太宰を発見した人。状況から自分達と同じ薬を飲んで小さくなったのではと推理。目覚めた時、記憶がないのに頭を抱え、太宰が記憶を取り戻した後もあまりにも予想と離れすぎた飲んだ理由に頭を抱えた。あみとなった太宰に振り回される。この作品で可哀想なキャラNo.1、2を争う一人。
                福沢にこいつ太宰治なんですと暴露したくって仕方ない


宮野志保=灰原哀     道に血塗れで倒れていた太宰を発見した人。恐らく薬を飲んで小さくなった彼を匿うのに姉妹設定をつけられてしまう。最初は嫌だったが今はあみとなった太宰を本当の妹みたいに可愛がっている(本来であれば年下)。太宰の恋が上手くいくよう祈ってはいるが無理じゃないかと思っている。






 コナンと灰原があみこと太宰治に出会ったのはある雨の日だった。
 傘が壊れるのではないかと不安になるほどの大雨の日、彼ら二人は古びた家の庭で倒れている太宰を発見したのだった。


 最初は取り込み忘れた洗濯物か何かが何処からか飛ばされその庭に落ちたのかと思った。だが雨粒で視界が悪いなか見えた小さな頭。
 おい、大丈夫か。
 駆け寄ったコナンが声をかける。体を揺さぶるのに雨だけでない何か嫌な感触が手についた。広げた手は赤い。雨に濡らされた地面もまたじんわりと赤くなっていて
 工藤君、その子
 ああ、腹部を刺されてやがる。凶器はあの包丁か
 子供から少し離れた所に黒い柄の包丁が落ちていた。鋭い目がそれを睨み付けてからまた子供にうつる。大丈夫かと声をかければ子供の目がぴくりと動いた。手足が微かに動く。まだ息はある。咄嗟にコナンは救急車に連絡を。そう灰原に言おうとした。
 だがその口が止まる。現場のある不自然さに気づいてしまった。そして彼は瞬時に言葉を変えた。
 博士に、博士に連絡しろ
 もうして、って博士? 救急車じゃないの?
 救急車はいい。それより博士だ。博士んちに連れてくぞ
 ちょ、どう言うことよ
 良いから早く! 人に見られる前に連れていくぞ
 ああ、もうあとでちゃんと説明しなさいね

 そうして太宰はコナンと灰原に拾われたのだった。



中略




 与謝野はその異能の性質上。ひとりで依頼におもむくことがたまにあった。
 与謝野の異能については公言していないのだが、如何せん噂と言うものは戸を立てることができない。何処からか噂は流れ怪我を直してほしいと言う依頼が時折来るのだ。
 今日はその依頼で東京まで一人来ていた。
 仕事は一瞬で終わるが、だからと言ってすぐに横濱に帰るのもつまらない。依頼があるたび与謝野は買い物に出ることにしていた。今回もデパートにきてたくさんの買い物をした。荷物は着払いで事務所に送り、残りの時間はカフェでのんびりと時間を過ごす。
 そのつもりだったのだけど、どうしてこんなことになったのかと与謝野は首を傾けた。
 荒事を専門とした組織に所属はしているけれど、荒事が好きなわけではないんだよね。と目の前で起きている物事を見つめる。
 目の前では刃物を持った男が近づくんじゃねえよ。じゃないとこの子を殺すぞとフードを被った女の子を腕に掴まえてわめいていた。
 きゃーー。聞こえる悲鳴。パニックになった人々。
 どこかの階で殺人事件が起きたという話を聞き、物騒だねとは思っていた。だがまさか自分がいた階にまで騒ぎがやってくるとは思っていなかった。
