君と過ごす日々

「好きです」
「好き」
 みたいな会話をしたのならばその瞬間恋人と言う関係になったと考えても良いだろう。お互い特別な意味でと言うことも確認しあっている。嬉しいと喜びあいもしたし、二人抱
き締めあったりもした。
 だと言うのに何故か福沢と太宰の二人が恋人になったと言うことを理解したのはその後のことだった。
 あれ? もしかして……いや、そうだよな。そう言うことかと暫くした後福沢はすんなりと理解したが、太宰に至ってはあれ? いや、でも……。好きだって言っただけだもんな。付き合うなんて話してないし。と理解を拒んでいた。
 そんな二人が付き合いだしてから次に二人きりになったのは二週間を過ぎた頃だった。のらりくらりと太宰が避けていたのだが、ついに福沢に捕まってしまったのだった。
「太宰」
 名前を呼ばれるのに太宰の肩が跳ねる。こそこそと仕事をしに仕事が終わった後、探偵社にやってきた太宰を隠れていた福沢が呼んだのだ。
「……何で」
「お前が逃げるからだろうが。なぜ逃げるのだ」
「逃げているつもりはないんですけど」
「どうみても逃げていると思うのだがな。そうでないならなぜこんな時刻に来ているのだ」
 気まずそう下を向いた太宰。その太宰が問いかけてくるのに逆に福沢が問いかけていた。じぃと太宰をみる目。唇を尖らせた太宰は福沢の言葉に拗ねたように答えていた。福沢の肩が落ちる。それはそうなんですけどと頬に空気をつめたままの太宰が答えていた。
「私と付き合うことになったのは嫌だったか、それならば別に」
「え? やっぱり付き合うことになっていたんですか」
「え? あ、いや、そうでなかったのか。……すまない。私が勘違いしていた。…………忘れてくれ」
「はぁ……。あの、私の方が馬鹿なことを言っている自覚はあるので社長は気にしなくとも」
 二人の間に沈黙が落ちた。
 電気もつけていない部屋のなか。明かりと言えば太宰が手にする懐中電灯だけ、それもまた気まずげに下を向いていて二人の足元のみを照らしている。それでもお互いの顔が二人には良く見えていた。
 二人は固まり続ける。
 福沢の困惑した顔。太宰の戸惑うような笑み。
 そのままの二人は何も言わずに立ち尽くす。
 どれだけそうしていたのか定かではないが、二人が動き出したのはにゃあと猫の鳴き声が聞こえてきたからだった。にゃーにゃと鳴く声に上がる二人の肩。
 それぞれさっと辺りを見回すが猫らしき姿はない。太宰と福沢の目がじいと奥の部屋を見る。
 太宰が持つ懐中電灯が少々動いたがそれが足元を照らすことはなかった。
「取り敢えず、折角あったのだ夕食でも食べに行くか」
「でも、仕事が」
「どうせお前であればまともに昼に出社さえすれば明日には終わるだろう」
「まあ。でも今行けば怒られてしまいますので、出社は暫く様子を見てからしますよ。仕事の書類さえ真面目に送っていたら国木田君も少しは怒りを沈めるでしょうしね」
「お前は」
 福沢が呆れたように太宰をみる。太宰はてへっと舌を出していた。だってと聞こえてくる声。
「食べる時間ぐらいあるだろう」
「怒らないのですか」
 ため息をついてから福沢が太宰に言ったのに、太宰は不思議そうにして福沢を見た。その目が何度も閉じては開いてを繰り返した。怒られたいのかと福沢は聞いた。まさかと太宰は首を振る。
「私のせいでもあるからな。怒るに怒れん」
 はぁとまたため息。怒った方がいいのだろうがなと言った後、福沢は一拍置いて国木田に怒って貰うから良いと言っていた。太宰の目元が寄る。それは嫌なのですけどと口にしながら、太宰は福沢を見て、目をそらす。
「別に貴方のせいではないのですけどね。私の勝手と言うか」
 困ったように口許に笑みを浮かべて笑う。
「ふむ。では明日はちゃんと仕事にでてくれるか」
 それならばと福沢は言ったが、太宰は嫌そうな顔をした。ふるりと首を振られるのに福沢は穏やかに口許をあげた。
「一応国木田にはあまり怒らないよう伝えておいてやるから。お前がためていたぶんの仕事をちゃんと終わらせるのならばだがな」
「ためておいたぶんだけで良いんですか」
 優しい声が太宰に告げる。太宰は首を傾けて聞く。
「明日のぶんもちゃんとやっておけ。むしろ数日分ぐらい終わらせておけばあやつも強くは言えないんじゃないか」
「中々難しいこと言いますね。まあ、朝飯前ではあるんですけど……、仕方ないですよね。高級料理店に連れていてくれると言う話ですし、頑張りますか」
「誰がそんなことを言った。いつもの場所だ」
 むぅと唇を尖らせた太宰。だがそのつぎの瞬間にはその口許をほどいて背筋を伸ばしていた。悪戯っ子の笑みで福沢に笑いかける
「何時もって言ったって社長が行く場所は結構良いところじゃありませんか」
 くすくすと太宰が笑う
「そうか?」
「そうですよ」
 問われるのに頷いたのに、福沢は不思議そうな顔をした。顎に手を当て考える。
「まあ、できればうまいものが食べたいからな」
「お陰で私は美味しいものが食べられます。社長の舌に感謝ですね」
「よくいう、」
 ふわりと太宰が笑うのに、福沢は呆れた顔をした。つい最近まで味がわからないと言っていたのに良く言えたものだった。だけど福沢の言葉を太宰は奪っていく。
「本当ですよ。私だってできれば美味しいものを食べたいと思いますからね」
 口にした太宰を見た。これは本当に太宰だろうかなんて思ってしまうのに、福沢はじぃと太宰を見た。
「何ですか」
 見つめられるのにきまずそうに太宰が笑った。いや、と首を振って福沢は声をだした。
「今度糞不味い店に連れていてやろうか」
「え、そんな店あるんですか」
 きょとんと太宰の目が瞬く。
「あああまり言いたくはないが死ぬかと思うほど不味い店だった」
「へーー」
「行くか」
 興味深そうに太宰は声をあげて福沢を見てくる。だが問いかけには首を振られた。
「興味はありますが、良いです。美味しいところでお願いします」
「ああ」
 太宰に言われるのに福沢は頷いて歩いていく。



「上手いか」
「はい」
「よかった」
 太宰をみて福沢が柔らかく微笑んでいる。もう一口、口のなかに詰め込みながら太宰はそんな福沢に笑っていた。気まずさなどは感じさせない。穏やかな時間。これも上手いぞと福沢が自身の皿の上の料理を太宰の口に放り込む。
 噛み締め、飲み込んで美味しいと太宰が笑った。ありがとうございます。ふわふわとした声が問いかける
 幸せそうな空間。
 にこにこと二人笑う。
 だけどそれはそう長くは続かなかった。
 太宰が動きを止めたのだ。箸を置いて俯く。少し遅れてどうしたと福沢が声をかける。その声は僅かに震えていた。
「なんでも、……なくはないですよね。その、付き合ってと社長言っていましたよね」
「それはこちらが勝手に勘違いしているだけ。あまり気にすることは」
「優しいのは嬉しいのですが、さすがにこれはやり方もあるのでは。あの状況ではそう言って当然でしょう。むしろそう思っていなかった私がおかしいのです」
「……」
 福沢は何かを言おうとして口を閉ざした。そんなことはと言ってやりたかったのだが、正直まさかあれで違うと思われていたとは思っていなくて。
「その……私もそうではないかとは思っていたのですが、付き合うとか良く分からなかったんですよね。付き合ってどうすれば良いのでしょうか。恋人同士ってそれに特別な意味で好きと言うことでしたがそれが本当にそう言うことなのかなんて無意味なことを考えてしまって。
 逃げていただけなんですよね
 付き合い出したとして何がどう変わるんでしょうか。私は何をしたら良いのでしょうか。」
 太宰の瞳が福沢を見上げる。不安げな眼差し。ネェ、と問いかけてくる声。膝の上で太宰の手が握りしめられているのが分かった。ふむと福沢は一つ頷く。考え込んでそれから口を開く
「分からぬ」
「へ?」
 俯いていた太宰から間抜けな声が上がった。大きく見開く褪赭の瞳。その目がじっと福沢をみてくる。小さく開いた口が何度か動いた。
「どうしたら良いのか正直私にも分からない。その、私も恋人などいたこともないからな。なんとなく話は聞いたことはあるが、それが本当のことなのかは知らぬし、そもそもこういうものには正解などと言うものもないのではないだろうか。私達にあう付き合い方をしていけば良いんじゃないか。深く考えることもない。今まで通りで良いだろう」
 その口がなにも言葉を発しないのが分かると福沢は自分のなかで考えて言葉にしていく。太宰が納得できないように首を傾ける。
「そう言うものなんですか」
「さあ? 分からないが、でも恋人同士となったからと言って何か特別なことをする必要はないだろう。これまで通り共にいる。それではダメか」
 問われるのに福沢も同じように首を傾けていた。じぃと太宰を見るのに太宰は困ったように笑う。
「私には分かりません。
 貴方が良いのであれば何でも。何かしたいこととか本当にないのですか」
 首を小さく横に振って再び太宰は問い掛ける。
「したいことか……今は特に思い付かないな。特別なことは何も望んでいない。ではなぜ恋人同士になるのかは私にも良く分からないが、そうだな、強いて言うなら特別な名前が欲しいからかもしれないな。お前にとって私が他の誰とも違う特別だと言う名前。
 特別なことをしたいわけではないが、その特別な関係性は欲しい」
 首を傾けた福沢は考えてそして言葉を紡いだ。太宰が瞬きをする。
「……そう言うものなのですか」
「今のところ私はそうだ」
 太宰の小さな言葉に福沢は頷く。太宰の目が下を見て、それから天井を見上げた。考え込むように固まるのを福沢は見つめる。
 太宰の口が開いた。
「そうですか……。それなら私にも少し分かる気がします」
「そうか」
 太宰の口許がわずかにほころんでいた。その笑みを見て福沢は頷いた。
「太宰」
「はい」
「私と付き合ってくれるか」
 真っ直ぐに福沢の目は太宰を見ている。その目で問う。
 太宰の首は縦に振られた。
「……はい」






「お、お邪魔します」
 玄関を開けて家の中に入ると太宰はそんなことを言った。既に草履を脱いでいた福沢が太宰を見て目を丸くする。えっと口まで開けるのに太宰が福沢を見て困ったように笑った。何処か居心地が悪そうにして舌をだすのにこいつも緊張しているのかと不思議な気持ちに福沢はなって太宰に向けて笑った。口元の端を少し上げるだけの笑み。その笑みに太宰が目を丸くする。
 さらに困ったように目を左右に彷徨わせて玄関の先で立ち尽くす。福沢も同じように固まっていた。二人して動けないでいるのに何処かでにゃあと猫がないた。
 はっと福沢の口が見開き、早く上がれと太宰を促した。ちらつかせた太宰は福沢の家に上がる。居間に向かい、そして部屋で立ち尽くした。
 どうしたら良いのだと二人して固まってお互い見つめあっては目をそらした。
 数秒の間、立ち尽くすのに暫くして太宰が福沢に向けて笑いかける。
「何だかおかしいですね」
「え」
「だってちょっと前まではちゃんと二人で過ごせていたのに恋人になったと思うとどうして良いか分からなくなってこんなになっちゃうんですよ。おかしいたらないです。
 それに私なんだかんだで一杯経験あるのに今回は何かそれをいかせられないといいますか、何をどうしたら良いのか分からないのですよね。こういう時どうしたら良いのかと一通り睨まれているのにそれが全く意味をなさなくておかしいなって。
 ……少し怖いけれど、これはでも嫌ではありません
 ねえ、社長。私はどうしたら良いですか」
 ふふと笑った太宰が上目遣いで聞いてくる。美しく笑うのに福沢は一瞬固まりつくも太宰を見てその眦を緩めていた。上目遣いになりながらその裏で瞳が揺れて口許は変に力がこもっていた。何時もの笑みとも違う笑み。
 どう見たって愛らしいのに福沢はそうだなと口を開いた。その声は少し震えている。
「私はそもそもこういう経験すら殆どなくむしろ私の方が誰かに教えてもらいたいぐらいだ。格好をつけたいが、つけることすらできない。
 ……ひとまずは座ろうか。ずっと座っているのも疲れる」
 福沢の顔は僅かに暗くなっていた。太宰の顔も同じようなものだ。二人して固まった後、そうですねと太宰が笑った。少々ぎこちない動きで机の前に座る。無言になりながらも福沢の手が太宰に伸びて、触れずに止まってしまった。
 困ったように笑い口を開いた。
「何も気張らずいつも通りに過ごせば良いとは分かっているのだがな。中々難しいな。どうも意識してしまう。
 ……夕食を作ってこよう」
「あ、あの私も」
「お前はここにいる」
 福沢が立ち上がろうとするのに太宰も慌てて立ち上がっていた。お手伝いします。と太宰が言う前に福沢は首を振っている。でもと太宰の口が動く。
「その、私も一人で考える時間がほしいのを分かってくれると嬉しい」
「か、……はい」
 そんな太宰に福沢は困ったように目元を歪めて口にしていた。太宰の目が見開いて頷いていく。その頬は両方とも赤みがかっている。
