嘘つきの仮面

「つまんないな。あ、そうだ。何か面白いことをしてよ」
 良いことを思い付いたとばかりに明るい声がした。きらきらとした目を向けてくるのは美しい顔立ちをした少女。長い髪が楽しげに体を揺らすのにあわせ揺れる。
「はーやーく」
 甘く間延びした声。
 ねえねえと騒がしい声を出すのに煩くは感じさせない。
「……私はそう言った事には疎いためどうしていいか解りません」
「えーー、何でもいいよ。面白ければなんでも。だってつまらないだもーん。何か楽しい事をしてよ」
 ねぇと少女は笑う。とても可愛らしい笑み。
 向けられても福沢は固まるだけだった。どうすればいいのかと悩んで固く口を閉ざしてしまう。少女がそんな福沢を見つめる。何かないかと考えを巡らせるのに救いの声が訪れた。こんこんと扉がなる。
 人の声が聞こえた。
「太宰さん。もうすぐ出番になります」
「あ、はーい」
 扉の向こう側から声をかけられたのに少女の意識はそちらに向かう。くるりと扉を向いた少女はドアの前まで向かった。ドアノブに手をまわしながら、数歩遅れて後を着いていこうとした福沢に向き直る。
「面白いことまた後でしてね」
 にっこりと笑って念を圧された。ほっとしていた福沢はまだ終わっていなかったことにげんなりと肩を落とした。

 何故こんな面倒なことになってしまったのか。
 歩く少女を追いながら福沢は己の身に起きていることを嘆いた。
 福沢が武装探偵社を設立して一年。
 最初は乱歩と二人だけだった探偵社にも社員が増え、最近では福沢自身が依頼に出ることは殆どなくなっていた。そんな時にやってきた一つの依頼は些か面倒なものだった。
 と言うのも長期間にわたる護衛任務。若い男性は禁止と言うものだったのだ。
 探偵社の調査員に女性はいるにはいるものの一人だけ。彼女は医者で彼女しか出来ない依頼が他にもあったうえ、あまり戦闘向きではなかった。他は全員若い男。
 迷った末、社長である福沢自身が引き受けることとなった。
 依頼人はとある大手企業の社長。
 最近はアイドルプロダクションまでやりだしているらしい。護衛してほしい相手と言うのはその社長ではなく、会社がプロデュースしている一人の少女であった。
 テレビなどは基本見ない福沢は知らなかったが、他の者たちによるとその人物は数年前に突如現れた人気女優で今やテレビで見ない日はないと言うほどの存在らしかった。実際初めってあった時、福沢はこんなに美しい者もいるのかと驚いた。それぐらいに美しい顔立ちをしていた。
 ただその性格はわがままが過ぎるものであった。
「何かあらぬ噂をされても嫌だし、取り合えず半径五十メートルは離れてね」
「は」
 思わず低い声が出たそれは最初に言われた言葉。
「それでは護衛ができん」
「どうにかしてそれがあなたの仕事でしょ」
 さらりと言われるのに切れそうになるのを押さえた。相手はまだ子供だと必死に言い聞かせた。少女の言葉は聞かなかった。五十メートルも離れていたらもしもと言うときの対応が遅れる。精々五メートルの距離は離れた。
「依頼人の言うことを聞いてよね」
「聞けることと聞けんことがある。それに依頼してきたのは貴君の上司だ」
 少女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 それから一週間、初めの出会いがそんなものであったから嫌われたかとも思った福沢だがそんなこともなく少女はたくさんの話を福沢に振ってきた。少女の話はどれも福沢には縁のない話ばかりで返事をするのに数分かかってしまう。少女はそれを面白そうに見ていた。先程のような無茶ぶりも沢山してきて福沢を困らせた。
 まだ一週間ばかりであるが福沢はすでにこの依頼を受けたことを後悔している。乱歩との出会いを思い出すぐらいには少女の相手をするのは大変だった。
 そんな福沢ではあるものの少女の事を凄いなと思っていた。
 人気女優と言うのも頷けるほど少女の演技は完璧だった。始めてみたとき福沢は素で驚き間抜けにその口を開いたほどだ。何人か役者を見てきたことがあるが、少女の演技はそのどれとも違う。
 撮影が始まった途端少女は少女ではなくなり、その役になる。
 まるでそこには本物が存在しているかのように、別の存在になるのだった。