 何処からか駆けつけてきた警官の男たちは離しなさいと声をかけているが、煩いと男は逆上して怒鳴る。どうにか無理矢理取り押さえるしかないだろうね。そう与謝野が見つめる先、たったと小学生らしき子供が五人ほど走ってその場に来ていた。とても焦ってきたのだろう。全身に汗をかいている。
 その子たちは男が抱える子供を見てあみちゃん、あみと心配そうに呼びかけていた。子供たちの顔色は青ざめている。
 ンと与謝野はその目を見開く。二人見知った相手が混ざっていたのだ。話をするほどの相手ではないが、いやに記憶には残っている子供たち。その子供たちを見て、与謝野は慌てて犯人を見る。男につかまっている子供を見た。
 ワンピースを着てフードを目深にかぶった女の子。フードで顔が見えないため誰か分からないが、知っている女の子なのかと目を見開く。
 知っていると言ってもその子も話したことはない。社長である福沢が話しかけられ困っているところを何度も見ているだけだ。が、印象はあまりよくない。その子だったのかと思い見た。
 あまり好きではないが、知っている人がつかまっていると思うとどうにも座りが悪い。
 どうにかしてやるべきかと与謝野は目の前の出来事を見た。
 どうしてやればいいのだろうかと与謝野は考え出したが、考えている途中、んと首を傾けた。
 どうにも女の子の様子がおかしいように見えたのだ。まるで怯えている様子がなく男の腕の中で大人しくしている。今頃泣いていていもいいような状況なのだが、そんな感じはしない。不思議に思いじっと見るのに女の子が動いた。
 勢いよく頭を上げたかと思うと、がぶりと男の腕に噛みついていたのだ。男が悲鳴を上げて女の子を手放す。女の子は素早い動きで走り出し、友達の元に行こうとした。その肩を男が掴んでこのガキと怒鳴る。警官はすでに動き出していた。
 怒りのままに男がつきだした刃は女の子の背にぶすりと突き刺さった。
 悲鳴が聞こえパニックになるのだったけど、与謝野は見た。くるりと男に振り向いたその口元が笑うのを。
「残念でした」
 そんなこの場には似つかわしくない声と共に男に何かがぶつかり、激しい音が響く。ふき飛ばされていく男。ぽんぽんとボールが弾んだ。
「あみ、大丈夫か」
「あみちゃんーーん」
「確保」
 二つの声が混じる。女の子の元に集まる子供たち。男の元に集まる警官たち。警官の一人が女の子に近づいて大丈夫今救急車を呼ぶからねと話しかけている。それに対して女の子はうんうん大丈夫だよと暢気に首を振っていた。
 は? と思う前に女の子は立ち上がっていた。
「イリュージョン」
 明るい声と共に子供が両腕を上げる。そうすると女の子の服の下から何かがドバドバと落ちていく。それはいくつかの服だった
「あの人の様子だときっと自分の犯行がばれたら、並んでいる商品の刃物を掴んで誰かを人質に取るって思ったから、咄嗟に体の中に詰めて私を人質にとるようやってみたの。こうしたら誰も怪我しなくてすむでしょう」
 ふふん。女の子が明るくそういう。どうだと胸を叩くのを警官は目を見開いて見ている。驚いたと女の子が聞く。
「驚いたよ。でもそんな危ない真似したら駄目だよ。怪我したりしたら」
「大丈夫だよ」
「本当にけがはないのかい」
「うん。ほら何でもないよ」
 くるくると女の子が回っては笑う。それに子供たちは凄いですねと感心していた。警察は安心したのかはぁと息を吐き出している。でも与謝野はそんな子供を渋い顔をして見詰めた。ぐっと唇をかみしめて睨みつけるのに子供はにこにこと笑い友達と話し、犯人は捕まり連行されていく。
