結ぶ 結


「ねえ、福沢さん……」
「どうした」
 問いかけてくる声に福沢は柔らかな声をかけた。夕方から何かを考え込んでいた太宰は何時もの定位置である福沢の膝の上ではなく隣にちんまりと座っていた。時折隣におかれた手を繋いでみたり頭を撫でてみたりしていたのだがそれにも反応はなかった。随分と思い悩んでいるようで心配していたのが声をかけてくれて良かったと口元がふんわりと緩む。
 声をかけると共に見上げた太宰はすぐに目があった事に驚き、それから福沢がずっと自分を見ていてくれた事に気付いてぽうと頬を赤く染めた。あのと躊躇いがちにかけられた声に力がこもる。
「あってほしい人がいると言ったら迷惑ですか?」
「迷惑ではないが……一体」
 何かあったのだろうかと心配していた福沢は予想していたのとは違う言葉に少しの間固まってしまう。何とか言葉を告げながら太宰を見つめる。太宰はへっへと何処か気恥ずかしそうに笑みを浮かべて……
「お、とうと……、なんですけど」
「弟……」
「驚きますよね……。やっぱりその……」
 驚いた。何てものではすまないほどには驚いたがそれ以上に喜びが勝り咄嗟の言葉を奪った。まさか太宰から家族にあってほしいと切り出されるとは思っていなかった。何時かもう少し太宰の様子を見てから福沢から話を切り出してみようかと考えていたところだった。それが……。
 言ってみたものの不安そうに俯く太宰の頭に触れる。
「いつ行けばよい」
「え」
 届いた声に太宰が呆けた声をあげた。えっと迷うような声が出る。
「いつも弟と会っているのは土曜日なんですけど……でも忙しいですよね」
 何時も良守と合う土曜日。その日にと思うがでも長である福沢がなにかと忙しい身であることは知っている。土曜日も確か幾つか予定が入っていたような。会ってもらえるなら早くあってもらいたいがもう少し後でもと太宰が思っているのに、福沢は土曜の予定を必要なものと必要でないものに切り分けていく。そして必要だと思ったものは後日か前の日に帰ることは出来ないかと考えて……
「分かった。その日は一日開けよう。お前の弟に会えるのが楽しみだ」
「ありがとうございます」
 きょとんと太宰の首が傾いた。何を言われたのかと福沢を見てゆっくりと笑顔を浮かべていく。嬉しいとその顔がいい福沢の肩に寄り掛かってきた。
「私も早く会ってもらいたいです。弟はね、凄く優しい子なんですよ」
「いつも言っているな」
「本当に優しい子だから。いつの間にか凄く強くなってて」
 ……太宰のめが遠くを見つめる。


「どうすんの」
 仕事の打ち合わせをしている最中言われた言葉に福沢は眼を瞬かせた。仕事の話かと書類を少し見つめるがいや、これではないなと言ってきた相手、乱歩を見て思う。事件でもない、ただの護衛任務の打ち合わせ。乱歩が気にするはずもない。では、と考えても分からずに諦めて問い掛ける。主語をいえ、主語を。誰もがお前の考えが分かるわけではないのだと言いたくなるが言っても無駄だろうと無駄な徒労は避ける。
「何がだ」
 んーーと乱歩が口を尖らせる。不思議そうに二人の様子を周りの事務員や調査員たちが見つめている。
「今度太宰の家族に会うんでしょ」
「ええ! そうなんですか!?」
「ああ。会うのは弟だが」
 乱歩の言葉に驚きの声が上がる。驚いたのは福沢もだった。乱歩に隠し事が出来ないのは長い付き合いでよく分かっているがまさかこんなことまで分かられてしまうとは……。乱歩のことだから僕も会いたいとうるさくなりそうで言わないつもりだったのに……。だが乱歩はそこはわきまえていたのか僕もいきたいと言ってくることはなかった。変わりに少し気にしていたことを口にしてくる
「太宰にまだ説明してないんでしょ」
「……そうだな」
 それでいいの。会ったら知ってること知られちゃうよと乱歩の言葉に言いわけはないと思う。それで嫌われることはないと思うがあって知られらと嫌な気持ちを抱くかも知れない。その前に……
「どうするの」
「……今日辺りにでも話そう」
 重い声が出た。太宰に本当の事を言うのが嫌なわけではないが、どういう反応をするのか読めないことが不安だった。


 夕飯を食べた後太宰を呼び掛ける声は少し震えた。来た! と太宰の体に他の人なら気付かれないほど微かに緊張が走った。
 今日の夕飯は太宰の好物ばかりだった。何時も太宰が好きなおかずが必ず一つ二つは入っているが好物ばかりのことはそんなにない。あるとしたら何かの祝いごと、落ち込んでいるとき、もしくは……太宰の機嫌が悪くご機嫌を取りたいとき。
 祝い事でもないし、落ち込んでもいない。機嫌は悪くないが何かこれから悪くするような話をするからご機嫌を取りたいのかなと伺うように太宰を見つめる福沢の目にちょっと前から予想をたてていたのだ。
「どうしたんですか?」
 ドキドキと胸がなるのを隠して笑う。何か良くないことでも言われるのだろうかと不安を抱え見つめるのに呼び掛けた福沢は中々次の言葉を発することをしなかった。口を閉ざしじぃと太宰を睨み付ける。眉間に深く皺が寄っているが怒っている訳でないのは太宰にはわかる。ただ言い淀んでいるだけ。そんなに言いにくい事なのだろうか。別れ話……等ではないだろうが。
「福沢さん? 何か話しにくいことでも……」
「話しにくいわけではないのだが……、だが、少しな。」
「?」
 聞くのが恐いと思いながらも何時までも続く沈黙もまた心地悪く太宰は福沢に向けて問い掛けていた。いやと答える福沢は言いにくそうに言葉を濁らせる。ここまで彼が言いにくそうにすることとはなんなのだろうかと太宰のなかに疑問が湧く。あまりいい話とは思えないが別れ話とかではないだろう。それは断言できる。
 無意識か何なのか福沢の手は沈黙の途中から太宰の頭をなで頬に触れていた。だから……、そういった話ではないだろうが。長期出張。何らかの良くない依頼。色々考えるがこれと言うものはでてこなかった。何だろうと次第に太宰の眉間にも皺ができていく。
 小さくできたそれを福沢の手が触れる。触れ伸ばすように揉み込んでいく。
「すまぬな」
「? 何がですか」
 小さく福沢からでた謝罪。何のことか分からずに首を傾ける。福沢に謝られるようなことは特にないはずだ。ますます疑問が増すのにようやく福沢は重い口を開く。
「実はな、お前の家族のこと知っていたのだ」
「えっ」
 太宰の口が鯉のように小さく開いた。ぱくぱくとただ空気を飲み込んでいく。えっともう一度でた音。首が深く傾けられる。えっ? と彼にしては理解するのが遅く何度も声を落とす。福沢はそんな太宰の姿に小さく苦笑してしまった。
「すみ、お前の祖父とは昔からの知り合いでな」
「知り合い……」
 太宰の声が福沢の言葉をおうむ返しに繰り返す。大きく見開かれた目は子供のように無垢で何も考えられていない。
「ああ。それで……お前の話を聞いた……。お前の事を頼まれてな……」
 福沢が躊躇いながら言葉にした話。太宰はその途中何度か大きく首を振った。なるほどと理解したようでどういうことと理解できないことに首を振るようでもあった。どっちもどっちだろう。言葉としては理解している。だが感覚では理解しきれていない。
「そう、何ですね……」
「すまぬな」
 なんと言っていいのかわからないと言いたげな声が聞こえてくるのに再び福沢は謝罪の言葉を口にする。太宰はそれに首を傾けた。
「何で謝るんですか」
 別に謝ることではないでしょうと口にするのに福沢はそれはそうなのだがと言いづらそうに口にする。その手は太宰の頭や頬を撫で耳を擽る。
「……嫌がるかと思って」
「嫌ではないですよ」
 落ち着こう。気まずい気持ちなのを癒そうと無意識に触れる福沢に太宰は安心させてあげようと微笑んだ。本当に嫌ではなかった。思ってもいなかったことに驚きはしたものの嫌では……。ただ気になることはあった。
「そっか……。じゃあ、私の力のことも聞いたのですか?」
「ああ……」
問いかけるのに福沢が答え太宰から細い息が盛れる。一瞬抱いたのは恐怖だった。気味が悪いと思われた。嫌われたかもしれないと。だが太宰を見る福沢の目が変わったことがないことを思い出し安堵する。ゆっくりと福沢の胸板にもたれ掛かった。
「思い出すの本当に恐いんです。私何度も死んで何度も……」
 太宰の声が震える。ぽんぽんと震える肩を福沢の手が叩いた。優しい手にまぶたが震えた。大きく熱い手を太宰は自分から手に取り瞼にのせる。じんわりと広がっていく。
「痛かった。苦しかった。とてもとても……」
 瞼を閉じると辛い記憶が何時も甦る。痛くて苦しくて。最近は眼を閉じるのさえ怖い。暗い夜に何度も殺され続けたから。今も瞼の裏に辛い記憶が甦るが暖かな手が太宰に僅かな安心を与える。細く息を吐き出す。
「思い出したくない。恐い……。でも、でも思い出したいんです。思い出したら思い出してしまうとしても。バカみたいですよね」
 自嘲するように太宰は笑う。怖い。自分が壊れることを知っている。それでもどうしても……。ぎゅっと福沢の腕が太宰を強く抱き締める。頭をなで大丈夫と囁く。
「そんなことはない。当然のことだろう」
 家族を大事にしたい。大切なものを思い出したい。それらは何もおかしなことではない。普通なことで求めてもいいのだと抱き締めながら囁く。お前が求められるように私がいるからと。
「少しずつ思い出していこう。いきなり思い出してしまうと強いショックで精神に支障を来す可能性もある。辛い時間が長く続くことになるが……そうして思い出していく方が良いと思うのだ」
 頭を撫でられながら優しい声に話されるのに太宰は頷いた。恐怖が長く続くのもまた恐ろしいがでも。
「貴方が傍にいてくれるでしょ」
「当然だ」
 暖かなぬくもりが側に居てくれるからそれでも大丈夫だと。ゆるりと抱き締めてくれる腕に甘えるのに福沢から優しい笑みを浮かべる。甘やかすようにとろけた声を出した。
「それに私だけではない」
「え?」
「お前の家族。それから敦や国木田、社のみんなもお前を支えてくれるだろう」
 銀灰の目が優しく太宰を見つめる。力強い声にみんなの姿を思い出す。記憶の中の朧気な姿に大事な仲間の……
「……みんなにも言ったのですか」
「……ああ」
 肯定の声が聞こえるのに太宰の眉が少しよった。困ったような恐れるような。福沢が言ったのであれば大丈夫だとは思うが……
「必要なことだろうと思ってな。すまぬ」
「いえ……それはいいのですが。みんな私に家族がいたなんて変に思ってませんでした」
 問いかけるのにきょとんと福沢はずっと前に聞いたときのように不思議そうに首を傾けそれからバカなことは言うなと声をかける。
「そんなわけないだろう」
「本当に?」
「ああ」
 首を傾けて太宰は見上げる。そうなのかと思うけどやぱり信じられない想いがある。
「家族が好きだなんておかしいでしょ」
「おかしくは思わんだろう。みんな当たり前のこととして受け入れてくれるさ」
「うふふ」
 そうだろうかと考えたときすぐにはそんな姿思い浮かばなかったがきっと福沢が言うのであればそうなのだろうと太宰は口許に笑みをうかべた。嬉しいような気恥ずかしいようなそんな気持ちだ。ことりと福沢の肩に寄りかかり目を閉じた太宰。暫くそうしていたが沸き上がってきた疑問により目を開いた。きょとんと首を傾けながら福沢をまじまじと見つめる。
 見つめられる福沢もまた首を傾ける。何かあったかと考えるさきで太宰の口が小さく開いた。
「でも、福沢さんと繁爺が知り合いだったなんて……。どういう繋がりなんです? 接点無さそうなのに」
 んーーと首をさらに傾ける太宰は繁守の事を思い出しているのだろう。全くタイプ違うのになと呟いていた。二人がいる場所も遠い。何処で出会ったんですかとさらに問いかけてくる。
「昔少しな……」
 答えながら福沢は昔の事を思い出す。かつて昔、まだ福沢が銀狼と呼ばれ政府で人切りをしていたころ。繁守と出会ったのはその頃だった。



