誰もが浮かれるであろうセント・バレンタインデー、しかしそんな日でも浮かれるどころかどんよりとした空気を纏っている人物がいた
言わずもがな、隣の席の幸村である。
幸村の視線の先には机の上にあるチョコで、その量は尋常じゃない。ついでに幸村が両手からぶら下げている手提げ袋のチョコの量も尋常じゃない
「ごめん名字さん、ちょっと手伝ってもらえないかな」
「えーと…机のチョコを手提げにいれればいい?」
「うん、お願い」
丁寧に一個一個幸村が用意していた手提げ袋にチョコを詰める。幸村にはもうちょっと雑に入れていいよと言われるものの、外装から気合いが入っている乙女のチョコをポイポイ簡単に扱うのは申し訳ない気がした。
「それにしてもすごい量だね。何個あるんだろう」
「わからない、けど50個以上は貰ってると思う」
「…食べきれるの?」
「まあ市販のだけしか食べないし。何とかなるよ」
市販のだけ、という言葉に思わず首を傾げる。それを見て幸村はにっこり私に微笑む。なんでも「手作りはたまに変なの入ってるんだ」とのこと。笑ってる幸村は遠い目をしていて、何だか痛々しい。きっと何か過去にあったんだろう
初めて幸村に同情心がわいた瞬間であった。でも一応もらった物は食べるんだね。モテる人って貰うだけ貰って食べないで捨ててるかと思ったけど、そうでもないことに好感が持てる

「ところで名字さん、その煎餅は誰の?」
「私のだけど」
「へえ。俺にもちょうだい」
あっ、という間にひょいパクリ。バリボリと豪快な音を立てて私の手にあったお煎餅は幸村の胃の中へと行ってしまった。一個くらいいいかと袋からまたお煎餅を取り出すがそれすらも幸村に奪われてしまう。煎餅の音がよく響く
もしやと思って袋ごと煎餅を差し出すと、食べないどころかアクションすらない。しかし私が袋から煎餅を出すと奪って食べる
え…何これ…新手の嫌がらせかな…
「ありがとう、名字さんが食べてるもの、煎餅で助かったよ」
「ウン…喜んでいただけたなら何より…」
「今度ホワイトデーにお返し渡すね」
「えっ」
「え?」
これチョコじゃないけど。チョコのつもりであげた覚えもないけど。その意味わかんないみたいな顔やめてほしい、私が一番意味わかんないから

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