 ちょっとこっちこいと子供の一人、見知った青いジャケットに赤い蝶ネクタイ、眼鏡をした男の子が女の子の腕を掴んで連れていく。貴方たちはちょっとここで待っていなさい。と茶髪の女の子が子供たちに声をかけて、どこかに行くのを与謝野は後をつけていた。
 事件があったからだろう。店の中に人は少なく、普段から使う人の少ない階段には人はいなかった。階段に隠れた後、男の子は女の子に服を脱げと言っている。
「えっち。女の子の裸みるつもり」
「じゃなくてさっき刺されただろう」
「大丈夫。うまいことやったから」
「うそをつくな。あれだけの装備で包丁を防ぎきれるわけがないだろう。貫通は免れただけで多少は怪我したはずだ」
「そうよ。みせなさい」
「大丈夫だよ。ほんのちょっとだから。それよりみんなのところに行こう」
「あのなお前」
「ちょっとそこの三人いいかい」
 女の子を取り囲んで二人が責める。女の子はにっこりと笑っているような様子なのに与謝野は声をかけた。
「怪我しているように思えてね。つけてみたんだけどやっぱり怪我をしているのかい」
「え、ああ」
「してないよ」
 問いかけたのに男の子は答えようとして、それより前に女の子が声を上げていた。慌てたような声。じゃあ見せてもらえるね。妾は医者なんだよ。と言うのに女の子はふるふると首を振って嫌です。怪我をしてませんと半歩後ろに下がって言っていた。その途中女の子はちょっとうめいて肩を抑えようとした。恐らく怪我した場所が痛んだのだろう。
 与謝野の眉が寄った。
「良いから見せな」
「や」
 無理やりにでも見ようと肩に手を伸ばしたら、女の子はしゃがんで逃れる。すぐにその場を離れて与謝野から距離を取った。じっと見つめてくる目。
「怪我を舐めるんじゃないよ」
「してないもん」
「あのさ」
 くるくると女の子が逃げ回っては頬を膨らませた。
 何とか捕まえようとするのに呆然としていた男の子が声をかける。女の子はそんな男の子の後ろに助けてコナン君と隠れていく。男の子はそんな女の子を見ずに与謝野を見ている。
「お姉さんって確か与謝野さんだったよね。武装探偵社の社員でお医者さんの」
「そうだけど、」
「じゃあさ、社員の怪我も見ていたりするの」
 男の子の問いに与謝野は首を傾けた。どうにも場にそぐわない問だった。問われたのに与謝野は答えるが、じっと男の子を見てしまう。そしたらその子はにっこり笑って女の子の前からのいていた。ちょっとと女の子が声を荒げるのに笑う。
「じゃあこいつの怪我見てやってください。今近くにお医者さんがいなくて手当してもらえないから」
 にこにこと笑って男の子は女の子を差し出そうとしてきた。女の子は嫌と叫んで逃げ出そうとする。
「ほら、見せなって言ってるだろ」
「やーー、私怪我してないもん」
「馬鹿なこと言ってないで見せるんだよ! こんな血垂らしておいて怪我してないわけないだろ」
「やーー! 哀お姉ちゃんに見てもらうからいいの」
「こんだけ血が出ておいて子供が手当てできるわけないだろうが!」
「できるもん! 哀お姉ちゃんなら出来るんだから! だから、やなの!」
 言い争う二つの声。与謝野の声はかなり険しいものになってしまう。女の子はいやいやと首を振っていたが、その周り男の子ももうひとりの女の子も女の子の味方はしていなかった。言うこと聞きなさい。怪我してんだから治療を受けるのは当然だろ。嫌がるなよと女の子に向け言っている。
「やー、やなの! お姉ちゃん!!」
「泣いてもダメよ」
「ほら、お姉ちゃんもそう言ってるんだ。早くその服脱ぎな!」
 そんな女の子に女の子が泣きつくが冷たく突き放すだけだった。ほらと女の子の暴れる手を抑えて与謝野の前に引きずり出す。やぁと泣き声が上がるがその声に手が止まることもなく女の子の服は被っているフードごと脱がされてしまった。
 ばっさりと音を立てて女の子の上半身が露になる。白い肌をみた与謝野の目は大きく見開かれた。そこにあったのは今日ついたばかりの、与謝野が手当てをしようとした怪我だけではなかった。
 夥しいほどの傷跡が女の子の体に刻みついている。思わず息をのみ込むのに女の子の肩が震え、やだったのにと小さな声が聞こえる。
「これは、どうしたんだい。こんな」
 誰に、問い詰めるような声になってしまったのに女の子は顔を下に向けてしまう。蓬髪が女の子の顔を隠した。
「それより今は怪我の手当ての方をしてくれないかしら」
「それよりって、……いや、そうだね」
 肩に手がおかれるのにますます下を向く顔。
 同じことを聞こうとしたのを遮ったのは別の女の子の声。姉である筈の彼女が冷静に言うのに戸惑いながら、確かに彼女の言うとおり怪我の手当てが先かと与謝野は女の子の怪我を診る。
 肩と腹の切り傷。肩の方はまだ軽傷だが腹の切り傷は相当なものとなっている。
「無茶するからだよ。子供が危ないことに首を突っ込むんじゃない。あんたらもだよ。今回は怪我だけですんだけど死ぬ可能性だってあるんだから」
 うっと与謝野の言葉に男の子が気まずそうにする。そんな素直な反応をしたのは彼だけだった。茶髪の女の子はそっぽをむき目の前の子も俯きむうとほほを膨らませる。そして無茶なんてしてないもんと拗ねた声を出す。
「ふざけるんじゃないよ。こんな怪我しておいて本来なら病院つれてくレベルなんだからね」
「病院はや。絶対逃げるもん」
「はぁ。ここで逃げられたら余計悪化させちゃうからね、だけど……」
 やっぱりと与謝野が言いかけるのに女の子のあしが一歩後ろに逃げようと動いた。すぐさま捕まえるもののその様子に無理かと諦め与謝野の手で手当てをしていく。
 一通りの手当て、もはや治療が終わった後、さてと与謝野は女の子の体をじっくりとみだした。もう終わったでしょ。お洋服着ていいと幼い声が聞くのにいつの間にか女の子が持っていた服を奪い取る
「まだダメだよ。他の手当てが残っている
 殆どが塞がっているとはいえろくに手当てしないで放置していただろう。何ヵ所か化膿しているものが幾つかあるよ。よく平気な顔して歩けてるね」
「だって痛くないもん」
「あんた。いや、まあいい。話はあんたじゃなくて他の人にするよ」
 呆れ、いや心配するような声を与謝野はだした。それに対して女の子から返ってきたのは何処か不思議そうな声だった。痛くないものをどう痛がれば良いの。そう言うような声に与謝野は息をのみ、何かを口にしようとしながら結局は口を閉ざす。
 彼女の脳裏に一人の人物が浮かんでいた。
 こう言うタイプの人間には余所から何を言っても無駄だ。内側にいる人間がそれも根気強く言い聞かせなければ理解しない。そう思って横にいる二人に目線をやる。取り敢えず彼女たちにどうにかしてもらおうと。その視線を受けて男の子はなんとも言えない表情をし、茶髪の子は生温い目を与謝野に向けた。んと違和感を覚えながら女の子の怪我の方に意識を向ける。
 何処のどいつがこんな小さな子にこれ程の怪我を負わせたのか。親はおらず親戚の家に預けられていると言う話だが虐待にでもあっているのだろうか。怪我を見ていた与謝野の眉間に皺が出来ていく。
 傷が多すぎて気付かなかったが中には銃創なんてものもあって何でこんな子供にと。それもそれは一つや二つではなく……。
 銃創の場所を探す与謝野はうん? と途中で首を傾けた。肩に二つに腹に一つ、心臓近くにも一つ、さらに……と続く。多いことも問題ではあるもののそれより妙に既視感があるような。
 他の傷をみる。
 切傷や火傷の痕。どうやってついたのかわからないような傷。どれもこれも何処かで見たような……。全体を見る。最初みたときには抱かなかったが違和感を持った後ならば気づいてしまう。この体(怪我)、見たことがある。それも何度も。
「……太宰」
 ぼそりと与謝野の口から一人の男の名前が出る。それは彼女の仲間の名でこの場にいる女の子たちは知る筈もない人物。だが……
 呟いた名に女の子の肩がぴくりと跳ね上がる。ふるふると震えた拳が慌てて自身の髪を掴んだ。サイドにふんわりと結んだ髪で自身の顔を隠そうとする。
 そんなはずはない。
 たまたま。たまたま似てしまっているだけ。だが一つや二つならまだしもこれ程沢山の怪我が偶然一致するなどあり得るか? ここまでの傷ならもはや指紋と一緒。誰一人一致するようなことはないだろう。怪我や切り傷だけじゃなく意味わからない傷もあるって言うのに。
 いやだけど……悩んでいた与謝野はその動きで確信を得てしまった。
 顔を隠す女の子の手を掴み無理矢理その顔を見る。いやぁああと聞こえる声だが与謝野の耳には入らなかった。女の子の顔だけがその目にうつる。
 何故気づかなかったと思いたくなるほどその顔は彼女が探していた人、太宰治にそっくりで
「太宰……」
 呆然とした声が出るのに女の子が深く俯く。
「……違うもん。そんな人、私知らないもん。ほら、私女の子だよ? 男の人じゃないよ」
 俯いたあみがぼそぼそと小さな声で呟いていく。その内容にこれは本当に太宰だろうかと与謝野の中で疑問が芽生えた。あの太宰がこんなミスをするとは思えないと。だけど怪我や顔はどうみても太宰で。
「…………ほう。女の子ねぇ。何で知っているんだい。太宰が男だって」
「そ、それは……」
 これは何かの罠ではないのか。悩みながらも追求する道を選んだ与謝野。だが罠ではなかったようで女の子の目がぐるぐると回る。
「何で……」
 こんな簡単に、いや、それよりそんな姿に色んな意味を込めた声が出ていく。泣きそうな声が聞こえるが泣きたいのは与謝野だった。ぐるぐるぐるぐる色んな事が頭を回り混乱を極めていた。何がどうしてどうすれば。??が回る。もう嫌だと思うのに茶髪の子の声が聞こえた
「アポトキシン4869」
 へっとそちらをみた与謝野。生温い目が与謝野を見つめる。
「死体から毒を発見されることのない毒薬。これを飲んだものの多くは死に至る。ただごく稀に細胞の自己破壊プログラムの偶発的作用により神経組織を除いた骨格・筋肉・内臓・体毛すべての細胞が幼児期の頃まで後退化して子供化することのある恐ろしいもの。
 それを飲んで太宰治は小さくなったのよ」
「お姉ちゃん!」
 何で言うのと声が聞こえてくる。へぇと思う与謝野だが殆ど意味を理解していなかった。医学は彼女の分野だがそれにしてもいきなりの事過ぎて急に理解するのは無理だ。だが茶髪の子の言葉を聞いて彼女なりにわかったことはある。
 思わず女の子、太宰を引いた目で見てしまう。
「つまり自殺に失敗したのかい」
「……………………」
 与謝野の言葉に太宰は固まった。固まってゆっくりと与謝野を見上げる。褪赭の瞳が覗いた。てへっと傾く首。愛らしく笑う顔。はぁあとため息が出そうになったところで違うよ、違うわよと二つの声。へっと今度は与謝野も固まり、げっと太宰が固まっていた。
「子供になるためにアポトキシンを飲んだんだよ。太宰さんは」
 呆れた声で男の子が告げるのにはぁ? と与謝野から奇妙な声が出る。何で。また? が回る。何でわざわざ子供に。子供になりたいなんて阿保らしい事を思うような奴ではないだろうと見つめるのにだってと太宰は口にした。
 子供になったら国木田君に仕事しろなんて怒られないですんで好き放題し放題なんだもん。にこっと愛らしい笑みつきで言われるのには嘘だと与謝野もわかった。
 そんな理由で子供になられてたまるかと。
 与謝野と言うか一般人には理解できない思考回路で突拍子もないことを行うときはあるが、それでもそんな理由で子供にまではならないだろうと。じとめで太宰を見る。他の二人もじとめで太宰を見ていた。
「太宰」
 低い声が与謝野から出る。太宰は目をそらして口を固く閉ざした。はぁとため息。仕方ない。取り敢えず探偵社にあんたの事伝えるよと口にした与謝野。だめと鋭い声が太宰からでた。
「それは駄目なんです」
「なんでだい」
「だって…」
 太宰は答えないで俯く。太宰。何で小さくなったりしたんだい。与謝野が追求するのに太宰の姿はどんどん小さくなっていく。はぁと次にため息をついたのは男の子と茶髪の子の二人だ。まどろこしいと二人は与謝野たちの光景を見ていた。社長さんだよとついつい言葉が出てしまう。
「はぁ? 社長? 社長がなんだっていうんだい」
 言いながら与謝野は奇妙な太宰の反応をみた。ああと声をあげ顔を赤らめ青ざめていく姿。はらりと握りしめていた髪の束が落ちていく。男の子たちに向いた目が一瞬のうちに太宰に向く
「社長がなんなんだい」
「…………」
「告白されたんですって。好きって」
「はぁ!?」
 唇を噛み締めてまで口を閉ざす太宰。だがあっさりと暴露される。与謝野の目が点になった。
 はっと太宰とコナン達の顔を何度も行き来する。その頭に浮かぶのは社長の姿。あの社長が告白。太宰に? 何で? あの社長が太宰を好き。嘘だろ。太宰だぞ太宰。いやでもあの二人確かに妙に怪しかった。だとしたら本当に。待てよと言うことは社長が言っていた大切な人って。いやだとしたら何でこいつ行方不明に。あ、小さくなったからか。でもなんで小さく。小さくなる理由なんてぁ……
「別に嫌なら嫌っていやあ良かったんだよ。小さくなってまで逃げなくとも……振られたからってくびにするような人でもないし、仕方ないってあきらめてくれたさ。無理に逃げるよりその方が穏便にすむもんだよ」
 社長もかわいそうにと思いながら口にした言葉。男の子と茶髪の子。二人がそんな与謝野をまた生暖かい目でみるがその目は残念なことに見えなかった。与謝野の目に写っているのは俯いている太宰の姿。
 太宰はふるりとその首を振った
「ち、違います。嫌だなんてそんな。
 私は……」
 震える声。かたかたと震えるからだ。でもその頬は赤くなっていて。社長を親のように慕う与謝野の手前遠慮しているのかとも思ったがそんな様子もない。太宰の目がじんわりと潤んでいた。
「社長に好きって言いたかったんです」
 は?
 は?
 は?
 はぁ??
 首を左に右に傾け上まで見上げたが理解できなかった。何を言われたのかと太宰をみるのにか細い声で太宰はだってという。
「社長に好きって言われて嬉しかったんです。私もって思ったけどそれが本当に好きか分からなくて……。
 他の人に告白されるのとは全然違う感覚だったのは確かなんです。胸がほわっと暖かい気持ちになってそれからどきどき鼓動がうるさくなって……、そんなはじめての感覚がして。でもそれを本当に好きといってしまって言いかがわからなかったんです」
 ……
 …………
 ………………
 真顔になった与謝野は男の子達の方をみた。私は何を言われたのだいとじっと男の子たちを見るのに、二人はははっと曖昧に笑う。
「好きって言われた後、急に社長の顔を見るのが恐くなったんです。社長の顔をみていたらどうしてか胸がばくばく言い出して死ぬんじゃないかって思って。それに社長にみられるのも恐ろしくなったのか何処かに隠れてしまいたいようなそんな気持ちになってしまったんです。
 だからもしかして嫌いなんじゃないかって。でも告白された時、私幸せを感じたと思ったんです。胸が暖かくなって嬉しいと思って、私もって言いたかったのに……言えなくて。
 違うのかな。これは好きじゃないのかって考えてしまって」
 いや、好きだろう。それも滅茶苦茶好きだろ。ほの字もほの字。一直線だろ。それなのに何をこいつは言っているんだ。
 疲れた目で与謝野は太宰を見てしまう。社長もかわいそうに。こんなやつに惚れてしまって。でも両思いじゃないか。良かったねと回らない頭で福沢を祝福した。まさかそんなこと言ってられない状況だとも思えずに。
「何時間も考えたんです。好きってなんだろう。人を好きになるってどう言うことなんだろうって。でも私じゃ答えが出てこなくて……。私人の気持ちとかって記号としてしか理解してなかったから。人を好き勝手操るためにどんな感情を抱かせたらいいとかそんな風にしか見ていなかったの。だからちゃんと考えたとき何も分からないことに気付いてしまったんです。
 それでどうしたらいいのかって考えてたら最初からやり直すしかないんじゃないかなと思ったんです。子供の頃からやり直してマフィアになどならず真っ当な子供として保護者からの愛情をうけ、友達と毎日を過ごしたりしたらそういう感情も少しは理解できるようになるんじゃないかって。
 そしたら社長にちゃんと好きって言えると思って。……それで子供に」
 バカだろう。抱いた感想はそれだった。一般人には理解できない思考回路で突拍子もないことを行うときがある。とは知っていたもののここまでだったとは。ここまで理解できない思考回路をしているとは思わなかった。
 あ、そうとなんとも味気ない言葉がでていく。社長も可哀想にとまた福沢に同情してしまった。
「それで好きって分かったのかい」
 問いかけに頬を赤らめて太宰は首を縦に振る。
「私、社長の事が大好きです。社長と一緒になりたい」
「そうかい。じゃあ、探偵社に今日は帰るかい。みんなにも話さないとだしね」
「それは駄目です」
 これは太宰だろうか。目の前にいるのは本当にあの太宰治だろうか。何処からどうみても恋する乙女でしかないのだが。目の前がくらくらしながら与謝野は取り敢えずと太宰に提案した。それが一番良いだろうと。だが聞こえてきたのは拒絶の声。はい? と目が向く。
「私社長に振られているのに帰るなんてできませんよ……。振られている今の状況であの人の近くにいられるほど出来た人間ではないのです」

 は?

 与謝野の頭の中の?はもはや消えそうにない。やっと消えるかと思った所からまた大量にやって来ては埋め尽くしていく。?で頭がおかしくなりそうだった。
 いや、いつ振られた。振られてないだろ。社長はまだ太宰を探しているんだぞ。そんな状態でどうやって振る。
 考えるのに与謝野さんだって見ていたのに酷いこと言わないでくださいと太宰からさらに疑問符を送り込まれる。
 え、みた? 何時? 何処で?
 覚束ない頭で思う疑問。ふっと沸き上がったのは幼くなった太宰、女の子と初めてあった日の事だ。そこで浚われた太宰。助けたのは福沢だった。福沢の腕のなかに抱えあげられた女の子。
 そういえば彼女はそのすぐ後にこう言ってなかっただろうか。

 好きです。貴方の事が大好きです。

と…………………。
 まさか。たらりと汗が落ちる。いやそんなはずはと思うのに太宰の声が聞こえる。
「私が好きだって言ったら社長、他に大切な人がいるからって言ったんですよ。その人が一番だからって。その人以外を好きになれないって。例えその人が傍にいなくともこの気持ちを無くすことはできない。他のものと付き合えないのだって言ったんですよ」
 ぶわりとその時のことを思い出しているのか目に涙を溜める太宰。与謝野もその時のことを思いだした。泣いてわめく女の子にそんな言葉を言っていた福沢を。
 いや、太宰じゃん?
 どう考えてもそれ、社長は太宰のことを思い浮かべて口にしてるだろ。傍にいなくてとか絶対そうじゃないか。
 そう思うのに太宰は気付かずえんえんとなく。振られてしまったんです。一回の告白で諦めちゃ駄目だと思ったから会う度に告白してるけどでもその度に振られて……。探偵社になんて戻れません。私以外に好きな人のいる社長の傍だなんて地獄じゃないですか。
 待たせてしまった私が悪いとは思いますけど、それでも私のこと好きなままでいてほしかったです。
 語る声を聞く。
 いや、だから社長が好きなのは太宰あんた何だって。社長はあんたが太宰だなんてこと気付いてないんだよ。大人が子供になってるのに気付けるわけないだろう。
 与謝野も負けじと口にしていた。だが太宰の耳に届くことはなかった。しゃちょーと悲痛な声がだけが響く。与謝野が遠い目をしたのにとんと背を叩かれた。
 そちらを向けば生温い目をした二人。
 与謝野はその目の意味がやっと分かった。
 これはこれから大変だな。一緒に頑張ろうな。と言う仲間に向けた目だ。こいつらと青筋が浮かびそうになった。
「まあさ、好きなようにしてくれたらいいから。ぶっちゃけ俺もう早く全部ばれちまった方がいいと思ってるんだ。もう全部ぶちまけてくれても構わないから」
「そうね。いきなり大人が子供になったって言われても信じないと思ってるから誰にも言わなかっただけで貴方たちになら全部言いたいとずっと思ってたの。だって面倒じゃない? 好きなようにしてくれて構わないわ」
 男の子と茶髪の子、二人から聞こえた声に成る程ねと与謝野は思った。

…………

「てことが、あったんだよ」
「…………へぇ…………。え? 待ってください。それを僕に言うんですか?それを言うならみんながいる前で一度に話した方がいいんじゃ。あ、それより社長に言ってあげたほうが」
「いや、この話は誰にもしないつもりだよ」
 居酒屋。がやがやと人の声がうるさいそこで谷崎は目を丸くした。いきなり与謝野に呼び出され居酒屋まで連れてこられた彼は彼女が話した話に混乱し、そして言われた一言にさらに混乱した。
「え、言わないつもりって……と、ど、ど、どうして」
「いやね、妾も考えたんだよ」
 最初はすぐに言うべきだ。でもどうやったら信じてもらえる。与謝野は医者で太宰の体の怪我を何度も見てきたから気付き、顔を見て信じたが普通は信じない。顔を見せたところで太宰にの子供なんだなと思われるだけかもしれない。しかも本人は探偵社に来るのを断固いやがるだろうし。
 頭がいたくなるほど考え込んだ与謝野はある時そもそもと思ったのだ。
 そもそもみんなに言う必要はあるのか。
 待って、落ち着いて考えてみろ。これはチャンスなのではないか。いつも飄々として掴み所のない太宰。探偵社の中でも一歩引いた所にいて弱みの一つも見せやしない。そんな太宰の弱みを今なら掴めるのでは。それに普段はからかうことの出来ない社長を今回の件でなら後から沢山からかえるのでは。
 空回りする二人を見るのは実はとても楽しいのではと思い付いてしまったのだった。
 だがそれを考えてから与謝野は気づいた。とは言え一人で見るのは疲れるのでは? 空回りしまくるだろう太宰を一人で見るのは辛いのでは。それならばと与謝野は決めた。
 一人ぐらい道連れにしようと。そして選んだのが谷崎だった。
「よろしくね。谷崎」
 いい笑顔で笑いかけるのに谷崎は乾いた笑みを浮かべた。


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