          ♪ ♯ ♪ ♯ ♪

「御馳走様。後食べておいて」
 投げ出されるものにまたかと福沢は目を細めた。
 少女が差し出してきたのは彼女が食べていたお弁当。口をつけられたのは精々二口、三口。福沢が見ている限り彼女はあまり物を口にしない。撮影時などは弁当を用意されるのだが、二口程度しか食べずに福沢にまわしてくる。
 そんなものでは体力が持たないのではと思うのだが口にしたことはない。護衛対象のプライベートにまで口に出すべきではないと言いたくなるのを堪えていた。
 とは言えやはりこれはと渡された弁当を見て思った。


「ここまででいいよ。じゃあ明日もここに迎えに来てね。まあこなくてもいいけど」
「了解した。また明日もここに」
 福沢が少女と別れるのは少女の住むマンションの前。護衛の任務は一日中となっているがさすがに少女の家にまで押し入るわけにもいかず、近くに部屋を借りて怪しいものが周囲に近寄ってこないかを監視する程度に留めている。
 さて部屋に向かうかと考えながらも福沢は少女の入っていたマンションを見上げた。
 また何処にもよらなかったかと考えてため息をつく。プライベートを詮索するものではないと思っているのだが、それでも気になることがある。撮影が終わり家まで帰るその間少女が買い物によったことがまだ一回もなかった。夕飯をどうしているのかが気にかかった。


 事件が起きたのは福沢が護衛についてから二週間も経ったない頃だった。
 その日福沢はマンションの前で立ち止まった少女に何かの違和感を覚えた。オートロックの扉の前、鍵を開けようとして固まった少女は上を見上げる。それから中に入っていく。今まではなかった動作。
 どうしたのかと中に入った少女をみつめるとその顔には何の表情も浮かんでいなかった。
 歩きながら笑みが作られていく。
 にこにことしたそれに何か胸騒ぎを感じた。
 急いで依頼主の男に電話を掛ける。そこからマンションの管理会社へ鍵を開けてもらえるように頼んだ。すんなりとその望みは叶った。
 福沢は最上階にあると言う少女の部屋まで急いだ。エスカレーターを降りたときがんという音が響く。目の前にあるドアを蹴破って中に入った。鍵は管理人が持ってくるから待っていてくれと言うのを待つ暇はなかった。
 振り向いた人影。
 それは少女ではなかった。覆面を被った男だ。男が銃を撃ってくるのに物陰に隠れる。銃声が鳴り響く。音がやむと同時に福沢は駆け出し男のもとに近づく。男が少女の手を掴もうとする。懐から万一のために忍ばせていたペンを取り出す。ペンは一瞬もしないうちに手から離れ男の甲にささる。
 悲鳴をあげた男の動きが鈍る。
 男の懐に潜り込んで拳を叩き込んだ。
 どさりと倒れ込んだ男。男の傍で縄で縛られ捕まっていた少女が呆然と福沢を見上げた。
 縛られている縄を解きながら依頼主と軍警に連絡を取る。両方ともすぐにやって来るとのことであった
「なんで……」
 少女が小さな声を漏らした。褪赭色の目が見上げる。なんで来たんですかと言いそうになって口を閉ざす。福沢はそんな少女を険しい顔をで見ていた。
「気付いていたな」
 福沢が問う。
「何をですか」
「惚けるな。ここに誰かが侵入していることを気付いていたな」
 少女の顔から笑みが消えた。こんなときでもずっと浮かんでいた笑みが。それはまたすぐに作られる。
「私本当は護衛なんていらなかったんですよ。殺人予告が届いたとき私は嬉しかった。だってやっと死ねるんだもの。
 ねえ、私は死にたいの。とても死にたいの。
 だから私を守らないでね」
 ふんわりとした柔らかな笑みを浮かべて少女、太宰治は告げた。

          ♪ ♯ ♪ ♯ ♪

 襲撃のあった翌日、少女は何時も通り撮影に出掛けた。
 福沢は護衛として少女についていた。そして帰り、福沢は少女をつれてスーパーに来ていた。犯人に侵入されたこともあり、別の場所に住むことになった少女は自分ではその場所を知らずに福沢に着いていくしかなかった。
 スーパーにはいる福沢を見たとき嫌そうな顔をし立ち止まる。そして寄りたくないと言うのを無理矢理よらせて福沢は幾つかの品を買った。その後に今度こそ少女の家に向かう。
 少女の今度の家はオートロックの高層マンション。前のところよりも警備は数倍厳しく政府の役員なども暮らす所だった。
 そこを見上げて少女はで、と言った。私の部屋は何号室なのと。部屋番号を答えながら福沢はオートロックの扉を開けて中に入る。その後に続きながら少女は訝しげな顔をした。
「何。貴方もこのマンションに部屋取ったのいくら護衛のためとは言え大変だね。私の隣の部屋?」
「いや、……貴君の部屋だ」
 少女の足が止まった。一瞬呆けたように何もない顔になりその後へっと声を漏らす。大きな目が二三度瞬きした。
「どう言うこと」
「護衛のため暫くの間貴君と同じ部屋で暮らすことになった。とは言え私が眠るのは物置に使う小さな部屋。有事の際は蹴破ることになるが外から鍵をかけてもらって構わん」
 ふーーんと興味の無さそうな声が少女からでた。嫌がるかと思っていた福沢が小さく目を見開く。面倒なことになったなと呟きながらも少女はそれ以上を何かを言うことをしなかった。福沢を追い越して部屋に向かう。


 ことりと少女の前に皿を置いた。帰って早々置いてあったソファに寝転んだ少女は目を丸くして置かれたものを見る。
「何? 貴方のご飯」
「私はもう食べた。貴君の分だ」
 きょとんと少女が瞬いてから嫌そうに顔を歪める。信じられないものを見るような目で皿と福沢を見つめてから要らないと口にした。
「そうはいかぬ。今日から契約内容が変わったのだ。食べてもらわねば困る」

 殺人を予告する手紙が届いたので事件が解決するまで少女を護衛してほしい。
 それが最初の依頼だった。
 だが昨日襲撃が起きたことでその内容は少し変わった。夜は遠くから見守るだけだったのが一緒の部屋での見張りになり、福沢一人の仕事だったのが、もう一人サポートがつくことになった。そしてもうひとつ。
「あの子は何だ。侵入者を気付いていた。その上で何も言わずに部屋に戻った。
 死にたいのとそう口にしていた」
 そう福沢が口にしたとき依頼主の男は酷く驚いた顔をして、それから一瞬その表情を憤怒に染めた。声を荒げながらすぐに福沢に気付いて表面上を取り繕う。そうですかと言った後、迷いながら依頼の変更を頼んできた。
「今回の事が解決するまであの子を絶対に死なせないでください」

 なるほどね……。ああ、本当面倒。
 話を聞いて少女は言葉を吐き捨てた。ごろりと逃げるように横になって要らないと口にする。
「駄目だ。食べて貰わねばならぬ。死なれたら困るのだ」
「嫌です。私にはそんなもの必要ないです」
 もう寝ますから起こさないでください。明日早いんです
「ま、」
 待ってと言おうとしたとき既に寝息が聞こえてきた。すぅすぅと明らかに嘘だと分かる寝息。無理矢理叩き起こそうかと考えが浮かびながらもその日はそれを実行に移すことはしなかった。

         ♪ ♯ ♪ ♯ ♪

 翌日出掛けようとする少女の前にお握りを差し出した。少女は昨日のように嫌そうな顔をする。ゲッと言う顔をしていりませんと固い声で吐き捨てる。
「私あんまり食事するの好きじゃないんです。だって食事って生きるためにすることでしょう。私は生きたくないの。余計なことをしないで」
 少女がつまらない顔をして口にする。はぁーとため息をついて大きく首を振る。
「もういいから仕事いくよ」
 福沢の横を通りすぎて部屋の外に出ようとする。どうするべきか考えて食べさせようとしたおにぎりは袋のなかにいれる。今日中にどうにか食べさせようと算段を考える。


 本日の仕事は二種類の雑誌の撮影にドラマの打ち合わせ。そしてまた雑誌の撮影と取材。そんな風にかなり詰め込まれていた。
 社内など時間があった時はあったものの少女に食べるように言い聞かせるほどの時間はなく福沢の懐におにぎりがはいったまま時が過ぎていた。どうにかしなければ。せめて少女の好物が分かればもう少し食べてもらえるのでは、そう思っていた時、福沢は思わぬところで少女の好物を知ることとなった。
 それは雑誌の取材を受けているとき、ちょうど好物の話になったのだ。
 そういえば治さんの好きな食べ物はリンゴでしたよね。何か最近食べたリンゴ料理などで気に入ったものなどありましたか。そう記者が聞いたのだった。それに少女が答えていた。
 そうなのかと目を見開いて驚いた福沢。タイミングもそうだが、少女に好きな食べ物があることのほうに驚愕してしまった。知りたいとは思っていたが、まさか本当にそんなものがあるとは思っていなかったのだ。
 少女と食のイメージがあまりにも結び付かない。
 少女の話が盛り上がっているのを聴きながら福沢は今日の夕食後にでもさっそく林檎を食べさせようと決めていた。
 そして写真に写る途中、前を歩いていた少女の体が不自然にゆれた。咄嗟に手を伸ばしたが福沢がその体を支える前に少女は建て直していた。にこにこと笑って周辺の人に声をかけていた。少女が倒れかけたことに気付いたのは福沢だけで周りは気付いていない。
 穏やかに談笑しながら歩いているのに眉をしかめて福沢は少女の近くまで立った。
「これが終わったら少しで良いから何かを食べろ。先程倒れかけていただろう」
 傍に立ち告げるのに少女は福沢を見上げてきた。
「そんなことはないですよ」
 柔らかな声。そしてふわりと元気な笑みを浮かべる。
「これが倒れかけた人間に見えますか」
 その頬は仄かに色づいており、確かにと福沢は口を閉ざしてしまう。だけどもう数日もまともなものを口にしていない少女が元気でいられる筈がなく、化粧かなにかでごまかしているだけなのだと福沢はぎっと睨む。はぁと少女が福沢に聞こえるぐらいの音量でため息をついていた。
「言ったでしょ。私にあんまり近づかないでください。変に思われてしまいますでしょ」
 ちらりと少女が周りを見るのに福沢も見るが、特別変わったように見られている様子はなかった。少女のマネージャーと言う名前で傍にいるからか、さほど近付いても周りは不自然には思わない。
 少女も気付いたのか少しばかり口を尖らせた化のように見えた。
 とにかくと少女が言う。
「私はなにも食べませんから、それじゃ」
 さっさと前に歩きだした少女に福沢は肩をおとした。


 その日の帰り、福沢は少女をつれてスーパーまできていた。少女に食べさせる夕食の材料を買いにきただけなのだが、少女は何故かスーパーの前で固まり、またスーパーにはいってそのなかでも固まってしまった。
 足が棒のように動かなくなって、顔の筋肉も凍ったのかと思うように動かなくなり少女は数分の間、人形のように立ち尽くすのだった。
 そして動き出す少女だが顔の筋肉は固まったままで、笑顔のままになっていた。どうしたのだと福沢がとう。ぴっくりと少女の肩がはねてきょろきょろと辺りを見渡した。それから福沢を見た。固まっていた筋肉が動き出して拗ねたような顔を作る。
「こんなところにきたのはどうしてですか。まさかまた私の夕食を作るためですか。嫌ですからね。私はなにも食べませんから」
 少女が言うのを聞き流しながら福沢は籠のなかに材料をいれていく。林檎を買いながらサラダにいれるのも言いかと思ったが、サラダにいれるのは邪道だとかいって食わないやつもいるなと、養い子を思い出し止めようと決めていた。
 福沢が買い物をしている間、一緒にいる福沢は何故か時々困ったように固まっていた。


 少女はやはり夕食を食べてはくれなかった。嫌だ。いらない。食べたくないの一点張りでテーブルにすら座らないのにあきらめた福沢は冷蔵庫から冷やしていた林檎を取り出した。既に切ってあった林檎を少女の前にだしてせめてこれだけでも食べろと言った。
 はだと少女が口を開ける。
「何ですか、これ」
「何って林檎だが。
 好きなのだろう。今日言っていただろう」
 少女が聞いてくるのに答える。不思議そうに林檎を見ていた少女は福沢の言葉の途中で動きを止めた。冷たいともまた違う。どこか何にも感じないまるでただのガラス玉のような目が福沢が差し出した林檎を見る。
 ああと落ちていく声。
 そういえばそうだったと少女が呟く。どう言うことだと怪訝そうに福沢が眉をしかめるのに少女はそっぽを向いていた。
「食べたくありません」
 少女がそう言う。
「何故だ。好物なのだろう」
「……好物だからっていつだって食べたいわけではありませんよ。私はもうなにも食べたくないのです」
「死ぬぞ」
「それで良いんですよ。早く死んでしまいたい」
 少女がそんな言葉をにこにこと笑いながら言うのに福沢は眉をしかめる。全くもって少女の考えていることが分からなかった。死にたいなんてのたまうやつを何度か見てきたことはあるが、どいつもこいつも言ってみれば負け犬。地べたをはって生きているようなそんな連中だった。
 少女がそうでなかったかは知らないが、それでも今は煌びやかな世界のなかでナンバーワンと言われるまでになっていた。多くのものが羨むような地位を手に入れているだろうに何故死にたがるのか。
 そしてそんなことを言いながらも何で笑うのか。はぁと福沢はため息をつく。考えても分からない。分かっているのは福沢は少女を生かさなければならないと言う事だ。
「悪いが貴殿を死なせるわけにはいかぬ。そう言う契約なんだ。死ぬなら俺の仕事が終わった後にしてくれ」
 少女が福沢を見て死なせてと呟いた。




中略


「太宰」
 後ろで立ち止まろうとしていた太宰の名前を福沢は呼んだ。手を伸ばして太宰の手を握りしめる。あたりを睨み付けて福沢は早足で歩く。太宰はふぅとため息をついた。
 日々は一見穏やかに過ぎているが、少女を狙う相手はずっと少女の周りを付け狙っていて時折その気配を感じることがあった。そう言うとき、大体少女は一人になりたがるので福沢は事前に察することが出来る。少女がどうやって相手が来るのを察しているかは不明だった。
 相手は夜、少女の家のなかで襲おうとして来ることが多かったが、ここ最近は諦め昼間なども狙い始めている。気を抜く暇は少なくありつつあるが、それでもまだ対処するつもりはなかった。
 少女が福沢を見つめる。はぁとため息をついた。
「なんのつもりなんですか」
「なにがだ」
「あれ、捕まえようと思えば捕まえられたでしょう。今だけじゃなく他の時だって、
 まあ捕まえようとしたら邪魔をするつもりはあるので結局無理何ですけど。でも捕まえられるはずなのに何もしようとしないのはどうしてですか」
「まあ、邪魔をすると分かっているのに行動するのは体力の無駄になるからな」
 不機嫌そうに少女が聞く。問いかけてきたのに返ってきた問い。福沢は一瞬何を言われているのだろうかと相手をみてしまった。奇妙な顔をしてそれからふぅと息を吐きだす。少女の目はじぃと福沢をみてくる。
「一番はまだその時ではないから、だからな。捕まえるにはまだ早い。捕まえてしまえば依頼は終わる。お前のそばにいられなくなるから。せめて後少し。お前がお前をしっかり意識できるようになるまでは泳がしておくことにする。
 それに捕まえるだけであればいつでもできる。だがそれだけでなく準備もしなくてはならないとなるともう少し時間が掛かるのだ」
 まだね。
 少女が小さく呟いた。

         ♪ ♯ ♪ ♯ ♪

「なにかやりたいことを見つけるのが自分を見つけるのに一番良いのだろうが、とはいえ、お前は忙しいからな。休める時にはしっかり休んでおくのが良いだろう。と言うわけで。
 そんな風に起きていないでちゃんと寝なさい」
 福沢は良いながらソファの上に座っている太宰をみた。つまらなそうな顔でソファに座って太宰はドラマ、映画、バラエティなどさまざまな台本を積み上げて一つ一つ時間をかけて読んでいた。その太宰が福沢をみて口を尖らせる。ジト目で見上げてきてはでと低い声で聞いてきた。
「それもしかして私に言っていますか」
「お前以外にここに誰かいるか」
 問いかけに問いかけると少女ははぁとため息をつく。
「今は仕事中なんです。台本を読まないとあしたから仕事できませんから」
「そうは言うがもう全部覚えているだろう。

 どうして、……かなちゃん、どうしてこんなことを」
 固い口調で太宰が言うのに福沢は一番近くにあった台本を手にしていた。ぱっと開いたベージのひとつを読むのに太宰は口をへのじに曲げる。じっと見下ろせば嫌々その口が開いた。
「どうしてなんて聞く意味あるの? 聞いて理解できるの。納得することなんて出来ないでしょう。でもね教えて上げる。楽しいから。それ以外の意味なんてないよ」
 さらさらと太宰の口からでていく言葉は完璧だ。一言一句間違えることなく、そして無邪気だからこそおぞましいようなオーラがその体から滲み出していた。一瞬だけだったが役がその場にいた。そっと気圧されてしまった福沢はまだつまらなそうにしている太宰にそっと息を吐く。
「これだけ覚えていたら充分だろう。ただの暇潰しならみる必要はないだろう。寝ろ。
 それが休暇だ」
「……決めつけられたくないんですが」
 太宰の目がじっと福沢を睨み付ける。きっと太宰が握りしめる台本以外全て片付けながら福沢はリビングに用意していた枕をソファの上に置く。ブランケットを手にするのに太宰はますます嫌そうにしていた。
「用意周到すぎてきもい」
「休みになったら問答無用で休ませようと思っていたからな。むしろ眠るように言って上げているのは私の優しさだぞ。最終手段は実力行使だからな」
「護衛対象に怪我をさせるつもりですか」
「そんなことはせぬ。ただ横にさせるだけだ。お前はろくに飯も食べていないのもあって華奢だからな。押さえ込むのは容易だし、余計な抵抗などもさせないですむ」
 あーー、もう嫌と喚いて太宰がソファの上に転がる。嫌々と福沢が用意した枕を叩いた。その上にそっとブランケットを掛ける。太宰の手はまだ台本をつかんだままで、横にはなったものの読み始めてしまう。
「太宰」
「寝てます」
「それは横になっているだけだ。読まなくても良いのだから手を離せ」
「やだーー」
「たく」
 太宰は嫌だと首を振る。福沢はため息をついて太宰のもとに近付いていく。そして太宰の目元に手を置いた。太宰の体が固まる。
「こうしたらもう読まないだろう。お前はこのまま寝なさい」
「嫌ですよ。眠くもないのに眠れるわけがないの分かりませんか」
「本当に眠くないのであれば、私だってここまでせぬが……、そう言うわけではないだろう。
 化粧でうまく隠しているが、隈は深いし、何よりお前は一睡も出来ていないだろう。まあ、夜遅くまで働いて朝も早いのだ。体が興奮状態になって眠りづらいのは分かる。今日は一日ゆっくりできるのだから、寝てしまえ」
 福沢の手がふわふわと太宰の頭を撫でていく。太宰の口は尖っている。
「そんなんじゃありませんよ。単純に眠くないだけです」
「…………私がいるからか」
「違います。生きることだからですよ」
 太宰の声が聞こえてくるのに福沢はそうかと優しく答えていた。ふわふわと、撫でる手も変わらない。
