重たい足取りで自分のキョウシツに入るため、扉をガラリとあければ途端にうるさい騒音がピタリと止んだ。しかも一斉にわたしを見るので何だか気味が悪い
やがてクラスの人達が作るざわめきは戻る
たまにわたしの名前らしきものが聞こえてくるけども、聞きに行く程興味はないので自席へと向かっていった

「よ、ミョウジさん」
「…えっと」
座れば隣にいた銀髪がいきなりわたしに話しかけてくるので何か返事をしようとするものの困った。名前を知らない
ついでに何故話しかけられたかもわからない
「俺は仁王じゃ、仁王雅治。」
「ニオーさん」
「違う。発音はニオーじゃのうて仁王」
「仁王さん」

わたしがちゃんと言えた事に満足したのか仁王さんはよろしく、と薄く笑った。正直お腹がすいてそれどころじゃないわたしははあ、と気の抜けた返事を返すしかない
それでも構わないのか仁王さんはわたしの方へ身体を向けたままだ
「なあミョウジさんはどこから来たんじゃ」
「ガイコクっす」
「外国の、どこ?」
ガイコクどころか異世界から来てるわけなのだが、それを言えるわけもなくわたしは言葉を詰まらせる。そもそも日本以外の土地の名前なんてまだ覚えてすらいないのだ、答えられるわけがない。
仮に知っていても、適当な地名を出してあとでその文化とわたしの行動が合わなければ、都合の悪いことになる
わたしは嘘があまり得意ではない、つつかれたらボロが出るやもしれない。もしこのガッコウ、いや世間でわたしの地位が危ぶまれたら食への道が狭まれてしまうと本能的に危険を察知したわたしは
「秘密っす」
これで押し通すことにした。
仁王さんから英語は喋れるんじゃろ?ときても秘密。運動かなんかしてたか?ときても秘密、何がきても秘密。便利な言葉である
何時までも秘密という言葉が突き通せるとは思わないが、初対面の人への時間稼ぎはこれでいい。
仁王さんは一瞬つまらなそうにわたしを見つめたが、すぐお得意の笑顔を貼り付けた顔で学校の事あんま知らんじゃろ、とわたしに聞いてくる。たしかにわたしはこの学校の事を知らなかった。売店とテニスブとやらのいらない知識で埋め尽くされたせいで学校とは何か、イマイチ実感がない。
知らないと素直に答えると仁王さんの口角がかすかにあがった、気がした
「俺が学校案内してやろうか」

転校生というものは、勝手にこういう都合のいいイベントが起こるものなのだろうか
お腹が空いて頭が回らないわたしは早くこの会話を終わらせたいがために普通に頷く。
デメリットはない
むしろ喜ばしい事だ
隣のヤマダさんとは何かやらかしてしまった感があるから頼れないわけだし
ただ、仁王さんが親切心でわたしに接しているとはあまり思えないというか。
口は笑っていても目が笑っていないのだ
それが少し恐ろしくて、気になる。

わたしが頷いたのを見て決まりじゃな、と仁王さんはまた笑った
この短時間で彼は何回笑ったのだろう
わたしはといえば笑う気にすらなれないので机にうつ伏せになる
ジュギョウの最中に物を食べてはいけないなんて決まりさえなければこんなことには。
お腹がくうと切なく鳴った
「なんじゃミョウジさん、腹がへってたんか」
「……」
「これでもこっそり食っときんしゃい」
そう言われて固くて丸いものを手渡される。小さい、本当にこれは食べ物なのだろうか
わたしが首を傾げて渡された物を見つめていれば
もしかして飴知らんの?と心底驚いたように聞いてくるので、わりとメジャーな食べ物なのだろう。知らないっすと答えながら包み紙をはがしてセンセイにばれないよう口に入れればわたしに衝撃が走った
おいしい。果汁が濃縮されているような、舐める度に甘くじんわりと口の中に幸せが広がる
感動で胸を綻ばせていれば仁王さんはさらにもう一つ飴をそっとくれたのだった

仁王さん、いい人だ
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