サンタクロース 願う



「ジングルベル。ジングルベル」
 姦しく鳴り続ける音楽。その一部分を口ずさんでしまってからほぅと影は息を吐き出した。
(何をしているのだろうか。別にクリスマスなんてどうでも良いけど……。だけど、どうして……。私はこんな所にいるんだろう)
 耳に届く一般的には楽しげに聞こえるのだろう歌を鬱陶しく思いながら影はその場を見る。聞こえてくる音とは正反対の薄暗い路地。
 土と鉄の匂いが鼻を刺激し続ける。足元には滑った水溜まり。そして影の下には人が二人ほど折り重なっていた。彼らはもう長いこと動いていなかった。鳴き声ひとつあげず影の椅子になっている。開いたままの目蓋から乾いた目が外に向けられている。賑やかな音と共に人々の声が聞こえてくる。はぁとでていく吐息。
「何しているんだろう。こんな所でこんな日に」
 空を見上げて影はぼんやりと考える。心なしか夜の闇も今日は明るい気がした。
(良いんだけどさ。別に興味もないし……。どうでも。でもこんな日にも僕の手は血塗れだ)
 固まり始め不快な感覚が強くなってきた手を影は上にあげた。鉄の匂い。血の匂いがする。
「ジングルベル」
 影がまた聞こえてくる音を口にした。そこしか知らない音を。
「何をしている」
 馬鹿だなと己を笑おうとした時、人の声が聞こえた。
 影は驚き声がした方を見る。その目がさらに見開かれることになった。そこには全身赤い服をきた一人の男が立っていた。


(最悪だ明日もう一度乱歩を絞める)
 華やかに飾り付けされた町のなかを福沢はげんなりとして歩いていた。チラチラと見つめてくる視線が痛い。時々聞こえてくる幼い声にびくびくと眉間の皺が震えた。ぐっと唇を噛み締めて福沢は己の姿を見下ろした。何時も着物を着ている福沢だが今日は着物ではなかった。襟の部分だけが白くそれ以外は真っ赤な洋装。
『サンタクロース』と呼ばれる異国のお伽噺のような存在。クリスマスの夜、子供にプレゼントを届けるとか、よく分からない者の服を着ているのは今日がクリスマスだったからだ。もっと言うとクリスマスパーティーをすることになり、福沢がパーティーを盛り上げるサンタの仮装をすることになったのだ。
 そこまではまあ、よかった。
 着なれぬ服を着るのに抵抗はあったが、社員が楽しんでくれるのであれば着ると言うもの。社内だけのことであるはずだったから。問題はその後。何処ぞの馬鹿が置いてあった福沢の服にジュースをぶちまけてくれたのだ。甘味料がたんまりと入った液体を掛けられ、濡れた服を乾いたからと着ることは出来ない。わざとではなかったのでそこまで怒らなかったがかわりに福沢の家に新しい服を取りに行かせた。不安はあるものの付き添いもいるから、大丈夫だろうと信じたのに三時間たってもその者は帰ってこなかった。
 他の社員は片付けも終わったので全員帰している。明日まで待って着たものにと考えもしたが、社を建てたばかり忙しくまともな休みがなかったので、早めに仕事納めをしてしまったのだった。
 つまり誰も来ない。
 どうせ寝こけているのだろう元凶を信じることも出来ず、仕方なく福沢は赤いサンタクロースの服のまま帰路に着くことにしたのだった。汚れた服は早く洗った方がいいだろうと持って帰られてしまっていた。どうせそこら中にいるから目立たないだろう。アワイキタイを抱いていたが、そこら辺にいるのは店舗のための客寄せ。一つ所で宣伝しているのに対し、何もせず早足でしかも恐い顔をしてあるいていく福沢はかなり目立った。そして人の視線を感じる度、眉間の皺が濃くなるのでさらに目立つのだった。明日起きてきた子供達をどうしてやろうか。今度こそマンホールの中にでも落としてやろうかと恐ろしいことを考えながら歩く福沢はその途中でふっと足を止めた。
 気になる音が聞こえたからだった。
 辺りは明るくいろんな人が行き交っている。
 人の喧騒に負けず負けず色んな店から楽しげな音楽が鳴り響いていた。どれも誰もが一度は耳にしたことがあるだろう定番のクリスマスソング。
 今年までクリスマスなんて言葉すら知らなかった福沢でもその音楽は聞いたことがあった。
 そんな煌びやかな町。悪くいってしまえば五月蝿い町の中で福沢は小さな音を耳にしたのだった。
 それは流れる音のほんの一部分。思わず口ずさんだのだろう。音はすぐに止んでなくなった。
 その音が何処から聞こえてきたのか辺りを見渡して福沢は立ち尽くす。それらしい人はいなかった。殆どの者が誰かと連れ立っており会話に花を咲かせている。何人か福沢のように一人の者もいたが皆足はやに歩いていた。口ずさんでいた様子はない。
 では何処からと考えて福沢は細い道をみた。
 明るい通り、だがそこから横にずれればその煌びやかさが嘘のようにしんと静まり返った薄暗い路地になる。光が届かずいつも通りその場所は暗い。
 しいまと福沢はその路地を見る。
 その奥の道、曲がった辺りになるのだろうか。人の気配を感じとり吐息をつく。こんな日はさえも薄暗い所は薄暗いのかと。興味をなくし福沢は家に帰ふため歩こうとした。だけどその足は動かなかった。
 どうでも良いと思ったはずだ。だが何かが気になった。何が気になったのかは分からない。ただどんな相手がいるのかみてみたいと思った。何を馬鹿な。危ない橋は渡らない方が良い。そう考えるのに足は動かない。先程聞いた声を思い出す。
「ジングルベル」
 そのとき、丁度よく声が聞こえた。
 男の声だろうか? 女の声ではなかったと思うが、それにしても高かったように思える。何処か詰まらなそうで拗ねているような声だった。
 福沢の足は一歩路地に入った。
 猫をも殺すような厄介な代物はもうとっくに捨てたはずであったが、案外生きていたらしい。
 己に呆れながら進むも、福沢は嫌な匂いに顔をしかめた。鼻につく鉄臭い匂いがなんなのか。嫌になるぐらい福沢は知っている。こんな日に嗅ぐことになろうとは。己にため息をつく。
 覗き込む路地。
 福沢はそこで予想していなかったものにであった。
 そこには幼い子供がいた。福沢が預かっている子供よりも恐らく幼いだろう。十二三歳ぐらいだろうか。少年と呼べる年齢。そんな子供が恐らく死んでいるのだろう人の上に一人座っている。
「何をしている」
 一目瞭然のその場で福沢は思わずそう聞いてしまった。暗い目が福沢を見上げてくる。幼い顔立ちの子供は驚いたようにその目を見開きながら、すぐに無の表情になっていた。口を閉ざし、大きな目が福沢をみてくる。何も言わないのに福沢は子供を観察した。十二よりはもしかしたら上だったかもしれない。骨の感じからすると十四ぐらいの気もする。細い子供だった。肩に羽織るようにしている上着がす少しばかり子供を大きくみせているが、それを取ってしまえば、骨ばかりの細い肩が現れるのだろう。怪我をしているのか右目には包帯が。それ以外の箇所にも巻いてある。
 着ているものからして良い暮らしをしているのだろう。そこらに無数にあるようなちゃちな組織のものではなく、恐らくマフィアの者だろう。マフィアだとして一人なのはおかしい。死体を始末するため何処かに他の人が。
 考えながら辺りの気配を探る。やはり辺りには誰もいなかった。
 この子供はと福沢は子供をみる。ぼんやりと福沢を見上げている子供の口がかすかに動いた。なにか言いたいことがあるのかと福沢は言葉を待つ。一度開く口。閉ざされてまた開く。子供の目は福沢をみていた。
「サンタって本当にいるんだ」
 子供の言葉を福沢が予想できている筈もなかった。はっといって固まってしまう。動かなくなるのに子供はサンタさんと呼ぶ。何を言っているのだろうかと福沢は子供をじっとみた。確かにそんな服は着ているのだが、だからといって本当にいるのかはないだろう。その辺にうじゃうじといる奴らと同じだとすぐに分かるだろう。そんな思いで見つめるのに子供はでもといった。
「どうして今夜は着てくれたの? 私今年も良い子になんてしてなかったのに
 ああ、それともあれかな何処かの国ではサンタの赤は血染めの赤で、悪い子供を殺してしまうそうだから、サンタさんは私を殺しに着たのかな。
 今年も悪いこの私を殺してくれるの」
無表情だった子供が無邪気に笑った。その笑みをみて分かった。子供はこれを言いたかっただけなのだと。愛らしく一切の悪気を感じさせない笑顔がおぞましい何かにみえた。
「殺してくれるの」
 子供の声が懇願してくる。キラキラと輝いた瞳は死を渇望していた。ジングルベルと口ずさんでいた声よりも今の声が明るかった。
 そんな子供を前にして福沢は暫く立ち尽くす。
 ねぇという柔らかい声。お願いと伸びてくる手を福沢は掴んだ。子供の目が見上げてくる。期待しようとする目に私はサンタじゃないと告げた。子供の目からみるまに輝きが失せていく。笑みもなくなるのに子供は死体の上落ちていたものを手にする。
 子供の片手を掴んだまま、福沢はその動きを目で追った。それ以外のことをしようとはしなかった。
 額に冷たい感触。
 子供の色褪せた目が福沢をみてくるのに、福沢は子供がするめではないなと。思っていた。子供の指が引き金にかかる。
「逃げないの」
 感情のない声がそんなことを福沢に聞く。
「逃げる意味があるのか。お前は私を殺さない」
 冷たいものが離れていた。垂れ下がる子供の腕。そこから重い音をたてて鉄のかたまりが地上に落ちていく。
 落ちたものを一瞬だけ福沢はみた。それは拳銃である。
「今日はそんな気分だったのにな。今死ねたらきっと幸せだったのに」
 子供が一人言を呟く。どうして死ねないんだろうと首を傾けている。少し考えて福沢はそんな子供の頭に手を置いた。叱られて珍しく落ち込んだとき、嫌なことを思い出して震えている時、何かあって元気がない時、家にいる子供たちにしてきたようにそっと。触れてぽんぽんと撫でていくのに子供の目が大きく動いた。
 閉じては開いてを繰り返し、そこから固まってぐらりとふれている福沢の手をみる。
 それからまた一度閉じて開いて……。
 ことりと音が聞こえてきそうな程の勢いで首を傾けた。
「何をしているんですか」
 子供の幼い声が聞く。驚いたのは福沢だった。まさかこんな反応をされるとは思っておらず、子供と同じようにまばたきをして子供を見つめる。
「知らぬか」
 暫く呆然としてから福沢は子供に聞いた。じぃと見上げてくる子供。
 首が縦に振られる。
「頭を撫でたのだが」
「撫でる……。性行為をしたいと言うことですか? そう言えばこの日を性夜とも呼ぶそうですが」
「……何故そうなる」
 福沢の言葉に少しの間、考えた子供。その子供の言葉に固まって福沢からは嫌悪する低い声がでた。子供の思考が全く理解できなかった。それなのに子供は不思議そうにする。
「撫でると言う行為は性行為と共にあるものでしょう。撫でたがりますし、撫でたら喜びますよ」
 福沢は天を見上げた。地上の光が輝きすぎて、空明かりは霞んでいる。それでも美しい。美しいと思うのに、目の前にあるのは美しいどころか醜いものだった。
「どうにも貴殿の保護者は貴殿にろくでもないことしか教えていないようだな。そんな知識は速攻捨ててしまえ。撫でると言うのはそういうものではない」
「はぁ。
 まあ、そうですね。あの人事態ろくでもないロリコンでしかないし」
 固い声で吐き捨ててしまうのに、子供はムッとすることもなくあっさり肯定していた。その中ででてきた一言に福沢の眉がぴくりと反応した。聞き捨てならない言葉であった気がした。ロリコンと言う言ったような。マフィアでロリコンと言われれば一人だけ思い当たる人物がいた。そんなことはないと思うのだが、もしも、目の前の子供がその男に育てられているとしたら。
「名前は何と言う」
 福沢は目の前の子供に問いかけた。
 何をしているのだと自分でも思うのだが、どうにも止められなかった。
 「ジングルベル」最初に聞き、そして耳に残ったその顔がどうにも今の福沢には悲しげなもののように思えたのだ。首を傾ける子供。福沢をみて口を開いた。
「……だ、治」
「そうか。……共に来ないか」
 名前を教えてくれた子供にてを差し出す。子供はじっと手を見つめた。
「何で……?」
「気紛れだな。……気紛れにサンタをやってみたくなった」
 子供の手がそっと福沢の手に伸びた。



中略


 その次の年も子供が来ることはなかった。もう子供が来ることはないのだろう。
 そう思った福沢が子供と再会したのは思わぬところでだった。

「初めまして。種田長官に紹介していただきました。太宰治と言います」
 そう言ってニッコリと笑うのは子供で間違いなかった。二年もあっておらず、その間に大きく成長した子供は初めてあった頃と様変わりしていたけれどそれでも子供だと福沢には言えた。子供も気付いてはいるだろう。福沢を見た時、少し目を大きくしていた。ぱちりと瞬きをして、それから完璧な笑顔を作ったのだ。
 その笑顔を福沢は見る。
 初めてあった人のようにされた挨拶。どうして良いのかと考える。久しぶりと言いたかったが、ニッコリと笑みが深まるのはそう言われたくないと言うことだろう。
「……私は武装探偵社の社長、福沢諭吉だ。……貴殿のことは種田長官から聞いている。切れ者で優秀な働きをしてくれるだろうとの事だった」
「期待に答えられるよう精一杯勤めさせていただこうと思っております」
 次の言葉を言おうとして福沢は固まる。開いた口。だけどなにも言えずに閉じていく。面接の為に用意していた台詞が幾つかあったのにそれらを思い出すことができない。代わりに元気にしていたのか。何かあったか。今、辛くないか。また、私の家に来ないかと言った台詞が浮かぶ。だけどそれを子供は言われたくないだろう。
 次の言葉を探しながらどうしてこの子はここにいるのだろうと福沢は思う。
 種田長官が優秀な者だと言っていた。そうだろうと福沢もとても短い付き合いだがそう思っている。それにあの森に特別に扱われているような者だ。福沢が思っているよりもきっともっと優秀で。そんな子供をどうしてあの男が手放したのか。何よりマフィアにいた筈なのに、どうしてこの場所に来ようと思ったのか。何かあったのか。
 じぃと子供を見るのに子供はふわりと笑う。
 どうしましたと聞いてくる声。何でもないと首を振ってしっかりしなければと子供を見る。福沢としては子供のことが心配だが、今は探偵社の社長としてこの場にいる。情に絆されず子供が探偵社の社員として働くに相応しいかを見極めなければと前を見た。
 子供が笑う。それは福沢が見たことのない笑顔だった。



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