わんわんにゃんにゃんパラダイス

にゃんにゃんわんわんパラダイス
A6/わんにゃんわp/600

太宰さんが猫の話


「なんの真似ですか森医師?」
「さあ、なんだろうね。なんてね。何でもないよ。安心したまえ、太宰君」
 森を見つめる瞳の前に金色のコインが揺れていた。不快げに寄せられる眉。ニヤリと森が笑みを浮かべる。太宰さんと己を呼ぶ声に険しく細められていた目が別のところを向く。なんだいと一瞬で声が柔らかなものに変わって。
 森のそばを通りすぎて細身の体が彼を呼ぶ仲間のところに向かう。
 太宰君。
 その背に森が声をかけた。
 お疲れ様。これで君の願いは叶っただろう。だとしたら今度はもうひとつの望みを叶えないとね
 小さな声が太宰に届き、前に進もうとしていた太宰の足が止まった。何を。考え込むのに太宰を呼ぶ声が聞こえてくる。太宰の足は進んだ。



 太宰の目が川の流れを見つめる。緩やかな流れ。飛び込んで流されても死ぬことはないだろう。分かっているのに太宰の足は進む。いつものことである。いつものことであるのに己が繰り返す行為に太宰は疑問を抱く。
 こんなことをしてどうなるのだろう。
 どうせ死ねないのに。
 こんなことをするぐらいならもっと別の……。
 考えながらも足は川の中に向かう。冷たい感触が足に伝わりそして体全体が冷たさに包まれる。下に沈んでいく感覚。息はできない。服が肌にまとわりついて動きを制御する。口から溢れ上がっていく空気の塊。ゆらゆらと揺れる水面の光。
 このまま流れて消えてしまえれば……。もう何も考えなくて良くなるのに。

 そんなことを思いながら沈む太宰はその途中、銀色の幻をみた。



『大丈夫か』
 ケホッケホッ。小さな息が唇からでていくにゃっと響いた音。ぽたぽたと落ちる水滴。良かったと聞こえた声。
『野良猫、いや、首輪をつけているから飼い猫か? にしては随分痩せ細ってるが……。
 こんな大雨の日は川辺には行かない方がいい。俺が気付かなければ今頃死んでいたぞ』
にゃー
『……お前、飼い主はどうした。分からないのか? なら、俺のところに来るか』
 見上げた視界に映るのは夜の月のように綺麗な銀色の髪にその銀に翠が混ざったような不思議な色をした瞳だ。
 にゃ。小さな腕が伸びた。


『おさむ』
 にゃ。名前を呼ばれるのに声の主のもとに急いだ。その人の足元でごろごろと喉を鳴らせば抱き上げられ、頭を撫でられる。ただいまと聞こえてくる声ににゃあと機嫌良く声をあげた。
『いいこにしていたか。母様は怒らせるなよ。あの人が怒ると鬼のように怖いからな。俺でも庇えない』
『誰が鬼のように怖いのですか。諭吉』
『げ、母様!』
『またそのような姿で帰ってきて、貴方は何をしているのか。さっさと風呂に入ってその泥洗い流してください。
 おさむもですよ。そんな泥だらけの人間に抱き着いたら駄目ではないですか』
 にゃぁ。
 しょぼんと下に落ちる垂れる尻尾。ゆらゆら揺れるのに仕方ないですねと声が言った。よしと嬉しげな声が小さく聞こえる。
『諭吉』
『はい。お風呂入ってきますから!』
『全く。お前は誰ににたんだか』


 すりりと足下にすり寄っても何の反応も返ってこなかった。にゃーと声をあげても銀灰の目が向くことはない。まっすぐにその瞳が見つめるものをみる。そこにあるのは四角く削り取られた石で真ん中に名前を掘ってある。
 にゃにゃとその石に手を伸ばした。
 そうしたらみてもらえると思って。予想通り大好きな目が己を向く。喜ぶことが出来たのは一瞬だけだった。その目はとても悲しい色をしていて。
『そうか。お前にはまだ言っていなかったな。ずっと預けたままだったから挨拶もしてないんだよな。……父様と母様は死んでしまったんだ。これは二人のお墓だ。お前も別れの挨拶をしてやってくれるか』
 にゃ。
 抱き上げる手はいつもの手なのに何故か少し冷たい気がした。悲しげな瞳が見つめるのに墓と言われた石を見つめた。そうか。死んでしまったのかと思った。
 なら、かれは一人になってしまったのだろうか。
 最後の挨拶をしながらちらりと見上げた彼はやはり悲しい顔を、悲しくて寂しいと言う顔をしていた。にゃぁと声をあげる。亡くしたものを見つめようとする瞳が向くのに冷たい頬を舐める。
 少し見開いた目。
 そばにいてくれるか。
 聞こえてくる声に間髪いれずに答えた。ずっと傍にいると。



 『ごめんな』
にゃにゃ。
 何度も手をのはすのに爪の先すらも掠れることがなかった。にゃあにゃあ。どんなに泣いても悲しげに顔を曇らせるだけで願いを叶えてはくれない。
『ごめんな。お前をつれていくことは出来ないんだ。
 ……そいつのことよろしく頼みます』
『ああ』
 にゃあ!
 抑える腕から何とか抜け出そうとするのに腕の力は弱くなることはなく目の前からずっと見続けた背が消えていく。声をあげても振り返ることはなかった。


『……げろ!』
 聞こえてくる声。でもそれはもう手遅れで。
 体全体が焼けるように痛んだ。指一本さえ動かせず地面に崩れ落ちていく。意識を失う寸前、銀灰の幻をみた。

 もう一度会いたいとそう願う。
 もう一度……あの暖かい腕に抱き締められ撫でてほしかった。


 目覚めたときそこにはぼろぼろの白衣を着た男がいた。
『いやーー、面白いものをみたよ』
 目を爛々と輝かせる男はじろじろとみてきて。
『妖怪やら幽霊やらと言うものは所詮空想の産物でしかないと思っていたけど、まさか本当にいたとはね。それも死んだ猫が化け猫になって甦る所をこうして観察することが出来るとは。こんな体験は滅多に出来ることではないよ。私は運が良い。
 君名前は』
 何事かを語った男が問いかけてくる。名前はとまるで答えが返ってくると思っているように聞く男を変なやつと思いながら口を開く。
『おさむ』
 にゃと猫の鳴き声がでていくはずの口から人の言葉がでていた。目を見開くのに目の前の男が相貌を崩す。
『おさむ君か。化け猫と言うだけで興味深いのに君は結構な器量さんだ。唯一の欠点は少女でないことだが、それにしても可愛らしい。そうだ。どうせ行く所などないだろう。私が君の保護者になってあげよう。
 ほら』
 現状の理解が追い付かず思わず差し出された手をとった。男が笑う。
『さあ、行こう。
 ああ、でもそうだ。行く前に一つ聞いておかなければね。猫が化けるのは誰か会いたい人のためと言うが君には化けてまで会いたい人がいたのかい?』
 それは誰だい。
 背筋がぞわりとした。何かヤバイと思いながら脳裏には一人の人の姿が浮かぶ。
 おさむ。
 思い出す優しい声に会いたいと思った。



 ばっと目を開けると広がるのは青空。
 またかと思う暇もなく起き上がった太宰は己の頭に手をおいた。そこに感じるのはいままでなかった感触。柔らかなものが指に触れる。それは髪ではなくて……。左右それぞれついたものの形を確かめていく。緩い曲線を描く三角。ふにふにと触れているだけで怖気たつような奇妙な感覚が背筋を振るわせる。神経が通っているのだろう。
 目の前で茶色の何かが揺れていた。揺れるそれを目でたどればお尻の当たりにたどり着く。頭から手を離してその何かに触れる。背筋に走るおぞけ。最後までたどればお尻の少し上から生えているのが分かってしまって。
 はぁと太宰からため息が落ちた。
 手が頭に向かう。今度は確かめるためではなかった。
 頭を抱えた太宰が思い出すのは決戦の終わりの日、森が見せた奇妙な行為。これをみてくれ。そう言って見せられたのは糸に吊るされたコイン。頭がイカれたかと思った行為の理由が今さらながらに分かる。あれは洗脳を解く為だったのだ。
 化け猫であることを忘れさせた洗脳を解く為の……。
 何で今さら。こんな事実知りたくなかった。
 そう思う太宰だが、ふっと入水の途中夢見た記憶を思い出す。化け猫になる前、猫だった太宰の傍にずっといた一人の人の姿。子供だった彼が大人になり家をでていくまでずっとみていた。大好きだった飼い主の……
「社長じゃん」
 思わず声がこぼれ落ちた。
「よりにもよって私、そうだ。社長に飼われていたんじゃないか。そんな……。これからどうしろって言うのさ」
 項垂れる太宰の脳裏には飼われていた頃の思い出が再生される。化け猫になってからの人生を会わせても一番幸せだった頃の記憶。いつも撫でてくれた手の温もりを思い出し、そのまた小さかった手の姿に今の社長、福沢の手に重ね合わせてしまう。
 あの頃より大きくなった手で撫でられるのはどんな心地になるのだろうか。考えて太宰は大きなため息をついた



犬を拾う太宰さんの話

 何をしているのだろうか。とは本当に思うのだけど太宰は昨夜犬を拾った。
 とち狂っているとは思う。
 けれど犬を拾ってしまった。
 酔いつぶれゴミ捨て場で寝ていたところにやってきた大型犬を家まで連れてきてしまい、そして、その犬はまだ私の目の前にる。
 わんと犬が一つ鳴くのに飛び跳ねてしまいながら、頭を押さえた。もうどうにでもなれなんて気持ちで与謝野と一緒に酒を飲んだもののそこまで酷い酔いではなく、朝になったら完全に酔いはさめてしまっている。もっと目覚めないほどに飲んでおけばよかった。
 そう思ってしまいながら犬を見る。
 ちらりと犬を横目でみた太宰は大きく白い。
 捨てに行こうか。
 そう思った。
 だが、犬の目が太宰を見つめてくる。
 その目は深く輝く銀灰の色。
 きらきらと見てくるのにうっと太宰は喉で唾を詰まらせた。じぃと犬の目を見る。怖いと思いながらもその目を魅入ってしまっていた。
 その色とよく似た色を思い出してしまっては捨てたくなくなるのに私はあーーもうと天井を仰いだ。
 何をしているのだ。馬鹿だとは思う。思うのだけど大嫌いな犬を捨てたくはない。
 だって似ていると思ってしまったのだ。
 太宰が今、帰りを待っている恋人、福沢に似ていると……。


 あああと太宰から声が聞こえた。
 
 


 犬社長に猫太宰さんの話


ある山の中に犬の家族がいた。三匹の子犬に一匹の親犬の家族。
 親犬の名前は福沢といい、銀色の珍しい毛並みを持つ大型犬だった。もとは一匹で暮らしていたのに気づけば三匹も子供が増えていた福沢は、今日また一匹の小さきものを見つけるのだった。


 出会いは福沢が縄張りとする山の中。子供たちの食事のため狩りをしていた処で見つけた小さな塊。
 それは猫であった。
 怪我をしているのか木と木の間に隠れるように潜んでいる。猫は福沢に気づくとふしゃぁと鳴く。警戒心を顕わに毛を逆立てている。その小さな体は震えていて。
「怪我をしていたのか」
 福沢は少し考えながらその子猫に問う。子猫が福沢を見てなーと鳴く。じっと見てから一歩進んだ。にゃあーー! 猫が大きな声を上げた。傷ついた体が起き上がり倒れていく。にゃっと猫は丸くなってそれを見た福沢は足を止めていた。
 子猫を見る。
 血で濡れた毛。怪我の状態は見えないが足は折れているだろう。尻尾の方も変な形になっている。スンと福沢は匂いを嗅ぐ。
 獣の匂いがした。
 猫の匂いとは違う。おそらく犬のものだろう。
さてと福沢は息をつく。 
 どうしたものかと福沢は子猫を見ているのに、仔猫は威嚇をしてくる様子もなく、ぐったりとし始めていた。
 そんな状態でも福沢近付こうとすれば、震えて……。
「犬に襲われたのか」
 立ち止まった福沢は仔猫に聞いた。身を丸くする仔猫は答えないが、ぴくぴくとその体を震わせていた。それで十分だった。
「そうか。犬が怖いか」
 にゃにゃ。ふるふると力ない仕草で猫が首を振る。明らかに嘘なのにその目は福沢を睨んできて、離れてしまった。隠れるように小さく丸まる。
 そのまま見捨てるわけにもいかないと福沢はどうしたら仔猫に近づけるか考えた。手当をしてやりたいがこのままではそれもままならない。じぃと子猫を見てそういえばと福沢は前にどこかで聞いた話を思い出していた。
 そして口を開く。
「大丈夫だ。私は犬ではない」
 みゃ? と子猫が福沢を見た。何を言ってるのだと大きな目が見開き、瞬きをする。
「私は犬ではなく狼だ」
「……狼?」
 子猫が始めて福沢に向けて話す。
 威嚇の声を放っている時から分かっていたが、仔猫は喉も傷ついているのだろう。掠れたがらがらな声で、無理にしゃべるなと福沢は声をかけた。
 それからそうだと頷く。
「俺は犬ではなく狼だ。奴らとは全く違う。だから安心してくれないだろうか。お前の手当てをしてやりたい」
  じぃと子猫が福沢を見つめてくる。小栗と福沢の喉が鳴る。気づけば福沢は前かがみになっており、そのしっぽが後ろ脚にふさふさと触れていた。さすがにこんな嘘は通用しないだろうか。
 思いながら仔猫はじっと見るのに子猫は不安そうな顔で福沢を見ていた。
 怯えはなくなっている。手当。掠れた声が聞いてくる。
 子猫と福沢の目が長い事重なる。


 こくりと子猫が頷いていく


[ 23/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -