完璧でない僕ら

好きですよ
 好きだよ

 ポロリと溢れた言葉に僕は目を丸くした。彼奴も目を丸くし僕を見ていた。信じられないとお互いを見つめ合いそして乾いた笑みを浮かべる。ふふ、ははとどちらからともなくでる笑い声。どうやって口にした言葉を取り消そうかと考えていたけど一度口にした言葉は取り消せなくてだから僕らは笑った。
「ねえ、好きだよ。太宰」
 一度口にしてしまえば閉じ込めていた思いはバカみたいに溢れてきて何度もその言葉を口にする。目の前にいる彼奴はその言葉に嬉しそうに笑みを浮かべながら何処かで泣いていた。
「私も好きですよ。乱歩さん」
 ずっと求めていた言葉を聞きながら僕も泣いていた。
 頬に冷たいものが流れる。みっともないと思うのに止められなかった。破滅はきっとすぐに訪れる。

           ▼△▼▼△▼▲△▼▽▼△▼

「別れようか」
 そう口にされたのは二人が付き合い出してから丁度半年後の事だった。突然告げられたが驚きはしなかった。むしろ案外長く持ったものだとそちらの方を太宰は驚いてしまった。もっと早く二人の関係は終わるものだと思っていたから。
 相手の事が嫌いな訳では勿論ない。寧ろ大好きでこんな己でも人をここまで好きになることが出来るのだと驚愕する程に愛していて、そして向こうも同じぐらいの愛を抱いてくれていることを知っている。頭のいい二人。お互いの目線や仕草からお互いの気持ちなど手に取るように分かった。そして好きだと付き合い出してから別れようと別れた今、どちらの気持ちに変わりがないことを分かっている。
 それでも太宰はここまで持ったことに驚いた。乱歩もまたここまで持ったことは奇跡だと思っている。
「分かりました」
 太宰の口からは淡々とした声がでる。その言葉は言われた言葉を受け入れる。嫌だなどと云おうとは思わなかった。乱歩もそう言われることを知っていた。
 じゃあとどちらともなく言葉が出た。
「今までありがとうございました。好き、でしたよ」
「僕も好き、だったよ」
 今もと言う言葉を二人は飲み込む。飲み込んだところで意味がないとお互い知りながらそれでも。二人は互いに背を向け合った。
 この日が来ることを二人は知っていた。









           ▼△▼▼△▼▲△▼▽▼△▼

 何が駄目だったのか。太宰はぼんやりとする頭で考えるが答えなど分かりきっていた。最初から間違っていてそして太宰が悪かったのだと。
 乱歩を好きになったのはいつからだっただろうか。最初はただ自分よりもきれる彼への尊敬や畏怖の念からだった。ただ凄い。こんな人がいるのだと神様を見つめているような気持ちで太宰は乱歩を見つめていた。それがいつしか恋に代わって。あの人に近付きたい。あの人の熱を知りたい。あの人のすべてが欲しいと思うようになった。
 キラキラとしたものの中に泥々としたものが混じり出す。そんな己を醜悪だとは思ったが乱歩も同じような色をして太宰を見ていたから気にならなかった。乱歩と同じ感情を抱けていることが嬉しかった。でも二人で距離を少しでも縮めようとしているうち、太宰の中に変化が訪れた。
 見つめる視線の中にいる乱歩の姿を見るのが不意に怖くなった。
 徐々に縮めていく距離のなか前より近く乱歩の事が見えるようになると己との違いもよく分かってきて……。己なんかよりずっと真っ直ぐに生きている乱歩が太宰はひどく羨ましくなった。何故自分はあんな風に生きることが出来なかったのかそんなことを一度でも考えてしまえばもう無理だった。
 近しいところにいたはずだ。
 己と乱歩は似た者同士であるはずでだけど全く違う者になってしまったのはどうしてなのか。自分の何が悪かったのか。考えないようにしてもそんなことばかりを考え、過去を呪った。そのうち乱歩のことを見ているのが辛くなってきて……、それでも乱歩が好きで乱歩から目をそらすことも出来なかった。
 彼の些細な言動にまで一々目を引かれ恋をしては、同じぐらいに苦しくなって……。乱歩が己のことを好いていることを知っていて二人声をかけるタイミングを見計らっていたのにそれはいつの間にか消えていた。変わりに二人で溢れそうな思いを口にしないよう押し込めるようになっていた。言ってしまえば終わりだと分かっていたから。
 今の距離でさえ苦しくなるのに、これ以上乱歩に近づき彼のことを知ってしまえば、もっと辛くなり太宰は太宰を呪い壊れてしまう。太宰だけでなく乱歩も分かっていたから付き合うことがないよう口を閉ざしあった。それが無理になってこぼれて……
そして終わった。
 こうなることは必然だった。
 太宰が壊れぬよう乱歩は別れを持ち出すだろう。そして太宰はそれを受け入れる。傍にいるのが苦しかった。
 それでも好きだったから。触れ合い温もりを知ってより好きになってしまったから。別れてしまって今どう生きていけばいいのかが分からない。
 大切なものを失って胸のなかにぽっかりと穴が広がる。悲しくて苦しくて……何故己はあの人の傍にいることが出来なかったのだろうかと己の弱さを嫌いになる。あの人と一緒に帰った部屋に帰るのが嫌で最近は部屋にも帰ってない。
 何もかもが虚しくてもう死んでしまいたかった。
 死ねたらいいとそんなことを望んでいた。
「何をしている」
 掛けられた声に太宰は顔をあげた。腐った胃を刺激し気持ち悪くなるような臭いが鼻につく。感覚が体に戻ってきてえずきそうになる。喉元まで競り上がってくるのに太宰は人に声を掛けられたのだと言う事も忘れて吐き出した。びちゃびちゃと嫌な水音。出てくるのは黄色と赤の混じった液体。そういえば酒と何か分からない薬を大量に飲んで死ねないか試してたのだったかと今までしていたことを思い出す。死ねなかったのかと何もかもどうでもいい気持ちでごろりと横に転がればがさがさと言う音。探偵社近くのごみ捨て場で変死体になどなっていたら明日ごみ捨てに来るだろう国木田君の面白い顔が見られるだろうと飲んだことを思い出す。生ゴミの腐った臭いに吐いた胃液の臭い。鼻が曲がりそうなほどの匂いにまた胃が刺激され吐くものもないのにえずく。先程よりも赤くなった液体が出てくる。
 ごろりとまた横に動く。
 人の姿が見えて首を傾けた。それからああ、声を掛けられたのだったと思い出す。誰だと見ようとする前にその相手の腕が太宰を持ち上げる。近くなる顔に誰かを理解する。
「お召し物が汚れてしまいますよ……」
 思いの外小さな声が出た。かすれていた声を耳で聞きあれ? 言うのはこんな言葉で良かったのだろうかと考える。多分間違えたと思いながらでも正しい言葉が何なのか出てこなかった。目の前の人物の目元が険しくなる。
 何をしていたと低い声が聞こえる。
 頭がふわふわとする。何か答えなければと思うのに言葉が出てこず、ヤバイなとぼんやりと思う。相手から視線をはずしてごみの山の周辺に転がる酒瓶を見る。ほぼほぼ空になっているそれは己の許容量から大きく越えていて……。ああと思うと同時に口のなかに指を突っ込んでいた。
 胃の中のものすべて吐き出そうと思うのにその手を捕まれる。視界の中に銀色が入り込んだ。
 はぁと深いため息が聞こえる。
「聞いても無駄か。家につれていくがいいな」
 家? 寮の事か……、いや、つれていくだから違って……。思考がふわふわとして相手の言葉の意味すら理解できなかった。瞼が落ちそうで危ないな早くと手に力を込めるが掴む力の方が強く動かすことは出来なかった。無理矢理引き離され手を拘束しながら体を荷物のように持ち上げられてしまった。目に捕まえる手とは別の手が当てられて。
 固い感触。酷く熱い手。
「大人しく寝ていろ。眠いのだろう」
 低い声が聞こえる。押し殺した声には怒りのようなものが混じっていて機嫌を取らなければと思うのにそれよりも眠気が勝った。人の傍でなど眠れないと思ったのに飲みすぎた酒が全部の感覚を麻痺させていた。眠りに落ちていく。

 外側からの明かりに照らされ瞼の内側がうっすらと白くなる。朝かと脳が覚醒する。また朝が来てしまったと胸の奥に朝の光とは不釣り合いな暗いものが溢れて。目を開けたくないと思いながらそれでも開けてしまった。
 記憶にない天井が映った。これはなんだと目を見開く。
「起きたか」
 低い声が聞こえて太宰の目は小さく見開きかけた。それを慌てて抑え込みながら声の聞こえてきた方を見る。そこには太宰が勤める探偵社の長、福沢がいて、そういえばと昨日のことを思い出した。昨日酷く気分が沈みこんで自殺しようと探偵社の近くにあるごみ捨て場で山ほど酒を飲んだのだった。そこに福沢がやって来て……
「ぁ〜〜、昨日はその申し訳ありませんでした」
 酷い声がでた。昨日の醜態を思い出して頭を抱えてしまう。まさか自分の限界量を越えてまで飲んでしまうなんて、そこまで追い詰められていたことに今さらながら驚いてしまう。ただ乱歩と別れただけ。それだけのことの筈なのに……。
「お手を煩わせてしまいましたよね。お詫びはまた後日させていただきますので」
「いや、そんなことはどうで良いのだが……、あまり無茶な飲み方はするな。昨日は肝が冷えた」
「はぁ……、すみません。以後気を付けます」
 福沢に言われるのになんともいいがたい声がでた。じいと見つめてくる目が太宰のことを心配そうに見ているだけなのにも何となく居心地の悪さを感じる。呆れて罵ってくれた方がましなのにとここにはいない同僚のことを思った。彼のような態度を取ってくれたらまだなんとでも言いようがあり話題もそらしやすいのに。
「朝食は食べられるか」
 何かそらせることはないだろうかと太宰が考えていたのに福沢の方から別の話題を口にして来てぴっくりと肩が跳ねる。へっと奇妙な声が出てしまった。
「朝食の準備は出来ているがお前は食べられそうか」
「え、いや、そんな昨日迷惑かけているのに朝御飯までいただいていくわけには」
「もう作っているのだ。食べられなかった方が始末が面倒になるのだが」
「え、えっと……」
 太宰の眉が下による。どうしようと困った顔をしてへにゃりと笑う。こうすれば上手く行く時があるのだが、でも福沢相手にはあまり意味ないだろう。分かりながらもしてしまった。
「食べられぬか。一応お粥も用意してあるのだが」
「あんまり食欲がなくて……」
「食は生活の基本だ。疎かにするのはよくない」
 へにゃへにゃと笑う。昨日も食べていないことがばれているなと思いながらどうしていいか分からずにいた。何とか無難にこの場を離れたいのにその為の思考が回っていない。昨夜の酒が朝になっても少し残っているのだ。こんな失態初めてで自身のことをおぞましいと思う。はぁとため息が出るのを福沢が見ていた。
「……何かあったのか」
「え、」
 見つめる銀の目が少しだけ迷うように下をさ迷った。
「最近、様子がおかしい。何かあったのではないか」
「……」
 褪赭の目はただ下を見る。へらりと浮かべようとした笑みが途中で詰まってそれで笑うことを諦めた。なにもと口にした。別に何もないですよと。ん、と福沢が喉に何かを詰まらせた。どうしていいのかと目を小さくさ迷わせこれ以上はと会話を切ろうと一度はしながらもやはりできずに口を開く。
「乱歩か」
「っ!」
 見開いた目。息が軽く乱れた。やはりかと心のうちで思う。二人の間に何かあったのはずっと前から気付いていた。
「あれと何かあったのではないのか」
「何故」
「あれの様子も最近おかしいからな」
 むしろそれがあったから太宰のことにも気付けたのだった。様子の可笑しい乱歩に太宰と何かがあったのだろうかと、太宰の様子を伺いそれで太宰も可笑しいことに気付いた。それも乱歩よりもずっと重症で。そしてどうするべきかと悩んでいたときに酔っ払い前後不覚にまで陥りかけている太宰に遭遇したのだ。
 二人の問題。あまり干渉するべきではないのではと思う。でもこのままでは……。
「付き合っていたのだろう。あれが何かしたか」
 自分にできることがあるなら少しはやってやるべきだろう。乱歩の一応は保護者なのだ。責任はある。そう考え福沢は口を開いた。太宰の目がさらに見開き恐れるように福沢を見ていた。
「何でそれを」
 二人が付き合っていることは一応隠していることだった。ほとんど隠せていないが……。さすがと言うか当然と言うか太宰はおくびにもだしていないが、付き合っている相手の乱歩はそうはいかない。福沢のみならず他にも何人か気づいている者はいた。
「あれは隠し事には向いてないからな」
「乱歩さんですから」
 瞬きをした太宰はああと息を吐き出す。福沢の言葉にどうしてか分かったのだろう。口元に少し笑みが浮かんだ。乱歩の事を思い出したのか柔らかな幸せそうな笑みだった。うふふと笑みが落ちるのに福沢は少し安心した。ずっと凍り付いたような顔をしていたからまだちゃんと笑うこともできるのだと。
「あれが何かしたか」
 暫くその笑みを見てから問い掛けた。突端に笑みは消えてまた凍り付いた何もない顔になる。俯いた拍子に前髪で目元が見えなくなった。
「乱歩さんはなにも……」
 多分太宰ならこう言うだろうと思ってた言葉が予想通りに溢れる。何もない筈はないだろうに。さて、何が原因だろうかと考える。乱歩の我が儘はよく知っている。乱歩が人と付き合いだしたと知って驚いたのと同時に長く続くのだろうかと不安になったものだ。我が儘が酷すぎて喧嘩になったか……、それとも……。ここ暫くずっと考えていた内容。一番考えられるのは……。
「最近は二人であってないだろう。あれは自分勝手で気まぐれだからな。恋人とぐらい会う時間を作るよう言おうか」
会う時間が少なすぎてと言うことだった。謎を何より好む彼はいつも謎を求め出張に行くことも多い。可笑しくなってからはやけくそのように入れていてここ一週間帰ってきていなかった。
 だからそれを言ってみた。太宰の肩が震える。
「……もう別れてます」
 細い声。ぎょっと目が見開く。まさかと思ったものの太宰の様子は嘘をついているように見えず本当なのかと息をつく。様子が可笑しいとは思っていたがそんなことになっていたとは。恋だと言うものは人のことを福沢も言えないが乱歩には似合わない。それでも付き合ってる乱歩は幸せそうで本当に太宰が好きなのだなと見ていて思ったのだが。太宰だって……。
「……それは、すまぬことを言った。悪かった。
 …………だが何故か聞いても良いか? あれのせいか」
 聞いて良いのか。悩んでしまいながらも福沢は問い掛けた。乱歩は人間関係が上手い方ではない。寧ろど下手だ。探偵社の者達とうまく行っているのは彼らが乱歩の能力を尊敬してくれているからと、変に色のついた眼鏡で見ず真っ直ぐに彼と向き合ってくれたおかげだ。そのおかげで乱歩も昔よりは多少は人間関係を築いていくのがうまくなったが、恋愛となるとまた今まで築いてきたものとはまた別だろう。右も左も分からないなか何かやらかしてしまって別れることになったのではないだろうかと福沢は心配していた。
 そうであるなら一肌ぐらい脱ぐべきではないか。福沢も残念なことに恋愛初心者ではあるが周りの者が付き合い結婚していくまでの過程を何度も見ている。口が固いこともあり相談や愚痴をされることもよくあった。自身の直接の経験こそなくとも培ってきた年の功はある。何か乱歩の手助けが出来るのではないかと思っていた。
 だが、俯いた太宰は弛く首を振った。
「乱歩さんはなにも悪くないですよ。悪いのは私の方で……」
 転がり落ちてくる小さな声。口にする太宰は酷く悲しそうに顔を歪めていた。
「そうか……」
 どうにか慰めてやりたいと思いながらこんな時どうしてやれば良いのか福沢には分からなかった。色々考えるのに落ち込む乱歩や与謝野の姿をを思い出す。彼らの時とは問題の次元が違いすぎるし、福沢との関係性も違うがそれでも自分に出来るのはこれしかないかと太宰の頭に福沢は手を置いた。ゆっくりとその頭を撫でていく。苦しんでいる太宰に福沢の温もりが少しでも伝わるように。傍に誰かがいるのだとわかってもらえるように。
 俯いていた太宰の頭が僅かに上を向いた。悲しげな顔に少しだけ戸惑いが混じる
「何ですか」
「いや……、やはり朝食は食べて行け」
 問い掛けられるのに答えに迷ってから告げた。言葉で言ってもきっと分からないだろうことは今まで社での様子を見てきたなかで分かっている。だから今は言葉にはしなかった。
「お腹すいて」
「時間がたったらすくだろう。それまでゆっくりしていけ」
 否定の言葉を紡ごうとする太宰に最後まで言わせずに押し付ける。俯いた太宰がそんなに迷惑はかけられませんよと細い声で言ってくるのに迷惑ではないと福沢は答えていた。太宰の頭を撫でる手に力を込めながら福沢はもう一つの提案を口にする。
「太宰。お前がよければだが暫く私の家で暮らしては見ないか」
 太宰の褪赭の瞳が大きく見開かれ、丸くなった。思いもしなかった言葉に彼のなかで僅かな間だが乱歩の姿が消える。
「何故、ですか」
 ぽかりと開かれた口が言葉を出した後も閉じられることなく開かれたままだった。見上げてくる目に福沢は静かに己と太宰の距離を近くした。手が触れ頭を撫でられる距離を抱き締めることのできる距離まで縮める。
「お前は暫く誰かの側にいた方がいい」
「どうして……」
 太宰の目を真っ直ぐに銀灰の目が見つめながら言う。頭を撫でる手がゆっくりと太宰を引き寄せた。後わずかな距離。人の気配が近い。
「一人では抱えきれぬ痛みと言うものが誰にでもあるものだ」
 低い声がささやくのに太宰の目が一度見開いてから細められた。口許が歪んで己を嘲るように笑った。
「ただの失恋ですよ……。痛みもなにも……」
 ありませんよ。こんなことで。か細い声が聞こえてくるのに福沢は最後の距離を詰めた。ことんと太宰の頭が福沢の肩に乗る。ごわごわとした感触の頭を福沢の手が撫でて行く。
「お前はきっと今まで誰にも自分の痛みなど話したことがないだろう。そうやって一人で抱えてきたものがここにきて全部溢れたのだ。
 ここらで一度誰かを頼ってみるといい」
 ぽんぽんとぐずる子供を泣き止ませようとするかのように手が撫でる。低く囁かれた言葉に太宰の肩が震えた。
「そんなの……」
 ただの甘えだと吐き捨てようとした言葉が喉の奥で詰まりでていかなかった。うめきのような奇妙な声が太宰の口からでていく。福沢の手の力が増した。より深く抱き寄せる。柔らかな声が福沢の口からでていく。
「少しずつで良い。まずは誰かが傍にいることになれろ。人の温もりはお前が思っているより落ち着くものなのだ」
 強張っている太宰の体。いつでも腕のなかから逃げ出せるように呼吸を整えているのにそんな必要はないのだと、時には頼って良い温もりもあるのだと教えるように言葉を囁いていく。だけど太宰の体から力が抜けることはない。
「私の家に泊まってはくれないか」
「迷惑でしょ」
 福沢の提案に太宰は笑みを張り付ける。汚くなりながらも張り付けて逃げの言葉を口にする。そんなことはないと福沢は答えた。私が自分から提案しているのだ。迷惑など思うわけがないだろう。でていた言葉に太宰が口を閉ざす。
 規則正しくて逆に気味の悪い呼吸の音が太宰から聞こえてくる。俯いている頭。そこから覗く目はこの場を逃げ出すための言葉を探している。福沢も探してみた。幾らでも見つかった。
 だから後一押しと太宰を見る。
「最近は乱歩も与謝野もあまり家に寄ってくれなくなってな」
 言葉を探す太宰の目が福沢を見上げた。太宰には話が唐突に切り替わったように思えただろう。何の話だと僅かに眉がよっていた。抱き寄せた頭を撫でながら福沢はお願いを口にした。
「私も人の温もりが恋しいのだ。私のためにも側にいてくれないか」
 褪赭のめが大きくなった。
 ぽかんと開いた口。福沢は目尻を下に下げようとしていた。顔の筋肉の変な所に力が入る。困っているのだと、そんな顔を浮かべたいのにうまくはいかなかった。太宰の目がそんな福沢をじっと見ている。
 これでは駄目かと思ったが、太宰はなにも言わずに福沢から目線をそらした。俯いていく様子はまるで頷いているようでもあった。
 良いと言うことで良いのだろう。
 福沢はそう思うことにした。


  中略


ノックもなくガチャリと開いたドア。書類に目を通していた福沢は入ってきた相手を見てああと頷いていた。急だったが驚くことはなくやっと来たかという思いだった。いつか乱歩がここに来ることは分かっていた。
「どうした」
 声をかけるのに乱歩が動きを止めた。ドアを閉めたところから動かず福沢を睨みつけてくる。不機嫌そうに口を尖らせていた。
「ねえ、福沢さん。今太宰と暮らしてるでしょ」
「ああ」
 聞かれたのは福沢の予想通りの言葉だった。福沢が頷けば聞いた乱歩は口を閉ざす。福沢の姿をじっと見て暫くしてほうとため息をついた。
「彼奴の様子どう。死んでない?」
 問う乱歩の声は弱弱しかった。はぁと福沢からも小さなため息が落ちた。あんな状況で放置をしていたのを見て、何を聞いているのだと内心苛立っていたが、、乱歩の様子を見るとそれを伝えることはできなかった。乱歩も乱歩で落ち込んでいるようで、二人の間のことなど何も知らない福沢が言えることなどなかった。 
「姿は見てるだろ」
「見てるけど……」
「最近は少し元気が出てきている。最初のころよりもずっと食べるようにもなってきているし、少しではあるものの眠れるようにもなった」
「……そうよかった。」
 福沢の口から太宰の近況が語られる。それに小さく答えた乱歩は、ほっとしたような悲しんでいるような、そんな顔をしていた。まだ口は不機嫌そうにとがっている。
「何故あれと別れたんだ」
 乱歩の姿に福沢は自然と聞いていた。乱歩の目が見開きさっと顔が横を向く。そんな乱歩に福沢は問いを重ねた。
「まだ好きなんだろ」
「それ普通聞く。繊細な話なんだよ」
 乱歩がちらりと福沢を見た。顔を背けなおしながらそれでも時折福沢輪睨みつけるのに、福沢は鋭い目で乱歩を睨み続けていた。乱歩の目が弱弱しいものになっていく。
「そもそも付き合ったことが間違いなんだよ」
「何を」
 好きと口を尖らせたままつぶやく乱歩。その言葉にはため息も混ざっていた。言ってしまい忌々しそうに目元にしわが寄り唇をかむ。
 言葉が理解できなかった福沢は首をかしげた。
「彼奴は僕の傍にいたら傷付くんだもん」
 乱歩から出ていく言葉。どういう意味なんだと福沢はますます分からなくなった。乱歩が福沢を見る。
「それでも僕は彼奴のこと好きでさ……。一目惚れだったんだよ。彼奴が欲しいってそう思って……最初はさ、傷付いてもいいかなって思ってたんだ。傷付いて最後には壊れてそんできっと無理心中でも起こされるんだろうけどそれでもいいかなって思ってたの。
 もう自分の手じゃ人は殺さないと決めた彼奴がさ、最後に僕を殺して、そんで僕の死体かかえて死ぬんだよ。それはそれで最高じゃない?」
 乱歩の言葉に見開いていく福沢の目。理解できないことを言われるのに開いていく口。長くはないかもしれないがそれなりの間一緒に暮らし、子供のようにも思っていた存在が遠くに行ってしまったような、否、それよりは言うtの間にか見知らぬ人となり替わっていたような感覚を福沢は覚えていた。
 何を言っているのだと乱歩をガン見するのに乱歩は顔を背けながら福沢を見た。
 分からないと聞かれるのに福沢は首を縦に振っていた。何だっていうのだ。声で口にしてしまうのに乱歩は困ったように笑った。
「まあ、分からないよね。福沢さんには僕にはよく見えたんだよ」
 宝なくいった乱歩が遠い目をして口を開く。
「だからさ、彼奴が僕を好きになるよう僕頑張ったんだよ。誰にも彼奴にも気付かれないよう彼奴との距離をつめて、彼奴が僕を頼ってくれるよう、僕を好きになってくれるようさ」
「そうしてたらさ、嫌になっちゃったんだよね。彼奴の悲しむ顔を見るのが。彼奴に苦しい思いさせるの。でもさ、僕がいたら彼奴悲しむんだよ。ずっとさ付き合わないようしてたんだ。自分の気持ち言わないようにして、彼奴もさおんなじだった。傷付くことが分かってたからお互いなにも言わないようにしてたんだ。でも結局言っちゃって、終わっちゃった。彼奴が壊れるまで言ってもいいかなって思ったりしたけどやっぱり傷付いてる姿を見続けるのは嫌だったんだ」
 話しながら乱歩じゃ何度か鼻をすする。まだ涙は出ていないが今にも一筋の線をほほに走らせそうなそんな感じだった。乱歩から出てくるのはとても小さな声だ。
 なんでそんな気持ちになっちゃったんだろう。ならなければ何にも気にしなくて済んだのに。乱歩が独り言を口にしていく。その目にはもう福沢は見えていなかった。乱歩をじっと見ながらも福沢が言えるようなこともなく暫く社長室には乱歩の声だけが聞こえていた。
 独り言をやめた乱歩は暗い目をして笑った。もう少しここにいていいかと聞かれるのに福沢の答えは決まっていて、部屋の中にとどまる乱歩がもう一度だけ口を開いた。
「彼奴のこと頼むよ。福沢さん」
 別れたけどあいつのこと大切だから死なないように見ていてあげて。乱歩が言うのにまた福沢は首を縦に振っていた。



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