36 太宰治の美味しい食べ方

太宰治の美味しい食べ方


五口。太宰はご飯を食べる。さらに残ったたくさんの料理。じっと考え込んでからもう三口食べた。箸を置くのにもう無理かと福沢が問いかける。一拍を置いて太宰は頷いた。
「ふむ。そうか」
 福沢の目が太宰と皿を行き来する。ふぅと福沢がと息を吐いた。
「後もう一口だけでも食べられるだろう」
 太宰の目元がきゅっと細められる。口許を尖らせるのを福沢はじぃと見ている。睨むような強さはその目にはない。ただ見守るように見られているのに太宰はしばらくしてため息をついた。箸をその手に取る。
「いつもよりちゃんと食べたと思うんですが」
「そうだな。今日はいつもより食べてくれて私も嬉しい。最近は少しずつ食べてくれる量も増えてきているが、今日はそのなかでも一番食べてくれたのではないか。
 だからこそ後もうひとくちぐらいはいけるのではないかと思うのだが、どうだ?」
 吐き捨てるように太宰が言ったのに福沢は頷いていた。その口は開いて福沢にしては饒舌に話す。優しい目で太宰を見ていた。口を尖らせた太宰は福沢の言葉に嫌そうにその目を細めながら皿の中のものをみる。
「私のお腹が破裂しても良いのですか」
「安心しろ。それぐらいの量では破裂はしない。お前も分かっているだろう。後一口、否、三口かな? 三口だけ食べろ」
「何で増えているんですか」
 はぁと深いため息をつきながら太宰は皿に箸を伸ばした。一口食べ飲み込み、三口食べ飲み込む。一度箸が止まって睨むように皿の上のものをみる。
「後一口。一口食べなさい」
 福沢の言葉に箸が動いて最後の一口を食べる。もくもくと咀嚼していくのに福沢の手が太宰の頭を撫でる。偉いなとその口が言っていた。
「子供扱いしないでください。私は乱歩さんとは違うんですよ」
「分かっている」
 ふわふわと福沢の手はなで続ける。口を尖らせそっぽを向く太宰。だけどそれ以上なにかを言うことはなく福沢の好きにさせていた。
 数分ほどしてやっと福沢の手は離れていく。
 送れて太宰はため息を着いた。
「本当貴方は変な人ですよね。何がしたいかさっぱり分かりません」
んやれやれと太宰が首を振る。福沢はその音をじっと見てはそっと笑っていた。


「太宰。こっちおいで」
 ふわふわと福沢の手が太宰を手招きしたのは、夕食終わり風呂から出てきた所だった。それを見かけた太宰はげっと声をだしては嫌そうな顔をした。一歩一歩後ろに下がりながら福沢を見つめてはさっと辺りを見る。その仕草に福沢はため息を着いた。
「別に今さらお前が髪も体も拭いてないことには何も言わん。取り敢えず風呂に毎日入るようになっただけで進歩だからな。それに関してはもう暫くは好きにさせるつもりだ。もう暫くはだが」
 ぽたぽたと太宰の髪から水滴が落ちていく。福沢の目はそれを見ては床に出来ていく水溜まりを見る。太宰が歩いてきた床はびっしょりと濡れている。また入水でもしたのだろうかと思ってしまうぐらいには濡れていた。
「じゃあ、何ですか」
 警戒するように福沢を見たまま太宰は言う。福沢は床を見下ろしながら答えた。
「夜食を用意したので食べさせようと思ってな」
「え、」
「そう嫌そうな顔をするな。食べる量は増えてきているが、やはり少ないからな。今度は食べる回数も増やしてみることにしたのだ。何眠る前に食べても支障はないよう消化によいものだ。
 こっちへ来い。ついでに髪も拭いてやる。お前だってそれでは寝にくいだろう」 ちょいちょいとまた福沢の手は太宰を手招きする。太宰はその手をじっと見た。嫌だと言うように首を振れば福沢は太宰の名前を呼ぶ。特に強いわけではない。むしろ静かな呼び声だった。
 ただそれだけなのだが太宰は口を尖らせ福沢の元に一歩近づく。福沢の目はずっと太宰を見ている。呆れたようにもしていたが、そこに宿るのは優しい色。
 太宰が福沢の元に近づいていた。よく来たと福沢の手が太宰の頭を撫でる。
「だから子供扱いしないでください。子離れされて寂しいのであればその事お二人にお話ししたら良いでしょう。構いたがりなのはよく分かりましたから、私にしないでください」
「別に寂しくもないし、構いたがりではないがな。それにやっと親離れしてもらって少しほっとしているところだ。もう暫くは帰ってきてほしくないな」
 はぁとため息をついて太宰は吐き捨てる。刺々しい言葉にだが福沢は気にするどころか何故かその口許に穏やかな笑みを浮かべていた。太宰から刺々しさが消え、首を傾ける。はっと出ていく声。
 褪せた色の目が瞬く。
 口が開いては閉じた。じいいと考えるように太宰が福沢を越えて天井の染みを見る。あっとまた声が聞こえた。その声はあそこの染み人の顔みたいだなと呟く。太宰を見ていた福沢は撫でている手を動かす。
 手には水がつき、、ぽたぽたと床には水溜まりがまた出来ている。
「来い」
 言いながら福沢の手は太宰を掴んでいた。家まで連れていき、机の前に座らせる。その席にはゼリーが一つ置いてあった。
「ちゃんとしたものが良いかと思ったが、まずはこの時間を楽しみにしてもらえるようにするのが良いかと今日はゼリーにして見た。お前が甘いものを好むかどうかはまだ分かっていないが、大抵のものは甘いものが好きと乱歩が言っていたからな」
「それ、貴方に当てはまるんですか」
 太宰は奇妙な顔をして福沢を睨んだ。食べてみると言ってくる福沢にそっと息を吐く。そして呟いた言葉。ふむと福沢が頷く。考えるように顎に手を当てて黙り込むのを太宰はじっと見ていた。
「そうだな。甘味よりは酒の方が好きだが……、まあ食べないほどでもないな。たまに食べるまんじゅうなどは旨い」
「それはつまり好きではないと言うことでは」
「嫌いではないぞ」
「嫌いと好きを一緒にする方が間違っているでしょう。まあ、あったらどうでも良い。ということでしょう」
「そうなるな」
 二人の間に沈黙が流れた。福沢の目が太宰を見ている。
「やはりカニ雑炊とかの方が良かったか。あからさまなご飯よりはこういうものの方を好むのではないかと思ったのだが」
 ふむと福沢が考え込むのを太宰はまあ、何でも良いんですけどと言っていた。置かれているスプーンをもう一口ずつ食べた。甘いですねとその口から声が出ていく。
「旨いか」
「はあ、まあ世間一般的に言えば美味しいんじゃないですか。乱歩さんや敦君などは喜んでくれそうですよ」
「そうか」
 答える太宰はスプーンを咥えたままかけたゼリーを見下ろした。その周りも水滴は落ちている。鬱陶しいなと太宰が首を振った。跳ねた雫は福沢に当たるが福沢は特に気にした様子はなく、太宰を見てから立ち上がりタンスを開ける。そこからタオルを取り出して太宰の頭に被せていた。もう一回掬っていた太宰はかけられたタオルを見て息を吐く。本当に拭くんですかとその口から呆れたような声がでていた。
「ああ、風邪を引かれたくはないしな。それにお前も鬱陶しいのだろう」
「鬱陶しいは鬱陶しいですか。でも拭く方が面倒なんですよね」
「だからやってやるからお前は大人しく食べておけ」
 話をしながらも福沢の手はふわふわと太宰の頭をなで始めていた。福沢の手が触れた瞬間。首をすくめた太宰は目を大きくしてはぁと声をだした。一瞬触れながら福沢の手は太宰の髪を乾かしていく。
 続く会話。だから落ちるため息。そう言うことではないんですかと言うのに福沢はなにも答えなかった。
「貴方は暇人かなにか何ですか」
「いや、仕事はそこそこ忙しいから。暇人と言われるほどではないだろう」
「この時間は何ですか。暇でないなら寝るか仕事をするかしたらどうですか。暇なのは良いんですが、時間は有意義に使ってください」
「私なりに有意義なものに使っているつもりだからな」
 はぁと太宰は息を吐く。吐き捨てながら太宰の手はゼリーを掬い上げていた。一回を含んで飲み込む。それからまた息を吐いた。
「本当貴方変なんですよね。こんな変な人だとは思っていなかったのでビックリですよ」
「私は変ではないがな。いつかお前も分かるようになる」
「分かりませんよ。貴方みたいな変な人」
「だと良いんだがな」
 福沢の手が太宰の頭を撫でていく。太宰は首を傾けながら一口を食べてもういらないですとスプーンを放り捨てていた。