再び座り直す太宰。福沢は厨房に向かっているその背中を見送りながら太宰はベッチョリと机の上にもたれ掛かっていた。
 はぁと口にするため息。
 がしがしと頭をかきながら頭を掻きながら太宰はどうしようと口にしていた。この時間が嫌なのだと福沢の家で一人になった太宰は気まずそうに横を向いて一人ため息をついていた。
 一方厨房に向かって福沢はため息をついていた。なれた手付きで料理をしながら、これからどうするべきかをまた考えている。太宰を好きにはなったものの付き合うなどと言う事とは考えてもいなかった為、どうして良いのかさっぱり分からないのだった。
 太宰に言った通り今まで通りで良いのだろうと思っているが、そもそも今までどんなのだったのかすらも上手く思い出せなくなっていた。太宰の傍で太宰を見ていたのだがそれがどういう感じであっただろうか。考えている間にも料理はできてしまっていた。
 運んで食べる。
 何処か気まずい空気が二人の中には流れている。暫くして福沢が旨いかと聞いた。
 ほっとするように福沢をみた太宰はどうして良いのかと俯く。夕食を食べるとき、あまり二人は話したりしないのだが、それは今余計に気まずかったりした。 ちらりと太宰が福沢をみる。
 福沢も太宰を見てそれから目が合うのに太宰は慌ててそらした。福沢はそれをみてそっと苦笑をしていた。だがまた福沢を見る。
「こんなので」
「ん?」
「……こんなものでよいのでしょうか。何だかこう、前よりずっと遠くなってしまったような……」
 太宰が小さく口を開いて声をだす。何だと首を捻るのに太宰は福沢から目をそらしながら疑問を口にしていた。寂しいと言おうとしたのだったか。あの形で開いた口はでもと閉ざしてしまう。それを見た福沢が少しだけ目を開きながらそうだなと太宰に対して答えようとした。だけどすぐには答えることができなくて、時間がかかる。
 納得できる答えが見つかったのか、少ししてから福沢はその口を開く。
「これは私の考えだからお前を納得させることはできないかもしれないが、私はこれで良いと思っている。気まずく会話がなくなってしまっているのは寂しいが、新しい関係になったからなのだと思うと少し嬉しい。ちゃんと意識してもらえているのだと分かるからな。ずっとこのままだとさすがに困るが、そんなことはないだろう。時間が経ったら今の関係にも慣れるだろう。それまでの楽しみだと私は思っている。
 その……こんなことを言うのもどうかと思うが、どうしたら良いのだろうと私をみてくるお前は普段と全然違っていて可愛らしいなと思っている」
 福沢の話を太宰は俯きながら口を真一文字に引き結んでいた。何処と無く難しそうな顔になっているが、時々その口許が歪んで恥ずかしがっていることを伝えてくる太宰の顔が再び俯いた。
「私も、その……貴方のこと可愛いと思っています」
「そうか」
「はい。……確かにそう考えるとこの時間も良いかもですね。そのどういう風に接したらって考えてしまうんですけど、貴方が言う通り関係が変わったからって貴方もそんなのに考えてくれると思うと嬉しいです」
 そう言う太宰の可愛らしく歪んでいた。そうだろうと福沢は頷いたのにまた無言の時間が続く。食べ終わり手を合わせる二人。何となく動けず固まって動こうとしたのは二人一緒で笑ってしまった。
 私が洗いますよと太宰が皿を手にするのに頼み、福沢は風呂のをしにいき、お湯をため、今に戻ると洗い物を太宰が丁度終えるところだった。先に風呂にはいってこいと告げる。はいと一度答えた後、太宰はその動きを止めた。
 ちらりと福沢を見てへんなりと笑う。
 一緒に入りますか。何てその口が聞いて、福沢の顔が真っ赤になった。
 何でと笑って太宰は風呂場に向かっていく。へなへなと風呂場で腰を抜かすのに福沢は机の上に突っ伏していた。
 太宰が上がり、福沢も風呂に入った後、もう眠るかと言って福沢に手を差し出していた。
 一緒に眠るかと太宰に聞いたのだった。
 太宰の目が丸くなって赤くなっていくのに福沢は少しだけ口許を歪めた。意趣返しができたと少し嬉しくなったのに、だけど次の瞬間には太宰に頷かれ固まっていた。

  ○


「散歩にいかないか」
 にゃーーと猫がないた。
 へ? と猫の鼻先に顔を近づけていた太宰は首だけを傾けて福沢を見上げる。意を決して言った言葉が猫にとられた福沢は僅かに頬を赤く染めてすこし俯いてしまっていた。畳に寝そべり猫と遊んでいた太宰はそんな姿に首を捻る。
 どうかしましたか。と聞く太宰。否、そう呟く音。首を横に振って福沢は再び太宰をみる。
 何でもないといいそれから散歩に行かないかと先ほど問いかけた事と同じことを口にしていた。にゃぁと憎らしいことにまた福沢の声に合わせて猫がなくが、太宰の意識は福沢の方に向いており、今度はちゃんと聞こえていた。太宰の目が二回瞬き、それから笑顔になっていく。行きますと答えた太宰は寝そべっていたのを起き上がり、猫を腕に抱いて庭にだしていた。今日はここまでねと手を振る太宰を福沢は見つめる。前まではそれほど猫と仲良しであった記憶がないが、ここ最近手持ちぶさたに猫と戯れているからか、今はずいぶんと仲良くなっていた。
 情けない話であるが、福沢はそんな姿をみるとまた嫉妬してしまいそうになるのだ。
 どうにか抑えてそれでは行こうかと福沢は太宰に声をかけた。
 二人で玄関に向かう。
 前回とは違い二人で並んで歩いた。会話は変わらず少ないが太宰が気にしている様子はなく大変楽しそうだった。福沢も同じく満たされたような顔で歩いている。
 時折何かを気にするように太宰を見ていた。
「どうかしましたか?」
 太宰が気づいて問いかける。何もと言いながら福沢はすこしだけ困ったように笑った。じぃと太宰の目が見つめてくる。
「ただお前が気に入るか気になってな」
「?」
 福沢の言葉に太宰の首が傾いた。何の事だとますます目を大きくしてみつめてくるのにまだ内緒だと言って歩いていく。太宰は首を傾けたままになりながらもその背を追いかけていく。
 チラチラと見つめてくる瞳。
 暫くして福沢は立ち止まり太宰と呼び掛ける。何ですかと横を向いた太宰。福沢の指が上をさしていた。つられるように上を見上げて太宰の動きが止まる。
 その目が丸く見開いていた。小さく開いた口。褪赭の瞳が福沢が示した場所を見入っている。ほっと安堵した吐息が福沢からでていた。
 ふわりと太宰の傍を淡い色の花びらが横切っていく。
「桜ですか」
 上を見上げたままの太宰が言う。二人の上には桜が咲いていた。
「中々綺麗だろう」
「はい」
 福沢が問いかけるのに国利と太宰は頷いた。桜に見とれている姿を福沢は優しい目で見つめる。
「家にも桜の木はあるのだが、こちらの方がずっと綺麗だからなどうせならと思ったのだ」
家に桜の木なんてありましたか?
「一番小さい木がそうだ。一応だが花もつけるぞ。後さくらんぼも実る」
 福沢を見たまま太宰が問いかけるのに答える。きょとりと太宰の目が瞬きをして福沢を見た。自分で見せて置いて太宰の視線がが自分を見たことが福沢はすこし嬉しくなる。
「さくらぼんですか?」
「ああ、乱歩が食べたいと駄々を捏ねたからな」
「ふーーん。私も食べたいな」
「身が実るのは夏だ。夏になったら食べよう」
 こくりと頷いた太宰はまた福沢を見る。ふっと全体をみれば桜並木が続いていた。
「こんな場所あったんですね。あまり景色は見て歩かないから知りませんでした」
「そうだと思っていた。お前に見せられて良かった」
 太宰が何処か不思議そうに呟くのに、福沢は穏やかに笑う。景色をみる太宰の手を取ってのんびりと歩き始める。まだちょっと寒い季節、繋いだ手は暖かかった。
「秋には銀杏が綺麗な通りがある。そこに行こう。冬にはイルミネーションが綺麗な場所。生憎夏はなにか分からぬが、……祭りか何かか? きっと夏の良い景色がある。二人でみよう」
 少しだけ歩くのが遅くなった。福沢を太宰は斜め後ろからみる。その口許は穏やかな形をしている。でも目に行くのはそこではなくその上の少しだけ色づいた頬だった。
「……デートのお誘いですか」
 歩く福沢に太宰は問いかける。福沢の動きが一歩鈍くなって太宰をみる。そうだとその口が開いた
「お前は人気だからな先約をしておくのだ。春夏秋冬。この一年ともに色んな景色をみよう。そして来年もまたこの景色をみよう」
 福沢が太宰に向けて笑い掛ける。拙い表情筋を動かして微笑むのに太宰ははいと眩しそうに見つめては首を縦に振っていた。









[ 30/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -