しゃちょーといっしょ

 武装探偵社。
 マフィアを抜けた私が善き人になるために入った会社。
 福沢諭吉。
 そこの社長で変な人。
 その人を見たときあっと思った。その次にゲッと思った。
 社長を見たのは探偵社に入った時が初めてではなかったのだ。昔一度森さんに付き合わされ彼の秘密の仕事に着いていたときに遠目から見たことがある。社長は気づいてなかっただろう。でも森さんの相棒みたいなものであった社長は私の話を森さんから聞いている可能性があった。マフィアを抜け二年。善い人になるためにと入った会社で昔のことがばれるのは少し不味い。
 気付かれないよう近付かないでいようと決めた。
 決めたのだけど……??
 どういうわけだろうか。近付かないでいたかったのに気付けば探偵社の中で誰より傍にいるのが社長になってしまった。何かおかしくないかと思うがそうなってしまった。
 私は遠ざけたいのだけどどうしてか社長の方が近付いてくるのだ。
 入社してから社長は何故か私に良く声をかけてくる。
 入社してすぐの事件が解決した日も夕食を誘われたりした。近付きたくなかったから疲れたからと断りでもその翌日も誘われ何とか断る。誘われる度に断っていれば断る言い訳が思い付かなくなり入社して半月ごろに一緒に食事に行くことに。
 あの頃は二日に一度寧ろ毎日誘われていた。
 一回行ったら飽きるだろうと思った食事はとても美味しかった。それはもう私の好みドンピシャで素晴らしく美味しかった。お高いお店だったが美味しくて私にしては珍しくつい食べ過ぎたほど。それから誘われると二回に一回は行ってしまった。
 三日に一回は食事しただろうか。
 どのお店もとても美味しかった。
 社長とあまり話をすることはなかった。あれがうまいこれがうまい。この酒はとっておきなのだとあれこれ勧められるぐらいで話はなく何で誘ったんだと思うほど。一ヶ月も経つと美味しいもの食べられるしもういいやと誘われるままついていくように。
 ある日少し失敗して飲みすぎてしまった。五徹ぐらいしていたのが敗因だろうか。
 その日の記憶はほぼなく気付いたら翌朝。目覚めると隣に社長がいた。寧ろ社長の腕の中に私がいた。社長の家であった。すまなかったな良く眠っていた故起こすのも忍びなく私の家に連れてきてしまった。起きて謝られるのにはぁと思い、それで何故同じ布団にと思ったが面倒だったので聞くことはしなかった。別に抱かれた様子もなかったのでまあいいかと放置した。そしたら今度はそんな日が半月に一度は訪れるようになり、どうせならと社長の家でご飯を食べるように。
 社長が作る夕飯はそれはもう最高だった。私のために料理を覚えたのではと思えるぐらいには私好み。私が好きな味付けで酒も私の好みだった。
 私の私生活の大半が社長によって占領されてしまった。
 これでいいのか。近寄らないと決めたのではないのか何度か自分に問いかけたが理性が簡単に負けるぐらいにはご飯の誘惑が強かった。後やはり社長との間に会話がなくこれと言って疲れることがなかったのもいいだろう。何だかあれやこれやと食事以外にも世話を焼かれたが、それも私が許せる範囲で断る理由が見つからなくなっていた。
 近付かないと決めたはずなのに…、そんな決意はいつの間にかなくなっていた。
 ただただ今は謎に思う。
 何故私はこんなに世話を焼かれているのか。みんなにもこんな感じなのかと思ったが、違うらしいのは最初の数ヵ月で分かった。どちらかと言うと他のみんなは放置ではないが放任気味で毎日食事に誘ってくるのは私ぐらいだ。もしかしてマフィアにいたことがばれたのかと考えたが、そんな様子でもなく兎に角謎である。いったいなぜだ。
 最近はその事ばかり考える。


 何でなのか。


「太宰」
 やることもなかったので考え込んでいると突然声をかけられてちょっと肩を跳ねさせてしまった。声をかけてきたのは社長であった。何故か険しい顔が私を見つめそれから心配するように目尻が下がる。
「顔が少し赤い。熱があるのではないか」
「へっ?」
 社長の顔がどアップで見えた。突然の社長の動きにあわてふためくのにこつんと何かが私のおでこに触れる。社長の額だと気づくのに少し時間がかかった。何をしているのだと慌てながら思えばすぐに離れていく。
「やはり熱いな。熱がでている。調子が悪かったのならすぐに言わぬか。
 今日はもう帰れ」
 はい? と首を傾けた。何を言われたのか理解できず、目をぱちくりとするのに社長は一人で帰れるか。誰か送っていかせようか。それより一人でちゃんと眠れるか。医務室に行くか。少し時間は掛かってしまうが、そこで少し待ってくれたら私が送っていこう。と言葉を少し早口で繰り出していた。
 頭にもう一度今度は手が触れ熱いという。熱が高いのではといい熱を計ってから帰れと言われるのにやっとこさ私は風邪を引いているのかと気づいた。全然そんな感じはしなかった。社長が何かを取りに何処かに行くのに帰れと言われたし帰るかと探偵社からでる。何か後ろから複数の声がしたがまあ、いいかと帰った。
 帰っている途中酷く頭が痛くなった。ぐらぐらして何度か倒れ込みそうになるのに何だこれはと驚いてしまう。早く家に帰ろうと必死に歩いた。後少しで寮につくと言うとき人がぶつかってくる。あっと思ったのはぼやけた視界の中でもその相手がにぃと不気味な笑みを浮かべているのが見えたから気付けば私は何かの光に包まれていた。
 
 次の瞬間には浮遊感が私を襲った。目の前に見える青い空。ぐわりと下に落ちていく嫌な感覚。
 首を捻って下を見ると地面が迫ってくるところだった。危ないとちょっと遅れて思う。そしてそう思ったときには。

 一瞬銀色が見えた。
 うわあと声が聞こえて……。どんという大きな音もしたが何故か痛みがない。
「大丈夫か!」
 体の下で何かが動く。何かが覗き込んできて銀色が視界に写った。
 目が見開く感覚がした。えっと思ってそこで意識が途絶える。








「大丈夫か」
 目を開けて真っ先に飛び込んできたものをみて目が大きく見開いてしまった。はぁと私からでたのだろう奇妙な声が聞こえてくる。ほんの一瞬だけ見ている光景が信じられなくなってしまった。呼吸さえ僅かばかりの間止まってしまう。おいと小さな手が私の体を揺らす。覗きこんでくる銀に緑が混じったような不思議な色をした瞳。我に帰ったものの何かを言うことはすぐにはできなかった。目の前の相手を一心に見つめてしまう。暫く固まってからあっと喉が震える。
「そっか。隠し子か」
 は? と声がする。
「よくわからないが……大丈夫か?」
 近くにあった目がずいと身を寄せてくるのに慌てて手が前にでてしまう。覗きこんでいた誰かの顔に触れる。その顔は私の手よりもずっと小さく子供のものであった。
「何をしようとしてるんだい」
「何って熱を測ろうとしたんだろ。アンタ凄い高熱でずっと寝込んでいたんだぞ」
「熱……」
 そう言えばそうだったと思い出す直前の出来事。そう言えば社長にも似たような事をされたけ。
「流石親子。顔もそっくりだけどやることもよく似ているね」
「ん、アンタ、俺の父さんの事を知っているのか」
「そりゃあ、よく知っているよ。何せ社長だからね。まさか隠し子がいるとは知らなかったけどあのお年だし。いても確かにおかしくはないか。探偵社の性質を考えれば隠していたことの説明もつく。……となると、すまないが、君のお父さんには私の事は内緒にしていてくれるかい。余計な心配を掛けさせてはいけないからね」
 言い終わる頃、子供の銀色の目は大きく見開いていた。子供の姿を見て首が傾く。何故そんな顔をするのかと。だけど暫くしてああと言うものに変わった。きっと今まで探偵社の社員には一人もあったことがないのだろう。何せ隠し子だものね。あ、でも乱歩さんとか……。
「何を言っているんだ。俺の父上は政府の役人だ。会社の長なんかじゃない。何よりもう死んでいる」
 えっとまた目が見開いてしまう。
 んん? ええ? どういうこと。どこからどう見ても社長の子供なのだけど……。あっちこっち跳ねている銀色の髪といい、銀色と緑の混じったような目の色は社長しか見たことがない。顔立ちもそっくりで母親が可哀想になるぐらい社長と瓜二つなのに。絶対十人に見せたら十人が社長の子供と思うと思う。それなのに違う?? あ、もしかして親戚の子かな。
 いやでも……親戚はいないっていつだったか言ってたっけ? 両親ともに親を若くになくしてて社長も父親は九の頃、母親は十五の頃に死んだって……、兄弟も他にいないって話だったしな。んーー、
「一つ聞きたいのだけど君の父親は福沢諭吉と言う名前ではないのかい」
「はぁ? 福沢諭吉は俺の名前だ」
 え??
 何だ。何を聞いた。さっき信じられないことを言われた気がするのだけど気のせいだよね。そんなまさか。この子が福沢諭吉だなんて……
「えっと? 君が、福沢諭吉……」
「そうだけど。アンタ一体なんだ。空から落ちてきたから奇妙だとは思っていたが」
 ……………………………………。え、え?? どういうこと。
 いや、待って。空から。そうだ。私、あの時男に触れられたと思ったら空にいて、…………もしかして、
「すまないけど一つ教えてくれないかい。今は何年の何月だろうか」
「はぁ? なん」
 子供の声が途中で止まった。
「今は……」
 息を飲んだ。子供が言った日付は私が覚えているものよりもずっと前の日付であった。

◯●○●●○●○○●○

 ふぅとため息が出てしまった。どうするべきかと考え込んでいたのにすぐ近くからじっと見つめて来る視線を感じてしまい固まってしまう。……どうするべきかまたため息がでてしまう。頭を抱えてしまいそうだ。
 恐らく今、私は過去に来てしまっている。原因はここに来る前にあったあの男。想像でしかないが男は異能力者であったのだろう。その男の力で過去に飛ばされた。私には異能力は効かない筈なのだけど……。
 恐らく風邪のせいではないかと思う。異能力は脳が重要とされている。そして脳の機能が止まれば異能力も使えなくなる。風邪を引くとその脳が正常に働かなくなるからその影響で異能が暴走したり使えなくなる時があるのだ。
 その昔、風邪を引いた何処ぞのチビに散々迷惑を掛けられたことがあるのでその恐ろしさはよく分かっている。
 だから……、風邪を引いて私の異能があの時、発動しなかったのだとしたら納得がいく。
 原因がわかっても何の解決にもならないのが痛い。元の時間に戻るためにはあの男を捕まえ異能を解除させなければならないが、あの一瞬であっただけの男を探すなど難しいこと。それも過去の世界でなど。
 それにパッと見ただけだったがあの男はまだ若かった。三十年も前の過去の世界で生きているとは思えない。社長ですら十代なのだ。計算上、というか見た目でわかってはいたのだが年齢を聞いた時は酷く驚いてしまった。十二だって、とてつもなく若い。
 はぁとため息がでる。どうすれば元に戻れるのか検討もつかない。
 幸いだったのは暫くの拠点となる場所があっさりと決まったことだろうか。社長の母親はとてもしっかりした人だった。それでいて優しく帰る場所のない私を家においてくれると。私はその言葉に甘えることにした。
 さすがに過去の世界だと住む場所を見つけるのも大変だからね。部屋も一つ丸ごと用意してもらえたし。……ただ問題が一つ。何故か部屋に社長……がいるのだよね。
 ……うーーん、社長と呼ぶのは何か違和感感じるな。小さいし……。とは言え他にどう言えばいいのか。名前? ……名前呼びはでもいつだったか断ったことがあるからしづらいな。うん。子社長でいいや。子社長がいる。
 怪しい人と思われたせいだろうか。話が終わってからはずっと後をつけられているのだ。仕方ないかなと思うのも反面、監視されるのは面倒だなとも思ってしまう。 
 幼いと言うのに社長なだけあって眼光がやけに鋭くいづらくも感じてしまうんだよね。
「おい」
「? 何ですか?」
「そろそろ飯の時間だ。食べに行くぞ」
「え、ああ……。もうそんな時間か。悪いのですが今日は私はいいです。あまり食欲がなくて」
 それに一人で考え事もしたいし。丁度良かった。
「駄目だ」
「え?」
……のだけど、何故か反対にあってしまった。
「ただでさえ細いのに熱があるんだぞ。食事を抜いてどうするんだ。体の資本は食べることからだ。動くのがだるいなら俺が持ってくるからからちゃんと食べろ」
「え? いや」
 でも本当に食欲がないのだけれど……と言葉にしきる前に社長は行ってしまった。流石社長という所なのだろうが幼くとも言うことは同じだなと思う。前にご飯に誘われた時、食欲ないのでと断ろうとしたら似たようなことを言われた記憶がある。そして無理矢理食べさせられた覚えが。まあ、凄く美味しくて最後にはバクバク食べしまったのだけど。
 恥ずかしいことを思い出してしまった。それよりこれからどうするか考えよう。幾ら考えてもやれることなんて少ないんだけどね。特務科に接触して人を未来に送れるような異能の持ち主がいないか確かめたいが、如何せんこの時代だと知り合いがいない。何よりもこの時代はまだ戦時中……。
 今よりずっと特務科も焦臭い事をしていた。そんな時に接触なぞして万が一にも私の異能がばれれば何に使われるか分かったもんじゃない。最悪の事態だって考えられる。
 現に終戦末期のまだ私が幼かった頃だって……。
 とは言え一応の確認はしたい。やっはりハッキングするのが一番か。だがそれをするためだけの機材をどうやって手にいれるか。この家にあるとは思えないしな。社長ちょっと機械音痴だし。この近くに簡単に侵入しやすそうな施設とかないかな……。なさそうだな。うーーん
「持ってきたぞ」
「え? ああ、ありがと……」
 形だけでも口にしようとしたお礼の言葉が止まってしまう。子社長の腕の中にある盆にはどう見ても二人分のご飯が乗っていて……。
 私よりも小さく幼い腕にしているのに力持ちだな何て感心して逃避行したがすぐに我を取り戻す。
「えっ、と。……もしかして……君も食べるんですか」
「ああ、そうだが」
「……いいんですか。お母さんと食べないで」
「母上とは勿論食べたいが、病人を一人で残していくようなことはしない。風邪を引くと心が弱くなるものだからな」
「病人……」
 一瞬なんのことだと考えてしまったのだけどそうか。私確かにそんなものだったな。でも今は。
「それはありがとうございます。だけどもうよくなったのでお母さんのところにいってくださっても大丈夫ですよ」
 安心させるためににっこりと笑ったのだけど何故か子社長には安心する様子はなかった。むしろ目を丸くして何処か驚く様子を見せる。それから半目になった。
 この目はよく知っている。国木田くんや元相棒がよく見せる顔だ。
「アンタ、馬鹿なんだな」
「はい?」
 思わず首が傾いてしまう。他人から馬鹿と言う評価を受けたことも驚くことなのだが、純粋に子社長からそんな言葉が出たこと事態信じられなくて……。そう言えば前に悪餓鬼だったと言うような事は聞いたことがあるが、にしても社長がそんなことを言うなどとは思ってもいなかった。そう言えば今さらだけど子社長は言葉遣いとかも荒いんだな。
「ほら、食べるぞ」
 考えている間に目の前に膳が並んでいる。手際がいいなと思いながら準備をする姿を眺めてしまう。食べなくちゃダメかな
「母上がお前の分はお粥にしてくれたんだ。ちゃんと食べろよ」
 膳の上を見る。成る程。確かにお粥だ。量も少しずつなのは食べやすいようにという配慮だろうか。何とも言い難い気持ちになる。
「ちゃんと食べろよ。沢山食べて、沢山寝る。早く風邪を治すにはこれが一番だ」
 ……風邪は治っているのだけどね。そう思いながらも言うのは止めておいた。




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