42 しゃちょーといっしょ

仕事終わり、探偵社の事務所の中でぼんやりと過ごしていた太宰は福沢が社長室から出てくるのを見て、ウっと顔を歪ませていた。
 福沢が出てくる前には帰るつもりだったのにやる気が起きなくてゴロゴロとしてしまっていた。社長室から出てきてすぐ太宰の姿を見つけると福沢はその顔に柔らかな頬笑みを浮かべる。
 太宰と優しい声で名前を呼ばれたのに、太宰の背筋には何かが走っていく。
「今日私の家に来ないか」
 近づいてきた福沢はすぐにそう聞いていた。見つめられるのに目をそらしながら、太宰はまあいいですけどと頷く。何度も言いがたい空気が流れるのに太宰はじっと福沢を見た。
 もう帰るのか。それともまだここにいるか。できれば共に帰ろう。終わるまで待っているから
 
伝えてくる福沢に口を閉ざし、暫くして太宰は頷く。今から帰りますと告げるのに福沢はそうかと言って手を伸ばしてきた。 
太宰はその手は取ることもなく立ち上がった。
 
 数か月前まで福沢は太宰にとって意味の分からない上司だった。
 出会った時からやたらと太宰に優しく、太宰を構いたがる。理解できない変な人。それが変わったのが数か月前。
 太宰が敵の異能により、過去に飛ばされてしまったのが原因だった。通常であれば太宰に異能は聞かないはずだが、その日太宰は風邪をひいていて、異能を制御することができなかったのだ。その為異能が発動せず、敵の異能にかかってしまった。
 過去に飛ばされた太宰が出会ったのはまだ幼い福沢であった。太宰は福沢に拾われ過去に僅かな時間、福沢と共に過ごしたのだった。
 そして帰って来た時、一番に見たのは福沢だった。
 太宰はそれでわかった。福沢が太宰に優しくしたのは太宰と出会ったことがあると分かっていたからなのだと。
 そしてその日からも福沢は太宰に優しくするのをやめなかった。むしろ悪化して、それはやりすぎと言わざる負えないものになっていた。
 福沢は毎日のように太宰を家に誘った。そこで出されるのは太宰が好きなものばかり。一杯食べろと福沢は笑って食べさせてくれる。その後の風呂の準備も眠る準備もすべて福沢が整えてくれて、太宰はただ待っているだけ。朝も福沢によって起こされたら全部終わっていている。仕事に関して手を抜くことはなかったものの、それでも太宰がじなってうたら助けてくれるし、太宰の怪我などには一周回って恐ろしくなるぐらい敏感であった。何処までも優しくしてくれるのに太宰は時折、過去で出会った幼かった福沢のことを思い出した。
幼かった福沢は太宰が返るその瞬間、太宰に対してこう言ったのだ。
「」
 前後を考えるとまるでどころか立派な告白の言葉。もちろん福沢にそんなつもりはない。幼い頃の過ちだと思っているが、福沢がその言葉を覚えているかも含めて怖くて聞けずにいた。
 もし覚えていたらどうしよう。それでもしもーー。
 考えてしまうたびに太宰はその気持ちを封印していた。
 そして福沢の家に行くのは止めるべきだと思いつつ、どうしてか断れずに太宰は毎日のように福沢の家にいくのだった。
 今日の福沢の家の料理はカニと卵の雑炊だった。最近寒くなって来ただろう。体を温めつ者と思ってな。もう少し寒くなったら鍋もしようと思っているから楽しみにしてくれよ」
福沢が言うのを太宰ははあと覇気のない声で頷きながら聞いていた。もう来たくないのだけどと思いつつも福沢のごはんは太宰の好みの味がしていた。
 太宰の好きが一杯に詰まった味で、どんな料亭のごはんですらかなわないと思ってしまう。
 食べる太宰に福沢は美味しいだろうと言ってきていた。自身しか感じないのに口を尖らせる。太宰が福沢の過去と出会っていた頃を知るまで、福沢はこのような感じではなかったのだが、太宰が知ってしまった後はこんな感じでかなりぐいぐいと来ていた。
 その割に太宰が嫌だと思うような一線を越えてくることはない。時折どうしようもなく一人になりたくなる時は太宰を誘ってくることはないし、誰とも話したくない時は何も言わず傍に居るだけ。知りつくされているといわざる負えないのに気持ち悪いとは思わないのだからそこそこ毒されてしまっていた。
「お代わりいるか」
 いつの間にか食べ終わっていた夕食。福沢が嬉しそうに聞いてくるのに私は首を振っていた。まだ食べ質と思ってしまうけど、そんなことは言いたくなかった。それではと福沢が立ち上がって食べ終わった食器を下げていく。
 お前はのんびりしていろと言われ福沢だけ洗いものにいく。なんだか知りのあたりがむずく感じるが、何かやろうとすればそれこそ社長がお前はやらなくていいのだ。のんびりしていろと言ってくるので何もせず机の前に座っていた。ご飯を食べたせいか少し眠くなってくる。
 どうせやることもないし眠ってしまおうかと眠りに落ちることにした。
 次に目覚めたのはふわふわと触れてくる感触に気付いたからだった。
 ゆっくりと目を開けると福沢の姿が目に映る福沢はおだやかに笑っておはようと言ってきた。風呂は朝入ればいい。今日はもう眠るかと問いかけられるのに私は緩く首を振った。
 そんなわけにもいかない。渡欧よりそんなことをしてしまえば朝がめんどくさい。それならそれなら今日済ませてしまう方がましだった。そんな私の考えが、分かったのか社長は薬と笑い湯は沸いてあるからははいっておいてと促してきた。その言葉に従い立ち上がって風呂場に向かう。
 風呂場には私の寝間着やタオルなんかがすべて用意されていて、まさに至れり尽くせりと言う奴だった。
 もし国木田君が見たら憤怒するし、乱歩さんが見たら私は殺される。
 救いは社長が私がみんなの前でそんな扱いをされることを嫌がっているのを分かっているため、隠れていてくれること。社長は私が嫌がることはしないのだ。
 風呂からでて居間に戻れば社長がタオルとドライヤーを手にしていた。それらをかけていくのに私ははあとため息をつく。手を止め社長がどうしたと聞いてきた。何でもありませんよと答える。大丈夫ですと言えば、社長はじっと私を見ながら紙を乾かすのを再開した。
 社長は毎日こうだ。
 一度こんなこと面倒でないのかと聞いたことがあるが、面倒ではない。私は楽しんでやっている。お前の世話を焼けるのは私にとってとても嬉しいことなのだといわれてしまった。
 その時の社長の様子は本当に幸せそうで太宰は嫌とは言えなくなってしまった。
 髪を乾かし終えた福沢は太宰のために飲み物を入れてから、風呂に入りにいく。
 太宰は暇を持てあますのに居間に置いてある本棚に手を伸ばした。いつの間にか増えていた本棚のセレクションはすべて福沢が選んだものだが、内容は全て太宰の好みのものだった。
 あれば何でも読む派だが、その中でも太宰が興味を持って読み進めるものを本を読んでいる時の太宰の様子を観察してきたのだろう。いつの間にか読んでいて面白いものだけになっていた
 今日は少し疲れているので比較的あっさりとしたものを選んだ。暇な時間を潰すようにぺらぺらと読む。入れてもらった飲み物に手を伸ばす。今日は甘いものだった。
 その日によって違うが、どうも太宰の様子などを考慮して選ばれているようだった。
 飲み終わったころに福沢が戻ってくる。ちらりと太宰の目は福沢の髪を見る。もうほとんど乾いているようなそんな感じだった。
 そろそろ寝ようと福沢が言うのにそうですねと答える。
 本を置いてコップを机の上に置く。行こうと福沢が歩いていくのについていく。どうせ明日の朝には社長が片付けていてくれる。寝室には布団が敷かれている。
 ゆっくりお休みと言って社長は自室に向かう。布団の上に横になりながら私はため息をついた。
 甘やかされる日々。行かないと思うのにきてしまうのは結局のところ、私がこの日々を悪くないと思ってしまっているからなのだろう。
 それどころか。
 考えてしまうのにはあと息を吐きだす。肺の中の空気を全部からにしてから目を閉ざした。
 あの日から社長は私に一刀優しいが、それだけ。
 他に何かを言われたことは一度もなかった。



社長が異能にかかったという連絡がきたのは私が出かけている時だった。どんな異能なのかとかは伝わってこなかったが、分かったのはそのせいで探偵社内が大混乱に陥っていると言う事。そして大変な状況になっていると言う事だ。
 誰か止めろ。無理ですよ。あ、鏡花ちゃん駄目。何とかしてください。無理だ無理。とか何とか電話の後ろから聞こえてきたのに敵味方の区別がつかなくなるとかそう言う感じの異能だろうかと考えた。
 そして行くのが嫌になった。
 だってあの社長が暴れているのだよ。私の異能でどうにかできるものだったとして、苦労するのは目に見えているじゃないか。雲隠れしてしまおうかな。敵の異能者を捕まえたらどうにかなるだろうか考えたが、それで怒られるのも嫌なので、ヘルプを求められる探偵社に向かった。
 ドアを開けた時、私が見たのは荒れ果てた探偵社だ。
 そう言うのにふさわしいほ社内は荒れていた。机が錯乱し、ものが壊れて、棚もまた倒れている。国木田君や敦君も床の上や机の上に伸びていた。
 何だこれはと思いつつ私は奥にいる事務員たちを見た。説明を求めるのにそれが社長が暴れてしまってと言う言葉。あの窓から出ていてしまい、何かあったら。涙目になった事務員たちが口々に言ってくるのに顔を歪めてしまう。
 何の冗談だと思いつつ社内を見渡す。
 片付けるのが面倒なので逃げてしまいたかった。とはいえ倒れている同僚を見捨てて逃げるほど非常にもなれない。とりあえず社長を連れ戻して来るよと探偵社の外に出ようと手を伸ばした。
 その時、与謝野と目があった。
 えっと声が出てしまった。来ていたのかいといつもパワフルな彼女が疲れたように言う。ドアから入ってきた与謝野は社長はもう確保したよと告げてきた。
 何だと思いつつげんなりとしてしまう。社長が見つかったと言う事はここを片付ける、それを。手伝うと言う事だ。
 力仕事は専門外だが、担当の二人は倒れているんだから仕方ない。社長のことは与謝野先生が見るだろうと思いすす、それで社長は何処にと聞いた。
 ああ。頷いた与謝野先生が下に目を向ける。んと首をひねる。福沢を見るにしてはかなり視線の位置が下のように思えた。
 どういうことだと見るのに怪我とかと事務員が聞く。そんな心配はいらないだろうと思った。
 大丈夫だよと与謝野。そして下に向かいほら誰も怒っていない。大丈夫だから出ておいでと言っている。
 どうにもおかしな言葉だ。
 状況が理解できないわけじゃない。理解はできる。できてしまった。ちんぷんかんぷんだったが、もらった電話。室内の状況。事務員や与謝野の様子である程度は予想はついたがそれは嫌な予想だった。
 当たっていることは分かるが当たってほしくはない。逃げ出したいなと思うのにひょっこりと与謝野の前に幼い子供がでてくる
 銀の髪と銀灰の目をした、社長にそっくりな子供。
 聞かなくともそれが社長と分かる。
 つまり社長がかかった異能とは年齢操作の異能だったのだろう。しかも精神が幼くなるおまけつき。 
気付いたらよく知らない場所に居た社長は探偵社を敵と勘違いして、それで暴れて、抑えようとしたみんなをのしたのだろう。幼くとも社長だった。
 力があることはよく知っている。しかもぱっと見た感じではあるものの今の社長の姿は私が過去に飛んで出会った時の姿よりも成長している。あのときよりも強くなっていると考えるべきだろう。
 そんな社長を連れてきたとは与謝野先生、やるなと感じつつそうではないと社長を見る。社長が子供になっていると気付いた時、私が真っ先に気にしたのは社長にどれだけの記憶があるのかと言う事だった。なんの記憶もなく子供の精神になっているのか、それとも小さくなった年齢までの記憶は持っているのか。
 後者だと面倒なことになってしまうのだが、どうやら後者のようだ。見開かれた銀灰がその事実を告げてくる。その瞳の中に映っているものは他の誰でもない私であった。
 ふるふると揺れている社長の瞳。
 どうにかこの場所から逃れられないかと思ったが、逃れる術は持っていなかった。やっと見つけたと社長が声を上げて、かけてくる小さな体。すぐに私の手を掴んできた。何処に言っていたんだと強い眼で言われる。
「ずっと探していたんだぞ。今までどこにいたんだ」
「え、いや、あの」
「言ったろ。どこにも行くなと。一人で無茶をするなと。俺がずっとお前の傍に居ておまえを守ってやるから」
 銀灰の瞳は真っ直ぐに私を見てくるけど、私の目はあちらこちらを彷徨ってしまう、ああと叫び出したくなってどうこの場をごまかせばいい。どうすればと考えるがうまくまとまらない。
 与謝野先生がじっと私を見てきている。与謝野先生だけでなく事務員も私を見てきていた。小さな手がぎゅっと私の手を握り締める。銀灰の目は一段と鋭くなって私を睨む。その口を開く。腰辺りまでの小さな体だ。
「俺に守らせてくれ。俺の傍に居てくれ。
 俺は、……俺は」
 力強い子社長の声だが、子の頬は赤くなり始めている。耳まで赤く舌をも連れさせながらそれでも渡しを見てくる。
「俺はお前が好きなんだ」
 聞こえてきた声に頬が熱くなった。一瞬にして赤くなっていくのに聞こえてくるえーーという絶叫。倒れていた四人の分まで聞こえてくるのに私が倒れそうだった。掴まれた手が熱い。




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