狼さんを犯したい

どうしました?
 声をかけるが福沢から反応はなかった。下着だけをはいた姿で何かを無言で見下ろしているのに太宰は首を傾ける。そしてそっと福沢の後ろから彼が見ているものを見た。
 太宰の目が見開き軽く口が開く。ぽっかんと固まってからはっ? と声がでた。何だこれはと傾く首。
 福沢の前にはぐちゃぐちゃに皺のついたバニーガールの服が広げられている。
「……殺す」
 物騒な声が聞こえてくるのに太宰は福沢を見る。鬼のような形相をしている男に落ち着いてくださいと声をかけることすら出来なかった。


「いや、ほんとすみません。申し訳ない。それしか他に用意できるものがありませんでして。ほんとのほんとです。嘘なんてついいませんよ」
 へこへこと頭を下げる依頼主を見下ろしながら太宰はそんな嘘をついてもなぁと思っていた。明らかに期待し鼻の下を伸ばしていたのはしっかり見ているし、太宰が入ってきた瞬間きょとんとした顔をしてから福沢を見てこの世の終わりのような顔をしたところも見ている。まあ、私は別段どうでも言いと言うか、いつものことと言えばいつものことだから……。のんきに思いながら太宰の目はちらりと福沢を見た。
 部屋に入ってからずいぶん時間が立っているのに一言も話していない福沢は、胸の前で腕を組んで依頼人を睨み続けていた。その顔はどんな敵を前にしたときよりも険しく、今にも人一人殺しそうだった。そのうち誰か泣いて逃げ出すかチビるんじゃないかな。思いながら太宰は部屋の中を見る。部屋にいる使用人達は可哀想なこと震え上がりその顔を真っ青にしていた。そして福沢から顔をそらしながらそれでもちらちらと福沢を見てしまっている。
 まあ、恐ろしいけど、やっぱり気になるは気になるよね。
 太宰の目が福沢の全身をじっくりと見ていく。福沢が着ているのは何時もの着物ではない。何時もの着物は今頃洗われ乾かされている所だろう。下心を含んではいたが突然の豪雨によって濡れてしまった福沢達へ依頼主が好意でやってくれている。
 下心もあったが。
 その下心こそが、今福沢が着ているもの。シャワーを浴びさせて貰った後脱衣所で絶句したあの服。バニーガールの服だった。
 黒いレオタードは普段は着物で隠されている福沢の筋肉の線をびっちりと浮き上がらせている。鍛えているだけあってなかなかのものだった。そこから伸びる逞しい腕。組んだ箇所から脇毛が見えているのにちょっといけない気分になりそうだ。黒いあみあみタイツに包まれた足は細いながらも筋肉質でその力強さを伝えてきている。
 全体的に何処か小さくすぐにでも破れてしまいそうだった。これ以外はないと頑固なまでに言われ福沢が着たが、やはり私用だったなと太宰は思う。背は五センチとそれほど差があるわけじゃないが、剣士で日頃から鍛えている福沢と頭脳労働を基本とする太宰では体格が違いすぎた。本来は太宰が着ている着物を福沢が、そしてバニーガールは太宰が着るはずだったのだ。少なくとも依頼主の頭のなかではそうなっていた。
 その多大な下心のため耳までも脱衣所には置かれていたがそれは福沢が壁に投げつけたうえ、踏んづけていたのでたぶん壊れているだろう。申し訳程度のバニー要素として尻尾だけは服の後ろについている。最初に見つけたのは太宰で可愛いと思わずじぃと見てしまった為、気付かれ普段は後ろを歩くのに今日だけ前を歩かされた。取ろうともしていたが服に強固に縫い付けられていたためそれはなされなかった。立ち上がれば尻の形がくっきりと強調されている上に白くふわふわした尻尾がある。
 福沢を見ていた太宰が、ちらりと依頼主を見た。
 驚きはしたが良い仕事をしてくれたなと思う男は今や頭を地面につけそうなほどの勢いで頭を下げている。そろそろ土下座を始めるんじゃないかと思える勢いに福沢を見た。
 無言のままの福沢は依頼人を蔑んだ睨み付けるだけでまだまだ許しそうな雰囲気はない。終わりそうにないなと太宰は上を向いてからまた福沢を横目で見る。思わずため息がでかけた。


 福沢さんをガン見するわけにもいかないだろうし、写真も撮らせてくれないだろうしな。
 はぁ、早く終わらないかな。生殺しだよ。これじゃ




〇●〇


気のせいだと思おうとしたのは一瞬だった。さわりと尻に触れた手が離れることなくもうひとなでしてきた時には福沢はその手を掴んで投げ飛ばしている。袖から覗く筋肉がほどよくついた白い腕には鳥肌がびっしりと立っていて……。
 福沢の銀灰の目が投げ飛ばした男を見下ろす。依頼人であったがそんなことはもはや関係なかった。絶対零度。そんな言葉が似合う、嵐さえ起きかねないほど冷たい眼差しを男に向けた。
「何の真似だ」
 その口からでる言葉は地獄から沸き出たように低く恐ろしかった。ひぃと男が情けない声をあげ失禁した。


 がん! と乱暴に玄関の扉を開けた福沢の機嫌はマリアナ海溝よりもさらに下、福沢がいる場所からブラジルまで突き抜けるのではないかと思うほどに下がっていた。荒んだ目をして家のなかに入り、台所で酒瓶を手にするそのままらっぱ飲みして一瓶を空ければ乱暴に瓶捨てに放り投げた。ガシャンと割れる大きな音が響く。
 セクハラをされた。
 言葉にすればたかが七文字。だがこの七文字が福沢の機嫌を何処までも悪くしていく。尻を触られた時の不快感だとか自分がそう言う目で見られていたのだと言う事に対する気持ち悪さや情けなさがすべて混ざって怒りになる。もう一本のみ干して同じように捨てた福沢ははぁと大きなため息を吐いた。
 殺してやりたかった。思わずそう思ってしまうのに深呼吸をしながらそう言えばと福沢はもうすぐこの家に帰ってくるだろう恋人の事を思い出した。
 福沢の恋人である太宰はとても美しい。贔屓目とか恋は盲目とか一切関係無しに美しく愛らしい。本人も自覚しており老若男女問わず太宰を狙っているものは多い。探偵社を贔屓にしてくれる顧客のなかにもそう言ったものは多く、サービスしておけば良いことありますからねと人から一方的に思われることになれている彼はセクハラも笑って受け入れていた。今日福沢がされた以上の事すら顔色一つ変えずに受け入れている。
 が、やはり辛いだろう。あんな最低なものを受け入れるなど苦痛なはずだ。
 止めさせるべきか。寧ろ太宰にセクハラしている奴ら全員斬りに行くべきか。考えながら福沢は棚からカニ缶を大量に取りだし、そして冷凍庫から冷凍した蟹を取り出していた。襷を巻く姿に待ったをかけるものは今この場にはいなかった。


 どうしたんですか?
 小首を傾けた太宰が福沢に問いかける。その目は福沢ではなく卓の上に置かれた夕食に向けられていた。
 中央に効果音がつきそうなほど大きく置かれた蟹はまるまる一匹ぶんある。その回りに置かれているのは蟹の天ぷらに蟹と小松菜のお浸し。かに玉にかぶと蟹の煮物。蟹の茶碗蒸しに蟹のお味噌汁。そして蟹の炊き込みご飯。
 見事に蟹尽くしであった。
 蟹が好物な太宰にとっては嬉しいメニューだが、手放しで喜ぶには行きすぎている。きらきらと瞳を輝かせながらも恐る恐る福沢をみた。福沢は何時もと変わらぬ顔で太宰をみながら嫌だったかと一言問いかけた。ふるりと振られる首。蓬髪が舞う。ふっと福沢の口角が上がった。
 なら、食べろと蟹の天ぷらを箸で掴んで太宰の前に差し出した。あーんと福沢が言えば開く口。ぱっくりと天ぷらを口に含んだ太宰の瞳は輝く。もぐもぐと噛み締めて美味しいと幸せそうに笑う。福沢さん美味しいですとふわふわとした笑顔で言ってくれるのに福沢の顔も緩んだ。太宰が食べていくのをみながら中央にある蟹の脚を手にし殻を剥いていく。剥いた身は太宰の小皿へとすべていれていた。
 福沢さんもほら。美味しいですよ
 そんな福沢に太宰が自分の箸を差し出す。そのさきにはお浸しがある。口をあけてくださいと言われるのに福沢は口を開けた。
 美味しいでしょ。さすが福沢さんです
 誇らしげに笑う太宰に思わず福沢は手を伸ばした。なでなでとその頭をなで抱き締めるのに太宰の目はきょとんと瞬いた。首を傾けどうしたんですか?とまた問い掛けてくる。それになんでもないと答える福沢。そんなはずはないと思いながらもまあ幸せだから良いかと太宰は考えるのを止めた。横目でみる福沢も幸せそうで特に心配することはなさそうだった。
 お前は可愛いな。そんな声が福沢から聞こえた。



[ 25/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -