結ぶ 定礎

「まさか、こんなに人がいたとはな」
「全員異能力者なんでしょうか」
「さあな」
 身を木の影に隠しながら国木田と敦、鏡花の三人は奥を覗いていた。男を捕まえに山にきたが、その男を見つける前に山のなかにいた大勢のものと戦いになっていた。
複数犯だと乱歩から聞いておりこうなることも折り込み済みではあったが、それでも予想以上に敵の数は多かった。
 何十人といるのにしかも全員が普通の人ではないようで良く分からないような力を使ってきていた。なかには人の形すらしていないものもいてこんな異能力あるのかと驚いている。敦も虎になる異能であるものの敵の形はそんなものですまないほどの異形だった。
なにがなんだか分からず隠れる三人。荒い息を整えて、三人を探している敵を見据える。
 無線からは大丈夫か。と声が聞こえてくるのに大丈夫ですと答えていた。
 体力は消耗しているもののまだ動ける範囲。無線の向こうも向こうで消耗しているのに弱音ははけなかった。異能の正体が分からないようなやつらばかりだ気を付けろよと無線から聞こえた。














 同じ頃、総本山の中で、正守は自分の部下に指示をしながら胸元をおさえていた。眉間には深い皺が刻まれている。冷静にならなければと思うのに何処か焦るような気持ち。それとは別に侵入者に対する怒りのようなものまで沸き上がる。荒々しい様子で部下たちがでていくのにさらに皺は深くなった。
「なんだ、この違和感は。みんな何処か何時もと違う。俺自身もこれは一体」
 呟きながら正守ははぁと吐息を吐き出す。ずっと感じていた嫌な予感がどんどん強くなっていていた。居ても立っても居られずに正守は座っていた場所から立ち上がった。頭領と彼の部下が呼び掛けるのに俺もでると部屋の外にでていく。






        

「おい。太宰。お前はどう見る」
「……何が」
 山の中で中原に聞かれるのに太宰は口を尖らせて聞いていた。何処か不機嫌そうな顔。その額にはうっすらと汗を流しており、隣に居る福沢はじっと太宰の様子を観察していた。探している敵の動きを中原は見た。良く分からない術を使ってくるのにいまだに誰一人捕まえられてなかった。
「あの名探偵が言ってた事がほんとうなんじゃないかって気がしてきたんだが気のせいだよな」
「……もしや未知の世界と云うやつですか」
 中原の声はどことなく不安そうだった。いつも自信ありげの彼にしては珍しい。切羽詰まっている様子もあるのに芥川が彼に聞いていた。中原は少ししてから答える。
芥川の目が眇められそんなことあり得るのでしょうかと聞いていた。異能以外の力があると言うことですよね。
 芥川が言うのに太宰の目が見開いていた。ひゅっと誰にも気付かれないように小さく息を飲む。
「だがそうじゃねえと説明できねえことだらけだろうが。まあ、もしそうだとしても説明できるかわからねえけどな……」
 がしがしと頭を掻きながら中原は言葉を吐き捨てていた。確かにと芥川が口を閉ざす。福沢も同じような感じで眉間に一つ皺を寄せていた。
重苦しい空気のなかで太宰は答えられずにいた。
思い出すのは良守のことだった。そして奇妙な形をした有象無象。ぎりりと痛む頭。強く息を吸い込みながら目を閉じる。そんなはずはないと思うのにどう思うと中原は問いかけてくる。芥川も太宰を見ていた。
 口を開けるものの言葉はでてこない。そんなはずはない。思ってはいるのだけど。口が動く。
 そんな時、ぴっと無線の音が聞こえてきた。
「太宰さん、聞こえますか」
 無線から聞こえてきたのは敦の声だった。名を呼ばれた太宰は話そうとしていたのを止め、無線へと声をかける。全員の目が太宰を向いている。中原の目が鋭いのに太宰はこの場を切り抜ける方法を考えだしていた。
そんなはずはないと。浮かぶ物事を否定しようと。敦の話がそのきっかけになればいいと思っていたのだが、聞こえてきたのは太宰が求めていたのとは全くの逆。最後の一押しとなるものだった。
「敦君、どうかしたのかい?」
「あやかしまじりって言葉聞いたことありますか?」
 どくりと心臓が音をたてて跳ね上がった。その変化に最初太宰は戸惑う。一体何だ、何の事だと思うのにだけど何処かで聞いたようなそんな気が襲ってくる。
「妖混じり?」
 あやかしまじり?
 口にしたのと同時に耳の奥で別の声が聞こえてきた。その声を太宰は知っている。己の声だ。まだ幼いころの声、その傍にいるのは銀色の獣。
「はい。さっき敵が言っていたのを聞いたんです。あやかしまじりの奴等を呼んでこいってコードネームかなにかでしょうか」
「妖混じり……」
 って?
 敦の話を聞きながら太宰の目の前では幼い頃の記憶が繰り広げられていた。
 妖混じりって言うのは
 語る声が聞こえてくるのに別の方向からも声が聞こえてきた。
「奇妙な言葉なら俺も聞いたぞ」
「え?」
 無線から聞こえる敦ではなく別のものの声。これは国木田君かと思った。所に続いた言葉に太宰は固まる。
「まじないが聞かないなんてと。まじない班を一ヶ所に集めて強いまじないをかけろとも聞こえていたが一体」
 つまらない呪いかけてくれるじゃないか。気を付けな。治守。どうやら今夜の敵はいつもと違うらしい。すみこを呼んであの子に対処してもらおう。
 まじない……。あの人妖じゃないよね
 説明は後さ。それより
 うん。
 霞がかった記憶の中で傍にいた斑尾が太宰の一歩前に出た。治守よりも小さくて力もない彼が守ろうとしてくれていて。札を飛ばす。でもその前に音もなくあの人は降り立っていて……。
「呪い……妖混じり……」
 ぼんやりと呟く二つの言葉。記憶が交互に回っていく。喉が乾いた。舌が干からびたようにも感じる。
 目を充血するまで大きく見開いて固まった太宰。その姿に異様なものを感じて福沢は焦り太宰の手を掴んだ。強くなった手の力にはっと太宰が我に返る。
「太宰さん?」
「聞いたことがあるのか」
 太宰の様子がおかしいことを気付いたのは福沢だけでなく二人もそうで我に返った太宰にそれぞれ声をかけていた。声が返ってこないのに無線からも心配そうな声が幾つか聞こえてきていて。
「……え、いやないよ。そんな言葉」
 二人に答える声は震えていた。ないだなんて嘘だ。ずっと記憶が回り続けている。
 妖混じりってのはね、生まれながらに妖の力を体に宿す人間のことだよ。人間の域を超えた驚異的な身体能力と回復能力を持つんだ。
 呪い師というのよ。治守、呪い師と思われる人が貴方に近付いたら私やお爺ちゃんにすぐ知らせなさい。絶対よ
 二人の声を思い出してでも何故と太宰は混乱していた。
何故こんなところでその言葉を聞くのか。太宰たちは異能者を追っていただけで、この山にいるものたちもその異能者の仲間のはずで妖の世界とは無関係な筈なのに。それなのにどうして。
考えるのに本当にと誰かが問い掛ける声を聞いた。
誰かなんて言ったが問い掛けたのは太宰だ。太宰本人が太宰に問い掛ける。無理矢理に押し込んでいた疑問や違和感が溢れてくる。
 覇久魔山。
その山の名前を何処かで聞いたことがなかったか。襲ってくる者達が着ている服、そこに刻まれた紋様を見たことがなかったか。それに仕掛けられた攻撃は異能によるものだったか。異能にしては奇妙なあの技は術者によるものではないのか。一度見たことがあるものもなかったか。事件現場の写真、他のものが見えていないものが見えていなかったか。
 もう誤魔化せなかった。
 違うと思い続けていた事を太宰ははっきりと認識する。この一件には妖が関与している。敵の中には妖がいる。
 ずきりと頭が痛んだ。
 どうして、何で、こいつらは一体なんだ。何のために異能者と手を組んだ。考えるのにいや、違うと太宰は思った。手を組んでなんかいないと。彼らは妖と一緒になって人を襲ったりはしない。妖と彼らは敵対している。
 根拠もないのにそう思うのに太宰はどうしてと思う。そしてどうしてと考えようとするのにまたひとつ記憶を思い出す。
 裏会?
 興味ないかい。
 あんまり
 まあ、あんたには関係ないからね。でも知っておいて損はないだろ。
「太宰!!」
 近付いたら駄目だからね。緑の目が太宰を心配そうに見ていた。朧気な光景を打ち消した銀灰に太宰ははっと息を吐き出すと同時こんなところも一緒だったのだとどうでもいいことを考えた。
 吐き出す息が荒い。まるで全力疾走をした後のようで大量の汗が額から流れ落ちていた。
「大丈夫か」
 覗き混んでくる目は何時になく見開かれ薄く涙の膜まで浮かんでいた。心配されている。大丈夫だと言わなければと思うのに言葉は長いこと出ていかなかった。
「おい、どうしたんだよ」
「太宰さん、大丈夫ですか」
 離れた所から言われているように聞こえてくる声。だが実際の距離は近い。
「だいじょ、」
 呂律の回らぬ舌が言葉を話そうとしたが言い切れなかった。ぐらりと体が傾くのに目の前にある福沢の着物にしがみついてしまう。手までも汗で濡れてしまっていることに気付く。激しい動悸に落ち着こうと脈拍をコントロールしようとするがうまくはいかない。思い出した記憶がぐるぐると回っている。それが意味することを考えてしまう。
 目の前がいつの間にか真っ赤な色に染まっていた。
 ヒュヒュと掠れた呼吸が何処からか聞こえる。
「太宰。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから」
「太宰!」
「太宰さん!」
 聞こえてくる声。己に向けられている声に何故そんなにも慌てた声で呼び掛けられるか分からず余計に混乱は増す。息が酷く苦しかった。
「どうかしたんですか」
「太宰さん!?」
「おい、太宰大丈夫か?」
 無線からも心配するような声がいくつも聞こえてきて。大丈夫。そう言わなければ気にせず目の前の敵を倒せと思うのに手も口も太宰の言うことをきかなかった。腕が動かない。口は震えて開いたまま。
「なにもねえよ。てめぇらは気にせず目の前の敵を倒しやがれ」
 言わなくちゃ、言わなくちゃそう言い聞かせていた時、無線と重なりながら聞こえてきた声。えっと固まるのに会話が続く。
「何もないってでも」
「いいから。青鯖の野郎は大丈夫だから」
「太宰さんのこと頼みました」
 プツリと切れる無線はそれ以上の音をはっさない。
「すまぬな」
「いや……。それよりそいつは」
 大丈夫なのか問い掛けようとした声は途中で途切れた。全てを言い終わる前に太宰は己の唇に慣れた感触が触れるのを感じていた。
熱いぬくもり間近にみえる銀灰の色に呼吸が止まる。こんなところでと思うのに殺気が膨れ上がるのを肌で感じびくりと硬直した。
一瞬で離れていた唇。
僅かに濡れた唇がゆっくり呼吸をしろと伝えてくる。落ち着いて、大丈夫だから。低い声に囁かれるのに自分が過呼吸におちいていたことにようやく太宰は気付いた。意識してゆっくりと呼吸を落ち着かせていく。
 大丈夫。大丈夫だからな。聞こえてくる声。ふぅと吐息が漏れた。
「すみません」
「よい。それ」
「それで何があったんだ。急に変なことになりやがって何か分かりでもしたのか」
 一度後衛に戻ろう。そう言うつもりだった福沢は遮られ言われた言葉に舌打ちを一つ打ってしまっていた。よくもと思うのに支える太宰の体は震えて。呼吸が乱れていくのに福沢は太宰に呼び掛ける。抱き締めた体は驚くほどに冷たくなっていた。
「太宰。落ち着け。大丈夫だから
 すまぬがここからはお前たち二人で先に言ってくれ。私は一度太宰を休ませてくる」
 腕の中の体をぽんぽんと叩き落ち着かせながら、福沢は中原と芥川に声をかけた。他の仲間とも距離が離れている状況で目を離して大丈夫だろうかと不安は強いが太宰をこのままにしておくこともできなかった。そして戦況からみて戦力を削ぐこともできない。
「休ませるって」
「この様子では戦えぬだろう」
 そいつを戦闘から離脱させるってのか。それでいいのかと聞いてくる目に腕の中の太宰を見せる。落ち着いてはいるものの青ざめていてまたいつ先程のようになるかわからなかった。
 無理に見ないようにしているようにも見える。乱歩の言葉を思い出した。
福沢にも太宰の様子はそのように見えていてそれが何か分かれば調査も早く進むのではないかと思いながら、その見ないようにしているものを見ないままでと思っていた。
太宰の様子からそれが太宰を壊すものになってしまいそうで。それが何か分かってしまったのだろうか。大丈夫だろうか……。聞くことはできない。
 考えるのに太宰が弛く首を振った。
「私は……」
 大丈夫ですからと言おうとしたのだろう声は小さくか細かった。福沢は首を振る。
「無理はしなくともよい。……すまぬがそう言うことだから」
 福沢の目が太宰から離れた。
太宰を心配していた目はポートマフィアの二人を見て僅かにしかめられる。中原の方はまあ、良かったのだが、芥川、彼は親の敵でも見るような目で福沢を見ていたのだ。
よく襲わなかったと言いたいぐらいだが、よくよく思えば福沢は太宰を抱いている。
襲ったとしても攻撃は通らないのだった。もし当たったとしたら太宰に当たる恐れもあったからそれ故に、必死に我慢したのか目は血走っている。
 後は頼むと言いたかった言葉のその鬼気迫る様子に消えてしまった
「分かったが、でも大丈夫か。どこで襲われるかわかんねえぞ」
「僕も一緒に」
 一緒にいた方が安全なのではと口にしていた言葉は芥川の言葉に飲み込まれる。ギラギラとした目が太宰を見るのにダメに決まってんだろと中原から怒声が入っていた。これ以上戦力割けるか。中原が言うのに芥川はぐっと唇を噛み締めた。
そういわれるだろうことは彼もわかっていたのだ。それでもと太宰を見やれば太宰が青白い顔をしながらも冷たい目で芥川を見ていた。
 自分の役割を果たしたまえ。低い声が途中で引っ掛かりながらも囁くのに芥川は頷くしかなく。それでも本当に任せて大丈夫なんだろうなと福沢を睨みあげる
「大丈夫だ。心配はいらぬのでお前たちは早く谷崎たちとの合流をたのむ」
「分かった」
「太宰さんに何かあったらただではすまんからな」
「ああ」
 その目に怯むことなく答えた福沢。二人が頷く。
 ギラギラとした目を受けながら福沢は太宰を横抱きに抱えあげた。ふぇと声が上がる
「太宰移動するぞ」
「しゃ、社長」
「いいから。お前は大人しく目をつぶっておけ」
 困惑する声。普通に歩けますよと聞こえてくるのに兎に角今は太宰を人目につかない所に連れていきたい福沢は強い声で打ち消し言うことを聞かせる。だんと強く踏み込み走り出した福沢はあっという間に二人を残して遠くへ行っていた。
 ありゃあ、酔うんじゃねえか。ぼそりと中原が呟けばあの男殺すと物騒な言葉を芥川は吐く。
「そりゃあ後でな。それよりいくぞ。

 彼奴のことは心配すんな。彼奴が殺しても死なねえやつなのは知っていんだろ」
「分かってます」
 はいとすぐには帰ってこなかった返事。
横を見ると不機嫌そうな顔をした芥川。その横顔には僅かに心配の色も混じっていた。大丈夫だと言えばやはり不機嫌そうな声が聞こえる。
太宰さんと小さく聞こえた声に大丈夫かと思った。不安になりながらも先を行こうとした時、中原は僅かだが確かな違和感を感じた。
「避けろ!」
 鋭い声が矢のように飛ぶ。その声に釣られて芥川が横に飛ぶ。
「結」
だが、その飛んだ先で何らかの力によって囲まれてしまった。空中で不自然に止まる
「芥川!」
「なんだこれは」
 がんがんと芥川の拳が見えない何かを叩く。何もないがそこに壁があるようだと感じた。
「誰だ!」
 声が聞こえた方向を二人が睨み付ける。がさりと木の傍から人の姿が現れる。座った目をした正守である。
「さて、これ以上この場所で暴れるのは止めていただこうか。仲間をつれて出ていてもらおう」
 どすの効いた低い声が二人に言うが、そんなもので引く二人でもなかった。それぞれ正守を睨みながら状況の確認をする。側にいるのは彼だけであった。
「やだって言ったら」
「滅するだけだ」
「滅するだと」
 中原が挑発するように笑う。低い声が答えた。相手の力は何か確かめようとしていた中原の眉が少しだけよった。なにをするつもりだとみる横で芥川は周囲を叩いていた。
四方何処からでようとしても何かに阻まれる。四角い何かに囲まれているようだった。
「結。滅」
 正守の手が素早く動き少しはなれた木の一部を結界で囲んでいた。
中原たちにはその姿は見えないが、滅と唱えれば粉々に砕け散る木の一部。それだけで充分であった。その光景を見ながらも余裕を崩さずに中原は芥川に声をかける。
「はっ。御披露目どうも。芥川」
「はい。羅生門」
 芥川の黒い外套が蠢き獣となって芥川にとっては見えない壁を切り裂いていた。すぐにその場からはなれ、二人正守から距離をとる。ちっと正守からは舌打ちが落ちていた。
「強度が足りなかったか」
 正守の手が素早く動き、中原を取り囲もうとする。何かされる気づいた二人はすぐさまその場から離れようとしていた。
「結」
 だが一足遅かった。中原の足が何かに捕まる。芥川の羅生門が中原の足元に伸びていた。見えない結界を切り裂いていく。
「サンキュー」
 すぐさま中原はその場を離れまた距離をおく。何処までが相手の射程距離なのか。この距離は近いのか。考えながらじりじりと二人は下がっていく。
「どうやら囲んで囲んだものを潰す力のようですね。固さも自由に変えられるようです」
「ああ、厄介な力だぜ。掴まらないよう気を付けろよ」
「はい」
 逃がすかと正守は中指と人差し指を構える。




中略


 繁守はあまり外を出歩くことをしない。出掛けることもあるが事前に予定は決めていることが殆どで修史がそれを知らないことはなかった。
 だから繁守が外用の着物を着て門の外に出るのをみて修史は疑問を抱いた。
「お父さん、何処かに出掛けるんですか?」
 今日は予定はなかった筈だがと考えるのにああと繁守は頷いた。その顔は暗い。
「少し用事ができてな。……帰りは明日になるやもしれん」
 昨夜、正守から連絡があってからずっと繁守は塞ぎ込みそして考え込んでいるようで、何かがあったのだろうと思っていたのだが。もしや治守のことだろうかと修史のなかに不安が募る。またなにかあるのだろうか。
「そうなんですね。分かりました」
「では、」
「出掛ける必要はない」
 何もなければ良いのだがと思いながら見送ろうとした時、低い声が繁守の声を遮った。聞いたことのある声に繁守の目が見開かれ声の聞こえた方向を見る。そこには今日会いに行こうとしていた男の姿がある。
「福沢さん、どうして」
「……福沢。そうか……お前から来たか……。行こうとしていたんだがな。修史さん。悪いが少し家を開けてくれるか。大事な話があるんじゃ」
「え、あ、はい」
 家にたまにきた繁守の知り合い。その彼が何故今。そう言えばこないだは良守が塞ぎ込んでいた時に呼んでいた。まさか彼が治守と関係があるのだろうか。だとしたらその話を自分も聞きたいと思いながら修史は身を引く。
妖と言ったものに興味を持ち術者の真似事をしたこともあった。だからこそ自分は力なき一般人でしかなく術者である子供や父のために出来ることが少ないことを知っていた。
彼らが一般人である修史に言わないことは無理に聞くべきではなく、引かれる一線を越えてはいけない。寂しいと悔しいと思うこともあるがそれが彼らの為に出来ることだと知っている。分かっている。自分は大変な世界にいる彼らの普段の生活を支え、普通の日常を与える役目を持っているのだと。
 お茶とお茶菓子を用意して家から出ていた。

「良かったのか」
 少し震えていた背を見送った後になって福沢はその事を聞いた。彼もまた関係のあるもの。この話を聞きたいのではないのかと。
「いいんじゃ。此方の世界の話は修史さんには強すぎる。心配をさせないことはできないが、あまりかけさせ続けたくもない」
 そういうものなのかと福沢は相手を見る。言わない方が心配も強くなるのではないだろうかと思いながらそれで形ができているのならそれがいいのだろうとそれ以上は言わなかった。
 奇妙な間が二人の間に広がった。お互い口を閉ざしながら相手を見る。その脳裏に浮かぶのはただ一人で重い口を開いたのは福沢が先だった。
「墨村、前に私に相談したいことがあると言っていたな」
「ああ」
 互いに声が少し低くなっていた。低く暗く。どちらも相手の目を真っ直ぐに見つめる。
顔色が悪いとどちらも同じような感想を抱いた。
「それはお前の孫の事でいいんだな」
「その通りだ。わしの孫、治守の事でお前に話があった」
 治守……。福沢がその名前を呟く。繁守の娘であるすみこが呼んでいたのを聞いた。
それが太宰の本当の名前だったのだろう。
まだ幼い頃そう呼ばれてそして愛されて育ったのだろう。目の前の男がなんだかんだ言いながらも孫馬鹿であることを知っていた。
「話してくれるな」
「そうだな」
 福沢が問いかけるのに繁守は頷く。ああ、聞いてくれ。
「長い話になる。時間は大丈夫か」
「あのこのためだ。何時間でも何日でも話を聞く覚悟だ」
「そうか」
 ふっと繁守の口元に小さな笑みが浮かぶ。愛されているのだなと呟く。ぴくりと眉が跳ねた。
「まずは何処から話せばいいのか。そうだな。妖そして私たちの家の成り立ちの話からになるか」


 妖とは通常の人の目には見えることのできない昼を嫌い、夜を好み生きる異形のものたちのこと。
人の世に溶け込み人と共に生きるものがいるが、その殆どが人を嫌い中には人を襲うものもいる。人に害なす妖を退治する存在もいて、術者と言われた。
 墨村家は術者の一族であった。
 開祖間時守が考案した間流結界術を使いあやかしを退治する四百年も続いてきた一族。烏森と言うあやかしに力を与える不思議な土地を守る役目を背負っていた。

「……」
 長く続いたあやかし、そして烏森や墨村家の話。絶句し滅多に見せない顔をさらしていた福沢に話終えた繁守がとう。信じられぬかと。
「にわかには信じがたいが。だが貴殿やあの子の力を実際に体感したからな。それに妖とやらも……信じるしかないだろう。
 それにこんなときに嘘などつくはずがない」
「そうか」
 暫く固まった後いやと首を振った。最初は異能かとも思った二人の力だが何処かが違うのを感じていた。異能とはまた違うなにか。だから受け入れることは出来た。受け入れなければ太宰のことを知ることも出来ないだろうと分かるから受け入れる。それでも、信じられないことがひとつ。
 あまりにも次元が違いすぎてついていけなかったこと。
 無尽蔵な力、体が消滅しようと死なずすぐに再生するという……
「だが、魂蔵持ちだったか。それは信じがたいな。本当にそんな存在がいるのか」
「ああ、いる。そしてわしの孫もまた魂蔵持ちだ」
 そうだろうと、あやかしなどは受け入れられてもそれを受け入れることは難しいだろう。繁守すら最初その存在を知った時は驚き受け入れるのに時間がかかった。だが受け入れるしかなかった。福沢にも受け入れてもらうしかなかった。
 福沢の目がまあるく見開く。細い目が限界ギリギリこんなに大きくなるのかと思うぐらいに見開いて、そしてその唇は音を溢そうとしてそれすらもできなかった。
 な、にを、そんな
 音を出さない口はそう動いただろうか。読唇術など使えぬ繁守には分からなかったが、受け入れるのを否定する言葉であることだけは分かった。
 その孫とは
 やっと音をこぼした震える唇はそんなことをとう。もし本当にいるのだとしたらそれが誰なのか分かっている筈なのに。
「治守の事だ」
 ひゅっと掠れた音が聞こえた。畳の上に細い手が落ちる。指先がぴくりぴくりと痙攣するがそれ以上の動きはない。嘘だろうと細い声が願うように聞いてくるのにいやと首を振る。嘘だったらどれだけ良かったか。だが嘘ではなく真実だった。そしてそれゆえにおさもりは浚われた。
 無尽蔵に力を蓄えこむその力はあやかしや邪な人間に狙われる原因となる。共鳴者という相性のいいものにしか力を与えることはない。そう言うがあやかしに力を与える烏森の守人から産まれた魂蔵持ちならば烏森と同じように力を与えてくれるのではないか。烏森の変わりになるのではないかと考えたものたちは太宰を狙ってきた。
そんなものたちから繁守たちは太宰を守ってきたが、ある日油断していた昼間に襲われて太宰は浚われてしまった。
 そのあとどうなったかは繁守たちは本当の所はしらない。
 だがろくでもない目でありそして何十という数殺されてきたのであろうことは予想に固くない
「あの子は十数年前に妖怪に浚われてな。当時必死に捜索したが見つからなかった。浚われた理由は分かっている。ただでさえ魂蔵持ちの子供はその膨大な力ほしさに狙われる。しかもそれが烏杜の守人とである一族から生まれた。力を与える烏森の変わりに出来ぬかと考えられたのじゃろう」
「……だとしたら」
 福沢の声が震えた。言われた内容を理解したくなかった。
「ああ、酷い扱いを受けただろうな」
「……何度も死んだと言っていた」
 思い出したのは太宰の言葉だ。怖いと自分の感情をさらけ出すことの少ない太宰が心からその言葉を言っていた。恐い。何度も死んで、それを思い出すのが怖いと。比喩かなにかかとも思った。だがそれにしては何かが妙で一体何がと考えていた。それがまさか……
「そうだろう。あの子の莫大だった力がもう殆ど感じられなかった。何度も、何度もそれこそ何百と殺されたのだろうな」
「……」
 声を発する気力すらなかった。太宰の姿が浮かぶ。暫く塞ぎ込んでいた太宰はずっとその辛さを一人で抱えていたのか。思い出す痛みと恐怖を一人で耐えてそして思い出せないことを泣いてきたのかと思うと苦しかった。
「だからわしは」
 繁守の声が聞こえるのに暗い目がそこを見上げる。悲痛な目に大丈夫かと、言いたく成る程その顔は青ざめている。一気に年老いたようにさえ思えた。
 孫の事でそんなにも心を動かされてくれるのかと少しだけホッとする思いを繁守は感じた。これならあのこの傍にこれからもいてくれるのだろうと。
「わしらの事を思い出すことはないと思っている」
 声を聞いた福沢は目を細めた。何故繁守がそう言うのか分かる。だけど……。
 抱きついてきた腕。苦しそうに顔に胸に顔を埋める。ああ、そうだ。あの日、繁守と戦い、繁守の着物を着て帰った日、太宰がおかしかったのは。嫌いだなと言ったのは……。
「わしらのことさえ忘れたのはその記憶がそれほど痛ましかったからわずかでも覚えていられなかったからだろう。そのために関連するわしらの記憶すらも記憶の中から消したのだ。わしらの事を思い出したらそんな記憶すら思いだすかもしれん。だから思い出さなくていい。ただ治守が生きてくれているならわしはもうそれでよい」
 静かに口にしながらもその歯カタカタと震え音をたてていた。噛み締めた唇は今にも血が溢れ落ちそうで……、それが繁守なりの太宰への思いやりなのだと分かる。太宰の為に身を切り裂かれてまで選ぶ道。傷付けないための。
「だが、あのこはもう思い出しているんだ」
 それはあまりに酷ではないか。
 その言葉は口にできなかった。分かってそれでもその方が良いだろうと繁守が選んだことぐらい分かる。でも……、だけど。腕のなかで震えていた小さな体。嫌いだと口にしながら、苦しそうな顔をしながらそれでも何度も着物の匂いを嗅いできて。
 深い思考の渦に落ちそうになりながら、目の前にいる相手を思いだしはっと途中で留まる。見上げると白い頭が下に下がっていた。深く下に下がり床につけられている。
「福沢、お前に頼みたいことがある」
 低い声が震えながら言葉を紡ぐ。畳につかれた手に力が隠っていた。
「治守のことをどうか守ってやってくれ。あの子はもう充分なほど辛い思いをしたはずだ。だからこれからはあのこが笑って生きていけるように幸せにしてやってくれ
 どうか。頼む」
 絞り出すような声が福沢に告げる。あの子の事をと聞こえてくるのに福沢はゆるりと首を降る。
「頭をあげてくれ、墨村」
 福沢の声も僅かに震えていた。繁守が家族をどれだけ大切にしてきたのかを福沢は知っている。孫バカな姿を幾度か見てきた。会うたび自慢げに孫の話をしてきて……。
 太宰もいないのに言うのはルール違反だろうか。だが託される前に伝えておかねばならないと思った。
「……私はお前に言わなければならないことが」
「あのことの関係ならすでに知っている」
 えっと福沢の口元が開く。驚いた顔をしたのに難しい顔をした繁守が福沢をみる。
「前に悪いがお前らのあとをつけさせてもらったことがあってな。良守から治守がお前のいる会社にいると聞いてそれで……一度様子を見に言ったのだ、その時」
「そうか……」
 一体いつ。気付かぬ筈はと考えた福沢はそういえば何ヵ月か前に奇妙な視線を感じたことがあったのを思い出した。誰かに見られているような、だが人の気配は近くになく気のせいかと思っていた。
もしその日だとしたら。少し口元が歪みかけた。だいぶ不味いものまで見られているかもしれない。
孫好きの男が見るには刺激が強すぎるような……。よくなにも手を出してこないなと不思議になるような……。手は出されてるのだが
「すまぬな」
 ついそんな言葉が出た。謝罪するような問題ではないと思うがつい
「本当じゃ。お前自分の歳をわかっておるのか。わしとにたようなもんじゃろうが」
「いや、それよりは流石に若いぞ」
「わしも心は若い」
 繁守の言葉に少し笑ってから福沢は一つ問い掛けた。
「……。良いのか」
「良いも何もあるまい。治守が選んだのだ。それで治守が幸せになれるならわしには何も言えん。
 ただ覚えておけ。あの子をもしお主が傷付けることがあればわしはどんな手を使おうとお前を殺す。絶対に許さん」
 例え相討ちになろうと例えあの子に嫌われ憎まれることになろうとも。それでも。続く言葉。本気の言葉、睨み付けてくる痛いほどの眼差しに福沢も同じような眼差しを返した。
「ああ。肝に命じておこう」
 あの子を傷つけるような事は絶対にしない。ほうと繁守の肩から力が抜けていた。良かったと小さく呟かれた声にきゅっと胸が切なく暖かくなる。
「ありがとう」
「お前に礼を言われることなど何もない」
 ふいに溢れた言葉に繁守は心底嫌そうな顔をした。唇を尖らせてあの子の為だと。お前のためじゃないと。
「それでも……」
 その先の言葉は飲み込む。さらに嫌がられるだけだと分かっているから。飲み込んで最後に姿勢をただした。
「だざ、いや、治守の事は私が絶対に守ると誓う。あの子は私にとっても大切な子なのだ」

 福沢が玄関から出ようとした時、その扉を外側から誰かが開いた。飛び込んできた体。ぼすんと衝撃が走る。
「うわぁ!」
 見えた黒髪。後ろに倒れそうになった体を手を伸ばして支えた。
「わりぃ! えっと、お客さん」
 黒い目が見上げてくる。大きな目。濃い眉。繁守によく似ていると思ってからそうかこの子が繁守の孫の一人かと思い付く。孫が確か四人いたはず。それでそのうち三男である子が太宰を見つけたのだと。
年齢的にこの子だろうかと福沢の目は相手を見つめる。
 じいと見る目は本人にその気はないが相当な圧がある。いきなりそのようなものを浴びせられてこの人怖い人なんじゃと良守は少し身構えてしまう。及び腰になりながら睨み付けてくる大きな目。
その姿に福沢は自分の顔が自分が思っているより険しいものになっていることに気づく。福沢さんは普通にしているだけでも十分圧がありますから気を付けなくちゃダメですよ。ちょっと考え事しているだけで何か大事でもあったのかと言う顔をしていることがありますから。
太宰に言われた言葉。似たようなことは他にも何人にも言われている
「あの……ほんと、ごめ「いや。こちらの方がすまなかったな。貴殿が良守殿か」
 おどおどとした謝罪の言葉が聞こえてきそうなのに福沢は己の方から謝罪をした。無駄に怯えさせてしまっただろうと言うつもりの謝罪は大事なことを口にしていないため混乱を呼ぶ。
へっなんでと首を傾けた所に名前を聞かれさらに良守は目を白黒とさせた。
「へ」
 何なんだと相手を見上げる。今だ見つめている目は本人が気付いた後すら圧が強いままだ。気を付けているつもりではあるもののあまり変化はない。
「え、ぁあ。良守だけど」
 名前を答えた良守はうーんと見上げる。恐い。その目の圧に圧倒されてしまうが何か何処かで似たようなものを感じたようなと考える。
その頭にぽんと福沢の手がおかれた。
それがいつも太宰にするように良守の頭を撫でていく。へっと良守の首がまた傾く。福沢なりにいろいろな考えがあった上の行動だが一つも言葉に出していないので何か睨んでいた怖い人が突然頭を撫でてきたと言うような状況にしか思えなかった。
よしよしと撫でた手が離れていく。
「よろしく頼むな」
「はい?」
 ふっと福沢の口元が上がる。太宰の事を頼むと言う意味であるが突然言われても分かる筈がなく良守の頭にははてなだけが浮かぶ。福沢がいなくなった後も暫く玄関で立ち竦んでいた良守はそうか。あの人表情と感情が一致しないタイプの人間なんだと唐突に気付いて納得していた。
 何か相当苦労してるんだろうなと似たような知り合いを思い出しては勝手に同情をするのだった。



「そんな……」
「……」
 愕然とした重たい空気が探偵社に流れる。誰も一言も言葉を話せないようなそんなずっしりとした空気のなか、それでも敦は喉を震わせた。
「ど、どうするんですか、太宰さんのこと……」
 声にするだけでじわりと涙が浮かぶ。
彼からしたら太宰は特別な相手だった。行く宛のなかった自分を探偵社に迎え入れてくれた変な人ではあるものの大切な上司。そんな相手のあまりに悲惨な過去を知ってしまって頭のなかが真っ白になってしまっている。
みんなにたようなもので敦に分かるのはただこのままではダメだと言うことだけだった。
「ずっと忘れたままなんて太宰さんが……」
 家族なんてものにいい思い出は敦にはないが……それでもそう思えて。だけど思い出したら自分のことのように思い悩むのにだがそれとはまた違う意見が聞こえてくる。
「忘れたままがいいんじゃないかい。無理に思い出させたらどうなるか分からないよ」
 口にしたのは与謝野だったが殆どがそう思っているのか皆重々しく頷く。あっと敦の口が開いて閉じた。そうした方が良いのだろうかと敦も思ってしまったから。
でも山のなかで見た太宰を思い出す。母さんと女の人を呼んでいた太宰は敦が見たこともないような顔をしていて。思い出せないのが悲しいとそう言った声は本当に辛そうだった。
 太宰がそんな顔を見せるのは初めてで……。
「でも太宰さん、凄く思い出したそうで」
 滅多に本心を見せることのない太宰の本心。きっと本当に思い出したくて仕方ないのだ。それなら思い出させてあげたいとそう敦は思うけど。
「家族の記憶だもんね。思い出したいよね。でも……」
「思い出させちゃダメ。思い出させるべきじゃない」
 ふるりと振られる首。みんな敦の気持ちは分かる。そうしてやりたいと思いながらでもそれはできないと思った。そうするには太宰は傷つきすぎている。
「そんな……」
「忘れさせたままが奴の為だ。
 今回のことだって奴は覚えてなかったのだ。それだけやつにとって思い出すのが辛い記憶だったんだろう」
 国木田の言葉に口を閉ざす。
 事件が終わった後目覚めた太宰は山のなかで起きたことを何一つ覚えてはいなかった。依頼があったことは覚えていて途中までも記憶にあるのだが、山から先の記憶は何もかも溢れ落ちていた
私はどうしていたのだいと不思議そうにするのに相手を追っているときに負傷しその時の衝撃をなくしたのだろうと全員で口裏を合わせた。こんな嘘普段の太宰であれば通用しないだろうが思い出したくないと思っているからか簡単に信じた。
 何処か腑に落ちないものを感じながらも考えないようにした姿。それから見ても思い出させない方が。寂しいだろうが苦しいだろうがそれが太宰を守ると言うのなら……。
 重苦しい沈黙が流れるのに、みんなに話をして黙っていた福沢が口を開いた。やはりその方が良いのだろうかと思いながら、それでも。
「太宰には記憶を思い出させるつもりだ」
 ずっと考えて決めたことを。
「えっ」
「で、ですが」
 戸惑った声が聞こえる。本気で言っているのか、それでいいのかと驚愕する目が見つめてくるのに強く頷く。
「無論今すぐにではない。あれの様子を見ながら少しずつやっていくつもりだ」
 繁守やみんなの言っていることは正しいと思う。福沢もずっと悩んだ。思い出させないままの方がいいのだろうそう思った。
それでも福沢は誰より太宰の近くにいるから分かってしまうのだ。
太宰がどれだけ家族を求めているのか。人の優しさを知らずに育った太宰はだからこそ、自分が受け続けていただろうその優しさを求めている。
「もう太宰は家族のことを思い出してしまっているんだ。これからまた忘れろなど酷な話だろう。そして思い出すのがいくら辛くとも思い出したいと思うのだ。その気持ちを抱えたまま生きていくのも悲しいはずだ。それに何かの拍子で思い出したくない記憶を思い出すかもしれん。そうなる前に思い出させる方が良いだろう」
「それは……」
 それを求めないでいられるはすがない。無意識にでも思い出そうとして思い出してしまう前に思い出させてやる方が良い。
 みんながそれはと目を下に落とし福沢を見た。本当に大丈夫なのかと
「時間は酷く掛かるだろう。それでもそうした方が良いと思うのだ。太宰は家族を求めている。忘れさせたままでいいはずがない。
 だから皆も協力してくれ。あの子が少しでも安心できるように気にかけてやっていてほしい」




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