貴方に愛をささげます

恋。
 
 何て可愛らしく愛らしい言葉。私にはとことん似合わない。人を好きになるだなんてそんな機能、私にはないと思っていた。だけども世の中は不思議なものでこんな私でも恋してしまった。人を好きになってしまった。どうしてだとか何でとかは分からない。ただ恋してしまった。
 始まりだけは良く覚えている。
 あの日、私は一人どこぞの犯罪組織に乗り込んでいた。
 丁度探偵社に依頼が立て込んでいた頃。そんな時期に横浜を火の海にしようとちょっとヤバイやつらが活動しはじめた。今の探偵社の状況では少し危険かなと考えた私は自分で退治することに決めたのだ。
 五徹めだった。
 途中までは計画通り。上手いこと相手の戦力を削り活動を停止するまでに追い込んだ。これに三日掛かった。後は相手のアジトに乗り込み捕まえるだけ。仕事が終わった後に準備を整えて向かった。一時間ほど仮眠はとったもののほぼ八徹めだった。計画が狂ったのは概ねと言うかすべてこれのせいだった。相手の戦力をほんの少し読み間違えた。その上、戦えるほどの気力が私には残っていなかった。半分ほどは相手の戦力を潰せたがピンチに追い込まれることに。
 肩に一発。足に二発。脇腹を掠めるようにもう一発。四発も撃ち込まれ、只でさえ寝不足でくらくらしていた頭が真っ白になり、まともに見えてもいなかった。周囲には男達が囲んでいてああ、これは死ぬなと思った。ここまで戦力が削れたらもういいか。立て直すのには三ヶ月から半年は掛かる。その頃には探偵社も落ち着き十分対処可能だ。それにここまで追い込んだら今の探偵社でも捕まえることが可能だろう。
 私にできることは充分にした。だからもういいやと何もかも投げ出したとき、私ではない悲鳴が聞こえた。それも複数。私はなにもしていない。それなのにいくつもの悲鳴と倒れ込むような音。私に向けられたわけではない銃声も幾つか聞こえた。
 騒がしくなったのは数分。
 数分もしないうちに静まり返る。何が起きたのか分からず呆然と座っている私の前に人影がたつ。見下ろされている気配はしたが人影はしばらく何も言わなかった。誰だと見つめたけどどうでも良くなって横たわる。どうせ死ぬと思っていた。
 だから
「私を看取ってくれるなら」
 伝言をひとつ頼まれてくれないかい。そう言う筈だった言葉はふざけるなと言う一喝で遮られる。その声に反応するように指先だけがぴくりと動く。でもそれだけで。それ以外の反応を見せることができなかった。もう太宰の体は何一つ自分の意思で動くことはできなかった。その体に人影の手が触れた。応急処置をするようにその手が動く。
「絶対に助ける! 故に勝手に諦めることは許さん!」
 人影から声がする。びりびりと布を破く音が聞こえて、ほぼ見えない目をそれでも動かした。ぼやけた視界。その中に写ったのは銀色だった。暗い闇の中で写る銀色。ああ社長だったかと気付いてそれからすぐに意識を失った。


 死んだかと思ったがしぶとく生きていて目を覚ました。
 目を開けたとき真っ先に社長の姿が写る。険しかった顔がほんの少しだけ緩んで、それからまた険しく変わる。
「起きたか」
「……はい」
「調子はどうだ」
「……動けますかね」
「……そうか」
「………………………」
「何故、誰にも言わなかった。一人でできるとでも本当に思っていたわけではあるまい」
「…………」
「太宰」
 社長が私の名を呼んだ。ぽんと頭に手を置かれその手がゆっくりと撫でていく。旋毛から髪に沿い頭の後ろに。首のところにまで行くと、またもとの場所に戻って下に。同じ動きを繰り返される。
 太宰の頭を包み込むような大きな手。ゴツゴツとした感触が伝わる。そして触れる箇所から暖かな熱が。
「あまり生き急ぐな。
 逃げようとしなくともお前はもう一人ではないだろう。少なくとも私は、私達はお前のことを大切に思っている。だからもう少しだけ私達のためにもここにいてくれないか」
 言葉の意味は殆ど理解できなかった。ただ頭に触れる手が暖かくて見つめてくる目は何だかとても優しかった。ふわりと漂ってきた臭いに何故だか酷く安心して…
「大丈夫だから」
 何がか欠片も分からない。でも、
 ぎゅっと胸がいたくなって。
 ぬくもり、視線、匂い、感じるすべてにほうと腹のそこから何かが溢れてきて。
 好きと自然と言葉が溢れ、後少しで溢してしまいそうになった。

 それが恋の始まりだった。

   🖤 🖤 🖤

 恋をしてしまったら相手と一緒になりたくなるのは人としては普通なことだと私でも思う。
 だから私は社長と付き合うためアタックすることに、恋を自覚したその次の週辺りに決めた。
「社長」
「何だ」

「社長」
「……」

「社長」
「どうした」

「…………」
「太宰、どうかしたのか」

「社長」
「すまぬ。用なら少し待ってくれるか」

 アタックしてみたのだが…………、何一つうまくいかなかった。
 私ができる最高の可愛い、美しい顔を何度も見せたのだがときめく様子がなかった。日常の何気ないシーンも社長が見る前では最高にエロ可愛く演出しているのに効果がない。敦君や国木田君、谷崎君。果てはナオミちゃんや女子社員も鼻血をだしたり頭を何処かにぶつけたりしていたのに社長に変化はなかった。
 私を見る目は社員を見る目だ。
 おかしい? これは異常ではないか?
「社長ってもしかしてブスが好きなんですか」
「はい?」
 塵虫を見るような目で見られた。いやでも、
「あったことないので詳しくは知りませんが人の中には美しいものより汚いものを愛する人もいるんでしょう。美人より醜女を好きになる性癖の人も。社長もそんな性癖なのかなって」
 それなら納得できないけど、でもできる。火をつけるか。嫌でもそれだとやり過ぎるか。熱湯を浴びるか。あ、でも自然なブスが好きな場合も。整形!? お金ってどれくらい。
「社長は人の美醜で好き嫌いを決めないだけだよ」
「勝手に社長に変な性癖をつけようとしないでくれるかい」
「え?」
 思わず立ち上がってしまった。嫌だって確かに社長はそんな人だけど
「だけど私にときめかないのはおかしいでしょう。ありえません」
「そう言うところだよ」
「そう言うところだろ」
 凄くひいた顔をされるのだけど意味が分からない。イミフだ、イミフ。どう考えても可笑しいだろう。そう言うところってどういうところだ。私の顔ほど美しいものはこの世にはないと言うのに。
「どう言うことですか」
 むうと頬を膨らませ二人には必要ないと言うのに愛らしい顔を作る。この顔をすれば大抵のものは私の言うことを聞いてくれる。私のご機嫌を取ろうとしてくれる。まあ、二人はしてくれないのだが。最近二人は私に冷たい。
「だからその自分の顔だけに自信があるところ」
「アンタの顔がすべてだとは思わない方がいいよ」
 はぁあと深いため息と共に言われた言葉に私は首を傾ける。全く意味が分からない。理解できない。
「?? 私の顔はこの世で一番美しいですが」
 それこそこの世の心理といっていいほどに多くの者が私に言うことである。多くの者の賛美を聞いてきた。なのに二人は冷ややかな目だけを向けてくる。
「はっ」
 二人の声とは思えないほど低い声が聞こえてきた。向けられるのが私でなければ心から凍り付いてしまうような目をしている。私はまあそんな目を向けられても傷付くことはないけれど。
「何ですかその反応。いいですか。この顔に見惚れ、この顔に溺れるものは男女ともに大勢いるのです」
「それになんの意味があるんだい」
「顔だけで社長を落とせるとは思うなよ」
 うぐっと、喉の奥で奇妙な音が出る。ふふーんとどや顔で告げてみたが二人の言う通りであった。どんな相手にでも効く筈の私の美貌はどういうわけか社長には効かないのだ。もしかして私あんまり美しくない? いや、そんな筈ない。それででは今までの事に説明がつかない。
「……言っておきますが私の顔を毎日間近で見られるなんてこんな幸せなこと他にないですからね。500万だしてもこの権利を買うと言う人はいますからね。何なら試してお見せしましょう。待っていてください」
 確かめるためにも私は口にした。はぁとため息が聞こえてくる。疲れたように二人が額を押さえつける。
「まあ、いいんじゃないの。行ってらっしゃい」
「行ってきなよ」
 ひらひらと振られる手。今にみてろと私は探偵社をでた。


中略


勘違いとはなんだろうか。
 物事をうっかり間違えて思い込むこと。
 辞書に載っている意味なら知っている。だけど何故そう言われたのか。その事が理解できなかった。
 あの日私にその言葉を言った社長はその日は怪我の手当てをするだけで帰ってしまった。いつもなら助けにきてくれた後は怪我の手当てをして、それからなにかを食べられるものを作ってくれる。そしてベッドのなかに押し込んでくるのにそれがなく、あの日はずっと探偵社の医務室に座っていた。
 朝やってきた与謝野さんが悲鳴を上げていた。何してんだい! ってかなんだいこの怪我! ああ、こんな隈までできていったい何日徹夜してたらこんな顔になるんだい。さっさと家に帰って寝てこい! そう言われて追い出された時、私はようやっとその椅子から立ち上がることができたのだ。長いこと座ったままだったから体は固まっていて、動く度違和感を感じながら家まで帰った。だけど家に帰った私は玄関でそのまま立ち尽くしてしまった。何時間も立っているとつかれその場に座り込んでしまいながらも動くことはできなかった。
 怪我の様子を見にきてくれたのだろう与謝野さんが見つけてくれるまで、その姿でていて
「だから何してるんだい! 寝ろっていただろうが。」
 頭を叩き布団に押し付けてくる与謝野先生。
 そうされながらも私はずっと考えていた。勘違いしているとはどう言うことか。どうしてそんなことを言われたのか。社長がいなくなってからずっとその事を考え続けていて、そしてその答えはあれから一週間立ったいまもでていなかった。

 本人に聞こうとしても社長は私を避けているみたいで話しかけることができないでいる。どうしようかと考えれば良い案はすぐにでてくる。
 こちらから近づくことができないのであれば向こうから近づいてきてもらえば良いのだ。
 私はまた徹夜した。倒れるまで徹夜してその状態で犯罪組織を倒しに動いた。やばくなったのに社長は来てくれる。怪我の手当てをしながら私は問い掛けた。
「そのままの意味だ。お前は私を好きだと勘違いしている。だがお前は私を好きな訳じゃない。いや、好きと言えば好きだろうかま、それは人としてだ。国木田や敦達と変わらん。恋人になってほしいとかそう言う意味ではない」
 社長は答えてくれたけれど私はますます分からなくなった。勘違いとはどう言うことだ。私が何を勘違いしているというのだ。社長の話を聞いても勘違いしているとは思えなかった。
 私は間違いなく社長が好きだ。
 寧ろ何故私の気持ちを社長に否定されなければいけないのだと苛立った。
 怪我の手当てを終わったのに社長が夕食を作ってくれた。お粥だった。そういえばここしばらくは何にも口にしておらず、固形物を食べたのはそれこそ一週間ぶりだった。お腹のなかじんわりと伝わってくる温もり。美味しいと思って一口二口と次を食べていた。食べ終えると寮の家まで運ばれ布団に入れられる。その横に座った社長のてが私の頭を撫でていく。
 優しいてはとても心地よく、私はこのてを好きだと思ったことを思い出した。
 好きなのだ。この手が。手だけじゃなく声が目が、社長が好きなのだ。それが勘違いである筈がなかった。

 それから私は社長に逃げられてしまうので、毎日のように倒れる道を選んだ。
 危険になれば社長は助けに来てくれた。組織を潰しに行かなくとも、時たま道端等で力尽き倒れてしまうと起きれば傍に社長がいた。ご飯を作り寝かせてくれる。
 社長はいつも怒っていてお前はと口にしていたが私は気にしなかった。
 好きな人の傍にいられることが嬉しくてこれで良いやと私は思ったのだった。好きになってもらうことも、嫌いになってもらうことも諦めてこれでいいやと。
 だけどそんな私の考えに気付いてしまったのだろう社長は、それを許してはなくれなかった。
 ある日限界近くまで徹夜して犯罪組織を潰しに行った私を助けにきてくれたのは社長ではなかった。社長ではなく国木田くんが来て私を怒った。手当てを受け、夕飯を食べ布団に横になりながら私はずっとなんでと思っていた。どうして。なんで。社長は。
 食べ物は味がしなくて、その日は一睡も寝ることができなかった。
 またあるとき、何日も寝ておらず倒れてしまった私の傍には敦君がいた。社長ではない。もうどうして倒れる前に休まないんですか。そう敦君が言うのを私は呆然と見た。
 嘘だと思った。
 社長はなんで。社長がいてくれないの。
 絶望して私は社長を求めて何度も同じことを繰り返したが、社長が私の頭を撫でてくれることはなかった。また日々の生活のなかでも社長には避けられていて……。社長にあえないのに私は無茶をするのをやめた。止めて私が健康的になったのかと言えば、そんなことは全くなくて何度となく倒れかけていた。ただそれを人に見せることはやめた。社長が来てくれないのであれば弱みを人に見せるような意味はなかった。
 自分で対処していく日々。
 毎日のように寝付くことができなかった。そんな私が寝ようとするためにとったたった一つの方法がある。それは社長室に忍び込むことだった。会社が終わりみんなが帰った後私は探偵社に忍び込み、社長室にまで入っていた。そこには社長はいない。だけど社長の匂いなどが残っていた。
 そこから社長を感じると少しだけ眠れるのだ。私はそこで少しの間だけ眠りにつく。
 がたりと物音が聞こえた。誰かが傍にいる気配。ここに誰もいる筈がないのに。薄らと目を開けて、私は少しだけ息を飲んだ。掠れた視界の中、見えたのは社長の姿だった。
 どうして社長が、思うのに社長が私の元に触れる感触。ふわふわと撫でられるのに私は目を閉じた。何故かは分からないけれど社長が触れてくれる。ならなんでも良くてこの時間を少しでも伸ばしていたかった。離れていく手。
 寂しく感じたけどそれはすぐに戻ってきた。
 私の頭を撫でながら、別の手が私の後ろに回る。えっと思ううちに私は社長に抱き締められていた。
 初めてのことで喜びよりも戸惑いが勝った。
 どうして社長がと思うのに背を叩いてくる手。耳に穏やかな音が届いた。とくとくと聞こえてくるその音は心臓の音だ。
 触れた箇所から伝わってくる温もり。何だか眠くなって私はまた目蓋を閉じていた。
 とんとんと優しく背を叩いてくる手に、とくとくと聞こえてくる音。
 どちらも何だか覚えがある気がした。


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