洗濯、と柳君は言っていたのでおそらく水道場のどこかに名字さんはいるのでしょう。私が片っ端から水道場を調べていれば人気のない校舎裏の水道場に名字さんの姿がありました
私は洗濯をしている名字さんに一言声をかけようとしたのですがそれはできませんでした。
泣いて、いたのです
あのいつも笑顔を絶やさず楽しそうに笑っている名字さんがそれはそれは悔しそうに
私はつい壁の陰に隠れてしまいます。幸いにも名字さんは私にまだ気がついていないらしく、ぐすぐすと洗濯を続けています。きっと先程は柳君を睨みつけていたわけではなく、涙を堪えていたのでしょう。
紳士と呼ばれはするものの、女性の涙なんて対応した事がありません。立ち去った方が良いのか、しかしそっとしておくのも何か違う気がして、どうしようもなく分からず物陰で考えあぐねていると突然大きい声で柳の馬鹿野郎!と叫ばれたものですから私は飛び上がる勢いで驚きます
「やる気なら、あるのに、ばかばか」
彼女は器用に洗濯物を洗いながら、柳君への愚痴をこぼしていました
余程鬱憤が溜まっていたのか、大分口が悪くなっています
後半になるにつれてだんだん涙声で何を言ってるか聞き取れませんでしたが、これだけは私の耳にはっきりと聞こえました
「絶対次のテストで結果を出してやるんだから」

効果がない、とはこういう事でしたか。これを見越して柳君はあんなキツい言葉をかけたのです、やはりすごいなと思う他ありません

すると名字さんは洗濯の動きをを突然ピタリと止めてしまいます。もしや、と思うと名字さんは洗剤がついたままの手を目元まで持っていこうとするではありませんか
涙を拭おうとする無意識の行動かもしれませんが、そのまま目元を擦れば洗剤が目に入ってしまいます
私は静観することも忘れ隠れていた壁から飛び出しました
「いけません、名字さん!」
「え、え、柳生せんぱ、」
「いいですから、そのままじっとしていてください」
愛用のハンカチを取り出して名字さんの目から未だ止まらずこぼれ落ちる涙を優しく拭います
名字さんはいきなり出てきた私に驚いたのか動きは固まったままで、行き場を無くした手がまるで名字さんだけ時を止めてるかのように見えました。

やっと涙を拭い終えれば名字さんはいつから聞いてたんですか、と私に静かに問いかけてきました。その口調は普段柳君と話している時とは違って、ちゃんとした敬語です。この敬語で私と彼女は同い年ではないと痛感させられるものです

「すみません、おそらく最初の方から聞いていました」
嘘をつくのにも気が引けたので正直に言えば途端に名字さんの顔は真っ赤に染まりました。
顔から火がでる、とは今の名字さんにピッタリのことわざでしょう

「柳生先輩お願いします、柳…先輩、には言わないでもらえますか」
「それはどうしてですか?」
「…馬鹿にされそうですし」
もしくは柳にまた口だけか、って怒られるかも。と彼女はぎこちなく笑った。
つらいなら、無理して笑わなくてよいのでは
そう思いましたがあえてそれを言わず、かわりに私は名字さんの頭の上に手をおいてぽんぽんと撫でます
「馬鹿にされる事なんてないですよ」
「でも、」
「柳君はあなたを馬鹿にするような事は決していたしません」
名字さんのがんばりを知っている柳君が、名字さんを鼻で笑うなんて私には到底想像できません
しかし名字さんは普段柳君に馬鹿呼ばわりされているのが引っかかるのか、まだ心配そうな顔をしていました
柳君のいう馬鹿は愛あるいじりというか、叱咤激励のうちの叱咤といいますか
それを名字さんに言うのは何だか駄目なような気がしたのでかわりに私はこう言いました
「そんなに不安なようでしたら、私もお手伝いいたします」
だから一緒に柳君を見返しましょうと口添えもすればパッと名字さんの顔が上がりました。いいんですか、と私をまっすぐな目で見つめてくるので私は快く返事を返します
途端に名字さんはまた顔を歪めてぼろぼろと泣き始めてしまいました。せっかく涙も落ち着いてきたのに、慌てて私はまたハンカチを当て直します。ありがとうございますと繰り返し呟く名字さんが泣き止んだのは、しばらく時間がたってからでした。



「柳生先輩!」
名字さんが勢いよく私に向かって走ってきます
その手には先程返されたばかりであろう答案を握りしめて。
「先輩、私やりました!平均65点も取れたんです!」
これも全部柳生先輩のおかげです、と嬉しそうに駆け寄る名字さんに思わず笑顔がほころびます
「いえ、頑張ったのは名字さんです。私はお手伝いしたにすぎませんよ」
柳君の言葉もありますし、と心の中でこっそり付け加えれば突然名字さんは柳!と駆け出して行ってしまいました
偶然柳君は通りがかったみたいで、名字さんは柳君にどうだと言わんばかりの勢いで答案を見せています
柳君も予測はしてたであろうものの予想以上の出来に、珍しく名字さんを褒めていました
何と微笑ましい光景でしょうか。
何だか妬けてしまいますね
あの二人を見ていると少しばかり胸が苦しいと悲鳴をあげて…

……あれ?

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