「分かっているのならちゃんと寝て貰わねばな。睡眠は大事なこと。このままでは体だって壊してしまう。大丈夫。ちゃんと私が傍にいる」
「は? 何を」
「ほら、ゆっくり寝なさい」
 福沢の声は子守唄のように優しく太宰のみみに届いた。だけど太宰が眠ることはなかった。
「強情だな」
 数時間後、ソファの上に丸くなっている太宰に福沢は笑った。もう良いでしょうと聞こえてくる声。まだもう少しだけ。寝なさいと置いた手を押し付ける。
 もうと太宰は口を尖らせる。
「そんなことをしても私は寝ませんからね」
「どうしてだ」
「どうしてて必要ないからですけど、生きることに興味がないので眠る必要もないのです。
 どうせすぐに死にますから」
「またそう言うことを。お前は死なぬよ。私が死なせぬし、なにより、」
 太宰の頭を福沢が撫でていく。ふんと太宰は横を向いていた。
「何時までこうしていたら良いんですか」
「何時までだろうな」
 太宰が問いかけてくるのに福沢は首を傾けた。とぼけている様子もなく彼自身決めかねているのに太宰はあきれたように息をつく。また少しの間静かになった。だが暇に感じたのか口が開く。
「手、痺れませんか」
 退けようと首を動かしながら聞かれる。福沢はんーーと考えてから答える。
「正直疲れた。だが、例え寝なくても目を閉じているだけでもそれなりに違うと聞くからな……。後もう少しだけこうしていよう
 それで起きたらのんびりしようか」
 ぽんぽんと目元を押さえるのとは別のてが太宰の体を優しく叩いていく。はぁと太宰からはため息がでる。
「のんびりってこうしているのと何がどう違うのですか」
「まあ、そうなのだが……。今日は休暇だ。何処かに行っても良いしそれが嫌ならまあ、何かするか」
「何にもないですよ」
 鼻で笑いながら低い声が問いかけてくる。福沢が答えるのにさらに太宰は冷たい声をだす。
「そうだな。
 トランプでも持ってきて貰うか」
 頷きながら少し答えに困って、福沢は動きを止めていた。それから少しして答えていく。撫でていた手を止め懐に手をいれる。
「貴方と私でやるんですか」
 太宰が聞いてくるのに福沢は当然のようにそうだがと答えた。またため息がでていく。福沢は懐から携帯を取り出している
「……私ポーカーしか出来ませんよ。それでもいいのですか」
「むしろなぜそれはできるのだ。ポーカーなどめったにしないだろう」
「前にギャンブラーの演技をしたことがあるのです」
「なるほど」
 嫌そうに口にする太宰。福沢はそれに首を傾けた。ちなみに福沢はしたことがない。それに対して太宰が答えるのに福沢はああと納得していた。
「ちなみに詐欺師の役でしたのでイカサマはとても上手ですよ」
 ふふんと太宰が鼻をならす。やりたいのならやりますかといつの間にかやる気をだしていた。口許が笑っているのに福沢は首を振る。
「そう言うのもいいが何か掛けるわけではない。もう少し子供らしいものをしよう。そうだな。ババ抜きとかはどうだ」
「言葉が穏やかではありませんが、それは本当に子供向けなんですか」
「ポピュラーな遊びだと思うぞ」
「ふーーん、まあ、何でもいいですよ。好きにしたらどうですか」
「ああ。……どうした」
 穏やかな声が太宰に問いかける。ふわふわと福沢の手は再び太宰の頭を撫でだしていた。先程まで話していた口が閉じて緩く開いた。目は見えないのだが何処か力の抜けた様子で。
 福沢の手に伝わる温度が少し暑くなっている。何でもありませんと言う声は何処かふわふわとしたものになっていた。福沢の手がさらに優しく少女の頭を撫でていた。
 しばらくそうしていたら少女の体が起き上がった。動く気配に福沢は仕方なく手を離していた。人材の無駄遣いと少女が言う。まあと苦笑してしまいながら福沢は連絡を送ったばかりの携帯をみた。


「あーーあ、つまんない。弱すぎじゃないですか」
 ソファの上にコロリと寝転がって太宰が声を上げた。ソファの上に散らばっていたトランプが下敷きになって何枚か歪んでいく。福沢は少しだけ口を尖らせたが、すぐに苦笑に変わっていた。
「お前が強いのだろう。機会があれば私の知っているものとしてみるとよい。その子とならば面白い勝負が出来るだろう」
「ふーん」
 興味はなさそうに太宰は鼻をならす。どうでもよいと言いたげにあくびをする。そんな態度に福沢は立ち上がっていて、太宰のめがその動きを追いかける。
「どうするんですか」
「夕食を作りに言ってくる。今日はなにも食べていないからせめて何か少しぐらいら口にして貰わねば」
「いりませんよ」
「そういうな。よいものを用意しているから」
 福沢の言葉に太宰は舌をだす。しっしっと手を振られるのに福沢は穏やかに答えて。

「ほら」
 そういって福沢が差し出したのはちいさな土鍋だった。ぐつぐつと具が煮えている。中には蟹が入っているのに太宰のめが瞬く。
「なんですか。季節違わなくないですか」
「季節は違ってもうまいものはうまいからな。それに下手に手をいれるよりもこういう奴の方が美味しいだろう」
「何時も思っているんですが、材料費とかどうしているんですか。蟹は結構高いでしょう」
「生活費は貰っているからな。気にせず食べろ。好きなものを食べた後はのんびりしよう。よい休日の過ごし方だ」
「別に好きじゃないですよ」
「そうか。でもお前は結局全部食べるよ」
「そんなことはないですよ」
 太宰はいった。けれど福沢の読み通り全て食べていた。その様子を福沢は優しくみていた
「お前は食に関して言うなら分かりやすいのだ。食べたくないものは食べたくない。どうでもよいから箸も動かない。でも好きなものはちゃんと食べる」
 福沢が言うのに太宰は口を尖らせていた。ふんとそっぽを向く太宰の前には完食された皿と、もうひとつ箸もつけられてない小鉢があった。
「悪いことではない。今のところではあるがな。
今は好き嫌いがあっても食べて貰うことが先決だ。それに好きが少ないだけで嫌いがあるわけでもないしな。誰かと一緒ならお前は全部食べてくれるし、表情も蟹以外はそう変わらぬ。つまり嫌いではないと言うことだろうから、後はこちらの腕の見せ所か」
 福沢が考えていくのに太宰は立ち上がってソファに移動していた。いつものように横になるのに、机の上のものを片付けて福沢は近付く。
「もう寝るのだろう。それならばベッドに行きなさい。さすがに夜眠るのにソファは体に悪い」
「どうせそのうち貴方が運んでくれるでしょ」
「まあ、そうだが」
 横になった太宰に注意はするものの福沢の手はその目元に当てられていた。視界を奪うのになにかを言ってくることはない。
 おやすみと囁いた。


 どうしたものかな。
 ふわふわとした髪を撫でながら福沢はことりと首を傾けていた。
ソファに横たわる体。
前からベッドでは眠らず、ソファで眠ることは多かったが、ここしばらくはソファを寝床と定めたようにベッドに行ったことがない。あまり誉められたことではなく、ベッドで寝てほしいのだが太宰が福沢の言うことを聞いてくれるとは思わなかった。今だってさんざん言ったのにソファに寝ている。
完全に眠ってはいないものの半分も意識はないだろう。太宰の体は成長途中で小さいとはいえ足を伸ばせるほどでもなく丸まっている。一度起きたらベッドで眠るように言おうか。
言ったところで考えているのに福沢は嫌な気配を感じて辺りを見回した。
 窓の外に殺気を向ける。気付いているだろうが、連絡を飛ばしながらはてと福沢は首を傾けた。思わずじっと太宰をみてから緩く相貌を崩す。ふっと笑ってしまうのに太宰の固い声が聞こえた。
「違いますからね。勘違いはしないでください。どうせ無駄なのに、いちいち動くのが面倒になっただけですよ。成功するのであれば動きました」
「そうか」
 ふわふわと太宰の頭を撫でていく。太宰の目は見えない。尖った口から何か声が漏れた。


 可哀相は可愛い何ですよ




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