*黒子君、お誕生日おめでとうございます







1月31日、“黒子テツヤ”が産声をあげたその瞬間を、僕は何も知らない。あの子がどんな風に生まれたのか、この目でこの耳でこの手でこの僕が知っていたかったのに。僕らの星の巡り合わせは神様のイタズラで泣く泣く遠回り。僕が知らないテツヤの話は口数の少ない彼から時折教えられるだけ。心許ない、本当は自分の感覚器で知りたいのに、隔てられた空白の時間が邪魔をする。「母はあまり身体が強くないので、僕を生むのは本当に大変だったらしいです」儚げな微笑み、触れたら壊れそうな硝子細工の彼は、こう見えて誰よりも強い。僕が見出した不思議な弱い人間。彼は新しい自分を模索しながらたゆまぬ努力を続け、その弱さを跳ね除けて強くなった。お母様が苦労して出産された息子の心には、生まれながらに逆境へ立ち向かう胆力が備わっていたのだろう。どこかの見かけ倒しの完璧人間のように、度重なるプレッシャーに耐え切れず、別人格が出現するまでもなく。黒子テツヤはたったひとりの“黒子テツヤ”として白い息を吐き、僕の隣に存在している。影が薄くて何事も平均以下の凡庸な少年、他人から見ればなんの変哲もない彼に、僕が特別な運命を感じたのはやっと巡り合えて見つけたあの瞬間。「テツヤが生まれなかったら、テツヤと出逢えなかったら、僕は一生自分とふたりきりだったな……頑張って産んでくれたお母様に、心から感謝しているよ……本当に」ふたりいたけれど、淋しかったよ苦しかったよ悲しかったよ。でも、キミの直向きな強さのおかげで、僕らは救われたんだ。バスケを通して勝利へ繋がる敗北と心から楽しむ喜びを教えられて、統合された“赤司征十郎”。もう、大丈夫。全てに勝てなくても、僕の全てを包んでくれる優しさがあることを、“黒子テツヤ”の全てが示してくれたから。大丈夫、ふたりだったけど、ひとりで歩いていけるよ。あ、もちろん、隣には必ずテツヤがいて欲しいけれどね。「……僕だって、キミに出逢わなければ、きっとただの卑屈な弱い人間でした……産んでくれた赤司君のお母さんに感謝しています。そして、自分自身を諦めない力をプレゼントしてくれたのは、他ならぬ赤司君ですよ……差し伸べてくれた手の温度、一生忘れられません」あの時、触れていなかったのに、感じ取ってくれた手の温もり。なんてやさしい子なのだろう。実際にその皮膚で感知していなくとも、心の中で灯した熱を掬い取ってくれるんだ。僕もそんな人間でありたい、僕と出逢う前のキミについて知らないことも、これから長い時間をかけて向き合って知り尽くしていくんだ。宝箱の中へ、“黒子テツヤ”のカケラを、いっぱい詰め込んでいく。「僕だって……一生、死んでも忘れられないよ……初めて、本当に、心の底から……嬉しかったんだ」あの言葉、 “ありがとうございます” 嘘偽りない純粋な感謝を、生まれて初めてプレゼントされたこと、今でも鮮明に覚えているよ。「……え?それ、なんですか?」「……それは……ふふっ、僕だけの、秘密」大事に大事にしまってある、ひとつめの宝物。「……恋人に隠しごと、いけません」「恋人なら、僕の秘密くらい容易く暴くはずさ」「むぅ……喧嘩売りましたね。いいでしょう、買ってやります。絶対に暴いてみせますからね!」「うん……楽しみにしてるよ」だだ漏れな僕の気持ちにも告白するまで気付けなかった一等鈍いお前は一生無理だろうから、一生僕のことを飽きずに見つめ続けていられるよ。絶対に、余所見しないで、そばにいてね。一度途切れてしまって、再び結び直した赤い糸を、もう解きたくない。ずっとずっと、何度も何度も、繰り返していきたい、ふたりっきりで、この喜びの瞬間を「誕生日、おめでとう……テツヤ」「……ありがとうございます、赤司君」ふたり出逢った時が、もうひとつの新しい誕生日。運命の出逢いは白の衝撃。それまでの全てを覆い尽くす、圧倒的な白。無意識下、ふたり心の中で手を繋ぎ、真っ白な世界に雪崩れ込んで、ふわりと目を瞑り新しい自分に孵る。一目で心奪われる感覚を、初めて知った。待ち望んでいた巡り合わせ、母ではない人の手によって生まれる、生まれ変わる。心の中へ初めて降った無垢な白へ、赤と黒、愛する人の色が染みていく。しんしんと降り積もる白の結晶は、溶けない消えないキミへの恋情。「僕の初恋はキミでした」「あぁ、僕もだよ」ひとりとひとりの命が重なって歩み出した新しい人生。そのはじめからおわりまで永遠に続いていく白い道。外の世界では、慌ただしく春夏秋冬が過ぎてゆく中。穏やかに時が流れる、しあわせの庭は一面まっさらだ。

「愛しています、赤司君」
「愛しているよ、テツヤ」

一生涯止まぬ、
赤と黒のふたりの初雪






ふ た り で

生 き て く







2014.1.31 黒子君が生まれた冬のおはなし











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