太宰治の美味しい食べ方


 日が昇る前に目が覚める。
 隣に感じる暖かいぬくもり。目を閉じて呼吸と心音を聞く。穏やかな口元。安らかに眠れているのを感じてから私は目を開ける。ゆっくりと回していた手を引き抜き、起き上がる。
 眠っている相手を起きる気配がした。
 薄く開く瞼。覗く褪赭の色は起きているもののまだ眠そうだった。癖毛の髪に触れてゆっくりと頭を撫でていく。まだ眠っていろと告げると眠る前。ふみふみと告げて愛らしく口元を緩めているのにああ、幸せだなと感じる。
 ずっと見ていたいと思ってしまうのにだが、もっと喜んでもらいたいとか立ち上がる。
 うんと美味しいものを作ろう。そう決めて台所に向かった。
 何を作ろうかと考える。昨日あらかた決めていたのだが、起きると大体いつもこうで別のものを作りたくなる。何が一番喜ぶか。今日の気分はなんだろうかと。今日の気温は暑いから冷たいものがいいか。
 献立を考える時間も楽しい。決めたらすぐに作り始める。出来上がった朝食を机の上に並べて、それから朝起きてきた部屋に戻る。
 襖を開けば私が消えて失われた熱を補うかのように布団の中にすっぽりと納まった姿が目に入る。饅頭みたいでこんな姿も可愛い。近くまで行って丸まっている体をまずは布団越しに揺らした。起きろと声をかけるがすぐに目覚めることはない。
 惰眠を堪能しているのに口角が少し上がるのが分かる。
 これが私以外の相手だったらきっとこうやって起こされる前にすでに起きている。微睡を堪能するなんてことはできないはずだ。
 だから嬉しい。
 いつもついつい最初は起きることのない優しい力でゆすってしまう。
 でもそろそろと思ってまずは布団をそっと外した。目を閉じていまだ眠ろうとしている顔が現れる。穏やかな顔に幸せを感じる。
 だけどのんびりはできないので揺さぶる力を強くしていく。起きろとかける声も少し大きなものになった。
 ゆっくりと見開いた褪せた瞳。その目が眠たそうにしながら福沢を見上げてくる。おはようと起きたばかりで舌足らずの声が私に向けられた。ふっと笑みを浮かべる姿。まだ目覚めきれていない姿が愛しくて布団に縫い付けられてそうなその背に手を伸ばした。
 軽い体を起き上がらせて布団の上に座らせる。ぽけっとした目が私を見つめてくる。癖毛の髪が爆発したように跳ねていた。きしんでいた頃はもう少し大人しかったが、最近は朝起きるとぼさぼさになるようになっていた。
 そんなところも愛おしいとその頭を撫でていく。
 ふわふわと撫で、髪を整えていく。
 そろそろ起きようかと相手に手を伸ばした。褪せた目が手を見つめて、ふふとその口元に笑みを浮かべる。ゆっくりと伸びた手が私の手に触れてぎゅっと握りしめてきた。
 起きたばかりで暖かい手を握り締め、居間までの道を歩いた。まだ起きたばかりの足取りはふらふらしていてあぶなかしい。その手を掴んで歩いていくのが楽しかった。

 いただきますと手を合わせて食べる。少し少なめにした相手の皿。美味しいですとようやく起きてきた相手が言ってくれるからまた幸せな気持ちになる。
 二人で朝食を取った後、準備を整えて家を出る。
 同じ会社に行く相手は後から出るため、ちゃんと来るんだぞと告げた。はーーいと間延びした声は信じていいものかどうか少し悩む。それでもまあ来るだろう、来てほしいという願いを込めてまたなと言った。
 相手が少しだけ嫌そうな顔をした。きっとこれで来るだろう。








  ◯

 太宰治。
 武装探偵社調査員。元マフィアで幹部にまでなっていたそうだ。探偵社社員としては異色の男。まあ、それも彼の暗躍のおかげで最近では異色でもなくなってきているのだが。遅刻はするわ、勝手にいなくなる。報告書も期限通り出さなければ、気付けばさぼると勤務態度は最低だが、探偵社にはなくてはならない強さを持っている。飄々とした態度の裏には、人には見せない弱さを隠し持っている子どものような大人で、そんな所を愛していきたいと思う。
 私の恋人。
 付き合いだしのは数年前。自分で見据えていた大きな道しるべがなくなって、自棄になっていた所を傍にいようとしたのが始まりだった。その前からどうにかできないものかと考えていた私はこれはいい機会と太宰の傍に居座るようにした。
 いつもではない。太宰が耐えられそうにない時にだけ傍に居てやるようにした。そうすると太宰は少しずつ私がうちにいることを許すようになっていて、その瞳が傍に居てほしいと願ってくるのを見て、好きになっていていた。
 もちろん他にもたくさんあるが、私だけでいいと私だけに見せてくる部分が好きだった。太宰が見せてくる弱い部分。そんな所を守って愛していきたいと強く思っている

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