サキュバスちゃんの夢の上


「初めましてって言うのも変な話なんだけど、取り合えず初めまして。
 私は淫魔です」
 はぁ? 福沢から呆けた声がでた。ぽかんとあいた口。何だと見つめてしまうのに淫魔ですと目の前にいる太宰が言った。何もない白い空間。何故か布団だけがある世界でニッコリと太宰が笑っている。
「貴方の悪夢の原因です」
 太宰の言葉が理解できずに福沢は天を見上げて固まった。見上げる天もまた真っ白だった。





 その地獄は五日程から始まった。
 五日前の夜、福沢はある夢を見た。太宰が福沢の腹の上に乗り、自ら腰をふるそんな夢を。
 目覚めは最悪だった。
 なんであんな夢を見てしまったのか。隣で安らかに眠る太宰を見下ろしながら福沢は深いため息を何度もつき頭をかきむしった。そんな福沢の横、んと太宰が寝返りを打つ。太宰の目が薄く見開いて福沢を見て、
「どうしました?」
 寝起き特有の掠れた声で聞いてきた。太宰のこんな声を聞けるのは自分だけだと普段ならば嬉しくなるところだが、その日ばかりはそうもいかなかった。掠れた声は色っぽくってつい先ほどまで見ていた夢を思い出させる。あらぬところが反応しそうになるのを太宰に気付かれないよう福沢は握り潰した。猛烈な痛みに脂汗がでていく。綺麗な手で太宰の頭を福沢は撫でる。
「何でもない。それよりもまだ早い。もう少し眠っているといい」
 ぽんぽんと頭を撫でていくのに太宰がゆっくりと頷いていく。眠ってくれたのを確かめてから福沢は起き上がった。汚れた手を見下ろす。起きた時から知ってはいたが、触ったときそれが濡れているのをはっきりと認識してしまった。
 福沢は夢精してしまっていたのだ。
 真っ先に風呂場に向かい汚れたものを全て洗い流す。寝巻きを水洗いし洗濯機に放り込み回そうとして、それでは何かあったとばれるかと衝動を止めた。急いで台所に向かった。二人分の朝食を作りながら福沢は深いため息を幾度もついていた。


 その日の夜、太宰と共に寝た福沢はまた夢を見た。夢だと分かったのはまた裸の太宰が福沢の腹の上に乗っていたからだ。太宰が諭吉さんと福沢が呼ばれたことのない下の名前を呼んで腰を揺らめかせる。ちゅっと触れる唇。好きと聞こえてくる声。小さく尖った粒が目にはいる。太宰の美しい顔が妖艶に微笑んでいて……。
 太宰と己の位置を反転させる。くみしいた太宰が甘い声をあげ、のけぞる細い体。首筋に噛みつこうとして福沢は目覚めた。

 跳ね起き、下を見下ろす。立ち上がった己のものが見える。そこは薄らと濡れていて、また夢精してしまったことを悟った。
 目線を変え見下ろす太宰。安らかに眠っているのに福沢はまた髪をかきむしる。二日連続でこんな夢を見てしまうなど最低だ。己に太宰の隣にいる資格はないと思ってしまいながら、それでも俺は太宰の隣にいるのだと眠る太宰を見る。
 安らかな寝息を立てている太宰に夢の中の光景が思い出してしまいそうで慌てて首を振った。勢い良く立ち上がり煩悩を払う。
 また風呂場に向かった。

 

「社長どうしたんですか」
 太宰が聞いてきたのはその翌日だった。
 三日連続、淫夢をみてどん底まで落ち込んでいた福沢に声をかけてきた太宰は何かを恐れるように慎重だった。
「何かあったのなら言ってくださいね。何でも言ってくれて大丈夫なので」
 じっと福沢を見上げながら告げられる言葉。時折目が外れそうになりながら、噛み締められる唇。
「相談だっていつでも乗ります。それに……」
 別れ話だっていつでもして貰って大丈夫ですから。ニッコリと笑った太宰からそんな声が聞こえたような気がして、福沢は静かに固まった。自分のこの三日間の言動が太宰に大きな不安を与えてしまったことに気付き、殺意すらわいた。のに太宰の不安をどうやって取り除けば良いのかすら分からないのだ。
 ここ数日と言うものの福沢は太宰を避けてしまっていた。少し話しているだけでも夢の内容を思い出してしまいそうでまともに話せないのだ。そのせいで福沢が自分を嫌いになってしまったのではないかと太宰に思われてしまった。そんなことはない。
 一年半前から付き合いだした恋人に福沢は年甲斐もなくほれこんでいて、俗な言葉で言えばぞっこんである。誰よりも大切にしていきたいと思い、周りにあきれられる程、甘やかしている自覚もある。だからなんとか太宰のためにも、自分のためにも誤解を解きたかったが、それはできそうもなかった。
「……そのなんでもないから心配するな。……ここ最近、少々夢見が悪くてな。あまり恥ずかしくて言いたくないがそのせいで機嫌が悪いのだ。お前に八つ当たりしたくなくて……」
 何でもないと口にした瞬間。じぃと鋭くなった太宰の目。噛み締められた唇。そんな嘘が通用すると思っているのか。人を馬鹿にするなよ。関係ないと言う言葉が一番人に壁を作るんですからね。そんなことを目だけで訴えてくる太宰に福沢は白旗をあげた。これだけだと不安を拭ってやれない所か、嫌われてしまうと咄嗟に夢のことを口にしてしまう。
 しまったと思うが、その時にはもう遅く、夢と太宰は首を捻っていた。
 夢見が悪すぎるほどに悪いのは真実だが、夢の内容など言える筈もない。ぼかして説明するのに太宰は疑惑の眼差しで福沢を見てくる。
「どんな夢を見るのですか?」
「それは……あまり覚えてないのだが」
 太宰の目が福沢からはなれることがない。鋭い目にたらりと福沢の背を冷や汗が流れ落ちた。
「他の人を避けている様子はないから私関連ですか」
「……他のものは八つ当たりしてもそれほど気にしないだけだ」
 ふむと見せつけるように顎に手を当てた太宰が一つ頷いている。褪赭の目が福沢の反応を窺ってくるのに、表情を動かさないように気を付けながら、福沢は答えた。しばらくしてなるほどと太宰が頷く。まだ納得はしていない目に福沢はどうすれば良いのかと考え続ける。
「良いことを思い付きました」
 ぽんと軽やかな音が考え続ける福沢の耳に届いた。え と太宰を見れば太宰は良い笑顔をしていた。あまり良い案ではない。その笑みを見て福沢は確信した。その笑みを浮かべる太宰がいつも悪いことをするわけではないが、今この時、その笑みを浮かべられるのには嫌な予感しかしなかった。
「夢見が悪く機嫌が悪いと言うことでしたら私が癒して差し上げましょう。可愛らしい私に癒されたら社長もすぐにご機嫌になりますよ」
 太宰の口からでてきたのは予想通り福沢にとっては良くないことだった。しかもそれを断るまもなくそうと決まれば待っていてくださいと太宰は家のなかから飛び出している。
 どうしようと福沢はため息をつく。
 太宰が帰ってくる前に寝てしまおうかと思いながら台所に向かった。ぴろんと懐にいれた携帯が鳴った。
「夕飯は私が作りますから社長はなにもしないでくださいね」
 なんだと思い見るとそこにはそんな言葉が書かれていて、襷を巻き終えたばかりだった福沢は盛大なため息をついた。


中略

 そんな地獄のような日々が続いた五日間。ついに己は壊れてしまったのだろうかと思いながら福沢は目の前にいる太宰を見る。
「それで、なんと」
 何度目かの問いかけをするのに目の前の太宰は決して太宰がしなさそうな笑みを浮かべるのだった。
「ですから淫魔ですよ。淫魔」
「は?」
「知らないんですか? 人間の性を吸い取る魔物で厭らしい人間の間では有名なんですよ」
 低い声がでるのに相手は気にせず話していく。おちゃらけているのは太宰のようにも思えるが、可愛くきゃぴっ何て笑う姿は太宰からは大きく離れていた。太宰は自分に似合う笑みを知っているから、こう言う時はそれしか浮かべないのだ。
 本当に太宰ではない。
 淫魔等とは信じられないがそれだけは間違いないようで、でと福沢は聞いた。
「何故貴殿は太宰の姿をしている。そして私に何のようだ」
 ぺろりと太宰が舌をだした。
「あ。それもう聞いちゃう。せっかちさん。
 でもまあ、今日はそれを説明しにきたんだから説明しないとだよね。
 用事はもうほとんどすんでいるんですけど、貴方の精をもらいたいなって。ほら、私淫魔だから人から精を貰わないと生きていけないんです。この姿をしているのはその為、対象者が望んだ姿になれるんです」
「……」
 太宰ではない太宰の言葉に福沢は上を見上げた。夢の中どう言うことだと思うのに太宰がさらに何かを言っている。
「本来なら精を貰う相手に何かを告げることはないんですけど、どんどん貴方がやつれていくので教えておいた方がいいのかなって思ったので今日伝えています。
 本当はもう五日ぐらい前から貴方から精を貰っていました」
「五日ぐらい前……」
 思わず空を見上げてしまいながら、ぴくりと福沢の手が動いた。裸体を大胆にさらした夢の中の太宰を見る。
「そう。つまり貴方がここ最近うなされていた夢の原因は私です。
 貴方の性欲が強くなりすぎた結果とかではないので安心してください。まあ、貴方がこの体の持ち主にあんなことやこんなことをしたいと思っているのは間違いないんですけど」
 さすが夢の中と言うのだろうか。
 福沢の手のなかにはいつの間にか刀が握られていた。それを太宰に突きつけるのに太宰の姿をした淫魔はわぉと呑気に声を上げていた。夢の中でこいつを切っても問題は解決しないのかと福沢は理解し、太宰の首を切った。太宰ではないとは言え、太宰の姿を切るのは少しばかり嫌な気もしたが、躊躇いはなかった。
 太宰の首が体から離れ、そして消えていた。目の前の太宰には首がついている。
「酷いなー。私だって生きるためにやってるんですから許してくださいよ」
「速攻でていけ。もう充分私の精気を吸っただろう」
「やですよ」
 太宰の姿をした淫魔がもうと頬を膨らませる。可愛いとは思えないのに福沢はは即座に切り捨てていた。それに返ってくる拒否の声。あぁと滅多にださないような声が福沢からでていく。
「私って好みの人以外は食べたくないタイプなんですけど、私の好みってちょっと特殊なんですよね。枯れ専って言うのかな。おじさんじゃないと嫌なんですよ。だけど、おじさんだと私が満足できる程の精力がないんですよ。一回やったら終わりがほとんどで私お腹空いてて……。
 おじさん私の好みよりはまだ少し若いんだけど、でも充分好みのタイプだから一杯食べさせてほしいんですよね。貴方枯れてる所か若い人よりも元気なんだもん。後今日含めて三日は我慢してください。
 そしたら私一年ぐらいはお腹すかさずに生きていけるから」
 失礼なことを言われていないだろうか。
 聞きながら福沢は思っていた。気のせいでなければ途轍もなく失礼なことを言われているような。
「良いでしょ」
「断る」
「何で」
「何故私がお前に食わしてやらねばならない。お前の所為でこの数日私はとても不快な思いをしている。これ以上はついていけない。今すぐに帰れ」
 むっと太宰の顔が歪んだ。きっと睨み付けられるのに福沢も太宰を睨み付ける。
「不快って言いますけど良い思いもしたんじゃないですか。この体の持ち主を夢の中とは言え抱けて喜んでいるのを私は知っているんですからね」
 斬! と福沢の目の前にいた太宰の首が飛んでいた。ひどーいと軽い声が聞こえる。
「黙れ」
「図星だからって切らないでよ」
「うるさい」
「貴方の許可なんてなくとも私は好きに夢の中入れるから本当は関係ないんですよ。貴方が大変そうだからわざわざ教えてあげたんだから感謝してくださいよ」
 福沢の前で元の姿に戻っていく淫魔。頬を膨らませらながらそれが言うのに福沢は呆然と肩を落とした。
「さあ、やりましょうか」
 そんな福沢に淫魔が笑う。それは太宰にそっくりな笑みで。押しかかってくる太宰の仕事はそれは間違いなく太宰のものだった。
 キスしてくる唇。
「気持ち良くして」
 淫蕩に笑う顔。先程までの太宰らしからぬ雰囲気がすべて消えていた。駄目だと思うのに目の前の太宰に福沢はくらくらしてしまった。




[ 22/64 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -