福沢諭吉の美味しい食べ方

福沢諭吉の美味しい食べ方


「えっと、私はどうしたらよいんでしょうか」
 首を傾けて太宰は聞く。その前には羽織を脱いで襷を掛けている福沢の姿。
「どうとは……。先程そこに座っていろと言った筈だが」
 襷のひもを結びながら福沢は不思議そうな顔をした。じいと太宰をみてくるのに太宰もじいと福沢を見て首を傾ける。
 確かにそれは言われていた。
「何か手伝いとか」
「では、何ができる」
「……」
 太宰が言うのに福沢は直ぐ様問い返していた。太宰が驚いたように硬直し口を閉ざした。何度か開こうとしながらも結局開かずじまい。固まって動かないのにやはり座っていろと福沢が言う。
 福沢の背が消えていくのに太宰はほぅと息を吐いた。

 そのため息を聞きながら福沢はさてとと呟いて冷蔵庫のなかを見ていた。何を作るかとその口が動く。
「あいつは何であれば食べるか。そういえば蟹が好きだとか言う話をまえに社内でしていたな……。だか、それで食べてくれるような奴か。
 どこぞの医師や乱歩であれば好物さえだしておけばいくらでも食べてくれるのだが……」
 口にしながら福沢はんーーと首をひねていた。開けていた冷蔵庫をしめて暫くそこで固まる。顎に手をあて真剣な顔をして唸る。
「とはいえ、ないよりはましか」
 福沢の手が再び冷蔵庫を開けて幾つかのものを冷蔵庫から取り出していた。それを調理台に起き、今度はその上の戸棚を開ける。戸棚のなかには雑多にものが詰め込まれていた。奥のほうに箱が何種類か詰まれている。その箱を一つ一つ手に取り、外の個装を見ていく。目的のものを見つけたのか、手にした箱を外にだし棚の中を少し片付けはじめた。
 ある程度片付けを終えて福沢は箱の中を開ける。中に入っているのは幾つかの缶詰でその中には蟹の絵が描かれたものがあった。蟹の絵が描かれたものを取り出してそれ以外は棚の中に戻す。棚の扉をしめた。
 調理に取り掛かりはじめる。

 げっと目の前に並べられたものをみて太宰はその顔をしかめた。
 嫌そうにテーブルを睨み付けてから福沢をみてくる。太宰の唇が一度閉じた。
「これは何でしょうか」
「晩御飯だ」
「人の話を聞いていましたか。私普段夕食は食べていないのでいきなりこんなにだされても食べられないのですが」
「この量をこんなにと称するのはお前ぐらいだ。恐らく殆どのものはこれだけかと言うだけだろうな。試しに探偵社の皆にこれをだしてみようか」
 太宰が口を閉ざして福沢を見る。そして皿の上をみる。
 太宰の目の前にある皿の数は五つ。ご飯茶碗にお椀、平皿、小鉢が二つ。ご飯茶碗の中には三分の一もご飯は入っておらず、お椀も同様。メインだろう蟹玉は少し多めで五口ぶんくらいは入っているが、他のおかずは一口サイズだった。
 むぅと太宰は口を開き尖らせて黙り込む。親の敵のように皿をにらんでいた。
「ちゃんと食べろよ」
「……残しては」
「駄目だ」
 チラリと福沢を見つめ太宰が聞く。それにすぐに答える福沢。はぁと太宰から落ちるため息。仕方ないなぁなんて言いながら太宰は皿を手にした。じぃと睨み付けてから一口食べる。
 あ、と落ちた声。美味しいですねと太宰は笑ってそれから美味しいですよと福沢のもとに箸を寄せた。
「あーーん」
「私の皿にも同じものがあるのだが」
「とても美味しいですから、ほら」
「太宰」
 あーーゆと押し付けられるのに福沢からでていく低い声。睨み付けられるのに太宰がため息と共に肩を落とした。箸に掴んでいた一口を食べる。
「食べてくれても良いじゃないですか」
「お前の分はお前が食べろ」
「何でこんな」
「お前がまともな食事をしていないのが悪い。これから毎日私のもとでちゃんと食事をしてもらうぞ」
 ぶううと太宰の口からブーイングがとんだ。ぺしぺしと箸で食べ物をつついている。何でと明らかに拗ねている声が太宰から聞こえて、今度は福沢がため息をついた。
「私でも栄養不良で倒れたことないですし、私にするのであれば乱歩さんだって似たようなものじゃないですか」
「あれは与謝野がついている。私がみる必要はない」
「……力尽くってどうかと思います。やりたくないことを強要することはよくないことでパワハラで訴えられるんですよ」
「訴えるのか」
 ぷくりとわざとらしく頬を膨らませて太宰は言っていた。それに対して福沢は聞いていた。
 また口を閉ざす太宰。不機嫌そうに福沢をみてため息をつく。
「食べる気になったか」
 口を尖らしている太宰に福沢が聞く。太宰は頷くしかもうなかった。


「お腹いっぱいです」
 ごろりと横になる太宰。
 福沢に顔を背けてもう食べられない。お腹が張り裂けますと言う姿はまるで子供で福沢は呆れたような目を向けた。その福沢をチラリとみては太宰は死ぬ。もう無理だを繰り返す。ため息をついた福沢から仕方ないと言うような声が聞こえてきた。太宰の体がぱっと起き上がった。先程までの騒ぎは何だったのかと思うほど俊敏な動きであった。さすが社長と喜ぶのにまた福沢からでていくため息。
 ただしと口を開いた。
「後一回は食べること」
「えぇ」
 この世の終わりのような顔を太宰はした。
「後一回食べなければこの部屋からでることは許さん」
 口許をひん曲げた太宰が残ったものを見下ろすせいぜい三口ぐらいしか食べられていない。中にはそのままのものもあった。それらを見下ろし太宰は長い間動かなくなってしまった。
 二十分後太宰はまだ机の前に座っていた。食べられない。無理だな。お腹張り裂けちゃう。食べすぎて死ぬ何てさすがに私もいやだななんてずっと言っていたが、福沢はそれでは動かなかった。
 さらに数分たつと太宰ははぁとため息をつく。そして福沢をじっと睨み付けた。
 それでも福沢が口を閉ざし腕を組んで動かないでいた。福沢がそうしているとまた太宰からため息が聞こえた。
 太宰の手が動いて箸を持ち一口食べた。
 あっさりと放り込んで飲み込む姿を見届けてから福沢は深いため息をつく。もういい。福沢がそう言ったのに太宰はやったーと声をあげて立ち上がっていた。ありがとうございましたと言ってさっさとでていく。


 太宰のいなくなった部屋のなか、福沢は一人座り込んでいた。
「どうしたらあいつはもっと食べるか。味や調理の方法ではないな」
 眉間に凄い勢いで皺を作りながら福沢は呟く。

福沢諭吉の美味しい食べ方


猫が鳴くよりも前にもぞもぞと動く気配。
 暖かい布団の中から出ていく人。ふわふわと猫を撫でてくる感触。ふふと微笑むそんな柔らかな声。ゆっくり寝ていなさいと声をかけて立ち上がる人。うっすらと目を開けると銀の髪が見える。
 部屋の中から出ていく姿を見送って私は布団の中に丸くなった。
すっと襖が開く音が聞こえた。にゃあにゃあと猫の声が薄く聞こえてくる。
 部屋の中に入ってくる気配はすぐそばでひざを折ってくる。伸びてくる手。ゆさゆさと揺さぶられる。とても優しい力で目を覚ますようなものではなかった。起きろ、太宰。声をかけてくる声もとても優しいものだった。
 揺さぶる力が強くなってくるのに目を開ける。見える銀灰の瞳。ふっとほほ笑む口角。おはようと笑われるのに私は寝ぼけ眼で見ながらおはようと返した。肩をゆすぶっていた手は止まり、今度は背に回ってくる。何もしていないのに起き上がる体。寝癖がついているのだろう髪をふわふわと整えてから起きようとまた手を差し出される。
 その手をつかんで立ち上がった。
 銀灰の髪がきらきらと輝く。
暖かい手。その背についてきながら好きだなと思った。


朝食は少しの量だけ。お魚と野菜お米とお味噌汁。美味しそうなそれは当然美味しく食べ終わった後は、二人で食器を洗って、出かける準備をしていく。それではと言われる言葉。相手を見る。ほほ笑んだ相手は頭を撫でてくる。同じ会社に行く相手。二人の関係は隠しているので一緒にはいかない。相手が先に出ていく。
 ちゃんと来るんだぞと告げて家を出ていく。またなと言われるのに私は今日も行くしかないなとやる気のない体を動かした。
 

 ◯

福沢諭吉。
 武装探偵社の社長にして、その昔は政府で働いており、天下五件とまで言われていたほどの刀の遣い手。それ以外の武術にも秀でている。とても強くそしてとても優しい人。仲間思いで仲間を見捨てるようなことはしない。こんな私にですら優しくしてくれるすごい人。
 私の恋人。
 付き合い出したのは数年前。いつの間にかそばにいてくれた福沢さんのことを深いほどに愛していた。私を見つめてくる優しい瞳が好き。穏やかに言葉を語りかけてくるその声が好きで、支えてくれるそのすべてが好きだった。

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