※ふたりは同じ学校であれど赤の他人、黒子君はバスケ部にすら入っていない設定です。








これから述べる事実は日々の学校生活において赤司征十郎を対象とした無意識的観察の結果に基づいている

完全無欠の天才少年として一目置かれ、いつも頂点から下界を見下ろす非凡な人

玉に瑕すらない、欠点が見当たらない、それこそ嘘みたいに神様の手で完璧に作られた人間

そう、嘘、みたいに

嘘、くさい、そのキレイなカオ

他者へ執着せず一定の距離を置く、そんな僕の興味を引いた赤色の彼

幾重もの美しい仮面でその謎に包まれた素顔を隠し、他者の瞳を欺き続けている

嘘くさい赤司君が気になって仕方がなかった

好奇心に満ちた僕の瞳は、とってもとっても素直で、“赤司征十郎”という被写体だけをしっかりとブレずに捉えてくれる高性能カメラ

キョロキョロ、キッ、ジロッ、ジッーー……ジ――――…………、

しっかりと芯の通った赤色の髪が揺れる、ゆれるゆれる、遥か遠くを見据える色違いの瞳の奥に、ユラユラ、ゆらめくのは、どんな感情?

まっすぐ、ゆらゆら、うるんでくるもの

目には見えない、だけど僕が撮った写真に浮かび上がった、その透明な膜は


(張り詰めた、かなしみ)


あぁそうか、
赤司君は、赤司征十郎は、
いつだって泣いていた


解りにくい表情、だけど何の肩書きもない“赤司征十郎”を一心に感じ取ろうと努めれば、その事実を知ってしまう

赤司君は、決して涙を外気に曝さない

王者として人の上に立ち、一本筋の通る凛とした背中でみんなを導いていく彼

その絶対的な強さに子供のような弱い涙は似合わない

そう思い込んで、自分自身を客観視して、負の感情は影を潜ませているのだろうか

当たり障りのない柔らかさの中、有無を言わせぬ強情さを秘めたカオ

誰も彼には逆らえない、人々の心を柔らかにいなして、剛直な気性を滲ませて、丁度良く人を寄せ付けない

その計算された距離感は、見えるようで見えない、わかりそうでわからない、届きそうで届かない絶妙なものだった

赤司征十郎という人間の真実を有耶無耶にして、本人の理想として作り上げられた嘘をそのカリスマ性によって真実にしてしまう

彼に魅せられた人々は、真偽を確かめようともせず、崇めている

神棚に奉られる神様の子、ただただ信じて拝むのみだ

自身のテリトリーには何人たりとも踏み込ませず、穏やかに人を突き放すこと

それが得意なのは、自分の弱さを知られるのが怖いから

誰の助けも要らない、自分の力だけで生きていけると強がって主張して

本当のキミは誰よりも繊細で脆くて弱い人なのに






「俺を観るお前の瞳が嫌いだ」


赤司君は僕を嫌いらしい
それは、そうだろうな
予想通り、嫌悪に満ちた瞳だった

やはり見つかっていましたか、流石ですね。しかし、捕まえられて壁際に追い詰められて、睨まれるとは思っていませんでした。お互いに深く関わりたくはないと考え、言葉を交わすことなんて無いと思っていましたけれど。まさか、そちらから接触を試みてくるなんて、よっぽど僕の行動が気に障ったようですね。常日頃、赤司君が視界に入れば、僕はすぐに観察を開始している。元々影の薄い僕が極力気配を消しながらずっと見つめていても、人の何倍も警戒心の強い彼がその視線に気付かない訳がない。近寄りもせず話しかけもせず、望遠レンズでただただ見つめられていれば、誰だって気味悪がるし不快だろう。しかしながら、別に僕は赤司君と話したり近付いたりしたいわけではなかった。僕は自分の気持ちに嘘はつけない。素直に、したいことだけをしたい人間。本心に逆らって自分自身に無理強いをしてまで生きたくない。これまでの僕が赤司君に対してしたかったことは、


赤司征十郎というひとりの人間を
ただ、見ていたかった
ただ、知りたかった
ただ、確かめたかった
ただ、それだけだ


「黒子テツヤ……お前の目的はなんなんだ…俺を馬鹿にしたように見つめて勝手に自己解釈して嘲笑って…その下卑た行為がそんなに楽しいのか?」


本当の自分を欺き、自らの首を絞めているキミが、自己の虚像にいつ気が付くのかを、僕は心待ちにしていたのに。予想は大方裏切られず、弱いキミはやはり長年作り上げた理想の自分を盾にする。だけど、ボロボロに使い古されたそれは、徐々にヒビが入り劣化して、防御力が崩れてきたように思えるのだ。いつものキミらしさが、剥がれてきていますよ。解っていないのですか?赤司君、キミは、


「お前の瞳に映る俺がどんな風に映っていようと……俺は、……弱く、なんかない」


自分の声が震えて怯えていることを認めない

僕を睨みつける瞳が頼りなく揺らめいていることを認めない

そして、


「俺は“赤司征十郎”なんだ……!!」


偽り続ける心が悲鳴をあげていることを認めない


もう、楽になれば、いいのに


「もう、半端に泣いてる姿は見飽きちゃいました」
「……は?」


呆気にとられた顔、僕を不思議そうに見つめる。僕の正直な口は、何らおかしなことはいっていない。だって、キミはいつも泣いているから。涙がこぼれなくたってずっと泣いているから。弱くない人間、強い人間が、赤司征十郎だと宣言されても、僕はそれを受け入れない

何故ならば、キミは弱い、キミは強くなんかない

口に出さなくても本人に伝わったのか、怒りを露わにしながら眉を顰める赤司君。その調子で、本心を露呈して欲しい。人前でキミは仮面をつけてずっと同じ表情ばかりの完璧人間。偽りの下は自傷行為のキズが絶えないかわいそうなヒト。弱さを認めない、強さを渇望する、自分を殺し続ける、子ども

そろそろ、本当の心を、解放しよう


「強くなくたって弱くたって……キミはキミです……大丈夫ですよ……本気で、泣いてください、“赤司征十郎”」


全身で、全心で、かなしみを爆発させてしまえばいい

そうしないと、キミを見つめる僕まで、つらくなるから


「……可笑しなことを、いうな」


ポロッ、ポロポロ……ボロッ、ボロリ、 ……ドッ、ザァーーーーーー…………、


目の前で僕が望み続けた暴風雨が発生

慟哭という産声は、僕の心へズキズキ痛む程激しく響き渡る

やっとこの世に生まれ落ちて泣き叫ぶ赤ん坊のよう

彼のこんな姿を見たのは、おそらくご両親を抜かして僕が初めてだろう

堰を切ったように溢れ出る、感情の濁流

気が狂っている、他の人間が見てしまったら少なくともそういう風に感じる光景だろう

しかし、彼の真実を突き詰めて来た僕にしてみれば、やっと気が確かになった、と安堵している

あのままでは、いつか彼は壊れていた

泣きたいのに泣けない、涙腺を自ら握り潰して、真っ赤な瞳はどんどん血が滲んでいく

その赤色は、いつの日か、“赤司征十郎”殺してしまうのではないかと、怖くて仕方がなかった

泣いて泣いて泣いて、全てを洗い流したら、彼はまっさらな自分に戻れると、僕は信じていたのです

そうして、おびただしい水の粒をその瞳からぶちまける赤の嵐の中で、初めて僕は思った


赤司君に、触れたい


本心に従って行動を起こす僕は、本心を誤魔化して行動を偽ってきた彼へ、ソロリと手を伸ばす

すると、未知の感情に駆られた手は、対象者に見逃されず、強く乱暴に引っ張られてしまった

他人に触れたいなんて、生まれたばかりの感情に対する整理がつかぬまま、予想外の出来事

一時的な不整脈発生、肺呼吸困難、緊急事態へ僕の頭は追いつかない

視界が白黒する混乱の中、唯一正確に働いていたのは、触覚

予想以上にしなやかな腕の中に閉じ込められてしまった状況のみ、認知可能だった

ギュウギュウ、ギリギリ、ジクジク

絞め殺される感覚、だけど、悪くない

確かに嫌われているのに、確かに必要とされている、不可解な錯覚を起こす程に、


「俺を……僕を……弱くする、お前なんか……黒子テツヤ、なんか……大嫌いだ……、」


僕は“赤司征十郎”のことを、





瞳孔にいつくしみを秘めて





煩わしくて目障りで大嫌いだった、空色の瞳

観察という、まるで俺の恥部を露出させようとするような、不躾な行為を許せなかったのは事実

しかしながら、ヤツを極力視界に入れず、こちらからは一切関わらずに、自分の中でヤツの存在を亡き者にすれば、別に良いと思っていた

人と不容易に繋がる気はない、面倒ごとが増えるだけだと

なのに、どうしてなのか

俺の本体を射抜く、その真っ直ぐで飾らない無垢な水晶の名前を知りたくなった

自分とは正反対、嘘偽りのない、純粋で透明な人間


“黒子テツヤ”


大嫌いだ大嫌いだと頭で唱えながら、ふと、心の中でその名を口にすると、

ジワッ、何故か、無性に泣きたくなった

無力な弱者の涙など、とうの昔に捨てたというのに

ジッ……、今日も俺にピントを合わせてくる、空色のカメラ

大嫌いだ大嫌いだ大嫌いだ


「……僕は弱い“赤司征十郎”のこと、嫌いじゃないですよ……泣きたい時は、泣けばいいんです……僕でよければ、“ぜんしん”で受けとめますから」




好き、なんだ












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