中略


「兄さん!」
 明るい声が聞こえたのに太宰はぴくりと肩を跳ねさせる。慣れてきたと思った呼び方だが、今日に限って何処か遠くに感じる。つんつんと跳ねた髪。何時ものようにキラキラとした目が見上げてくる。
「良守久しぶり……」
 何時ものように笑いかけたと思ったが出来てなかったか良守が心配するように見つめてくる。大きな目。眉にぎゅっと皺が寄っていて。
「どうかしたのか?」
 何かあるのか、大丈夫かと見つめてくる目。大丈夫だよと笑う。そのほほはやっぱりひきつっていた。
「……君に紹介したい人がいてね」
 告げる声も少し揺れる。胸がなる。まさかこんな日が来るとは思わなかった。大切な人を家族に紹介するそんな日が来るなんて家族がいないと思っていた太宰が想像できることはなかった。何時か弟だけでなく家族全員に……。
「紹介したい人って……」
「私の大切な人なんだけど」
「え」
 良守の目が大きく見開く。兄の大切な人。そういう人がいることは聞いていたけどまさか会わせてもらえる日が来るとは良守も思っていなかった。何時かあってみたいな。会ってお兄ちゃんをお願いしますって言いたいと思いながらもそれを叶えられる日が来るとは思っていなかった。
「会ってくれるかい」
 太宰か聞くのに良守は大きくそれも何度も首を振る。是非!と大きい声が出そうになったけどはっと我に帰る。見上げてくる目は不安そうな眼を向ける。
「会わせてくれるなら会いたいけど。いいの……」
 普通の日常まで侵食してしまったら兄の逃げ場がなくなるように思って、会いたいけれど会っていいのか悩んだ。伺うのに太宰はふんわりと笑う。
「ああ。是非君に会ってもらいたいんだ。呼んでくるから待っていてくれ」
「おお!」
 良守の目が輝く。嬉しいと笑みを見せるのに良かったと太宰も胸を撫で下ろす。もしいやがられたらと心配していたのだ。


 太宰が大切な人を呼びに何処かに行くのを見送った後、良守は急激に鼓動が激しく音をたてるのを感じた。身体中の血が沸き立つ。があああと
叫び出したいような衝動に刈られた。
 兄の大切な人に会う。
 驚きが強くて実感が沸きづらかったのが兄が消えてから急に沸いてきた。あの兄の大切な人。昔と変わってしまっているが良守には昔の記憶が強くどうしても何処かぼんやりとした姿が浮かんでしまう。ぼんやりとして優しいけれど母さんと同じようなところのあった兄。何かに対する興味が薄いような兄が大切と言う人はどんな人なんだろう。
 考え込み早く会いたいと思うが、でもあったら本当に叫んでしまいそうなほど今興奮していた。
 ああと思うのに兄の声が聞こえた。
「良守」
「はい!」
 名前を呼ばれるのに大袈裟なほど肩が跳ねひっくり返った声が出る。え、早くねえ、もう少し心の準備をそう思うが言えず兄の声が聞こえた方向を向く。誰だと兄の周囲を眼を皿のように大きく見開いてみた良守は数秒後ん? と首を傾けた。誰もそれらしい人はいない。いや、兄の隣に人はいるのだが。
 濃い緑の着物を着た男の人が……
「この人だよ」
「え?」
 まさかと思っていたのに太宰がその男を指し示してへっと奇妙な顔になった。本当にこの人と……。今度は点になった目が男を見てはくるくると回りを見て男に止まる。そんな良守を太宰が不思議そうにみた。どうかしたかいと聞かれるのにえ、いやなんでもないと少し慌てた上擦った声が聞こえた。
 大切な人と言われるものだからてっきり恋人とかそういう関係の人だと思っていた良守はとは言えず相手を見つめる。
 銀色の髪に少しけわしめの顔にあれ? と今度はさっきまでと違う意味で首を傾ける。前に何処かで見たような何処でだっただろうかと考える良守に福沢から声をかけた。
「久しぶりだな」
 その言葉にえっと一瞬困惑したのち何処であったのかを良守は思い出した。数ヵ月前に自分の家で会ったのだった。頭を撫でてきた奇妙な人。
「あ、お久しぶりです」
 この人が。あれ、じゃあ、じいちゃんはこの人と兄さんのこと知ってた。色々頭に文字がばぁあと浮かぶが良守では処理しきれずにとにかく頭を下げた。それに今度疑問を浮かべるのは太宰の番だった。
「あれ? 知っているのかい? 良守?」
「え、ああ。前にじいちゃんに会いに」
 どうしてと不思議そうに見てくる兄に良守も何処か不思議そうにしながら言葉を返す。それにはっと太宰の顔が動いた。思案するように空を見上げる。
「繁爺に……。そっか」
 落ちた小さな声。紹介しなくとももしかして知っていたりするのだろうかとそんなことを思った。心配してくれていた繁守の姿を思い出しながら太宰は良守に向き合った。福沢の腕を軽く捕まえ促して自分の前にたたせる。
「改めて紹介するね。この人は私の働く会社の社長で福沢諭吉さん。……色々とお世話になっている私の大切な人なのだよ」
 さすがに恋人とは言えないよねと思いながら紹介した太宰。よろしくと頷きながら今後もこんな風に紹介されるのだろうかと考えた福沢は繁守の顔が苦虫を噛み潰したように歪むのを思い浮かべてひそかに一人笑みを浮かべた。
「そうなんだ……。よろしくお願いします!」
 一体どんな関係なんだろう。純粋な良守はそんなことを気になりながら大きく頭を下げた。兄のことをよろしくお願いしますとか大切にしてやってくださいとか言いたい言葉は沢山あったのにいざ合うとすべて忘れてしまっていて
「ああ。此方こそよろしく」
 ぽんぽんと福沢の手が良守の頭を撫でる。
 あっと口が開いた。始めて会ったとき撫でられた。その時感じた違和感がどうしてであったのかを今理解できた。昔、兄に頭を撫でられた事があった。だけど再開した兄の手はその頃の手と違っていて、今頭を撫でている手と同じ手だった。
 兄さんはこんな風に頭を撫でてもらった事があるんだ。そう思うともっとその手に撫でてもらいたくなった。横目でみた太宰はとても幸せそうな顔をして二人を眺めていて。
 ぎゅううと胸が何かに握りしめられたかのように切ない気持ちになる。ああ、兄さんは大丈夫なんだなってそんな言葉が浮かぶ。きっとこの人がいる限り兄さんは大丈夫なんだと。
 撫でていた手が離れた。さてと立ち話もなんだ。何処か喫茶店にでも行くかと福沢が言うのにそれでは私がと兄が何時ものように何処かに案内しようとした。それを見てあっと良守は声をあげる。兄さんこれと手に持っていたものを差し出した。太宰はあっと言う顔をして頬を緩めたが、福沢はなんだと小さく眼を丸くした。
「これ作ったから良かったら……」
「ありがとう」
 父の料理を食べてくれるからケーキだってと久しぶりに作ってきたもの。嫌がられたりと弱気になったの少しの間太宰は凄く嬉しいと受け取ってくれた。そこに嘘をついているような様子はない。
「なんだそれは」
「ケーキですよ」
 けーき……とぼそりと呟いた福沢はああとその眼に驚きと納得を宿した。何時だったか太宰が貰ったからと言って持ってきたケーキを思い出した。きっとそれもこの子が持ってきたものだったのだろうと。そしてそう考えた後作ったと言う言葉に今度は驚いた。何時だったか食べたものは店で売っていたものと思うほどに美味しかったから
「……随分ケーキを作るのが上手いのだな」
「へ?」
 思わずぽろりと溢れた言葉に良守は首を傾けた。え、まだ中身も見てないのに何でと不思議そうな顔をする。
「いや、前に太宰と一緒に食べたから。とても美味しかった」
 良守の目が開いていく。何を言われたのだろうと福沢に言われた言葉を考えそうして笑みを浮かべた。
「そっか。良かった」
 ちゃんと食べてくれていたことが嬉しかった。そしてなによりそれを大切な人と食べてくれていたことが幸せだった。
「また今日のも食べてください。今度もまた作ってきますから」



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